今回はreiさんのブログ『note』からご寄稿いただきました。


インセルの思想と歴史について実はメディアは全く語らない(note)


 2018年4月23日にカナダ最大都市トロントにおいて、レンタカーのワゴン車が歩行者らに突っ込み10人が死亡した事件があった。犯人の男性は事件直前SNSなどで「インセル」「最高紳士」「エリオット・ロジャー」を賞賛し、「チャド」「ステイシー」への攻撃意思を示していた。この事件で日本にもインセルの存在が知れ渡り、同年7月ぐらいには各メディアでインセルについて解説された記事が出始めた。


「女性を憎悪する「インセル」とは? モテない男性の心の闇をネットが加速させる。」2018年07月30日『HUFFPOST』

https://www.huffingtonpost.jp/2018/07/26/incels-looksmaxing-obsession_a_23489826/


しかしながら、これらの記事はインセルについて「女性を憎悪する非モテ男性」程度の解説にとどまり、現在例えばTwitter上などではインセルが「女性に対して批判的な見解を述べる男性」程度の意味で使われており、中には「性風俗で乱暴な言動をする男性」「自助努力や容姿磨きをせずに文句ばかりいう男性」「PUA(欧米のナンパ文化)からインセルが誕生した」などと、インセルの実態を離れて藁人形として使われている有様である。こうした用法は問題解決を遠ざけて分断をいたずらに煽るだけだろう。


 そこで、とりあえず欧米の非モテフォーラムに出入りする私が簡単にインセルの歴史と思想を紹介しようと思う。またなるべくフラットに記すつもりであるが、私は非モテかつPUAであり、恐らく無意識・無自覚のバイアスは避けられないと思うので、そこは留意してほしい。


 インセルは「”in”voluntarily “cel”ibate」という日本語訳で「非自発的な禁欲」という言葉から取られたものであるが、このinvoluntarily celibateという言葉自体は18世紀から既に文学で使われていた記録がある。有志によれば1739年にAntoine Banierが著書「The Mythology and Fables of the Ancients, Explain’d from History」の3巻で用いたのが初めての記録という。そして1988年インターネットにおいてAlt.support.shynessというニュース系のポータルサイトが誕生した。これが最も古いインセルのコミュニティであると言われている。このサイトはshynessの文字通り「恥ずかしがり屋で奥手」の男女がデートのアドバイスやモテなくて辛い事を相談しあうフォーラムであった。それが何故、過激な方面に行ったか?については種々の要因があるが大きな要因はバッサリ言えば「フェミニスト」と「男性学」が原因とされている。


 男性学とはwikipedia*1 によれば「男性をジェンダー化された存在と捉え、男女間の問題や男性同士での権力関係など近代社会に発生する諸問題を男性性の視点から解明する学問分野である」とされている。インセルコミュニティにおいても「男性社会特有の辛さ」に対して活発に議論されており、これに対して「男性の辛さ、例えば稼がなくてはいけないとか、雄々しくなければならないとか、競争で勝たなければならないとか、そういった暴力的でなければならないとする男性規範によって自身を苦しめている事によるものだ。男性と女性の対等な関係や共生及び調和のためには、男性達は暴力から脱出する必要がある」と説く人間達が現れた。またフォーラムでは既に開始当初からフェミニストが男性利用者に対し「そんな××だからモテない」「恋愛しようとするな」などと言っており、1方で男性利用者も「女性は××しか見ない」などと言っておりギスギスした雰囲気がうっすら漂っていたという。卵が先か鶏が先かは分からないが、こうした対立の中で男性学を唱える人間達はフェミニスト側に立ち「モテようと思うから苦しい」「モテようと必死にならなければモテる」「貴方がそう思うのは貴方がそれに囚われているからだ」などと説き始めた。これに対して、男性利用者の中で「まるで宗教だ」「俺たちに解脱しろと言っている」と反発が巻き起こり、男性学(とフェミニズム)へのカウンターとしてレッドピル(Redpill)なる教条が唱えられる事となった。これは映画マトリックスの中にある「この世界の真の姿が見えるようになる赤い錠剤」から取られており、転じて欧米では「真実ではないが自分にとって都合がよく居心地が良い幻想から目覚め、厳しくてつらいこの世の真実を知る」というニュアンスで使われている。


