日本初の取り組みも。神戸市が空き家・古材・下水を「資源」に変える現場
神戸市は2026年10月13日(火)、メディア向けのプレスツアーを開きました。回った先は5カ所です。下水処理場、空き家を改修した宿、文化複合施設、古材のストックヤード、空き家の相談窓口。場所も役割もそれぞれ違いますが、共通しているのは「使われなくなったもの、捨てられるものを、もう一度、地域で使う」という考え方です。
こうした取り組みの背景には、空き家の増加があります。神戸市の空き家は、2023年に約11万8000戸。住宅のうち住んでいない家の割合(空き家率)は13.9%で、全国の13.8%とほぼ同じ水準です。このうち、売りにも貸しにも出ていない空き家は、約3万9500戸あります。
下水の汚泥から肥料の原料「リン」を取り出す玉津処理場
最初の訪問先は、玉津処理場です。神戸市建設局下水道部計画課の坂本課長が、下水からリンを回収する取り組みを説明しました。
リンは、窒素、カリウムとともに、肥料の三要素のひとつです。日本はほぼ全量を輸入に頼っていて、価格は2008年、2021年、2026年と大きく動きました。一方で、下水にもリンが含まれています。坂本課長によると、全国の下水には約5万トンのリンがあり、国内の農業で使うリンの約6分の1にあたるといいます。
きっかけは、処理場の配管でした。下水の中のリンが、海水に含まれるマグネシウムと反応して固まり、配管に詰まっていたのです。これを肥料の原料にできないかと、神戸市は2011年に研究を始めました。2015年には「神戸ハーベスト」の名前で、肥料の販売が始まっています。農家向けは地元のJAなどを通じて、家庭向けは市内の一部のホームセンターで、1キロ袋の「こうべSDGs肥料」として販売されています。
仕組みはこうです。下水をきれいにしたあとに残る泥、いわゆる汚泥(おでい)に、水酸化マグネシウムを加えると、リンが結晶になって取り出せます。できあがるのは、砂のようにさらさらした粒で、これが「再生リン」です。800キロ入りの袋一つをつくるのに、360〜400立方メートルほどの汚泥が必要だそうです。
再生リンは水に溶けにくく、土の中で少しずつ溶けて、作物に栄養がゆっくり届きます。輸入のリンは水に溶けやすく、すぐに効きます。性質が違うため、併用する農家やメーカーもあるそうです。
とはいえ、肥料を変えるのは、農家にとって勇気がいることです。坂本課長によると、農業関係者からは、「安全性や品質は安定しているのか」「作物に本当に効くのか」を心配する声がありました。再生リンは化学反応で取り出すため、不純物が混ざりにくく、品質も安定しやすいのが特徴です。神戸市はJAや農家と何年も試験栽培を重ね、最初は購入を補助して、まず一度使ってもらいました。農家からは「これまでの肥料と遜色のない野菜を、同じ量つくれる」と評価され、利用が少しずつ広がってきたといいます。
供給量は、2015年の約4トンから、2024年には約83トンになり、2026年は約89トンの見込みです。回収設備は、東灘処理場で1基目が稼働し、玉津処理場の設備は2基目にあたります。現在は東灘処理場で3基目を建設中で、3基がそろうと、年間300トンを回収できる体制になります。このリンを使った肥料は、学校給食の米や、酒米の山田錦にも使われています。
空き家を改修して使う。塩屋の宿と文化複合施設「海角」
次に向かったのは、須磨と垂水の間にある海辺のまち、塩屋です。三宮から電車で約20分。昭和初期の古民家を改修した「塩屋的住環境の家」は、1日1組だけが泊まれる小さな宿です。オーナーの小山さんが、2025年に個人事業として始めました。
改修には、神戸市の「建築家との協働による空き家活用促進事業」を利用しました。空き家を地域や社会のために使う改修に、費用の2分の1、最大500万円を補助する制度です。この宿の総額は1500万円。内訳は改修費が1250万円、建築家への費用が250万円で、補助金は500万円でした。小山さんは「めちゃくちゃありがたい」と話します。
