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長らく少子高齢化による人口減少および従業員の高齢化が問題視されてきた日本。人口減少が労働人口の不足を招き、従業員一人当たりの業務負担が増加することで長時間労働といった労働環境の悪化にもつながっていることは明白だ。
一方で、人生100年時代とも言われ、2021年4月施行の「高年齢者雇用安定法」によってシニア層の人材活用に注目が集まり、2022年4月に改正された「育児・介護休業法」によって男女ともに仕事と育児や介護を両立しやすい職場環境作りも進んでいる。
こうした潮流のなか、身体や心の健康だけではなく、夢や生きがい、ライフプランなども含めた人や企業のトータルな健康の実現を目指す「健康経営」が普及することで、働き方や社会経済など未来の日本におけるさまざまな社会的課題を解決できる可能性はあるだろう。
そんななか、アクサ生命は日本の企業数の99.7%、雇用の約7割を占める中小企業のインパクトに着目。すべての中小企業が健康経営を取り入れ、さまざまな取組みを実施した場合、「社会がどう変わるのか?」を推計する「~中小企業990社から見える『日本の未来経済ポジティブ推計』~」を公開した。
同推計は「すべての中小企業で、もし定年70歳に延長されたら:現役現役世代の増加で日本のGDPが16.7兆円上昇」や「すべての中小企業がもし健康経営を実践したら:食生活や運動習慣の改善で従業員2,125万人の健康リスクを改善」などの項目が盛り込まれている。
なかでも注目したいのが、明治大学名誉教授であり大都市政策研究機構理事⻑の市川宏雄氏が推計、監修した「すべての中小企業で育休が普及した場合、日本の労働力人口がZ世代ジュニアを中心に62.8 万人増加する可能性がある」という項目。市川氏は未来構想や次世代構想、危機管理、テレワークなどさまざまな研究分野から社会構造を分析する都市政策の専門家だ。
市川氏が行ったこの推計は、男女ともに育児休業が普及することで女性の出生率や子どもを持つ女性の社会参加にどのような影響を与えるかについて、さまざまなデータを基に導き出している。女性が第2子、第3子を産み育てやすくなるために単純に労働人口が増えるだけでなく、出産を経た後も働きやすくなって労働力に加わる女性が大幅に増えることが、推計によって分かった。
育休はすでに多くの社員が利用している制度であり、推計でも導かれているように社会全体に大きな資源をもたらす。2022年10月1日から「産後パパ育休」が施行となり、子どもが誕生して8週の間に、妻の産休期間に合わせて最大4週分の休みを2回までに分けて取得できるようになったことで、男性育休もさらに普及を見せることが期待される。
しかし「中小企業においてはまだまだ難しい」と、今回この推計を監修した市川氏は語る。こうした状況はどのように解決していけばいいのか、市川氏に詳しいお話を聞いた。
――今後の日本の労働市場を考えた時に、中小企業においても男性の育児参加、またそれに伴う企業の制度や労働環境の整備が不可欠となると思います。今回「育休」に関する推計をご担当されて、改めて日本の労働市場についてどのような考えをお持ちになりましたか?
市川氏:日本の少子化に伴う労働力不足によって、このままでは日本の産業や社会が持ちません。子どもは次世代社会にとって非常に大事な存在ですから、企業における制度や仕組みに限らず、保育園やベビーシッター、子育てしやすい社会の空気など、子どもを持ちながらも働きやすいさまざまな仕組みを緊急に整えていかなければ日本の未来は危ない。会社も社会全体もこのまま維持できるかというサステナビリティの観点を考えなければいけないと改めて感じました。
――大学ではZ世代とも日々接していらっしゃると思いますが、この世代が子どもを産み育てたいと思うかどうかは日本の労働力不足解消に大きな影響を及ぼすと思われます。このあたりについてはどうお考えでしょうか。
市川氏:内閣府「令和4年版 少子化社会対策白書」によると、子育て期にさしかかる30代、40代の男性は総じて他の世代よりも長時間労働をしています。これは調査を開始した1990年と2021年を比べても同様で、やはりこの年代は働き盛りなので働く時間がどうしても長くなる傾向がある。そのため10代後半から20代前半のZ世代が今「ワークライフバランスに理解のある会社ではないと働きたくない」「プライベートも充実させたい」と思っているとしても彼らが30代、40代になればやむを得ず長時間労働になることは予想できるんです。
一方で同白書では「子どもがいる夫婦は、夫の休日の家事・育児時間が長くなるほど、第2子以降の生まれる割合が高くなる傾向がある」という調査結果も出ています。つまり夫が家にいる時間が長ければ長いほど子どもが増える。たくさん働きたいとか子どもが何人ほしいといったことは夫婦間や個人の考えによりますが、「子どもがほしいけど働く時間が長くて諦める」といったことがないように、会社と育休制度や仕組みをうまく折り合えるかということは大事になってくるでしょう。
――今回の推計を基に中小企業の経営者が考えるべきことはなんでしょうか。
市川氏:今回の推計は、あくまで育休という仕組みを通じて子どもを育てながらも働きやすくなるかどうかを導き出しました。育休によって子どもが1人いる家庭で2人目、3人目を産み育てやすくなるのか、子どもを育てながらも女性が労働参加しやすくなるのかについて数字で示しました。育休以外にも、個人の所得が増えることや、子どもが未来を担う宝になることを社会が認識するなど、子どもが増えるために考えるべきポイントはたくさんあります。企業で制度や仕組みが整っていても、実際に使えるかどうかは大きな問題です。規模の小さな中小企業ほど1人でも労働力が足りなくなるのが怖いので仕組みが弱い傾向にありますが、1人足りなければ1人足すという意識改革が必要でしょう。
今は優秀で仕事ができる高学歴の女性が家庭に入っているケースが少なくありません。彼女たちの存在を経営者が理解する必要はあると思います。労働力不足は単純に子どもの数を増やせばいいのではなく、そうした隠された労働力をどう活かしていくか。私個人も、週に2日~3日くらいの短時間勤務で働く、子どもがいる女性たちを雇用して業務を回していますが、彼女たちは本当に仕事ができる人が多いです。短時間なら働けるという人もたくさんいるわけですから、そこに経営者が気付いて柔軟な組み合わせをしていけば会社は発展するのではないでしょうか。経営者の意識が変わらないと社会が変わらないので、とにかくその変化が進むことを期待したいです。
取材・文/秋山悠紀