戦後80年に原爆の悲劇描く「長崎-閃光の影で-」21世紀生まれの主演菊池日菜子が思ったこと
「長崎-閃光の影で-」(8月1日公開)は被爆地の悲劇を看護学生の目から描いた作品だ。被爆3世の松本準平監督(40)が淡々と描く投下後の実相は、演じる側にも重くのしかかった。主演の菊池日菜子(23)に聞いた。
-映画6本目にして初主演作がこの題材になりました。近作の「かくしごと」(6月公開)は今風のミステリーでしたし、まったくテイストが違いますね
菊池 根気や気力だけで乗り切れる作品とは思いませんでした。チーム全体にこの作品に対する敬意が漂っていて、一番近くにいた撮影の灰原(隆裕)さんが常に上を目指す鋭い目をなさるので、それだけで身が引き締まりました。
ー21世紀生まれの菊池さんにとって遠い昔の話ですが、出身地は隣の福岡ですね
菊池 小中高それぞれで長崎原爆についての平和学習がありました。小学校の修学旅行も長崎だったり、身近には感じてはいたのですが、もちろんすべてを理解しているわけではありません。あの時を知ろうとする熱量だけは持ち続けなくてはいけないという思いだけはありました。
-役作りは?
菊池 監督からスミ(役名)になりきるためのいろんなアプローチを教えていただき、可能な限りその気持ちに近づくように。だから、撮影期間はカメラが回っていないときも、自分の体じゃないような感じがありました。
-映画は3人の看護学生を中心は進行します。共演の小野花梨さん(26)、川床明日香さん(22)は同世代だから、撮影の合間の会話が息抜きになったのではありませんか
菊池 それがまったくなかったんですよ。3人が女の子らしくキャッキャするところが、それこそ初日に撮った1シーンくらいしかなくて、ワイワイできたのはその時くらい。それからはずっと鬱屈(うっくつ)した場面ばかりで、お互い撮影前に気持ちを作るところを邪魔できなかったですね。距離を置いていました。それはチーム全体の雰囲気でもありました。
-撮影中に一番つらかったことは
菊池 心身ともに追い詰められた3人が心情を吐露し合ってケンカするシーンがあるんですが、それぞれに気持ちを作って段取りをしてから、撮影は日落ちを待って1時間半後だったんですよ。険悪な空気のまま、3人同じ車の中でその時間を待つ間は、2人もそうだったと思いますが、絶対この気持ちのままで本番にいきたいと。ひと言も口をきかなくて、本当に厳しい時間でしたね。考えてみれば、(ロケ地の)旅館に帰っても毎日気が張った状態は続いてました。次の日の撮影が気になって抜こうにも気が抜けなくて、眠れない日もあったし、体力的にもきつかったですね。
-荒涼とした作品世界の中では、それがリアリティーになった気がします
菊池 確かに。途中からは(目の)隈を消さずにそのまま出してましたね。みんなほとんどすっぴんなんですが、憔悴(しょうすい)した感じに隈を生かしていましたね。
-撮影を通して被爆への意識は変わりましたか
菊池 今までは割と一面的に考えていた気がします。スミは3人で比較すると恵まれた立場にいて、それに対して申し訳ないという気持ちがある。もちろん本当のところは分からないのですが、いろんな思いが交錯していたのだろうな、と想像の幅が広がった気がします。
-厳しい現場でしたが、女優としての喜びはどんな時に感じますか
菊池 この作品においてはそんな「喜び」が映ってはいけないとずっと思っていました。でも、糧になるのは、頑張ろうと思えるのは、撮影、照明…たくさんの人たちが1つの作品を作るためにそれぞれプロとして取り組んでいる姿を見られること。それが喜び、映画の楽しみですね。
-主題歌は長崎出身の福山雅治さん(56)が、爆心地で生き続ける樹を歌った「クスノキ」を、福山さん自身が新たにアレンジして、菊池さんたち3人が歌っています
菊池 収録はクランクアップから半年くらいたっていました。それでも生きているという前向きな思いも込められた歌で、もちろんスミの気持ちは残っていたんですけど、福山さんが込めた希望を感じていただけたらいいな、と。
-そもそも女優を目指したきっかけは
菊池 ものごころついた時から実はずっと助産師さんを目指していました。5歳差の妹と11歳差の弟がいて、妹が生まれた時に助産師さんに仲良く遊んでいただき、弟が生まれた時には母が助産師さんに感謝しているのを目の当たりして、当時の私には「世界で一番すてきな職業」だと思えたんですね。だから、高校2年の時に(スカウトの)声をかけていただいた時はお断りしたんです。一方で、映画が好きでけっこうな頻度で見ていたんですけど、声をかけていただいてから演じる側の気持ちを考えるようになったんです。特に「私の中のあなた」(ニック・カサヴェテス監督、キャメロン・ディアス主演)のソフィア・ヴァシリーヴァさんの演技が、年も近いこともあって気になったんですね。こんなに心を動かすお芝居を私もやってみたいと思いました。背中を押されたんです。で、そんな時、1年前に声をかけていただいた同じ方に、たまたま声をかけられたんですよ。
-モデルもされているだけあって、手足が長いですね。高校時代はハンマー投げを
菊池 顧問の先生から熱烈な勧誘を受けたんですけど、手足長いと遠心力で有利だから、というのが誘い文句でした(笑い)体験入部から、いつの間にか3年間続きましたね。頑張りましたね(インターハイ九州大会予選6位)。ハンマー持ち続け、筋トレし続けた3年間でした。瞬発的な集中力が必要な競技なので、それはお芝居にも役に立っているような気がします。反射的な体の動きもスポーツを通して分かっているので、そういうのがたまに生きたりします。【相原斎】
◆菊池日菜子(きくち・ひなこ) 2002年(平14)2月3日福岡県生まれ。19年、西日本鉄道グループのCMオーディションに合格。21年三池崇史演出の「酔いどれ天使」のオーディションに合格して舞台初出演。23年「月の満ち欠け」で日本アカデミー賞新人俳優賞。