左足切断し3度死の寸前に直面もハチミツ二郎は“どこまでも芸人”「電流爆破で死んでも」
悲壮感は全くなかった。お笑い芸人のハチミツ二郎(51)が、9月30日までに東京・墨田区のすみだメディアラボで会見。「死ぬまでにやりたいことプロジェクト」の概要を発表した。
音楽が流れる中、電動車いすで会見場に現れるなり、開口一番「すみません。著作権フリーの曲で入ってまいりましたハチミツ二郎です」と話し、会見場の笑いを誘った。「死ぬまでにやりたいこと」という重いタイトルとあって、身構える報道陣を和やかな空気に変える気づかいと、“どこまでも芸人”という思いを示す言葉で会見は始まった。
金髪、ふっくらとした顔立ちは変わらない。これまでに3度も「今日、亡くなるかもしれません。家族を呼んでください」と宣告されたという。それでも「なかなか死なないんですよ。全部別の病院で、医師からは『死ぬから家族を呼んで』と言われたんですけど、もう2回目、3回目は体感でわかるんですよ。『今日、死ぬことはないだろうな』って」と振り返り、豪快に笑い飛ばした。
「50(歳)まで生きれば十分だと思って芸人をやってきた。時代とそぐわないですけど、自分は昭和の芸人を見て、それになりたくてやってきたので、源氏名しか知らない女性の家で死にたい」と話し、爆笑をさらった。
相次ぐ大病で左足切断、人工透析などの施術を受けてきた。「最初に危篤状態になった時に、それを発表するかどうか、コロナで重篤化した時に、それを発表するかどうか。全部隠してもいいわけじゃないですか。どっちに転んでいけばいいか考えました。1つ思ったのが、車いすになった時に、パラリンピックを見ていたら、すごい活躍をしているじゃないですか。何とか、車いすを使ったお笑いを、と思いました」。全て包み隠さず、ありのままを伝え、それでも同情を誘うのではなく、笑いにつなげたい思いが、ふつふつとわいてきた。
「車いすで何度か舞台には出ているんですけど、車いすで取れる笑いもあって。(1980年代に活躍したロックバンド)CCBの曲をかけて、全開で走るだけで笑いが起こるとか(笑い)。その時、思っているおもしろいアイディア、浮かんだことを話せば、お客さんが笑うというのは変わらない」。お笑いの枠を飛び越え、プロレスラー大仁田厚と電流爆破デスマッチで対戦したこともある。この日の写真撮影では、なぜか大仁田の決めポーズ「ファイヤー」を披露する流れになり「オレのじゃないけどな」と言って、また笑いを誘った。
離婚を経験し、ひとり娘を育てるシングルファザー。ただ、それ以上に「死ぬまでにやりたいこと」を追及する芸人だということは、家族も理解しているようだ。「倍のスピードで生きてきたので(11月で52歳なので)今、104歳なんですよ。体感でいったら。もう、そろそろ死ぬんじゃないですかね。あんまり望んでいないので、長生きを。極端な話、この番組で電流爆破をやって、そこで死んでも構わない。火薬を倍にしてもらって(笑い)」。声も笑顔もお笑いへの思いも変わらない。気付けば車いすであることさえ忘れるほど、最初から最後まで会見場に笑いが絶えなかった。【高田文太】