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映像作家、塚原重義氏は2003年ごろからムーブメントとなるネット向け短編アニメーション「Flashムービー」で名を馳せ、“Flash黄金期”と呼ばれる時代を築き上げたアーティストのひとりです。
独自の世界観で作品を作り続けてきた塚原氏は2018年、クラウドファンディングで初の長編映画『クラユカバ』の制作資金の支援募集をスタート。この時点でガジェット通信は塚原氏にインタビューを行ったのですが、当時の氏が「ネットの書き込みで見かけた」と語ったのは「塚原、生きてるのか?」という一言だったそう。
■記事:名作Flash『ウシガエル』の塚原重義が新作長編アニメ『クラユカバ』の制作支援を募集! 「僕は生きています。ずっと作り続けています」
https://getnews.jp/archives/2101736
クリエイターとして“生死不明”と言われるまでだった氏がこの時に語った言葉は、お世辞にも楽観的と言えるものではありませんでした。
「塚原は生きているのですが、作品である『クラユカバ』は資金が足りなかった場合、死んでしまうかもしれない。なんとか、全部やり切りたいんです」
──作りたい作品があるが、お金が必要である、という現実。
当時の記事はそんな崖っぷちでクラファン支援を呼びかける言葉で終わっていましたが、その後、『クラユカバ』への支援はなんと270%を超えて終了! 見えなかった「闇」に手を伸ばし、機を手に入れた塚原氏。彼のその後から今日にいたるまでについて、改めてご本人と吉田新之助プロデューサーにお話を伺ってみました。
<写真:吉田新之助プロデューサー(左)と塚原重義監督(右)>
──お久しぶりです。2018年末に『クラユカバ』について取材させていただいて以来です
吉田新之助プロデューサー:はじめまして。プロデューサーの吉田と申します。取材はクラファンがはじまったばかりの時ですね。
塚原重義監督:(自分の服を指しながら)あ! 今日、あの取材の時とたまたま同じ服着てる(笑)。
──本当だ……! あの時は生きているのか、って言われていました
塚原:そう、生死不明。クラファンが2018年で、さらにさかのぼるとFlashとかやってたのが2005年くらい。
──20年くらい経ってますね
吉田P:改めて数字にするとすごいですね(笑)。
塚原:思い出したくなかった(笑)。
──クラファン始まったときは、「成功しないと僕は本当に死んでしまうかもしれないって」
塚原:悲壮感ありますね。あの頃はそう……だいぶ最後の賭けでしたからね。でも乗り越えられました。
──コロナ禍もあり、その後は別の苦労があったかと思いますが、結局そこも乗り越えたと
塚原:そうですね。リモートでの制作を確立したことが大きいですね。
──リモートでの制作の場合、巨大データのやり取りや、コミュニケーションの解像度の低さがネックになるようなイメージがあります
塚原:そこは最初に不安視していたことですね。でも、なんかできちゃいましたね……。
吉田P:打ち合わせは基本オンラインミーティングでした。ミーティング自体は想像しやすいと思うんですけど、それ以外に、discord(音声・テキストチャット)で「誰でもいつでも話しても話しかけていいよ」っていう環境を、制作チーム(チームOneOne)が作ってくれていたんです。
塚原:音声でつないで、みんなそこにいるんです。中には作業風景をずっと配信してる人もいました。
──すごい。女子高生がLINE音声を繋ぎっぱなしで宿題するっていうのを聞いたことがあるんですが、それと似てる
塚原:同じだ。それのノリですね。
──物理データはどう、やり取りしていたんですか?
吉田P:Googleドライブでした。オンラインストレージで。
塚原:時間かかるかなー、とか思っていたんですけど。思った以上にストレスないです。たまに重いデータが来ないなってのもあったけれど、そこまでじゃなかった。なんか、作りきれちゃいました。
──物理的な環境に縛られなくなったとなると、心理的にもちょっと楽になった?
塚原:楽になったどころではなく、楽しくなっちゃっいました(笑)。みんながいる部室に通うみたいな感じで。
吉田P:実は北海道から沖縄、アメリカにまで参加スタッフがいるんですけど、フルリモートにすることによって“物理的に来られないから参加できないスタッフ”がいなくなりました。普通、アニメスタジオって、やっぱり物理的環境に集まって仕事をするっていうのが、大勢としてはあるんですが、そういった物理的制約に縛られなくなりました。
──自分の慣れた環境でみんなと会うことができるっていう、いいとこ取り!
