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恋愛や結婚に背を向け、悟りのための求道として宇治に通い始めたはずの貴公子・薫。しかし尊敬すべき大先輩、八の宮に先立たれて以降は、彼の長女の大君への想いを自覚し、ついに気持ちを伝えます。
しかし、突然の告白はあまりうまく行かず、彼女はなんとなく微妙な感じに……。その後は自宅の火事もあって、久々に足を運べたのは夏になってからでした。
ここで再び、薫は姉妹の姫をのぞき見るチャンスに恵まれます。警戒する様子もなく、時折笑顔を見せる妹の中の君の明朗な美しさ。妹に比べてほっそりと痩せ、より優雅な感じのする姉の大君の思慮深さ。それぞれに美しい姉妹の姿が薫の心に刻まれます。
やがて秋になり、早くも八の宮の一周忌です。薫はここでも全面的な協力を惜しまず、おかげで法要が執り行われます。薫が訪れた時、ふたりは総角(あげまき)結び(飾り付けに使う紐)を作っているところでした。
薫はより合わさった総角にかこつけて「総角に長き契りを結びこめ 同じ所によりもあはなむ」と大君にアプローチ。彼女は(まただわ)と煩わしく思いながら「ぬきもあへずもろき涙の玉の緒に 長き契りをいかが結ばむ」。貫くこともできない涙の玉ような私なのに、どうやって末永い契りを結ぶのですか、と答えます。
プライドの高い薫はちょっと引かれるとそれ以上に押す事ができません。今日もまた、匂宮の話を持ち出します。「宮が前々から中の君にご執心で本気モードなのに、どうしてすげなく扱うのか」と、そこへ自分を拒絶する大君への恨みも込めて訴えます。
大君は「あなたのお気持ちを汲むからこそ、こうしてわざわざお話させていただいておりますのに。それをわかって下さらないあなたこそ、お心が浅いように思われますわ」。
そして、父は生前「この山荘で生涯を終えるべき」だと言う以外何も言いおかなかったといい、自分はその教えに従うつもりだが、2歳年下の妹をこんな山奥に埋もれさせるのはもったいなく思うと伝えます。
中の君を信頼できる人と結婚させ、自分は親代わりとして面倒を見たい、というのが彼女の望みでした。要するに、大君自身の結婚願望はゼロなのです。
薫はいつものように弁を呼び出し、詳しく事情を聞きます。八の宮が僕に「姫たちを頼む」と仰ったからこそこうしているのに、当の本人たちが結婚話に耳を貸さないのは、誰か他の男でもいるんじゃないか? と勘ぐったのです。
弁は「もともと、世間の人とは違ったご性格でいらっしゃいまして。どうしてもどうしても、結婚して普通に暮らすということをお考えではないようです」。
女房たちの中には今後を心配し「孤独な身の上なのだから、成り行きに任せて誰かと一緒になったところで非難されるようなことではない」と結婚を勧める者もあるが、ふたりは頑として志を曲げないとのこと。
しかし大君の意向としては、やはり中の君をこのままにしておくのはもったいないし可愛そう、でも手紙をくれている匂宮は信用できないし、できれば薫と一緒になってくれたら……と思っている様子。これを聞いた薫は反発します。
「確かにお二人のお世話をすると約束したからには、結婚するならどちらでもいいように思われるかも知れないが、僕が好きなのは大君で、中の君じゃない! 今更はいそうですかと切り替えることなんてできないよ」。
ここで薫は、母の女三の宮も、姉の明石中宮も遠い存在であり、それ以外の女性たちについても「何だか怖くて気後れしてしまう疎ましい存在」でしかなかったと告白。女性に対し絶望感を持っていた薫に差した一条の光こそが大君なのです。
柏木が女三の宮を思いつめた時と、ちょっとベクトルは違うものの、気持ちの重さでは父親に負けない薫。しかし情熱のまま突っ走った父とは違い、好きな人を前にぎくしゃくしてばかりで進展せず、自己嫌悪というのが薫のパターン。内向きすぎて不器用すぎて、何だか現代っ子のような彼です。
でもそれもこれも、もとはと言えば亡き八の宮の遺言が、薫と娘たちとではまったく逆になってしまっている上、薫も大君も真面目すぎるほど真面目で、どちらもそれを守ろうとするからこそ。似た者同士と言うか、いい子すぎるというか。