*1:「男性学」『ウィキペディア』

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B7%E6%80%A7%E5%AD%A6


 また1997年にカナダ出身の女子大生によるAlana’s Involuntary Celibacy Projectという2番目に古いコミュニティが誕生し、「Involuntary Celibacy」の短縮としてincelという単語が生まれた。この単語は広く拡散し、今では学術研究にも用いられている。


「Involuntary celibacy: A life course analysis」2010年1月11日『Taylor &Francis Online』

https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/00224490109552083


 1998年にはドイツでもインセルコミュニティとしてParsimonyforum 3708とAbsolute Beginnersが誕生した。しかしながら、ここでも男性がジェンダーの問題や辛さを語ろうとすると、どうしても「弱者男性の問題や生き辛さを普遍化・一般化させてアンチフェミニズムに向かう」or「弱者や生き辛さを抱えている男性も結局は女性を支配しているとの結論に向かい解脱を説かれる」問題が発生し、後者の反証としてレッドピルの概念が浸透していった。


レッドピルはこのような経緯を経て誕生した為、正式な定義などはないが、とりあえず広くインセル間に同意がとれてる事としては


・社会は女性中心であり男性は差別されている

・遺伝子の宝くじで外れを引いた人間は不公平と排外に直面するが、これは自己改善、特に整形によって克服可能である

・反リベラリズム。右翼の政治家の支持


などがある。その為、日本のインターネットでインセルへの「自助努力や容姿磨きをせずに文句ばかりいう男性」という批判は全くの間違いであり、彼等は特に容姿に関してはLooksmaxxingといって整形なども行って改善を図っている。また男性学を唱える人間達はホワイトナイトと呼ばれ、その思想もホワイトピルと呼ばれる事となった。これが転じて、今ではホワイトナイトは日本でいうところの「チンポ騎士」とほぼ同じニュアンスで使われている。


 こうしてインセルという用語やアイデンティティや教条が確立されていったが、2000年代に入るとインターネット上のコミュニティが更に誕生していく。1定以上の規模を持つコミュニティをいくつかあげると


・2000年TLC Trust:非モテの身体障害者の為のコミュニティ

・2003年Love-shy.com:2010年代中盤まで最大規模のコミュニティであったと言われている。2018年閉鎖

・2004年/groups/loveshy-women:ヤフーに作成された女性のインセルコミュニティ


 また日本の「ふたば☆ちゃんねる」にインスプレーションを得て制作された匿名掲示板サイト「4ch」もインセルのコミュニティとして機能した。2000年代はインセルの拡大と多様化の年代であった。


 インセルの過激化ないし過激派が現れ始めたのは2010年代である。過激化の主な契機が過激なフェミニストグループの出現エリオット・ロジャーの起こしたアイラビスタによる銃撃事件metoo運動の3つである事は間違いない。エリオット・ロジャーなる人物は、自身が非モテである事に苦悩し、22歳の2014年にアイラビスタにて6人及び自分自身を殺した。ここでロジャーが犯行に至った背景を追う前に、インセルコミュニティとPUAの関係を簡単に書く。


 欧米にはPUA(pick up artist)と呼ばれるナンパ文化があった。これは2006年にNeil Straussというナンパ師が、そのハウトゥー本として出した「The GAME*2 」により爆発的に広まった。インセルの中には、この手法を学ぼうとした人間達が多くいたが、1方でこうした手法やナンパ師を快く思わない人間達も多くいた。また前述の通り、インセルは「外見の改善」に最大関心を抱いてる為、こうしたソーシャルスキル的なもの自体が忌避される傾向にある。彼等はまず2009年にPuahate.comという名前のまんまなコミュニティを作り、そのコミュニティが閉鎖された後はSluthate.com→Lookism.netと移動してる。その為、日本のインターネットで言われる「PUA(欧米のナンパ文化)からインセルが誕生した」は全くの間違いである。まずインセルの方が先に誕生しているし、PUAもインセルとは無関係に発生したムーブであり、更に両者は基本的に対立関係にある。もっとも両者間での思想や研究の相互輸出入はあり、互いに影響を与え合っていることは事実である。


