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水木の煙草は戦後に売り出された「peace」
まずは水木が喫っている煙草。
これは戦後に発売された「peace」という銘柄で、フィルターが存在しない両切りタイプな為、前後どちらからでも喫えるのが特徴。
それ故煙草の葉が真ん中で詰まりがちで、水木はトントンと指で叩いてばらしています。
「peace」は敗戦国日本の復興の象徴でもあり、瀟洒なパッケージの外国産煙草に対抗せんと、名前を一般公募した経緯がありました。
他、候補には「NewWorld」が挙がっていたそうです。
今でこそ公共交通機関や店舗では全面禁煙が半ば義務化されましたが、1950年代の日本では愛煙家が大手を振って歩いていました。
軍人への慰問品としても贈られており、水木は戦場で煙草の味を覚えたのでは……と妄想が膨らみますね。
Grand Old Parr 1950‘s
ゲゲゲの謎、劇中で水木と克典が飲んでいたウイスキー。まさに作中と同じ年代の流通品。映画を見た勢いで開栓します。
この年代の流通品は金属キャップなので高確率で状態が悪いです。こればっかりは開けるまで分かりません。果たして状態は…
状態が悪かったら狂骨になります pic.twitter.com/MxCM5QBxn8—ぱーりんか │ Bar Pálinka (@BarPalinka) November 30, 2023
続いては龍賀克典が愛飲しているウィスキー。
これは1950年代に流行った「Grand Old Parr 1950‘s」で、明治時代には天皇に献上され、戦後は財政界の権力者が好んで飲んんだことで知られています。
「Grand Old Parr 1950‘s」の支持者として有名なのが、戦後日本の大物政治家・吉田茂氏。
自分の後継を擁立する際に「Grand Old Parr 1950‘s」を振る舞ったので、克典はそれにあやかったと推測されます。
瓶を傾けても倒れないのが特徴なので、験を担いだのかもしれません。
また、哭倉村は表向き稲作を主観産業にしており、大きな湖も存在することから豊富な水源に恵まれていました。
にもかかわらず酒蔵が存在せず、日本酒を生産していた形跡がありません。
多大な労力と人手が要る酒造りに頼らずとも、別の財源があったと端的な描写で示しているのに注目。
龍賀時貞の危篤の報を聞いて哭倉村に駆け付けた水木。
親族が一堂に会す服喪の場にて、彼の座布団は大広間の畳の縁の上に敷かれています。
本来畳の縁は踏まないようにするのがマナー。
家人以外が畳の縁を踏むのは非礼に当たるのですが、営業マンの水木がそれを知らないはずなく、招かれざる客人なのが一目で伝わります。
龍賀家の使用人が敢えて縁の上に座布団を敷いた真意を考えると、村ぐるみで厄介払いしたい本音が漏れていますね。
その全てを把握した上でまるで顔色を変えず挨拶する、水木の面の皮の厚さはさすが!
また、葬儀の場なのに臙脂色のネクタイを絞めていることから「色盲では?」と憶測を呼びましたが、視力に問題があれば徴兵検査をはねられているはず。
とはいえ左目を跨ぐ傷痕があるので、戦場で負傷し視力に障害が生じた可能性も、完全には否定できません。
ですがネクタイの色に関しては、全身黒ずくめだと「葬儀があると確信していた」イコール「その人物の死を祈っていた」と曲解されるので、黒以外の差し色を用いるのが営業マンの作法です。
本作中盤にて、沙代は克典が買い与えた白いワンピースに着替え、水木と共に上京したい気持ちを伝えます。
1950年代当時の日本はまだ貧しく、一般家庭の人間はお手製の服を身に付けていた為、既製服を購入し、それを普段着にできるのは相当裕福な証拠。
少し話がそれますが、戦争で働き手を失った女所帯は、洋裁で生計を立てるのが当時の主流でした。
洋裁は在宅で出来るので、家事や育児と並行しながら作業を進められるのがメリット……早い話、洋服は女性の自活を象徴していたのです。
龍賀の手に落ちる前の岩子が黄色いワンピースを着ていたのも、沙代と対になる先進的気風の表れでした。
父に貰ってもらった白ワンピは沙代の一張羅、本命を落とす際の勝負服。
母と同じ着物をわざわざ脱ぎ捨てワンピースに着替えたのは、旧弊な価値観に囚われた家と決別し、新しく生まれ変わる決意表明でした。
白が死に装束や婚礼衣装に通じるのに加え、真っ赤な夕焼けに染まる様子が血を思わせるのも、大変不吉で意味深ですね。
水木とゲゲ郎がアイスを食べるシーンにて、雑貨屋の軒先にアイスの冷却器が存在するのも、哭倉村の特異性を伝えています。
日本でアイスクリームの工業化が始まったのは1920年、『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』の時代設定はそれから約40年後の1956年。
太平洋戦争中はアイスクリームの製造販売が中止され、戦後にアイスキャンデーが復旧。
1953年に漸くカップアイス充填機が登場するものの、全国に普及するにはまだ数年を待たねばならず、庶民が気軽に買えるものではありません。
