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7月19日(金)より映画『工作 黒金星(ルビ・ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』が封切られる。本作は、韓国のスパイとして北朝鮮に潜入し、当時の総書記・金正日に肉薄した工作員“黒金星”ことパク・チェソ氏の物語を描く、事実に基づくスパイ映画だ。第71回カンヌ国際映画祭では、ミッドナイトスクリーニング部門で公式招待作品として上映され、韓国国内では百想芸術大賞2部門をはじめとする25の映画賞を受賞するなど、高い評価を受けている。
舞台は1992年。核開発をめぐって北朝鮮・韓国間の緊張が高まるなか、北への潜入捜査を命じられた軍人=パク・ソギョン(ファン・ジョンミン)。「黒金星」のコードネームを持つ彼は、事業家に扮し、工作員として北朝鮮への潜入に成功。やがて、北朝鮮の対外交渉を司るリ所長(イ・ソンミン)の信頼を獲得し、金正日と会うチャンスをも得る。一方、祖国の大統領選挙をめぐり、韓国と北朝鮮の間では裏取引が進行。広告事業を模した黒金星の工作活動は、一転して危機に陥るのだった。こうしてパクは、2つの国と組織の絡み合う思惑の中、苦悩することになる。
メガホンをとったユン・ジョンビン監督が目指したものは、あくまで“リアル”に拘った表現だという。極めて政治的なテーマを扱いながら、事実に即しつつ、どうやって娯楽性を失わずに映画を成立させたのか? 製作のきっかけから撮影の裏側、そして『タクシー運転手 約束は海を越えて』、『1987、ある闘いの真実』など、社会派エンタメ作がヒットする韓国の背景まで、インタビューで語ってもらった。
――金正日に肉薄したという大韓民国の元スパイ=パク・チェソさんの手記も同時期に出版され、大変話題になったと聞いています。この映画は、手記をきっかけに作られたのでしょうか?
パク・チェソさんの手記は、この映画が公開されてから出版されたものなんです。実はそれ以前に、私は韓国国家情報院(当時の国家安全企画部)をテーマにした作品を撮ろうと思っていました。リサーチを進めていく中で黒金星=パク・チェソさんの存在を知り、興味を持って映画化することを決めた、というのが実際のところです。
――パク・チェソさんご本人とは、お会いになりましたか?
映画を作ろうと決めてから、2年ほど経った時に初めてお会いしました。なぜなら、パク・チェソさんは当時収監中でしたので。ご本人にお会いした印象は、「何を考えているのか全く表情の読めない方」でした。そういった印象は、映画の主人公であるパク・ソギョンにも投影したいと思いました。
――スパイを題材にした作品は、アクションに力を入れたものが非常に多いですよね。しかし、本作にはアクションシーンがほとんどない。
実際の黒金星の物語にアクションが登場しないので、映画でも使わなかったというのが、その理由のひとつです。もう一つは、スパイ映画のアクションシーンというのは、正体がバレたとき、あるいは任務に失敗したときに必要なものだ、と思っているからです。リアルなスパイの姿を描きたかった、ということですね。
――リアル、というのは、パク・チェソさんの経験をほぼそのまま映画化しているということですか。
この映画で現実と異なるところは、ほとんどありません。ただ、物語を映画として成立させるために、少し強い表現にしたり、時間を圧縮して描いたりしている部分はあります。例を挙げるとすると、ある段階でパク・ソギョンの正体がバレるシーンです。実際には、映画で描かれたタイミングより1ヶ月ほど早く、北朝鮮は彼がスパイであることに気づいていたそうです。現実と異なるのは、そのシーンぐらいですね。
――かなり綿密に調査されたんですね。リサーチにはかなりの時間がかかったのでしょうか?
リサーチにはそれほど時間はかかりませんでした。というのも、脚本執筆に入るまでの段階で、パク・チェソさんご自身が「工作員になってから最後まで」を、手紙に事細かに書いて送ってくださったので。それを基に、物語を書き上げています。韓国には、北朝鮮に関する資料や文献、記事や映像が沢山ありますし、脱北者の方もいらっしゃいます。景色や美術に関しても、調査や考証を行うこと自体はそれほど難しくはなかったですね。ただ、ご存知の通り、韓国籍を持つ我々韓国人は、世界で唯一北朝鮮には行けません。北朝鮮で撮影することができないので、さまざまな方法で、最大限に平壌に見えるようにプロダクションデザインやセットを組み、映像をCGで加工し、本物らしく見せる必要がありました。あえて言うなら、そこに一番時間がかかっています。
――スパイ映画らしいスリリングな展開だけではなく、ファン・ジョンミンさん演じるパク・ソギョンと、イ・ソンミンさん演じるリ所長の友情に心惹かれました。
あの二人の関係も、やはり実際にあった物語なんです。初めて知ったときから、印象に残っていました。属する体制もイデオロギーも異なるふたりが、人間的に繋がることが出来るということに、とても感動したんです。ですから、ふたりの関係を映画的に表現するために気を遣った部分は、すごく多いんですよ。
――ファン・ジョンミンさんの演技が、時間の経過によって変化していたので、驚かされました。細かな芝居にも拘られたのでしょうか?
