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映画『走れない人の走り方』が4月26日より公開となります。
PFFアワード2021審査員特別賞(『豚とふたりのコインランドリー』)の蘇鈺淳(スーユチュン)監督による初長編作品。新人映画監督として葛藤する主人公・桐子役を、モデルとしての活動だけでなく『猫は逃げた』以降俳優としての活躍も目覚ましい山本奈衣瑠さんが務めます。
【ストーリー】ロードムービーを撮りたい映画監督の小島桐子。だが、理想の映画づくりとは裏腹に、予算は限られ、キャスティングは難航するなど、問題は山積みだ。 ある日桐子は、プロデューサーに内緒でロケハンに向かうが、その途中で車が故障。さらにその夜に飼い猫が家から逃げ出した上、妊娠中の同居人が産気づく。様々なトラブルに見舞われ動揺した桐子は、翌朝の大切なメインキャストの打合せを反故にしてしまう。 キャストが決まらず車を直す金もない中で、撮影を実現させるための方法を模索する桐子は、あるアイデアを思いつく-。
蘇監督と山本さんに作品の魅力について、お話しを伺いました!
――本作とても楽しく拝見させていただきました!資料にあった、監督の「三日坊主の私にとって、映画はいつまでもやり続けたい唯一のものだ」というコメントがまずチャーミングだなと。
蘇監督:ありがとうございます。最初から「映画についての映画」というメタフィクションをやりたいと思っていました。そしてテーマは「ロードムービー」にしたいなと。本作は東京藝術大学大学院映像研究科の卒業制作として作ったので、学内で企画プレゼンの様なものがあって。最初に「ロードムービーを撮りたいです」と言ったら、先生たちに「役者に運転をさせていけなかったり、車の撮影は大変ですし、予算も厳しいかもしれません」とアドバイスをもらって。
それで企画を考え直して、上原(哲也)さん、石井(夏実)さんと3人で相談して、色々アイデアを出していったのですがなかなかまとまりませんでした。そんな中で上原さんが「ロードムービーを撮りたいけれど、撮れないという話にするのはどうですか」と提案してくれて、それで行こうと。
――では本当に、劇中の桐子の様に発想を転換させてピンチを乗り切ったわけですね。
蘇監督:そうなんです。
――山本さんの出演のきっかけはどんなことでしたか?
山本:この映画の前に、蘇監督が『鏡』という短編作品を作った時に初めてご一緒しました。私は藝大のような学校関係の映像作品には出たことがなかったし、大学にも行っていないので、どういう環境で撮影するのだろうと思っていました。それで、監督と初めて会った時に、とても素敵な方だし、面白そうな脚本が届いたので、「やります」と受けさせていただいて。その後、監督から「この後長編を作るのですが、また一緒にやってくれませんか?」と言われて。だから今回の話ができる前からやることが決まっていた感じですね。
蘇監督:さきほど話した、メタフィクションにすることとロードムービーをテーマにすること、(山本)奈衣瑠さんに出演してもらうということは最初から決めていました。
山本:ありがたいですね。『鏡』からはじまって一年くらいずっと一緒に作品作りをしていた感じで、すごく楽しかったです。
――もちろんどの俳優さんも自分が出たからには自分の作品というお気持ちがあると思うのですが、より監督とキャストで作り上げた映画という感じがしますね。
山本:そういう感覚は大きいですね。監督ともたくさん色々な話をしたので、こうやって藝大の卒業制作という枠を出て、たくさんの方に観てもらえることが本当に嬉しいです。
――ストーリーについては、すぐに決まっていったのですか?
蘇監督:そうですね。最初のプロットをまず私が書いたのですが、伊丹十三の『タンポポ』(1985)という作品に影響を受けています。『タンポポ』も本編の大筋があって、その中に関係ないサブストーリーがいくつも入っているので、そういう作品を作りたいと思い、参考にしながら書いていきました。自分の中でもすんなり素直に書けたと思います。そこから脚本の上原さんと石井さんにプロットを渡して、脚本の形にしてもらって、周りのスタッフとも話していって。
――山本さんは初めて読んだ時にどの様な印象を受けましたか?
山本:最初テキスト上で読んだ時、その他の世界線で生きている方たちが出てきて、これが映像になったらどうなるんだろうというワクワクがありました。「映画」という一つの共通項があって、それぞれ違う世界で生きている人たちがちゃんと描かれている感じ。あとは、桐子を演じることは決まっていたので、「大変そうで、可哀想」と思いました。可哀想というか、桐子が頑張っているからこそついてきちゃう、“上手くいかなさ”みたいな部分は、自分でも共感出来たし、演じ甲斐があるなあって。
――リアルにめちゃめちゃ嫌なことが起きますもんね…!
