加藤登紀子が倉本聰さん追悼「北の国から」思い出シーンは「ウクライナの国旗を思わせるよう」
歌手の加藤登紀子(82)が4日までに自身のブログを更新。先月18日に多臓器不全のため91歳で亡くなった脚本家の倉本聰さんをしのんだ。
加藤は「倉本聰さん、カッコいい人生でしたね。心からご冥福をお祈りします」と追悼。「91歳の大往生、と思っていいのでしょうか?いえ、まだまだ生きていてほしかったです。タバコぷかぷか、お酒もほどほど、悠々自適で奔放な倉本聰さんの境地に敬服していました」と惜しんだ。
また「富良野にお住まいになってから何度も遊びに行かせていただき、何よりドラマ『昨日、悲別で』の舞台になった町での野外ライブが忘れられません。何か新しい歌を作ろう、と200字詰めの原稿用紙28枚分の原案が倉本聰さんから届き、なんとか歌にまとめましたが、7分半の歌になりました。それが『コージ』と言う歌です。炭鉱で生まれ、父を炭鉱の事故で亡くした少年が、その後歌を作ってうたう歌手になり、街へ出て、東京へも行って、その後閉山になってしまった故郷に帰ってくる、長い物語。それは80年代のことだったのですが、たった一度しか歌っていないのが残念で、2015年歌手生活50年記念に作ったアルバム 百歌百会』に収録したのでした」と交流を振り返った。
加藤はまた「そのずっと前にも倉本聰さんがテレビドラマへ復帰作となるドラマ『6羽のかもめ』のテーマソングを作詞作曲しました」と紹介。「1974年のことで、結婚、出産の休業から復帰してまだ1年、初めての子育てで悪戦苦闘の最中でした。まだお会いしたことのなかった倉本聰さんとの打ち合わせも電話で、でもそれがとっても素晴らしい対話だったのです。『港から遠くにも飛んで行かず、街のまわりで生きている、まあちょっと情けない人間のドラマですよ。なんかこう、ポルトガルのファドみたいな雰囲気の曲がいいなあ』と。その言葉に応えて出来たのが『かもめ挽歌』でした」と感謝した。
倉本さんの代表作へのかかわりにも言及。「その後、『北の国から』の中で、私の歌った『百万本のバラ』を挿入してくださり、その反響がすごかったのです。この歌を、あのドラマで知った、と言う方も多いようです。私の中にもあの歌の流れたシーンが鮮やかに残っています。それは真っ青な空の下、畑いっぱいに咲いた黄色いオオハンゴンソウでした。何だか、ウクライナの国旗を思わせるようで、今も浮かびます」とつづった。
加藤はあらためて「いろんな深いご縁をいただいたことに、深く感動しています。もうお会いできないのは、本当に淋しいです。富良野塾の若い演劇人を育て、素晴らしい連作を続けられた舞台も、必ず観てきました」と回想。「いつも新しい演出があり、時代への鋭い啓発がありました。亡くなった後も、倉本聰さんの大きな存在感は消えることはありません。思い出を大切にします。どうぞ天国でもお元気で!」としのんだ。