普段は宿泊客だけが利用する宿ですが、月に2回は「お弁当の会」を開いています。泊まる人だけの場所にせず、近所の人も気軽に行き来できる場所にしたい。そんな思いは、改修の前から小山さんの中にあったといいます。宿泊客には、1時間ほどのまち歩きを無料で付けています。小山さんがまちを案内し、なじみの店や人を紹介するうちに、まちとの距離が近くなる。次に訪れたとき、知っている店や顔見知りがいれば、まちはもっと身近になる、と小山さんは考えています。
小山さんは、塩屋をおもしろがる活動を2014年から続けてきました。空き家に目を向けるのも、「空き家を減らすため」というより、「空き家は安く、おもしろい人がまちに来るきっかけになる。おもしろい人がたくさん来たら、まちはおもしろくなる」と考えているからです。
塩屋にはイラストレーターや写真家、絵本作家、音楽家、現代美術家など、創作に携わる人が暮らしています。「いろんなクリエイターが、塩屋をおもしろがって引っ越してきてくれた」と小山さん。宿の中にも、その作品があります。BGMは塩屋在住の音楽家の曲。タオルは、塩屋に住む布作家さんと別注でつくったものです。机として使っているのは、現代美術家・飯川雄大さんの作品。設計は、小山さんによると、建築家の橋本健史さんが手がけました。
塩屋駅のすぐ近く、細い路地がメインストリートになっている一角には、文化複合施設「海角」があります。約20年空き家だった建物を、オーナーが入手して生まれ変わらせました。1階と2階に2店ずつが入り、2026年11月3日で、海角として3周年を迎えます。
その一つ、書店を営む有吉さんは、オーナーの「ここで仕掛けると、きっとおもしろいことが起こる」という言葉に心を動かされ、出店を決めました。本屋があることで、人が集まります。出版に携わる人のトークイベントや読書会、小学生が参加する企画も開いています。暮らしについて有吉さんは、「静かに暮らしながら、元町や三宮までは電車で20分ほど」と話します。中心部で働き、塩屋で暮らす人も移り住んでいるそうです。
解体で出る古材を捨てずに残す「ビバーク」
塩屋で見たのは、空き家を改修して使い続ける姿でした。一方で、改修や解体の現場では、まだ使える木材や建具が捨てられています。塩屋をあとにして向かったのは、神戸市長田区の苅藻島クリーンセンター内にある古材ストックヤード「ビバーク」です。2026年1月に開設されました。建物の解体で出る柱や梁、畳の下の床板、床の間の板、ドアなどを、捨てずに残しておく場所です。運営を担う「ビバーク共同事業体」の丸山さんが案内しました。
始まりは、建築に携わる民間の悩みでした。空き家を改修するとき、解体材をかき集めては次の現場で使う「自転車操業」の状態。置き場を借りると、家賃でコストが合いません。一方で、置き場があれば古材を選んで使いたいというクリエイターは、地域にたくさんいます。建築家との協働の補助事業の中には、解体材で内装を改修するチームがいくつかありました。
その取り組みに市長が関心を持ち、意見交換の場が生まれます。その後、事業者を企画で選ぶプロポーザルを経て、丸山さんたちが運営を受託しました。木材は民間が所有し、置き場は市の施設です。
古材が使われにくいのは、整った新しい材料のほうが圧倒的に安く、大工さんにも使いやすいからです。そこでビバークでは、使い道を変える工夫をしています。引き出しを抜いて平らにし、子どものおもちゃ棚に。柱材を削り出して、テーブルの脚に。窓ガラスを曲げて、照明や皿に。手間を減らす実験も進めています。
当日は、型枠大工さん(コンクリートの型枠をつくる職人)が使う空気圧の道具で釘を抜き、プレーナーという機械で板の厚みをそろえる様子を見せてくれました。釘抜きや洗浄は福祉事業所の方にも依頼し、担い手を地域に広げようとしています。
丸山さんたちは、運び込む木材の重さを、クリーンセンターにある車ごと乗れる計量器で測り、燃やさずに済んだCO2の量に換算して記録しています。2026年7月時点で、保管している木材は13トン、CO2は24トン分になります。