*2:「ザ・ゲーム 退屈な人生を変える究極のナンパバイブル (フェニックスシリーズ) 」『amazon.co.jp』

https://www.amazon.co.jp/dp/4775941046


 このPuahate.comはPUA的なソーシャルスキルを否定する関係で、自然に外見が更に重視されるようになり、レッドピルよりも更なる「不快な真実」としてブラックピル(アヘンを示す俗語でもある)という概念が誕生した。このブラックピルもレッドピル同様、確固とした定義はないがとりあえず広くインセル間に同意がとれてる事としては


・恋愛には外見が必要である

・外見には著しい格差がある

・見た目は主観的ではない

・女性は上昇婚志向を持つ


などがある。こうしてインセルの中で先鋭化するグループが現れ始めたが、インセル発足当初からある意味で対立していたフェミニストの中にも先鋭的なグループが現れ始めた。inceltearsまたはincelorrheaと呼ばれる集団は、インセルを激しく攻撃し、インセルに対し危害予告やインセルフォーラムに対する電子攻撃を仕掛けたりした。このグループは激しい言動のあまり2019年9月現在、facebook、youtubeなどのプラットフォームで活動を禁止されているが、それまではインセルと頻繁に加害予告をしあったり、匿名個人を特定して晒しあったりといった過激かつ触法的な衝突を繰り返していた。卵が先か鶏が先かであるかは別として、インセルとフェミニストはある意味で「共犯の関係」であり、相互に相互を攻撃することで仲間を増やしたり、また思想を先鋭化させてる構造がある。


 こうしたインセルーフェミニスト間の過激なオンライン闘争の中にエリオット・ロジャーは現れた。彼は自身を「incel」と称したことはなく、またincelという言葉に対して数千の投稿の内2回しか触れなかったが、多くのインセルフォーラムに投稿し、自身がモテない事を嘆いていた。(よってhttps://diamond.jp/articles/-/176501?page=4の記事の”自らをインセルと名乗った22歳のエリオット・ロジャー”は間違いである)彼は2014年4月に複数のインセルフォーラムに「自分は最高紳士(supreme gentleman)なのにモテない」という旨の投稿をしたところ、前述のフェミニストグループに殺害予告を含むバッシングを受け、これにより犯行を決意したとされている。(しかしながら、氏は以前から犯行計画を親しい友人に話していたり、2012年には射撃訓練したりハンドガン研究していた痕跡がある)彼が2014年5月に起こしたアイラビスタによる銃乱射事件は彼自身を含め7人の死者を出した。以前にも犯人グループが「スクールカースト」を理由に銃乱射した「コロバイン高校銃乱射事件」などを、非モテによる反乱とする風潮があったが、この事件でエリオット・ロジャーはある意味でインセルの中で神格化され、「Going ER」(エリオット・ロジャーみたいにテロを起こす)という熟語にまでなった。インセル全員がエリオット・ロジャーを支持しているわけではないが、こうした風潮はインターネットにおいて彼等の悪魔化を招いた。これも卵が先か鶏が先かの話であるが、そうした中で本当にテロやレイプなどを行う事を示唆するインセルも出てきた。