塚原:いろんな悩みから本当に解放されました。純粋に作品作ることに集中ができるようになりましたよね。
当初、クラウドファンディングで募集していたのは長編アニメ『クラユカバ』の制作支援でした。ここで塚原氏に転機の一つが訪れます。
塚原:クラウドファンディングしていたら、支援者の一覧の中に「なんかすごい人が居るぞ」って。それが、小説家の成田良悟さんでした。
吉田P:そのご縁をきっかけに、2回目のクラウドファンディングをするってなった時に特典用の短い小説をお願いすることになったんです。
塚原:最初の打ち合わせした時に「テリヤス工業とウシガエル出していいっすか」って言われたんです。ちょうどその時は最初の『クラユカバ』の方に僕は必死だったんで、まあまあまあ、落とし込めるなら全然OKです、ってお返事してね。
吉田P:小説として面白ければオッケーだから、って。
塚原:そうしたら、結構分厚いものが来ちゃった(笑)。
──何10ページとかじゃなかったんですか
吉田P:文庫版だと100ページ超える感じでした……。成田さんの(塚原作品への)「好き」があふれていまして。「これ、そのままクラファンの特典で使うだけだともったいなさすぎる!」ということで、そこから全編制作をセットでできるように動き出しました。
塚原:本当に。で、「(追加でクラメルカガリの映像化を)やるよ」って言われて、「え!!」ってなって。(笑)
成田さんが書いてくれた物語自体には全く不満はないけど、(塚原作品の)“過去モチーフ”やんの?!って。
──じゃ、『クラメルカガリ』は塚原さんがあのモチーフでやりたい、って言いだしたわけではなく
塚原:いや、自分にとっては(題材が)過去のモノなので、困りましたね。「学生の時に考えた設定だもんな」という気恥ずかしさで(笑)。でも映像化する、って覚悟を決めてからは、ちゃんと今観てもいいように色々ブラッシュアップしています! ウシガエルのデザインとかも。
──まさかの2作品同時公開のいきさつですね。想定外でした
『クラユカバ』『クラメルカガリ』、いずれも共通しているのは日常の明るさに対する未知の暗部であったり、我々の現実と微妙に世界線の違う並行世界である点です。塚原監督が“非日常”に潜るようになるきっかけについて聞いてみました。
──今回の2作品、どちらも「クラガリ」っていう根源的に畏(おそ)れがある、日常以外の場所を舞台として、そこに向かう気持ちを描いていました。塚原監督が「クラガリ」に引き込まれるようになったのには、何かきっかけがあったんでしょうか
塚原:どこまで話そうかな……。『ウシガエル』作った後に悩んだ時期があったんです。あの作品が当時、結構話題になったことで、逆に「自分って何が作りたいんだっけ」となったんですよ。
なんかみんな考察とかし出すけど、当時は「そこまで考察するほど中身ないんだけどな」と思いつつも、「じゃあ自分が作る中身のあるものってなんだ」と。「自分が作りたいものってなんだ」って考え始めてしまった。
その1年後ぐらいに作った『通勤大戦争』あたりから、徐々に現実と空想を行き来するテーマが出てくるんですけど、あれが多分1番最初の出た“芽”なんです。
──並行世界への
塚原:そうですね。その後、時間をかけて最終的に『端ノ向フ』になるんです。当時よく民俗学の本とか読んでいたので、並行世界のアイデアだったり、日常、非日常の境界線がどう、という発想が結びついた感じですね。
──今回もそうなのですが、塚原作品の並行世界の中には、様々な古(いにしえ)の実在モチーフが登場します。銭湯の藤のカゴだったり、ニキシー菅やモールスの電鍵だったり、狂言回しのからくり人形だったり。あの古のアイテムが作品と現実をつないでもいます
塚原:『クラメルカガリ』の頃は余裕が出てきて、(そうした好きなアイテムなどを)ここに入れよう、とかニヤニヤしながら作れました。一瞬だけ登場するものも、ここにこういうものは必要だ、どうしようかなって考えて。
──そういう現実と別の世界線を結ぶアイテムも、必然があって置かれていたわけですよね。“地図”というテーマもそうですが、「クラガリ」や異世界と現実を結ぶアイテムのことを考えると、塚原監督は「流れ」とか「つながり」を見るのが好きなのかなあ、と想像していました
塚原:なるほど……。今日のインタビューで1番深いとこまで降りてましたね。虫歯が、ついに神経に到達して痛い!みたいな(笑)。
──(笑)恐縮です!
──作品の技巧的な部分について聞かせてください。ちょっと細かい話なんですが、人の顔の線の描き方で、『クラユカバ』と『クラメルカガリ』では表現方法が少し違いました。『クラメルカガリ』のほうはマンガのGペンっぽい強弱を感じましたが、あえて描き分けてた?
