2019年7月15日、安倍晋三元首相の遊説中に市民が政権に異議を唱えたところ、警察に即座に取り囲まれ移動させられた“ヤジ排除問題”。この事件の背景やその後を追ったドキュメンタリー「ヤジと民主主義 劇場拡大版」が、東京・ポレポレ東中野、北海道・シアターキノほか全国で公開中です。

排除された市民2人は原告として警察側を訴え、1審は勝訴したが高裁では判断が分かれ、双方が上告し裁判は続いています。『ヤジと民主主義 劇場拡大版』では、テレビや書籍では描けなかった当事者たちの思いを追加取材。本作にかける想いや制作ついて山崎監督にお話を伺いました。

※山崎裕侍監督の崎は立つ崎(たつさき)が正式表記です。

――本作大変興味深く観させていただきました。お恥ずかしながら私はあまり政治問題に詳しく無いのですが、分かりやすく、色々な事を考えることが出来ました。

ありがとうございます。普段あまり政治問題に触れていない方にこそ観ていただきたいので嬉しいです。

――本作制作の経緯はどの様なことだったのでしょうか。

まず2020年の4月に1時間のドキュメンタリー番組を作りました。その後にはまだ裁判が続いていたものですから、取材はずっと重ねていました。札幌地裁の判決(※)があって、すごく画期的な判決でした。その時に書籍化の話があがり、ドキュメンタリーは北海道だけでの放送でしたし、多くの人にこの問題を伝えたいなと思ったので、書籍化することで全国に広まって、図書館にも置いてもらえるかなと進めることになりました。

※北海道警のヤジ排除は「表現の自由侵害」として北海道に賠償命令がくだった。

色々な方に、手にとっていただきたいという思いで執筆を始めたら、安倍元総理銃撃事件が起こりました。その頃、TBSから「TBS映画祭というものを札幌で初めて開催することになり、地元の局として参加してみませんか」とお誘いをいただき、このヤジ問題をさらに深掘りしてまとめる意味でも劇場版を作ろうと考えました。その映画は札幌で3回だけ上映したのですが、全回満席で、「東京でも観たい」という声をいただき、自分達で劇場を探そうと思っていましたが、TBSから「追加取材して映画を作ってみませんか」と逆提案をいただき、この拡大版を作ることとなりました。取材を続けながらの映画作りで、4月に映画祭で上映した当日に岸田総理襲撃事件が起こるなど、常に色々な事が起きていました。

――ドキュメンタリーですから予想は出来ないものですが、まさに予想出来ない様な事件が重なっていくのですね…。今回再編集されて、山崎さんが改めて気付かれたことなどはありますか?

テレビのドキュメンタリー番組は、非常に短い時間で展開するので「整理しすぎる」んですよね。インタビュー映像などもピンポイントでその瞬間しか使っていなかったとか。本作に出てくる、大杉さんもテレビのニュースでは「ヤジをして排除された可哀想な人」みたいな見え方しかしていなくて、映画だと時間をしっかり使うことが出来るという違いがあります。テレビは足し算の世界なんですよね、ナレーションを入れて、字幕を入れて、音楽も入れて、視聴者に「これはこういう意味ですよ」と全部説明する。そうすることによって、実は実際に起きたこと乖離していってしまう。余白がどんどんなくなって、視聴者が考える時間をうばっているなと。映画は逆で、排除されるシーンも15分ぐらいほとんど素材のまま見せています。そうすることによって警察とのやり取りの中に見えてくる、警察のいい加減さだとか矛盾というものを、自分ごとの様に体験していただけるかと思います。

――「本気で言っているの?」とびっくりしてしまう様な警察の発言ばかりでした。

警察官の皆さんは職務に真面目で一生懸命やっていると思うんですよ。彼ら自身が悪いわけじゃないとは思うんですけれども、だからといって免罪符を与えるわけにはいかない。警察官という巨大な力を持った人がやった行為ですから、やっぱりそれは批判の対象になります。職務に真面目な人ほど、その職務が酷いことになったとしても、淡々とこなすという事があるのかと思います。警察官は、命令は従わなきゃいけないっていうのが、職業としてもう刷り込まれてきているのと、「マスコミは敵」だとも教えられているんですよね。実際には記者好きの警察の方もいたりして、夜回りの時に色々な情報を教えてくれたり。人それぞれではあるのですが。

――このドキュメンタリーを作って、警察から圧力などを感じたことはありませんでしたか?