そうしてインセルの中で過激派が出始めた時に起こったのが2017年のMeToo運動である。これはソーシャルネットワークに「#MeToo*3 」というタグをつけて、セクシャルハラスメントや性的暴行の被害体験を告白・共有する運動である。これはこれまで陰に埋もれていた女性の性被害に光をあてたが、同時に無実の男性を吊るしあげる暴力としても機能した。ソーシャルネットワークで被害者の体験のみが1方的に「真実」とされ、加害者がソーシャルネットワークの構造上、非難が集中するので当然である。彼等は実際に自分達が無実であると主張・証明する為に「#MenToo」という運動を始めた。しかしながら、証明は困難であった。なにしろ既に時効が過ぎてるものや、裁判で無罪になったとしても「違法ではないがハラスメントである」としてバッシングの対象になってしまうのである。その為、MenToo運動は現在MeToo運動者による名誉棄損訴訟やMeToo同様に「吊るし上げて非難する」運動と化している。決定的だったのが、オーストリアで自閉症男性の「チック(動作の癖)」がセクハラとしてSNSに晒され、多数の加害予告や個人情報をバラまかれた事件である。


「Man shamed online for ‘harassing young Asian women’on a Melbourne tram is revealed to have autism –as other passengers say he ‘just likes getting high fives from strangers’」2016年10月10日『Daily Mail Online』

https://www.dailymail.co.uk/news/article-3830176/Man-Melbourne-tram-labelled-lowlife-creep-autistic-loves-giving-strangers-high-fives.html


*3:「#MeToo」『Twitter』

https://twitter.com/search?q=%23metoo

*4:「#MenToo」『Twitter』

https://twitter.com/hashtag/MenToo


 この「主観的・客観的にセクハラや性的アプローチでない言動にせよ、ある1人の女性にそう解釈されたらリンチされる」構造を示した事件とMeToo運動でリンチや自殺による多数の男性死者が出た事と合わせて、「女性は先進国において非モテ男性を殺す権利を有している」という思想が生まれた。これがインセルの過激化ないし過激派を増やした事は言うまでもないだろう。


 以上、長々と語ったが最後に1つ付け加えておくと、インセルは性風俗産業には反対の立場である。理由としては、主に3つあり


・セックスだけ買えてもロマンチックな関係とは言えず、また金銭でそれを得なければならないこと自体が苦痛である

・また仮にロマンチックな関係が買えたとしてもインセルには低所得者が多い為、それを定期的に買うのは不可能である

・性風俗産業は脱税や公衆衛生の乱れが横行しており、明確な社会悪である


よって日本のインターネットで言われがちな「性風俗で乱暴な言動をする男性」は間違いである。そもそもインセルは性風俗産業を利用しない。(但し性風俗産業に肯定的なインセルもいて日夜その是非について議論されている。しかしながら、インセルは売春婦を税務局に通報する#thotaudit*5 運動などを行っており、その過半数は反対派だと思われる)


*5:「#thotaudit」『Twitter』

https://twitter.com/search?q=%23thotaudit


 インセルは確かに女性憎悪を強め、社会に対して分断をもたらしていることは間違いない。しかしながら、彼等を叩いたり、また「解脱」を説いたところで問題解決にならず、かえって悪化させることはインセルの歴史それ自体が証明してると言えるだろう。


 こうした分断を癒すには、非モテ男性の否定ではなく、論理や正しさを振りかざす事でもなく、彼等に寄り添うことではないだろうか?具体的には私に。まずは私に。私はこれまでTwitter経由で55人の女性と、ストナン経由で32人、計87人の女性にアプローチしてデートしてきたが2019年9月9日、初めて銀髪ウィッグを被ってくれる事を快く了承してくれた女性とのデートがドタキャンになり、流石に落ち込み気味である。心が折れそうである。だって87人だぞ!?私はTwitter経由で会った後、ホテルに誘われたら「出会った日にオフパコはしない主義なので、別の日に銀髪ウィッグで会わないか?」と断るのだが、このパターンを41回繰り返しているが2日目があった試しがない。またストナンでラブホ前まで行っても同様の事を言うのだが、こちらも皆無である。何故セックスが良くて銀髪がダメなのか!?完全に理解不能である!!そんな私の自己紹介をして、記事を終わる事とする。


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執筆: この記事はreiさんの『note』からご寄稿いただきました。


寄稿いただいた記事は2019年9月16日時点のものです。


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情報提供元: ガジェット通信
記事名:「 インセルの思想と歴史について実はメディアは全く語らない(note)