浪曲師・国本はる乃「演芸会の宝となる」神田伯山もほれ込んだ才能…衰退一途も令和に復活の兆し
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今、浪曲が熱い。昭和初期には全国で3000人の浪曲師がいたが、その後は衰退の一途をたどっていた。しかし、昨年に関西の京山幸枝若(71)が人間国宝に認定され、今年1月には玉川太福(46)が新宿・末廣亭で浪曲師としては60年ぶりにトリを務めるなど、注目が集まっている。その中で、若手のリーダーとして人気なのが国本はる乃(29)。浪曲を始めて20年のはる乃に話を聞いた。【林尚之】
★三味線のはずが
浪曲との出会いは9歳、小学4年の時だった。「父に連れられて、三味線を習いに行ったけれど、まだ手が小さかったので、お唄にしようねと、浪曲を習うことになりました」。師匠は浪曲界の名伯楽と言われた国本晴美。浪曲界のカリスマとして人気があったものの、55歳で急逝した国本武春の母でもある。週1回、通った。
「お稽古は2時間。おなかをおさえながら、大きな声を出していました。汗びっしょりかいて、終わると、いつもおなかがすいていました。子供だったので、嫌で仕方がなかった」
中学、高校と浪曲を習い続けたが、当時は浪曲師になる気はなかった。
「高校3年の時に三者面談があったんですが、私は何かをやりたいというものがなかった。その時に『あなたには、これまでやり続けた浪曲があるじゃないか。もったいない』と言われて、浪曲で頑張ってみようかと思いました」
★録音を聴き転機に
17歳で、国本晴美のもとに正式に入門し、浪曲の定席である浅草の木馬亭に前座として出演するようになった。浪曲はまだ好きになれなかったが、先輩が師匠や自分の浪曲をテープに録音して聴いているのを見て、初めて自分の浪曲を録音した。
「テープを聴いて、自分が下手だったことに気づきました。それまでは、周囲の人から、いつも褒められていて、『私はできるんだ』と思いあがっていたので、がっくりしました」
それが転機になって、真剣に取り組むようになった。
「師匠や過去の名人たちの口演をボイスレコーダーに入れて、毎日聴きました。そのころから、浪曲が面白いと思い、好きになっていきました」
20歳の時に、浪曲師の一本立ちと言われる「名披露目」を行い、最年少浪曲師として話題を呼んだ。以降、木馬亭を拠点に精進を重ねてきた。
「木馬亭のお客さんも若くなっています。常連の方は耳が肥えていて、じっくり聴いてくれます。木馬亭に出る時は、『ただいま』という感じで、家族のような安心感があります」
★度胸ついた寄席
講談の神田伯山もはる乃の浪曲にほれ込み、「浪曲のみならず、演芸界の宝となる」と評価。昨年から落語芸術協会にも所属し、寄席にも出るようになった。
「落語や漫才などいろいろな方と一緒にやるので、度胸がつきました。太福兄さんのトリの時も舞台にあがりましたが、満員でうれしかったです」
来年1月で30歳を迎えるが、今年は「20代最期のあがき」と題した独演会を12月までに40回開催する。自ら書いた新作もネタ下ろしで披露している。
「今後も残る新作にしようと始めたんですが、40回だから40も作らないといけないので、毎回大変です。これまでに30作の新作を作りましたが、馬力のある今だからできたと思います」
★若手競演大トリ
11月28日には浪曲界のお祭りでもある「豪華浪曲大会」が日本橋公会堂で行われる。昼の部は人間国宝の京山幸枝若がトリを務め、東西の若手が競演する夜の部でははる乃が大トリを務める。武春の十八番だった「佐倉義民伝 甚兵衛渡し」に初めて挑む。
「大トリなので、ちょっとプレッシャーです。私の後に後輩がたくさん入ってきたし、私ももっと頑張らなくてはと思っています」
木馬亭の興行は毎月1日から7日までの7日間だが、かつては15日間だった。「7日間から15日間にしたい」というはる乃の願いがかなう日も遠くないかもれない。
◆国本はる乃(くにもと・はるの)1996年(平8)1月19日、茨城県生まれ。13年に国本晴美門下として日本浪曲協会に入り、同年12月に初舞台を踏む。14年2月、国立演芸場主催「花形演芸大賞」銀賞を受賞。日本浪曲協会の理事も務める。
■関西大御所・京山幸枝若、浪曲師初の人間国宝に
「旅ゆけば~」の節が流れると、ラジオにかじりついた時代があった。明治生まれの浪曲は大正、昭和初期には多くのファンをつかみ、浪曲師は全国で3000人を数えた。広沢虎造、玉川勝太郎ら人気者が世に出て、浪曲は落語、講談をしのぐ人気があったが、戦後は芸能の多様化もあって衰退の道をたどり、絶滅の危機がささやかれた時期もあった。
しかし、令和に入って、復活の兆しが見えている。昨年、関西の大御所の京山幸枝若が浪曲師としては初めて人間国宝に認定された。また、東京では玉川太福をはじめ、玉川奈々福、広沢菊春、国本はる乃も落語芸術協会に所属して、寄席にも出演。今年1月には太福が、浪曲師としては60年ぶりに末廣亭のトリを務め、連日満員の盛況だった。
浪曲界には東京の日本浪曲協会、大阪の浪曲親友協会の2つの協会があり、定席は東京が浅草の木馬亭、大阪は一心寺門前浪曲寄席がある。浪曲協会は天中軒雲月を会長に、文化庁芸術祭新人賞受賞の澤雪絵、玉川奈々福、玉川太福、東京芸大出身の天中軒すみれなど約60人の浪曲師、曲師が所属している。浪曲親友協会は、京山幸枝若を会長に、バラエティー番組「進ぬ!電波少年」にケイコ先生として出演したこともある春野恵子、文化庁芸術祭新人賞の真山隼人、京山幸太など約30人の浪曲師、曲師が所属している。