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隠し事はないのに、入国審査では妙に緊張する。多くの人に経験があるはずだ。不法移民に目を光らせる米国ではその圧は一層高まる。8日1日公開の「入国審査」は、南米出身の監督が自身の体験をもとにそんな理不尽を描いている。共同監督のアレハンドロ・ロハス(49)とファン・セバスチャン・バスケス(44)に聞いた。

移住のためにスペインからニューヨークの空港に降り立ったカップルが、理由も告げられないまま2次審査室に連行される。執拗(しつよう)な質問で、それぞれのルーツや互いの秘事まで暴かれ、2人の間にも険悪な空気が漂い始める。空港の裏側が忠実に再現され、殺伐とした空気はまるでドキュメンタリー映画のようだ。

-おふたりとも初来日ですが、日本の入国審査はいかがでした。

バスケス とってもスムーズでした(笑い)でも、スペイン(移住先)のパスポートだったからかもしれませんね。ベネズエラ(出身地)のだったらどうなったか。

-映画の製作動機にもなったと思いますが、国際的に活動されているおふたりが一番ひどかったと感じた入国審査は?

ロハス やっぱり米国ですね。入国の度に何かしらあって、通算6回くらい2次審査に連れていかれました。僕には「特殊能力ビザ」が下りているのですが、ずさんな担当者に当たって、それすら確認していなかったこともありました。

バスケス 米国はもちろんですけど、僕の場合はしばしばドイツで別室に連れて行かれます。決して理由は言ってくれません。この顔が悪いのか、と思っています。

-劇中では、カップルが連れて行かれる2次審査の待合室に始まり、「別室」への廊下や内装にリアリティーがありました。

ロハス 体験をもとにできうる限り忠実に再現しました。時間経過とカップルの焦燥感もリアルに描きたかったので物語の進行に合わせて順撮りを徹底しました。審査官の表情も含め、やりとりを生々しくとらえるために常に2台のカメラで双方の表情を押さえました。

-役にそのルーツを合わせたキャスティングもはまっていたように思います。

ロハス カップルの男性を演じたアルベルト・アンマンは南米(アルゼンチン)生まれでスペインへの移住経験があります。女性役のブルーナ・クッシは(スペイン・カタルーニャの州都)バルセロナ生まれで、劇中の設定そのままです。同じスペインでも独立志向の強いカタルーニャ地方の複雑な事情、思いが彼女の存在で映画に反映できたと思っています。

-審査官の1人がカップルの男性と同じ南米系だったことも印象的でした。

バスケス 演じたローラ・ゴメスはドミニカ出身でニューヨークに20年以上住んでいます。これも僕らのあるある体験を生かしたもので、2次審査室に現れるのはなぜかほとんどが南米系なんですよ。で、なぜかまるでルーツを忘れたかのように厳しく聞いてくる。「私はあなた方とは違う」と自分に言い聞かせるように。マイノリティーの宿命なのでしょうか。ちなみにローラのいとこは実際に審査官で、彼女はそれをベースに役作りをしています。

-移民に厳しいトランプ氏が再び大統領になったことが、皮肉にもこの作品をクローズアップすることになったと思います。

ロハス トランプ氏のあからさまな行動が、人ごとと思っていた人たちに、移民へのひどい扱いを改めて認識させるきっかけになったと思います。でも、米国の移民への扱いはもともとひどかった。そしてトランプ氏の振る舞いや強制送還の実施でさらにそれがひどくなっていることも確かです。

-一方で、審査官の立場からすると、不法移民を取り締まるためにやるべき事をやっているということになると思います。おふたりがイメージする正しい審査方法はどのようなものでしょう。

ロハス 難問ですね。究極的には国境は必要ないと思っています。歴史的に見ると、人々の移動が起こるのはその地に紛争などの問題が生じた時です。脅威とみなして国境を閉じるのではなく、新天地を求める彼らをいかに助けるかという風に見ることことが大切だと思います。

バスケス そこで暮らしている人々というより権力を守るための「審査」なんだと思っています。いっそのこと国境を取り払ってしまえば、どうなるのか。そんな想像をしてしまいます。食料や物品は比較的自由に輸入するのになぜ人はだめなのだろう、と。

-ロハスさんはもともと映画ジャーナリスト、バスケスさんは広告コピーのお仕事をなさっていた。服装や雰囲気にもそれを感じますが、ともにこの作品で監督デビューとなりました。

ロハス この年齢になって、ようやくタイミングが来たという感じです。デビューが早かったらこの題材をもう少し上から目線で撮ってしまったかもしれません(笑い)。積み重ねた経験や思いがあったからこそ、登場人物に寄り添うことができたのではないかと。

バスケス 僕はカメラマンとして何本かの作品に関わってきましたが、その時々に感じていた監督の思いや苦しみを改めて実感しています。これが撮りたい、今はこれしかないという魂というか、強い意思がなければ監督はできません。

-憧れの映画監督を教えてください。

ロハス やっぱりシドニー・ルメットですかね。作品の幅が広いし、どの作品でも、登場人物に近いところにルメットの視線を感じます。実はこの作品の参考にもしています。

バスケス 僕もルメットの存在が大きいけど、他に名前を挙げるならゴダールとかジョン・ウォーターズかな。例えば「ピンク・フラミンゴ」とかやりたい放題にやっている。ああいう自由さに憧れますね。スマホでこぢんまりと映像を見る時代にはあり得ない、好きなことを思いっきりやる感じ、いいですよね。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)

◆アレハンドロ・ロハス 1976年ベネズエラ・カラカス生まれ。映画ジャーナリストとして各国映画祭を巡り、Netflix「パラメディック-闇の救急救命士」(20年)などの脚本、編集を務める。

◆ファン・セバスチャン・バスケス 1981年ベネズエラ・カラカス生まれ。コピープロデューサーを経て「Callback」(17年)などの作品でカメラマンを務める。

情報提供元: 日刊スポーツ_芸能
記事名:「 トランプ時代に国境のあり方を問う「入国審査」 実体験を描いた南米出身の共同監督2人に聞く