他の役者さんもそうですが、特にファン・ジョンミンさんが演じたパク・ソギョンという人物は、スパイだけではなく、事業家としての顔も持っています。ですから、この二つの面を、それぞれ違うトーンで演じて欲しい、とお願いしました。それだけではなく、様々なことを経験して変化した後のパク・ソギョンにも、異なる印象を持ってもらわないといけない。そういった細かな部分については、最初からファン・ジョンミンさんとじっくりと話し合いました。
――チョ・ジヌンさんが演じられた情報院の上司や、チュ・ジフンさんが演じられた軍人も、実在の人物なのでしょうか?
この二人に関しては、実在の人物をそのまま描いたわけではありません。北と南、それぞれの陣営に沢山の登場人物がいたのですが、全てを描くわけにはいかないので、何人かを選んで、二人に統合してキャラクターを作っています。
――なるほど。特に、チュ・ジフンさんの演じた将校がとても嫌な人物で、存在感が抜群でした。
若くて性格の良い人そうなチュ・ジフンさんが、真逆のキャラクターを演じたからよかったんでしょうか(笑)。彼が演じた将校は、北の良家に生まれたエリートです。わがままで、あまり物事を深く考えないキャラクターが、チュ・ジフンさんにあうだろうと思いました。もう一つ、韓国でのチュ・ジフンさんは、「若いながら先輩にも物怖じせず、エネルギッシュな勝者」といったイメージのある俳優さんなので、この役にキャスティングしています。
――本作に限らず、監督は軍隊が舞台の『許されざるもの』(07年)や、裏社会を描く『悪いやつら』(13年)など、組織の中で苦悩する人々を描くのが上手いな、と思いました。お好きなテーマなんでしょうか?
実は、あまり組織の人間関係を意図したり、深く考えたりしたことはありません。自分自身も、組織に身を置いた経験があまりないですし。あえて挙げるならば、学校と軍隊くらいでしょうか。でも、自分は組織と肌があわない人間だと思っているので、やはり、強く意識して描いたことはないですね。
――お父様が警察関係の方だときいていますが。その影響もない?
父から警察の話を聞いたこともありますが……その影響というよりも、韓国の組織はどこも同じような構造なので、その部分が無意識に作品に反映されているんじゃないかと思います。日本の組織文化も似通っているので、みなさん共感されるんじゃないでしょうか。
――本作も含め、2017年から2018年にかけて、韓国では『タクシー運転手』、『1987、ある闘いの真実』、『国家が破産した日』など、政治的なテーマを持つ、実話をもとにしたエンタメ作品が次々と封切られ、しかもヒットしています。作り手に何か思うところがあったのでしょうか?
韓国では映画を作るにあたって、最低でも準備期間に2年を費やします。ですから、当時(2015年ごろ)の監督たちは、共通の認識で映画を撮っていたのではないでしょうか。これは推測になってしまいますが、政治的なことに興味があったというよりも、(朴槿恵)政権下で表現することに、もどかしさがあったんだろうと思います。
――表現の弾圧が行われた政権下だからこそ、反発して作られた作品が多かった、と。そんな中で、本作が韓国国内の賞レースで高く評価されたことについては、どう思われますか?
南北に関連した映画はたくさん作られてきましたが、その中でこの作品は初めて北朝鮮を描写した映画だと思います。そして、韓国から北朝鮮に行ったスパイの話です。そういった部分が新しいと感じてくださったのかもしれません。スパイ映画でありながらも、『ボーン』シリーズのようなアクションのない映画なので、新鮮に感じてくださったのではないでしょうか。
『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』予告編(YouTube)https://youtu.be/L2BCo0IbdjM
『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』は2019年7月19日(金)シネマート新宿全国順次ロードショー。
インタビュー・文=藤本 洋輔
映画『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』
(2018年/韓国/カラー/137分)
原題:공작
監督:ユン・ジョンビン(『群盗』、『悪いやつら』)
出演:ファン・ジョンミン『哭声/コクソン』、『アシュラ』、 イ・ソンミン『目撃者』、「ミセンー未生ー」、チョ・ジヌン『お嬢さん』、チュ・ジフン『神と共に』2部作
提供:ツイン・Hulu
配給:ツイン
宣伝プロデュース:ブレイントラスト
公式サイト:http://kosaku-movie.com/
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