そういったことはなく、そういう部分では日本はちゃんとしている国だと思います。昔、北海道警察の裏金問題があり、それを報道した北海道新聞の記者は警察取材が難しくなったことがありました。今回も警察に批判的な内容になるので、特オチ(※)みたいなこともあるかと思いましたが、幸いなことにありませんでした。

※日本の報道機関において、他社が一斉に扱っている大きなニュースを自社だけがつかむことができず報道できずにいる状態の俗称。

丁寧に警察の言い分を伝えながら、論理的に専門家の考え方も伝えて、公平やフェアネスを考えて作っているということもあります。

――本作に限らずドキュメンタリーを作る難しさをどんな所に一番感じますか?

その瞬間に立ち会えるかどうか、ですね。本作はちょっと違うんですけども、これまで作ってきたドキュメンタリー番組の中では、普段なら見えない場所にカメラを入れたり、家族にさえ言ってない悩みを第三者の取材者に打ち明けていただく必要がある。僕が最初に作ったドキュメンタリーは臓器移植をテーマにしたものなのですが、臓器移植というと、移植される側の取材が多いです。でも僕は提供する側に密着したのですが、救急救命センターに密着して、何日間も泊まりこみさせてもらいました。ある日、脳死状態になったお父さんの臓器を提供しても良いという方が現れて、摘出手術する瞬間までずっと密着させていただきました。ご家族に許可をいただいて、ご家族の想いをちゃんとフォローしながら、取材させてもらったんですけれども、そういったあらゆる人間の感情に立ち合わせていただくということは、この仕事をする上でこの上ない喜びです。

――軽い言い方になってしまうかもしれませんが、当事者の方の本当の声を聞くことってなかなか無いご職業ですよね。

この映画でも、桃井さんが本当に色々なお話をしてくれて。僕らは、大切なものを預かったという思いなんですよね。その大切なものを多くの人に伝える責任がその瞬間に生まれるので。

――映像の中で、桃井さんがどんどん凛々しく強くなっていかれますよね。たくさん勉強をして、すごくカッコ良いなと思いました。

初めて会った時と全然顔つきも変わりましたね。元々は人前で話すのが得意ではなかったのに、今じゃシンポジウムの司会なども立派にやられていて。桃井さんのことを「ジャンヌダルクを見た」と言った方もいます。

――排除されたということ自体は許されないことですけれど、そのことをきっかけにどんどん強くなっていく桃井さんを見て、人間ってすごいな素晴らしいなと感じました。

そうやって感じていただけるとありがたいです。このヤジ問題は4年前の安倍政権の時代でもう終わった話だという人もいます。でも実際にはまだ続いている問題だと僕は考えています。この映画を私たちの社会に生じている分断と排除を考えるきっかけにしていただけたらと思います。

――今日は貴重なお話をどうもありがとうございました!

『ヤジと民主主義 劇場拡大版』
語り:落合恵子 取材:長沢祐 制作・編集・監督 山﨑裕侍
プロデューサー:山岡英二 磯田雄大 鈴木和彦
撮影:大内孝哉 谷内翔哉 村田峰史
編集:四倉悠策 MA:西岡俊明
音楽:織田龍光
製作:HBC北海道放送
配給:KADOKAWA
宣伝:KICCORIT
2023年/日本/100分/ステレオ/16:9
CHBC/TBS
公式 HP:http://yajimin.jp/ 公式 twitter: https://twitter.com/yajimin1209

情報提供元: ガジェット通信
記事名:「 『ヤジと民主主義 劇場拡大版』山崎裕侍監督インタビュー「私たちの社会に生じている分断と排除を考えるきっかけに」