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どうもどうも、特殊犯罪アナリストの丸野裕行です!
あなたは“自分史”をご存知でしょうか?
自分史とは晩年を迎えた人々が自分の生きてきた軌跡を世に残すべく著書にして、親類縁者・友人知人に配るという自叙伝のことです。財産は残せなくても、「自分の生き方」「あとに続く者への道しるべ」を残してやるという自伝なんですね。
……と、こう言えば聞こえがいいのですが、別の言い方をすれば、自分史は読む者ほとんどがあまり興味を持てない自費出版本です。
今回お話をお聞きしたのは、その出版を売り込むNさん。彼は、近頃流行りのこの業界でどのように金を生んでいるのでしょうか?
告白者/Nさん 33歳 名古屋市 出版社営業部勤務
※証言を元に再構成しています
3年前、オレは割に合わない保険会社の外交員を辞めた。職にあぶれてブラブラしていた時、出版社の求人広告を見つけた。
『出版営業担当募集! これからの出版界を担うのは君だ! I出版』
出版社勤務? 響きがいい。営業には自信があるし……。オレはこの会社の面接を受けることにした。電話連絡して2日後の昼1時。会社の所在地に向かうと、バラックのような工務店の2階。書籍の平積みとカメラなどの撮影機材に埋もれていた冴えない男が社長だった。
「保険の外交員か! 営業のイロハ知っとるなぁ!」
やけにテンションの高い関西弁が、耳をつんざく。どうやら歓迎されての入社らしい。事務員の女と、オレと同じ営業マンが2人。1人は主任の石川。オレの教育係になった。
社名も入っていないボロのバンに乗り込む。得意先へ顔見世でも連れて行かれるのかと思ったら、即営業先回り。
「どんな本を出版されてるんですか、この会社?」
「え、自分史だよ。素人相手に」
「自分史?」
その言葉の意味は、すぐにわかった。到着した先は、自治会の敬老会の寄り合いだった。バンの後部に積み込まれた饅頭と缶入りの茶を持参する。
「こんにちは、老人会30周年、おめでとうございます~! で、今日は皆さんのその苦労してこられたご自身の歴史を形にして残してみないかな、と思ったんですよ!」
茶飲み会を開くご老人にセールストークを連発する石川。
「お孫さん、喜びますよ~!」
「ご苦労されたんですね、ウゥッ!」
親身になって涙を浮かべる石川。プロの技だった。で、最後のダメ押し。
「自分史を出版して、本屋に並べば、印税も残してあがられますよ~!」
敬老会の老人が眼を輝かせ、石川がすかさず出した書類にサインをする。すげぇ~ なぜこんなに警戒心が希薄なのか。帰り際、石川が俺に言った。
「まず、詩吟かなんかのカルチャーセンターでバアサンを狙え。バアサンたちは、日頃、話し相手に飢えてる。若い兄ちゃんに話しかけられれば、老人会の集会まで楽勝だ。ジイさん共にも目当てのバアサンがいるから、カッコいいところ見せてやれるように押して押してとことん押せ」
「はぁ」
「バアサンに声かけられて耳開いてっから。書籍は20冊30ページで、80万。題名金箔押し付きは別料金。結構貯め込んでるもんなんだぜ、じいさん、ばあさんは。自分史ビデオは10分50万でいい」
「は、はぁ…」
帰社して、オレは新型のセルシオに乗って帰る石川を見送った。これは儲かるかもしれない。
次の日からオレは持ち前の営業能力と笑顔で、石川に指示された水墨画や書道のカルチャーセンター前でのチラシ配り、病院の待合巡り、社交ダンスのパーティーなどにも顔を出した。その甲斐あって、1ヵ月後契約者数50人強に!
初めての給料日。手にした給料は86万円。左団扇とはこのことだ。しかしそれだけでは終わらない。きっちりと、自分史を仕上げなければ、商売にはならないのだ。
プロに任せると言いつつ、在宅ワーカーの主婦に写真や原稿レイアウトの基本フォーマットを渡して、それなりの形に仕上げる。それができるのも、じいさんばあさんの人生が似たり寄ったり。パターン化が容易なのだ。
片田舎での出生、通った学校、戦争体験、玉音放送。娯楽で言えば、エノケンの笑いで育ち、チャップリンの無声映画に心躍らせ、街頭テレビで力道山を観る。
自分史ビデオの場合であれば、所有している8ミリフィルムを再編集して、全編に軍歌と『東京ブギウギ』でも流してればそれでいい。
「ワシ(ワタシ)の人生は棘の道ですごい! 出版したら絶対に売れる!」
なんて力説している奴に限って、シケた人生で代わり映えしない。そういう連中には出版を持ちかける。
出版にあたっては、別料金でチラシを作成し、宣伝活動に書店へ配布したことにしておけばよかった。やったとしても発注なんかあるわけないし、誰も調べる者などいないのだ。
だが、本人にとっては歴史ある人生。構成等には気を遣った。何しろ、書きつづる内容にセーブが利かない。そこは血の繋がった者に伝えてはならないような体験が原稿を覆いつくしている。
兄に赤線に連れられ、15才で初体験、不倫のねちっこい活写など、頭を抱える内容に打ち合わせ時間を取られる。
「アタシ、渡辺淳一文学の大ファンなの」
そう語るのは、どぎつい厚化粧で毎月5人の男喰いをノルマにすることを人生目標に置く、マダムのヨシさん(83才)。達者な方ばかりだ。しかし親のそんな話を聞いて喜ぶヤツはいない。
他にも生々しすぎて文章化できないものがある。それを懺悔系とオレたちは呼んでいる。
活字にできないものの中で酷かったのは「僕の人生なんてぜんぜん……」などとぬかしていた老人ホーム在住の小心者丸出し顔の高山さん(72才)。小物の人生とタカをくくり、万葉仮名で書かれた原稿を読み始めたオレはド肝を抜かれた。
《この手記を自分勝手な告白とは重々承知しているが、肉親にだけは書き残す。小生、蒲鉾屋の経営に行き詰まり、28才でジャズ喫茶の女給を殺め、金品を強奪し……(中略)首絞めに至るが、絞殺寸前の女給の紅潮し苦悶する顔と痙攣を起こす下肢、舌がもつれたような「くわぁぁ」という洩声に欲情し……(中略)心に糜爛を生じたまま、生きてゆくしかなかった。この世はあまり実すぎて、あたら吾身は夢ばかり、なぐさめもなき幻の境に泣てさまよふわれは 》
それはなんと、時効をむかえた殺人、強盗、強姦などの犯罪告白だった。しかも島崎藤村の詩まで! それは書けないよ~。墓まで持っていけよそんなこと~。
しかしある日、他の業者よりも5割増しの上、粗悪な製本のぼったくりぶりがバレた。いつも通り、営業先である敬老会が行われる団地の集会所でオレが愛想笑いを浮かべていると、遠くの棟から叫び声が近づいてくる。
「貴様~! かついだな~!」
老人とは思えない猛ダッシュ。右手には、キラリと光る包丁のようなものが見える。
「貴様、成敗してやる!」
「ひゃあ~! 勘弁してください~!」
オレは命からがら車に乗り込み、アクセルを目一杯踏み込んだ。
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しかし、それでも懲りないオレは、未だにお年寄りの元を自慢の笑顔で回っている。だまされない秘訣は1つ。自分の親やおじいちゃん、おばあちゃんとコミュニケーションをとって、こういう情報を伝えてあげるしかない。みんな寂しい思いをしてるのだから。
(C)写真AC
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