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イタリア、スペイン、イングランドといったヨーロッパのサッカーリーグは、BSテレビ等でもよく中継されるので馴染みがあるが、「メキシコリーグのサッカーって?」と多くの人が思っているはず。CSのチャンネルがほぼ独占しているのでなかなか見る機会も少ない。
本田圭佑が出場した試合を少し見たけれど、サポーターの盛り上がり方がヨーロッパとも日本とも、なーんか違う。そもそも言葉は分からないが、負けているチームが盛り上がっているように見えたり、歓声なのか罵声なのかよく掴めない。これは国民性なのか?と思って、メキシコリーグのサポーターについてちょっと調べてみたのだが、特色があってちょっと面白かった。
まず、サッカーメキシコリーグについて簡単にガイドする。南米メキシコは、労働者の最低賃金は81ペソ(2017年)、日本円で約500円と、とても安い。そんな国で、トップリーグ選手の平均年俸は約2000万円とかなり高額。
メキシコ代表は、W杯に15回出場。2012年ロンドン五輪では金メダルを獲得。
CONCACAFチャンピオンズリーグ(北中米カリブ海のクラブリーグ戦)ではメキシコのチームが、最多33回の優勝を誇る(2位コスタリカ6回)。メキシコリーグは1943年に創立され、現在の愛称は「リーガMX」。
一部リーグは18チームで、春・秋(前期・後期)の2ステージ制で優勝を争う。人気スポーツでありレベルも高いため、資金力が豊富なチームには、ブラジル、アルゼンチンなどから有望選手もやってくる。
2016年の平均観客数は2万6,794人で、ドイツ、イングランド、スペインに次ぐ4位の動員数。
メキシコはアメリカと隣国なので野球も人気だが、実力のある選手はメジャーリーグへ流れてしまう傾向にあるので、人気はサッカーが上なのだそうだ。
ちなみに、本田が所属するCFパチューカは、1901年創立でメキシコでは最古のクラブチーム。資金力は豊富。今年4月のCONCACAFチャンピオンズリーグで5回目の優勝を果たしているので、12月に開催されるクラブW杯の出場権を得ている。
サッカー事情に詳しいライターさんに伺ったら、「良いプレーをすれば賞賛、ダメなプレーをすれば罵倒、という手のひら返しが激しくて面白い」とのこと。
本田圭佑を例に取る。メキシコリーグが開幕したが本田はふくらはぎ痛などのため出遅れた。チームは開幕3連敗を喫すると、怒りの矛先が本田に向けられ、新聞、雑誌ではこんな厳しい声が沢山飛んだ
「あなたはスシが好きですか? パチューカの面々は嫌いかもしれない。」
「日本人の本田圭佑によって彼らのロッカールームは完全に崩壊している」
「本田はプレーしないつもりか?」
「高額の資金を出したのに、いつまで休むんだ? どう埋め合わせをするんだ?」もちろん、SNSでもファンは辛辣な言葉を浴びせていた。
8月23日、本田がメキシコデビュー。3点リードの後半13分から途中出場だったが、見事に1ゴールを挙げ、チーム3連勝に貢献。今度は本田賞賛に沸いた。
「本田圭佑の歴史的なデビュー戦でのゴールにパチューカのファンは興奮している」
「彼が100%の状態になった時はどんなプレーをするんだろうか」
「NARUTOのように走ったから追いつけなかったんだ」
「昨日は・・・『金を奪うためだけに来た』『もう歳だろ』『プレーもしないろくでもない奴』『彼の国へ返してやれ、このおっさん』
と言っていた奴らが、今は『ゴラッソ(凄い!)』『君はクラック(名手)だ』『君を愛しているよ』と言っている。こういう奴らがサッカーを駄目にしている」
_____といった具合。
まあ、報道や世間の声でこれくらいの賛否が出るのは、どこの国でも同じかもしれないが、メキシコサッカーのサポーターの特徴は、特にスタジアムでの試合中で表れるそうだ。
世界のサッカーにはサポーターにもお国柄と言えるカラーがあるようで、例えば、日本のJリーグなら、「最後まで諦めずに頑張れ!一緒に戦おう!」という気持ちを込めて、声を揃えて叫ぶのが一般的。
スペインは、パスが回ったり、シュートを打つ時などに、闘牛士を激励する「オーレ!」を連呼したりする。味方に発破をかけるのが特徴のようだ。