山本:そうなんですよ。「上手くいってくれ!!」って自分も思いながら読んでいたし演じていたので、桐子と同じようにもうすごく悩みました。周りの人に助けてもらいながらどうにかやっているのですが、でも自分でも本当はもっと別のやりたいことがあって…みたいな。この感覚は私自身も持っている部分なので、切実に一生懸命演じたいなと思いました。
――私も桐子に報われてほしい!と思いながら観ておりました。
山本:良かったです。イライラする人も多いと思うけれど(笑)、可愛らしいキャラクターですよね。このドタバタを通して、「映画がどうやって作られているのか」みたいなのも見えますよね。私は俳優としてどの様に作品が作られているか知っているけれど、初めて知る方にとっては映画1個作るのにこんな時間とお金と労力がかかるんだって驚くかもしれないですね。
――本作はストーリーはもちろん、映像的にも面白い所がたくさんあって、素敵だなと思いました。どんなことにこだわりましたか?
蘇監督:ワンカット長回しのシーンがあるのですが、そこは絶対そう撮りたくて、時間がかかったけれど楽しかったです。『タンポポ』にも同じ様な長回しがあって、やりたかったので実現出来て良かった。
山本:あのシーン、私たちに全くピントが合っていなくて、そこも大好きです。映画を観ていると「桐子が主人公なんだろうな」と気付くと思うのですが、桐子にピントが合っていなくて、別の子に合っている。その子にもストーリーが感じられて素敵なんですよね。
――確かにおっしゃるとおり、視点が移動する感じが面白いですよね。
山本:あと、最後の方のシーンで「桐子が撮っている映画」というていで、スタッフ側が映るシーンがあるのですが、そこは実際にこの映画のスタッフを映していて。これだけの人がものづくりに携わっていて出来上がっているんだなと感じる、個人的にもとても尊いシーンだなと思っています。スタッフにも藝大の方がたくさんいて、監督を含めこの映画に携わった人たちの顔を見ることが出来る。あの演出が、映画を何本も撮った人だと撮れないんじゃないかなと感じて、今の蘇監督が持っているピュアさがそうさせたのではないかと思って、大好きなんです。
――素敵ですね。私はケーキを食べるシーンが好きなのですが、一つ一つのちょっとした表現がリアルで血が通っていて、あたたかいですよね。美術も愛らしくて。
蘇監督:線路沿いのベランダのシーンは、本当の私の部屋なのですが、それ以外は全部セットです。セットなので元々何もない空間で、美術スタッフが部屋の様に装飾してくれているのですが、撮影の前日に何か物足りないとも思って、撮影の日の朝に自分の家のものをたくさん持って出かけたものの、電車から降りたら持ち上がらなくてみんなに手伝ってもらいました(笑)。キッチンには台湾にしか売っていない様な調味料も置いてあったりします。
山本:もしかして桐子も台湾料理作っていたのかもしれない(笑)。藝大の美術領域の方が作ってくれて、美術って当たり前に存在してるように見えるけれど、1個ゴミを置くのにも誰かの手が関わっている。こうやって映画美術を学ぶために学校に行っているんだ、とかそんなことを気づけたことも他の現場との違いでした。照明部も衣装部もみんなそうで、刺激になりましたね。
――『走れない人の走り方』というタイトルもすごく素敵ですよね。
蘇監督:最初のタイトル案は『ロードムービー』だったんです。でも検索でたくさんひっかかってしまうので変えようと。「走れない人の走り方」は私が本当に言われたことです。私の走っている姿を見て、「走れない人の走り方だな」と言われたことをそのまま使っています。
山本:走れない人の走り方が一生懸命で不器用でいいんですよね。私はタイトルが出るタイミングもすごく好きで、桐子の「最低限やれることをやって、それでこれなんです…!」ということがすごく伝わるタイミングだったから。
蘇監督:タイトルを入れる位置も色々考えて、迷ったけれどそういってもらえて嬉しいです。
山本:誰しもがそれぞれの毎日を進んでいますが、その進み方はそれぞれで良いんだというか、「他の人と違っていてもいいよ」という優しさが込められているタイトルだと思います。
――色々な方の“走り方”についてお話しを聞いてみたくなりますね。今日は楽しい時間をありがとうございました!
撮影:オサダコウジ
(C)2023 東京藝術大学大学院映像研究科