「行政が乗り出しているのは日本初で、どこにも事例がない」と丸山さん。海外ではベルギーに似た施設が一つあるものの、そこもまだ実証の段階だといいます。丸山さんは、空き家を「町の負の遺産ではなく、大事な資源」と捉え、神戸から1時間圏内で古材を使いこなせる場所づくりを目指しています。
相談から解体、持ち主不明の物件まで。空き家をつなぐ「すまいるネット」
ビバークで見た古材は、建物を解体したあとに残るものです。では、使われなくなった空き家そのものは、どう次へつなげればいいのか。最後に向かったのは、その相談を受ける神戸市の窓口「すまいるネット」です。
空き家等活用担当の山本さんによると、空き家を売りたい、貸したいという所有者や家族の相談を受け、不動産の専門家につないでいます。一般相談のあと、宅建協会などの理事を務める専門相談員がアドバイスし、必要に応じて市内の不動産業者4社ほどに活用の提案を依頼します。約1カ月後の2回目の専門相談では、各社の提案を比べて検討でき、納得できなければ見送ることもできます。専門相談は、2025年度に180件ありました。
空き家を、地域のために使う道もあります。支援課の石原担当課長によると、それが、地域で使いたい人と所有者をつなぐ「地域利用バンク」です。こども食堂など、地域活動の場所を探す団体と、空き家の所有者を引き合わせる仕組みで、地域で使う空き家の改修費には、最大200万円の補助があります。
一方、活用が難しい古い空き家には、再生支援担当係長の中川さんが案内する、解体の補助を用意しています。1986年以前に建てられた、腐朽(ふきゅう)や破損のある空き家が対象で、補助は最大60万円(共同住宅は最大100万円)。制度開始からの累計で、約5000戸が解体されました。
もう一つの課題が、持ち主が分からない「持ち主不明の空き家」です。神戸市建築住宅局安全対策課の有井課長によると、市が対応してきた約1800件のうち、約1割が所有者不明でした。登記がない、相続する人がいない、全員が相続を放棄した、といったケースです。持ち主がいなければ、行政が代わりに管理や売却をすることはできません。
そこで神戸市は、2023年4月の民法改正でできた制度に着目しました。裁判所に申し立てると管理人が選ばれ、土地や建物の管理・売却ができる仕組みです。法改正で市町村も申し立てできるようになり、2024年4月、弁護士2人を含む「空き家対策特命チーム」をつくりました。申し立ての際は、裁判所に予納金(前もって納めるお金)を納めます。売れた代金で管理人の費用をまかなえれば予納金は戻りますが、安くしか売れなければ、市の負担になることもあります。
それでも市は、たまった所有者不明の空き家を、集中的に解消しようと取り組んできました。2024年度から2026年9月までに158件を申し立て、70件は売却が完了。新しい持ち主のもとで、そのまま使われたり、解体して土地が使われたりし始めています。申し立てた案件のうち、所有者不明になった原因の約6割は相続でした。
「全国初のチームで、今のところ唯一ではないか」と有井課長。ほかの自治体や国からも注目され、「同じようなチームをつくりたい」「制度をどう活用しているのか」といった問い合わせが非常に多いといいます。直接、視察に訪れる自治体も少なくないそうです。
使い終わったものが、まちの資源に変わる
下水の汚泥から取り出すリン、改修して使い続ける空き家、解体で出る古材、そして持ち主のいない空き家。今回巡った5カ所は、分野も担い手も異なります。それでも共通していたのは、これまで処分するしかないと考えられてきたものに、もう一度使い道を見いだしていることでした。
その多くは、行政だけで進めているものではありません。下水のリンはJAや農家と、空き家の改修は建築家やまちの人と、古材は民間の事業者や福祉事業所と、持ち主のいない空き家は弁護士と。行政と民間、地域がそれぞれの役割でつながることで、仕組みが少しずつ動き始めています。使い終わったものを資源として見直す視点は、ほかのまちにとっても参考になりそうです。