イングランドは、「チャント」と呼ばれる短い歌と手拍子で味方を応援するのが恒例。ただ、チャントにも種類があって、侮辱するタイプのものも有り、敵や審判、監督などに矛先が向く。あまりにも下品な言葉を大声で叫ぶことが多いため、子どもに悪影響として問題になっている。
_____と、いった感じ。
メキシコは、「味方に厳しい応援」をするのが特徴? とでもいうべきか。
例えば、ホームチームが圧倒的にボールを支配しながら、ストライカーが幾度かゴールを外した。後半に入ってPKを獲得したが、これも外してしまうと堪忍袋の緒が切れたかのようにサポーターが罵倒し始めた。
「交代させろ!」「スタジアムから出て行け!」「引退しろ!」
どんなスポーツでも応援するファンから野次は飛ぶもの。しかし、一旦火がつくとそれが止まらなくなり、ボールがその選手に渡るだけで罵声が浴びせられるようになる。さらにミスなどすると、罵詈雑言がレッドゾーンに。
汚名返上とばかりにようやくゴールを決めても、「今さらか!」と笑われ、ブーイングが飛ぶ。味方の選手なのに、不甲斐ないプレーが印象に強いと、その後活躍したとしてもチャラにもしてくれない。
ただし、敵のファンも唸るようなスーパープレイを見せた時や、ブーイングにもめげず奮闘したと皆が認めた時は、手のひらを返して一気に拍手が送られることもある。
また、スタジアムがホームだろうがアウェーだろうが、味方チームがあまりにも不甲斐なく、逆に相手チームがあまりにも素晴らしいサッカーを見せている時は、半ばヤケクソで味方を罵り、相手を称えるケースも少なくない。ただし、相手チームを称える拍手などの行為は、ほとんど味方チームへの嫌味。
失敗すれば容赦なくバッシングし、結果を出せなかった選手を厳しく断罪する。逆に、1対1の勝負に勝ったり、相手をあざ笑うかのようなプレーを見せたりすると絶賛する。
つまり、メキシコサポーターは、良くも悪くも、スタジアムで選手の査定をしながら観戦している感じ。「味方サポーターに嫌われたくなかったら頑張れ」と鼓舞しているようだ。
強い相手チームを憎んだりすることは少なく、むしろ味方チームが不甲斐ない場合はバッシングするのが大きな特徴。逆に、味方が素晴らしいプレー、素晴らしいゲームを見せた場合は、勝てばお祭りかのように賞賛し、負けても納得という雰囲気になるとのこと。
世界でも自国カラーが珍しい応援をするメキシコ。だが、これで選手が発奮し、国のサッカーレベルを押し上げてきたわけだ。勝った相手が憎らしいといって嫌がらせをするのではなく(絶対ないとは思わないけど)、それよりも味方を叱咤激励する自虐的応援は、理性の範疇だと思う。
デビュー戦で鮮やかなゴールを奪った本田選手は、第一印象としてはサポーターにいい印象を与えた。愛され続けるには継続してファインプレーをすることに尽きる。
そんなメキシコサポーターの気質を聞いて“そういえば”と思い当たるフシがあった。1968年メキシコオリンピック3位決定戦、日本対メキシコの一戦だ。
アステカスタジアムは5万人の観客で溢れた。殆どが地元メキシコ応援だ。日本は、大会前から誰がどう見てもノーマークの国だったが、勢いに乗って強豪を突破し3位決定戦まで残った。だがメキシコとの練習試合では0-4と惨敗していた。会場の誰もがメキシコの銅メダルを疑わなかった。
ゲームが始まると、案の定ボールは圧倒的にメキシコが支配する。しかし、ゴールが奪えない。イライラしだした所で、日本はカウンター攻撃で先制し、追加点まで挙げて前半を2-0とリードする。
後半に入ると、日本は大凡ディフェンスにまわりメキシコの攻撃を封じ込める。ゴール前まで何度も攻めながら得点できない味方にジレだした5万人のサポーターは、いつの間にか、「ハポン!ハポン!(日本)」と日本の奮闘に声援を送り出したのだ。
酸素の薄い標高2500mという慣れない高地で、へとへとになりながら必至に頑張る日本の姿に心撃たれ、裏を返せば情けないメキシコナインを嘲笑するように、自虐の応援に出た。日本はそのまま守りきり、奇蹟とも言える銅メダルを獲得する。
変わらないサポーターの歴史があると知って感慨深い。もしヨーロッパサッカーに物足りなさを感じたら、メキシコサッカーを見てみては? メキシコ人は体格が日本人に近くプレースタイルも似ているとされる。でもJリーグよりレベルは数段高いそうだ。