宮根誠司「殴り返して、この業界をやめてやろう」大物歌手への怒り一転…フリーの道が開ける
フリーアナウンサー宮根誠司(63)が21日放送のニッポン放送「辛坊治郎ズーム そこまで言うか!」(月~木曜午後3時半)に出演。朝日放送(当時)アナからフリー転身の「恩人」となった大物歌手を明かした。
宮根は「(朝日放送)入社2年目の時ですよ、24、25歳から、たかじんさんとラジオをやっていたんで、そりゃあもう、どえらい目に遭わされましたね今言うたら、もうあれですよ、アウトですよ」と苦笑。楽屋で反省会後、たかじんさんが宮根やスタッフ一同を引き連れ北新地に飲みに行くのが恒例だったという。「北新地に行ったときに、仕事の話をするわけですよ。楽しい話したらええのに。『おまえどう思う?どう思う?どう思う?』って言われて、1人1人説教されるんですよね」と紹介。「で、説教されて、少しでも反抗すると、どつかれるわけですよ。殴られる、と言った方が正しいと思います。殴られる、1人1人」と暴露した。飲み会も基本、朝までで、「たかじんさんが歌っている時は一切、私語禁止ですから」と、厳格なルールがあったことも明かした。
一方、宮根は「フリーになりたいと思っていた時があって、誰にも言ってない時があった。でも自分の中でフリーになろうって決めていた」と、04年3月に朝日放送を退社した直前の時期を回想。「例のごとく、たかじんさんとカラオケ行ったんです、個室の。そうしたら女性いるじゃないですか、で、たかじんさんが歌を歌ってらっしゃったんですよ。で、隣の知らん女の子ですよ、僕に向かって人さし指を出して『ここ今日切ったの』って言ったんですよ。それで僕『ふ~ん』って言ったんですよ。『ふ~ん』が聞こえたんですよ、たかじんさんに。そうしたらたかじんさんが『おまえ、人が歌っている最中に何しゃべってんじゃ!』って言って、マイクぼーん投げて。僕ちゃうのに、僕『ふ~ん』って言っただけなのに。ほいで、どつかれて。正確に言うと殴られて。それで『すいませんでした』って謝って」と経緯を話した。
ただ宮根は「それでもまだ怒っているわけですよ。で『表、出い』ってなったんです。ちょっと待ってくれ、と。たかじんさんの言うことなら、たいがい聞くけど、一発殴られて謝ってて『表、出い』はないやろ、って思ったんですよ」と、理不尽な展開にいら立ったと説明。「酔っぱらっているし、体力的には僕の方が上だから、たかじんさんを殴り返して、この業界をやめてやろう、ぐらいに思っていた」と覚悟を決めたことも明かした。
「僕、後ろついていったんです。阿鼻(あび)叫喚ですよ、まわり。外出ていって、こぶし握り締めて、たかじんさんの後ろで」と話すと、「殴りかかろうと思ったら、『俺は…」って言うんですよ。『俺は、おまえのことが一番好きや』って言ったんですよ」と、たかじんさんからのまさかのひと言を回想した。
宮根は「俺のこぶし、どうなんの?って話になるじゃないんですか」と戸惑ったことも告白。たかじんさんの自宅での2人飲みに誘われたという。「おまえ、フリーになりたいんか?って聞かれたんですよ。『考えてます』って(返事したら)『俺にまかせとけ』って言いはったんですよ。ありがとうございます、って」と、当日の顚末(てんまつ)を語った。
「でも、ベロベロに酔ってるから、話半分に聞いていたら」と過度な期待はしていなかったが「3カ月後ぐらいに朝日放送のお偉いさんから電話がかかってきて」と、近くの料理屋に呼び出された。「個室開けたら、(朝日放送の)社長とたかじんさんがおったんですよ」と衝撃の光景を明かした。
宮根は「たかじんさんが、『こいつ、フリーになりたがっているから、フリーにさせたってくれ』っていきなり言ったんですよ、社長に。それで僕、辞めることになったんですよ。急きょ。タイミングも何もない。普通あったら、アナウンス部長から始まって、局長にあがって、ってあるじゃないですか。いきなり社長ドン、ですよ、たかじんさん」と語った。
その約2カ月後に辞表を提出。その日にたかじんさんに報告に行ったところ、たかじんさんのリアクションは「おまえはフリー、向かんと思うで」というまさかのひと言だったという。宮根は「ほんま、いいかげんにして」とボヤキつつも、「恩人は恩人ですよ。ものすごい教えてもらいました」と感謝の念を語った