本作はちょうどその過渡期にあたる為、水木とゲゲ郎はアイスキャンデーを食べていたのでした。
アイスボックスは電気を消費する為、哭倉村には電気が通っています。
村の至る所に建った電信柱は、龍賀の製造工場に電気を大量供給するのが目的でしたが、村人もしっかりそのお零れをもらっていたのでしょうね。
沙代や時弥の憧れの対象にして、東京を象徴する飲み物であるメロンソーダは、1902年に資生堂パーラーに初登場。
メロンソーダもナポリタンやオムライスと同じく日本発祥で、海外では大変珍しがられています。
ゲゲ郎と岩子のデート場所は銀座のパーラーでしょうか、大都会のパノラマを楽しめるテラス席が素敵。
1950~60年代の会社員の平均月給が2万円だったこと、舶来品のマスクメロンが1玉5千円と高騰していた背景を考えるに、比較的手軽に飲めるメロンソーダは、庶民のちょっとした贅沢の象徴だったのでしょうね。
作中にて哭倉村跡地を訪ねた雑誌記者の山田は、工場の廃墟でボロボロの日本人形を発見。
これは哭倉村行き汽車内にて、水木の近くで咳き込んでいた女の子が持っていたもので、親子の哀しい運命を隠喩しています。
冒頭の描写を見ると車内に充満する煙に咽せたと思い込みがちですが、もともと気管支喘息を患っていたのかもしれません。
当時、結核や喘息を患った人々は田舎で療養を勧められていました。
哭倉村イコール長野説が浮上しているのも、長野の高原地帯にサナトリウムが建てられ、人々が闘病していた事実と関係しています。
堀辰雄の小説『風立ちぬ』で、ヒロインの菜穂子が入ったのも長野県のサナトリウムでした。
村には温泉が湧いていた為、湯治に訪れた可能性も読み取れ、屍人に成り果てた展開がなおさら涙を誘います。
水木が勤める血液銀行は厳密には銀行ではありません。
1945年、終戦間もない日本では主に枕元輸血が行われていました。
これは現代のように必要なぶんの血液をパックに保存するのではなく、提供者から直接抜いた血を、その場で患者に注射する方式。
杜撰なやり方と不衛生な環境が祟り感染症が蔓延した為、1950年に日本初の民間商業血液銀行が設立されます。
血液銀行は民間の志願者を募り、彼等から採血を行います。
その後新鮮で健康な血を必要とする病気の患者が、銀行が保管する血液を直接購入していたのでした。
冒頭で銀行の入口に座り込んでいるのは、自分の血を売りに来た復員兵たち。
戦後間もない日本では売血は高額な収入源と見なされ、何度も繰り返し血を抜きに来る人間が後を絶ちませんでした。
なので水木の役職は民間企業のサラリーマンが正解。
営業マンならば公共職業安定所やドヤ街の宿泊所、あるいは病院に赴いて、大口契約を結んでいたのではないでしょうか?
水木のネクタイが赤色なのは血液銀行のイメージカラー、もっと単純に「赤血球」を表しているのかもしれません。
血液銀行の経営陣が製剤Mの秘密を探ろうとしたのは、龍賀一族と癒着することで、血液銀行の市場拡大を図っていたからだと考えられます。
宍道湖と中海の間にある
手間天神社はとても神秘的な神社です。川の中にあって上陸出来ないので、ゲームをクリアしたら渡れるとも言われています。
山陰本線の車窓からも良く見えます。
私は勝手に 現在公開中の映画 鬼太郎誕生の舞台はここをモチーフにしていると思ってます pic.twitter.com/m84MPFaDbQ—くましろ (@4yXRMNxZ0SOrEd9) January 30, 2024
青森県のジェネリック哭倉村へ…
(浅虫温泉の湯の島、浅虫の廃線のトンネル、弘前城の推定樹齢140年のソメイヨシノ、津軽高山稲荷の千本鳥居) pic.twitter.com/1v07pIiDNz
—味付け海苔 (@RF77962482) November 29, 2023
SNSにて、哭倉村のモデルとされる観光地の写真がバズりました。
それが鳥取県松江市、宍道湖と中海の中間に位置する手間天神社。
『出雲国風土記』にも記述された由緒正しい神社で、島全体が玄武岩で構成されており、神社には少彦名命(すくなびこなのみこと)が祀られている模様。
普段は上陸が禁止されており、年に数回特別な許可を得た関係者だけが立ち入りを許されています。
鳥取県境港市育ちの水木しげるに敬意を表し、劇場版制作陣が近所のロケーションを取り入れたのでしょうか?
景観の類似から「ジェネリック哭倉村」こと、青森県の浅虫温泉もモデル候補地として挙がっています。
前景に鳥居がたたずむ島や樹齢140年のソメイヨシノなど、『ゲ謎』に共通する要素が多いので、ファンの方は聖地巡礼に足を運んでください。
以上、『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』の小ネタを深掘りしてみました。
水木が喫っている煙草の銘柄が「peace」というのが、血なまぐさい映画を皮肉っているようで、なんだかほろ苦い余韻を残しますね。
もし水木と沙代が駆け落ちするIFの未来があったら、彼女も洋裁の内職で夫を支えていたかもしれません。