塚原:いや、どちらも目指してるものは一緒なんですが、『クラメルカガリ』の方が後から作った分、より精度が増したんだと思います。
吉田P:技術的な洗練さは『クラメルカガリ』の方が上がっているかもしれないですね。
──Flash(Adobe Animate)を制作ツールに使った理由ってどんなところですか
塚原:やれる手段を全部やった結果ですね。
吉田P:普通のアニメだと原画、動画(中割り)、仕上げっていう工程の中、動画のところで中割りという沢山の動きの絵があるんですけど、Flashだとこの仕上げまでを1人でできるんですよね。
工程の圧縮っていうのができるので、ワンカットまるっと1人にお願いしたりできます。そうすると、そこの場面のブレが少なくなるといったメリットもあります。
塚原:もちろん(Flashに)不得意なこともあるから、そこは普通に作画でやるんですけどね。あ、さっきの線がGペンぽい、っていうのは、Flashの“鉛筆ツール”で描いた線を後からAfterEffectでいじってるんですよ。Flash臭さを消すために。
──興味深い……。けど、相当手がかかってますね
塚原:そうなんです。
──あと今回3DCGを多用されてるんですが、塚原さんの世界観との“なじみ”がすごく良いなとも感じました。3DCGって手を加えないと一般にはソリッドな表現になるかと思うのですが、塚原さんの絵の良さって、にじみとか線の有機的な表現だと思うんです。でも、ものすごく3Dとなじんでいるように見受けました
塚原:なんか出来ちゃった(笑)。まず『クラユカバ』の方は、Aftereffectで色をいっぱい乗せてるんです。ひたすらなじませていく、結構なチカラ技なんですよ。
『クラメルカガリ』の方になると、素材を作る段階からテクスチャーをちょっと柔らかく作るとかそういうアプローチをしていました。
──仕込みの段階で楽になるように
塚原:もっと細かく言うと、『クラユカバ』を4分の1ほど作り終わったあたりで、美術監督として大貫(賢太郎)さんが参加してくれるようになってですね。
吉田P:TVアニメ『ヴィンランド・サガ』などでも美術を手掛けられている方です。
塚原:大貫さんは普段2Dでアニメの背景を描いているわけですけど、色々とコントロールしてくれるようになりました。
吉田P:「大貫さん、このシーンなんだけどこういうのが足りないんですよね」とか監督とかが相談すると「なんとかなりますよ」って。(笑)
塚原:そう言ってくれる。これに限らず、そういう人が多いチームでした。なんとかしてくれる系の方が多い。
吉田P:チームっていうところで言うと、アニメーションプロデューサーの加藤さん(加藤はるかさん)の存在が大きい。監督が創作以外の部分に気を遣わなくていいように、加藤さんたちチームOneOneがチームアップしてくれてたのがとても大きいです。
塚原:そうですね。今回のスタッフって結構アニメ業界の外の人の方が多かったんです。自主制作はやってたけど、商業アニメ作品は初めてみたいな人が結構多かった。
吉田P:商業アニメとしての作り方の中で、監督が作品のプロデュースワークっていうところをしなくて良くなるんです。最終的に監督が項目の全てをチェックはするんですけど、監督のチェックの手前のところまでは全部さばいてくれる。
塚原:今、理想的な環境です。自分の人生の中でこんなに素晴らしい環境は今までなかったなって思います。
──先が見えない暗がりから、まさに一転してますね
──できたばっかりで語るのもなんでしょうけど、今後描きたいものってありますか?
塚原:あります。別のテーマも描きたいし、さらに深堀りしたのも描きたいです。何作か構想あるから、今後も映画をまた作りたいなと思っています。
また作りますんで、皆さん『クラユカバ』『クラメルカガリ』観に来て応援してね! そしたら、また新しいのを作れます!
吉田P:そうです!
──どんな感じの作品になりそうか、話せる範囲でお願いします
塚原:『クラユカバ』の中の面白みの部分と、『クラメルカガリ』で見出した面白みの部分、それぞれ両方が共存してるやつをまず作りたいな、って。そこに別の一要素、面白味のあるものをまぶして作品にしたいな。
──すごく観たいです。今日はありがとうございました
まさにクラガリとハレをリアルでも行き来している塚原監督。産みの苦しみもさることながら、その笑顔には作り手にしか味わえない至福がにじんでいるかのようでした。次回作の構想も多く持っているとのことなので、今後にも期待です。興味のある方は、まずこの2作品のテイストの違いも楽しんでいただきたいと心底思いました。
『クラユカバ』『クラメルカガリ』
2作品絶賛上映中
※2作品同時上映ではございません。
©塚原重義/クラガリ映畫協會
配給:東京テアトル ツインエンジン