図々しいのが売りのベテラン女房・弁も(カップルが成立すればお似合いだし、万々歳なのに)と思いつつ、毅然とした大君に差し出がましい口も聞けず困ってしまいます。
日が暮れても帰る様子のない薫。それを少々厄介に思いつつ、お世話になっている手前、すげなく振る舞うこともできない大君。薫の供人たちにも酒肴を出し、彼と物ごしに対面します。
彼と話している間は女房たちに近くに控えているように言ったのに、彼女たちはなんとなく空気を読んで引き下がり、ふたりを取り囲む明かりも消えかかって、あたりは薄ぼんやりとしてきました。
ムード高まる中、眼の前にあるのは頼りない屏風と簾だけ。それでも薫は行動に移せず、当たり障りない話ばかり続ける自分が歯がゆいばかりです。
心細くなった大君は「ちょっと気分が悪くなりましたので、少し休んでまた」と引っ込もうとしますが、薫はすかさず屏風を押し開けて「僕はあなた以上に苦しい思いですが、あなたとお話できるのを慰めに山道を来ましたのに。その僕を見捨てて行ってしまうのですか」と迫ります。おお、薫が行った!
大君はとっさに奥の仏間に逃げ込みましたが、薫はその体半分をとらえてしまいます。最初からこのつもりだったのかと思うと悔しくて「隔てなくお付き合いをというのはこういう意味だったのですか、なんてひどい」。
このキリッとしたところがまた素敵だと思いながら、薫は「そうです、私の隔てない心をわかって欲しい」と、大君のこぼれかかった黒髪を撫で、顔を見ます。改めて間近で見る大君は実に美しい人でした。しかし、この時代男女が直接顔を見合わすというのは裸になるのと同じこと。大君は羞恥に耐えかねて泣きます。
あっけなく踏み込めて彼女に触れられたことに、薫は改めて(今までなんて不用心だったんだろう! この山荘に迫る男がいなかったのが奇跡だ。もし他の男ならこのまま引き下がったりしないだろう)。
とはいえ、辛そうに泣いている彼女を無理に従わせるのも気が引ける。もっと自然に、彼女の心が打ち解けてくれたときに初めて身も心も結ばれる、それが薫の理想でした。
「でもこちらの仏様の前で決して間違いは起こしません。どうか怖がらないでください。僕が何もしないでいるとは誰も想像しないでしょうが、本当にこうしているだけでいいのです」。
なんの心の準備もなく、暗い墨染の喪服姿を見られたことも大君には恥ずかしく、身の置き所もありません。薫は今に始まった付き合いじゃないと、二年前の秋にふたりが合奏していたのをのぞいたことを告白。大君は(既に姿を見られていたなんて。それなのに何食わぬ顔で誠実そうにしていらしたのね)と、呆れます。
奥の仏間に配慮し、薫は短い几帳を立ててそのまま添い寝を始めます。(僕はここに仏の道を目指してきたんだった。ここで強引に結ばれてしまえば、その志とも違ってしまう。せめて一周忌が終われば、彼女の態度ももう少し軟らかくなるはず)。
薫は横になりながら無常の世のことをとりとめなく話し、大君は時折少し何か返事をする……それ以上のことはありません。でも詳しい状況がわからない女房たちはふたりがついに結ばれたと思い、ますます下がっていってしまいました。
秋の夜長、聞こえてくるのは峰を吹き渡る風、虫の声だけです。大君は(お父様は身を謹んで過ごしなさいと仰ったのに、生きているとこんな思いがけない目に遭うんだわ)と思いつつ、薫の言葉には一言二言答えます。薫はその様子も実にいい、やっぱり素敵な人だと感じます。
源氏と玉鬘、夕霧と落葉の宮など、結局何もなかった夜というのは今までもありました。でも源氏は全体にアダルティなムード漂うセクハラベース、夕霧は徹底して嫌われた挙げ句の恨み節だらけと、なかなかハードな内容だっただけに、薫と大君の微妙ながらも静かな夜の特別さが際立ちます。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
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