サルヴァトーレ・シャリーノ作曲「ローエングリン」に出演する橋本愛は優しい笑顔を見せる(撮影・宮地輝)

女優橋本愛(28)が、10月5、6日に開催されるサルヴァトーレ・シャリーノ作曲のオペラ「ローエングリン」(神奈川県民ホール大ホール)に出演する。出演者は主役エルザ役の橋本だけ、オーケストラの演奏をバックに、たった1人で演じる。オペラ初挑戦に臨む今に迫った。【小谷野俊哉】

★オーケストラをバックに

たった1人でのオペラ初挑戦。演出を担当する振付師でダンサーの吉開(よしがい)菜央さん(37)から声をかけられた。

「もともと、吉開さんにプライベートでダンスのレッスンをお願いしていたんです。その吉開さんから『愛ちゃんならできると思う』と、お話をいただきました。今までやったことのないことをできると思ってくれたことがうれしかったですし、やってみたいと思いました。やったことがない方をいつも選ぶようにしているので、断る理由もなく、ただおもしろそうだなって思いました」

物語は橋本が演じる王女エルザが、白鳥の騎士ローエングリンを求めてさまよう。

「歌という歌はほとんどなく、獣や鳥のように聞こえる声だったり、ローエングリンのように思える人の声が聞こえてきたり、1人だけど1人じゃない…。通常のオペラとは全く違います。だから、今回はオペラをやるというより“オペラを超えたもの”という風にとらえています」

ステージ前方のオーケストラピットで、20人近いオーケストラが演奏。その奥で1人きりで演じる。

「音楽がお客さんたちに聞こえるようにオーケストラが向いているので、私には聞こえないこともあるみたいなんです。音のない中で指揮だけを見て、どのタイミングで、どんな声を発するかということもしなきゃいけない。普段オペラに出ている方にとっても、この作品の楽譜はめちゃくちゃ難しいと聞きました」

演出の吉開さんと一緒に、稽古を通じて作品を作り出している。

「作っている前の暗譜の段階では、本当に反復練習。何度も繰り返して、やっとリズムとどの音を出せばいいのかとやっていました。私は、普通の映像作品の台本だとめちゃくちゃセリフ覚えが早くて、大体1、2回読んだら全部覚えられるんです。だけど今回は言葉だけじゃない。タイミングで数字と一緒に音符も覚えてというのもやらなきゃいけない。いつも念写って呼んでるんですけど、写真で覚えるんですよ、セリフを。ちょっとずつできるようになってきたんですが、このページは念写できたけど、このページは白紙になっちゃうとか、そういった状態です」

お姫さま、がれきの世界…と、エルザのキャラクターも、一から作り上げていく。

「自由な解釈ができるようになっていて、私自身もエルザはこういう人だって決めつけてはいないです。何歳で、そもそも女性であるかどうかすら明確でないととらえているので、記号的なたたずまいには一切ならないようにします」

せりふと音譜を詰め込む作業の先に役作りがある。

「大変な作業ですが、すごくおもしろいと思っています。自分を超える瞬間が一番楽しいし、それができるということは本当の自分に近づくことでもある。私ってこんなこともできる人間だったんだっていう風に、自分自身がすごい満たされるなと思います。すごくスペシャルです」

★見えないものを探求する

2009年(平21)に映画「Give and Go」で役者デビューして以降、さまざまな役柄を演じてきた。

「自分のキャリアとかは、全然考えたことがないんです。結局、基本として『今、死ねるか』っていうことを考えるんです。この状態で今死んでいいのか、今死んでいいって思えることをやっていく。挑戦をせずに慣れたことだけをやっていると、今死ねるかって考えた時に『つまんねえ』ってなっちゃうんですよ」

10代前半のデビューした頃は、芸能界への興味があまりなかった。

「知識もなく、テレビもそんなに見ていなかったので、夢とかは何も考えていなかったですね。当時は生きる力が、人より足りてないなと感じていました。今は、10代前半の喪失したものを取り返している感じです。人としての基盤みたいなものが、自分にはあまりないなと思っていたから」

20年の映画「グッドバイ~嘘からはじまる人生喜劇~」で、役者としての転機があった。

「一から出直すみたいな経験でした。それまで、自分がやってきたお芝居とか表現に納得がいってなかったんですが、成島出監督に『それは違うよ』って言っていただきました。それから、正しい努力ができるようになったというか。それまでは、自分から挑戦するみたいなことはなかったんです。自信がなくて挑戦することが怖かったんです」

女優という仕事に真っすぐに向き合い、オフには自身の楽しみを満喫する。

「家でゲームをしてます。ゲーマーになりきれないゲーマーです(笑い)。あとはドライブ。運転が好きなんです。ファッションも好きなんですが、この時代に新しい服を生み出すというよりは、今あるものに合わせる感じですね。自分の気に入る服が見つけられない時に『作れたらいいな』って思う時があるんですが、3年後くらいに登場してくるので、待つことにしています(笑い)」

現在、28歳。30代も視野に入ってくる年代だが…。

「数字を指標にして生きるのが苦手なんです。目に見えないものを探求するのが好き。今は、芸能界に入ってから一番やることが多いので大変なんですけど、楽しいですね」

演じる先に、新しい自分自身の姿を感じている。

▼「ローエングリン」演出の吉開菜央さん(36)

初のプライベートダンスレッスンで、お互いの体の質感をシンクロさせながら動く稽古をした時、橋本さんの「受け取る力」は本当にずばぬけていました。言葉で説明するよりも、全身で見て、聴こえることに瞬時に身体が反応してしまう、素晴らしい踊り手です。まるで獣のような動きだとお伝えしたら、ご自身の中にみなぎる野性があるのかもしれないとおっしゃっていたのを覚えています。今後の表現活動に期待が高まります。

◆橋本愛(はしもと・あい)

1996年(平8)1月12日、熊本県生まれ。08年に芸能界入り。09年「Seventeen」専属モデル。同年「Give and Go」で映画初主演。10年映画「告白」、12年映画「桐島、部活やめるってよ」「HOME 愛しの座敷わらし」「Another」で日本アカデミー賞新人俳優賞。13年、NHK連続テレビ小説「あまちゃん」に出演し、14年エランドール賞新人賞。22年、日本テレビ系「家庭教師のトラコ」主演。現在、フジテレビ系「新宿野戦病院」(水曜午後10時)出演中。165センチ。血液型O。

◆「ローエングリン」

1984年にイタリア・カタンツァーロで初演。グリム兄弟「ローエングリンの伝説」をもとにした1850年のワーグナー作品から、ジュール・ラフォルグが1880年代にパロディーを創作。その後、シャリーノが制作した。

情報提供元: 日刊スポーツ_芸能
記事名:「 橋本愛たった1人でオペラに挑む「やったことがない方をいつも選ぶようにしている」断る理由なし