宝塚トップ娘役&朝ドラヒロイン純名里沙「どんな編成でも、どこでも歌えるのが歌手」
歌手で女優の純名里沙が「コンサート2026 クリスマス・タイム・イン・グレース」を11月24日に東京(有楽町・アイマショウ)と12月24日に大阪(東京建物ブリリアホール箕面)で開く。宝塚歌劇団元トップ娘役で朝ドラヒロインという、唯一無二の経歴を持つ純名に歌への思いを聞いた。4回連載の3回目。
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大好きなギターの音色に出合った。2011年(平23)にアコースティックバンド、ショーロクラブのギタリスト笹子重治(68)のもとへ飛び込んだ。だが、すぐにはうまくいかなかった。
「笹子さんのギターの伴奏にうまくのれるようになってアルバムを出せるまでに2年半ぐらいかかりました。今日着ている服は、1番最初に大阪で笹子さんとライブをやった時の衣装なんですけど、最初は全然ダメでしたね。ギターで歌うのって伴奏の音が消えてしまうから難しいんですよ。ピアノの方が大きな音でどっしり支えてくれる。楽器の大きさからして違うことを考えていませんでした。ギターと歌うのは基本、会話なんです。そうすると声が張れない。で、声が張れないってことは、音程が定まらないんです。こんな歌唱法って身につけたことなかったので、時間がかかりました。」
オーケストラとステージの中央で声を張って高らかに歌い上げる。宝塚歌劇団で育った純名にとっては、笹子の演奏で歌うことは異質な経験だった。
「でも、そのおかげでいろいろな表現方法が身につきました。もうそれこそクラシックでオーケストラと一緒に歌うこともあれば、ちっちゃな30人ぐらいのところでギターとデュオで歌うこともできるし、もちろんピアノと歌うこともできる。どんな編成でも、どんな小屋でも、どこでも歌えるのが歌手だよと教わりました。だからいろいろな思いもしたけど、すごくいい40代でした」
不惑の40歳になっていた。迷わず女優業を休んで、歌手に専念した。
「もう音楽が本当に好きで。自分の年齢のことも考えていませんでしたね。でも、もうギアチェンジしちゃったので行くしかなかった。それに、後ろ向きになっていた自分を、前に向けてくれたのが音楽だったですし、ずっと音楽に向き合いたかった思いもあった。だから女優というよりも、音楽で食べていくんだと思いで全力でやっていました」
1988年(昭63)3月、高校2年の時に宝塚音楽学校に入学。90年(平2)に首席で宝塚歌劇団に入団した。
「子供の頃からミュージカルが好きで『ウェストサイドストーリー』をテレビで見て夢中になりました。母親の教え子さんが所属されていた地元のミュージカル劇団の公演を見に行ったのがミュージカルとの出合いでした。震えるほど感動し、オーディションを受けて小学校6年生で舞台に立たせていただきました。それから海外ミュージカルなどたくさんのことを学ばせて頂きました。その頃、ちょうど宝塚時代の大地真央さんをテレビで見てその美しさに魅了され大ファンに。劇団のお友達が宝塚を受験することを知って、もしかして私も受験していいのかしらと。そこからは宝塚一直線。でも、首席で合格した事には本当にびっくりしました。歌も高校からしか習わせてもらっていなかったですし、バレエも本格的に始めたのは受験の3カ月前からでしたから。」(続き)
◆純名里沙(じゅんな・りさ)3月15日生まれ、大阪府豊中市生まれ。88年宝塚音楽学校入学。90年(平2)76期生の首席として宝塚歌劇団入団。「ベルサイユのばら」で初舞台を踏み、フィナーレ冒頭で歌い上げるエトワールに抜てきされる。91年雪組配属。94年4~10月、NHK連続テレビ小説「ぴあの」主演。同年花組に異動、95年花組娘役トップに。退団後の主な作品に舞台「レ・ミゼラブル」、フジテレビ「ラブジェネレーション」。香港映画「Midnight Fly」主演、歌唱した歌が第38回金馬奨受賞。08~14年にNHK Eテレのアニメ「リトル・チャロ」シリーズで声優。23年(令5)にアルバム「Winter Iris~冬の虹~」。今年、岸谷五朗による新たな演劇プロジェクト旗揚げ公演「ジャコメッティーのように」に出演して一人二役に挑戦、好評を得た。2027年GREEN EXPO2027で上映されるミュージカル「Vibrant INOCHI」映像版に出演する。160センチ。血液型AB。
◆「純名里沙コンサート2026 クリスマス・タイム・イン・グレース」
東京公演:11月24日午後6時30分開演 有楽町アイマショー
大阪公演:12月24日午後6時30分開演 東京建物Brillia HALL箕面