この秋、日比谷をメイン会場に開催された第37回東京国際映画祭が無事に閉幕した。同映画祭で上映されたコンペティション映画とアニメーション映画をすべて鑑賞した『押井守の映画50年50本』『映画の正体 続編の法則』の編者である鶴原顕央が注目作品をレビューする。

東京グランプリは日本映画『敵』

本年度は香港のトニー・レオンが審査委員長を務めたコンペティション部門。全15作品の中から最高賞の東京グランプリに選ばれたのは、筒井康隆原作の『敵』。妻に先立たれた元大学教授が、余命と貯金残高を気にしながら自炊生活を送っているが、主人公のことを慕って頻繁に訪ねてくる教え子の女性とのよからぬ関係を妄想したりもする。そんなある日、パソコン画面に「敵」と表示される。その敵の正体とは?

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色褪せた老年期を表現すべく全編モノクロ映像なのだが、性欲がまだ完全には枯れていない。原作準拠のこの設定を主演の長塚京三が上品に演じている。老いた肉体でありながらも夢精してしまう。下品になりかねない欲望の描写が、とことん上品なのだ。そして食事の所作。いわゆる孤食であるから台詞もなく、白黒映像ゆえに色味もないが、実に美味しそうに食べてみせる。長塚京三が最優秀男優賞を、吉田大八監督が最優秀監督賞を獲得し、東京グランプリと合わせて三冠達成。来年1月の劇場公開にも期待がかかる。

アカデミー最有力が集結したアニメーション部門

映画祭のメインであるコンペティション以外にもここ数年どんどん拡充しているのがアニメーション部門のラインナップだ。日本公開は来年2月だが、アメリカ本国での大ヒットにより続編製作が確定しているドリームワークスのCGアニメーション『野生の島のロズ』。カンヌでワールドプレミア上映後、世界各地の映画祭を席巻中の猫が主人公のラトビア映画『Flow』。そしてストップアニメーション界の鬼才アダム・エリオットの最新作『メモワール・オブ・ア・スネイル(原題)』。これら3本はいずれも来年の米国アカデミー長編アニメーション部門の最有力と言われている。『Flow』は日本公開を3月14日に控え、オーストラリア映画『メモワール・オブ・ア・スネイル(原題)』も日本の配給会社トランスフォーマーが権利を獲得済みではあるが、映画祭でいち早く鑑賞でき、しかもこれらが一堂に会したことは特筆すべきだろう。

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『野生の島のロズ』はハリウッドのCGアニメーションの最新進化形。その映像美に酔いしれる。『メモワール・オブ・ア・スネイル(原題)』は東京国際映画祭での上映の直前にロンドン映画祭のコンペティション部門で実写と競い合って最優秀作品賞を獲得したことでも話題になった。ギンツ・ジルバロディス監督の『Flow』は、前作『Away』も2019年の東京国際映画祭で上映されたが、これまで単独でアニメーションを作ってきたジルバロディスが本作のために母国ラトビアでスタジオを設立し、ラトビアの若手アニメーターたちを育成しつつ、フランスやベルギーとも組んだ意欲作。台詞なしでストーリーを展開させていく手法は前作と同じであり、孤島で目を覚ました少年が脱出をこころみる前作と、森に暮らす一匹猫が大洪水に巻き込まれてしまう今作はストーリーも似ているが、今作の一匹猫は途中で犬や鳥と出会い、冒険の仲間が増えていく。舞台裏を知らなくても楽しめる映画だが、初の共同作業に挑んだ監督の戸惑いと喜びがそのまま物語に組み込まれているのだ。

特別上映『クリスマスはすぐそこに』

今回の映画祭ではケイト・ブランシェット主演のApple TV+の配信ドラマ『ディスクレーマー 夏の沈黙』もスクリーンで上映され、同作を手がけたアルフォンソ・キュアロン監督が緊急来日を果たした。

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キュアロン監督の来日に合わせ、同氏がプロデューサーを務めるディズニープラスの短編アニメーション『クリスマスはすぐそこに』も特別上映された。

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キュアロンの原案をデヴィッド・ロウリーが監督した本作は、当初は実写作品として企画されたが、アニメーションの手法が適しているとして、短編アニメーションとして完成に至った。きらきら輝く物が大好きな森のフクロウが、都会のクリスマスツリーの飾りに惹かれ、ニューヨークの喧騒に迷い込む。ストップアニメーションに見えるが、実際はCGアニメーション。だが、幼少期にストップアニメーションを自作していたデヴィッド・ロウリー監督が手作り感の原点に立ち返ろうとする、温かみのある映像とストーリーになっている。

同作の舞台挨拶と上映後トークショーに登壇したアルフォンソ・キュアロンはお気に入りの日本映画として三池崇史監督の『藁の楯』を、模倣したい作風として高畑勲監督の『ホーホケキョ となりの山田くん』を挙げ、さらに今回の東京国際映画祭の上映ラインナップで「すでに観た映画が1本ある」としてコンペティション部門のカザフスタン映画『士官候補生』を強く推した。

不穏な雰囲気が漂う『士官候補生』

アディルハン・イェルジャノフ監督の『士官候補生』は東京国際映画祭での上映が世界初だが、フィンランドのミッドナイト・サン・フィルム・フェスティバルでイェルジャノフと知り合ったキュアロンは、同作をデジタルデータで受け取り、すぐさま鑑賞。その出来栄えに感心し、友人のギレルモ・デル・トロにも見せたと言う。

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シングルマザーのアリーナが息子セリックを士官学校に入学させるが、旧ソ連体制を引きずるディレクトール(校長)からは「そいつは息子ではなく娘だろう」とからかわれ、先端恐怖症ゆえに髪を刈ることも銃剣をうまく扱うこともできないセリックは仲間からいじめられる。同校のトイレで自殺者が出たとの知らせを受けて、息子が死んでしまったと思い込んだアリーナが駆けつけると、実は息子は加害者だった……。似た内容のホラー映画は枚挙にいとまがなく、今回の審査委員の好みとも合わなかったせいで無冠に終わったのだろうが、不穏な展開とカザフスタン郊外の寒々とした光景がマッチしており、完成度は高い。キュアロンが絶賛するのも納得であり、このような作品がワールドプレミアされた意義は大きい。

地味な作品を発掘して、光を当てることが映画祭の役割だが、地味すぎると映画祭としての華やかさを欠く。そういう意味では今年度は審査委員の顔ぶれや来日ゲストの豪華さで賑やかさを確保しつつ、『士官候補生』のような世界初上映作品も揃えてみせた。そして何よりアルフォンソ・キュアロンのような絶大なコネクションと目利きの能力を持つ人物が映画祭に参加して、映画について語ってくれることの充実度。映画を鑑賞するだけではない醍醐味が、映画祭にはある。

(文と写真:鶴原顕央)

東京国際映画祭に駆けつけたアルフォンソ・キュアロン監督の『トゥモロー・ワールド』を「2006年の1本」として映画監督押井守が語り尽くす『押井守の映画50年50本』は立東舎より好評発売中です。

『押井守の映画50年50本』
押井守 著
立東舎 刊
A5判/ 320ページ/ISBN9784845634446
https://rittorsha.jp/items/19317409.html

(執筆者: リットーミュージックと立東舎の中の人)

情報提供元: ガジェット通信
記事名:「 第37回東京国際映画祭 アルフォンソ・キュアロン絶賛のカザフスタン映画