浜木綿子、波乱に満ちた人生を語り下ろした著書 昭和、平成の芸能史たどる貴重な記録に
女優浜木綿子(89)が初めて人生を語り下ろした「浜木綿子楽しく波瀾万丈」(小玉祥子著)がJTBパブリッシングから出版された。30年以上にわたって取材を受け、信頼を寄せる記者を相手に、浜は率直な語り口で波乱に満ちた人生を振り返っていて、昭和、平成の舞台を中心とした芸能史をたどる貴重な記録ともなっている。
私が初めて浜の主演舞台を見たのは、1979年の帝劇「下関くじら屋」。以来、「喜劇売らいでか!」、作家井上ひさしの母マスさんをモデルにした「人生は、ガタゴト列車に乗って…」や「芝櫻」「花のれん」など数々の舞台を見てきました。同書は、舞台のためにたゆまぬ努力を重ねてきた浜ならではのエピソードが満載です。大セリで転落して救急車で搬送されても翌日には打撲の痛みをこらえて舞台に立ち、マイコプラズム肺炎にり患しながらも悪寒に耐えて公演を続けたこともあった。公演中は好きな酒を一切口にせず、楽屋でも「食事をすると眠くるなることがある。台詞が出にくくなると困る」との理由で、スープを飲むぐらいでほとんど食べなかったという。
浜は独特の記憶法を編み出している。相手のせりふを全部声を出して読み、自分のせりふのところだけ間を空けて録音する。それを聞きながら覚えて、自分のせりふは小さな手帳に書き写すという。ある時、共演の加藤茶が長せりふを忘れたことがあったが、加藤のせりふを全部覚えていた浜は、「あなたが言いたいのはこういうことでしょ」とフォローしたという。
浜は1965年に市川猿之助(後の市川猿翁)と結婚し、香川照之(市川中車)が誕生しました。しかし、68年に離婚し、結婚生活はわずか3年ほどでした。ただ、離婚が浜にとって大きな転機となりました。同書で浜は「『息子のために何か尊敬できる部分を作ろう。それには女優しかない。この道を命懸けで歩もう』と決意しました」と語っています。浜が舞台で初めて主役を務めたのは、離婚から5年後の73年で、38歳でした。それから半世紀、命懸けの歩みは、舞台やドラマで多くの人を楽しませてくれました。【林尚之】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「舞台雑話」)