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ちっとも嬉しくない形で結ばれた夕霧と落葉の宮。長年、真面目一途な男とばかり思ってきた夫の浮気(重婚OKなので結婚ですが)に、妻の雲居雁は業を煮やし、子供を半分だけ連れて実家に帰ってしまいました。あーあ。
まだ落葉の宮との関係が不安定な夕霧は、彼女のところでご機嫌取りをしていましたが、妻が出ていったと聞いて仰天しあわてて自宅に帰ってきました。
帰ってくると取り残された息子たちが「パパ帰ってきた!」「ママがいなくなっちゃった~!!」。雲居雁は娘たちと、一番下の赤ちゃんだけを連れて出ていったのです。
夫婦関係に亀裂が走り、親の別居に伴って子どもたちもバラバラに……というのは、かつて髭黒とその妻のケースにも見られました。が、あの時奥さんは一度全員を連れて実家に帰り、その後、髭黒側が男の子たちを引き取りって、娘の方は母方に残る形になりました(本当は、お父さんの方に行きたかったのですが)。
今回、雲居雁は最初から娘たちと赤ちゃんだけを連れ、男の子たちは置いていってしまっています。当時の考え方として「男の子は父親側、女の子は母親側」というのが一般的だったようですが、なんかダイレクトすぎてかわいそう。
ママを探している子どもたちが哀れで、夕霧は再三再四手紙を出し、帰ってくるように促しますが、なしのつぶて。その頃、妻は実家でゆうゆうと羽根を伸ばしていました。
何度手紙を送っても応答がないので、夕霧はしかたなく自ら妻の実家へとへ足を運びます。
「まったく、雲居雁も義父上(頭の中将)に似て、頑固でせっかちなんだから!それにあの義父上のことだ、場合によっては“夕霧なんぞもう離婚だ!離婚!!”なんていい出すかもしれない」。
貴族の間では多少のトラブルがあったとしても、なるべく事を荒立てず、穏便に済ませるのが良いこと。でも、この頑固せっかち父娘相手ではそれも難しそう。意地の張り合いで時間がすぎれば傷は広がってしまうし、義父の頭の中将が参戦してきたら火に油、事態の悪化は免れません。それだけは避けないと……。
到着した夕霧が見たのは、妻の部屋に置いていかれた子どもたちでした。女房に聞けば「奥様は女御さまのところです」。子どもたちを放ったらかして、聞いて呆れる!!
「子どもを置いて遊び呆けているなんて、独身時代にでも戻ったつもりか?僕とは不釣り合いな性格だとは思っていたが、こんなことで目くじら立てて実家に出戻るなんて、こんな風にしていいと思ってるのか!?」。
開口一番キレられたので、これには雲居雁も反撃。「どうせ私が何やったってあなたは気に食わないんでしょうけど、いまさら修正なんてできないわ。できの悪い子どもたちは忘れずに面倒を見てくれれば御の字よ」。
「ずいぶんしおらしい返事だね。意地の張り合いで傷つくのはどっちだろうね」。それでも、夕霧も無理に連れ戻すことはしません。雲居雁はまたお姉さんの部屋に戻ってしまい、夕霧はここで娘たちと過ごします。
どうして僕は妻の実家の妻の部屋で、肝心の妻もいないのに子どもを寝かしつけることになったのか……。夕霧は悶々とします。
「本当にマズイことになった。宮はまたこの話を聞いてひどく気になさるだろうし……あらちを立てればこらちが立たず、本当に誰が好き好んで恋愛なんかするんだろう。恋愛なんてもう、こりごりだ!」。
夕霧はつくづく、自分は恋愛が向いていないことを悟ります。好き好んで恋愛していた父・源氏とは正反対の息子の苦悩。浮いたウワサのない人が、中年になって急に恋愛にドハマリし、家庭崩壊につながるという典型的なパターン。1000年経とうがこういうところは変わりませんね~。
それにしても夕霧を恋や遊びと遠ざけたのは、遊び人の父・源氏なのだから皮肉です。「自分みたいに遊び呆けた大人になるな」という戒めを込めた勉強漬けの青春時代のツケが、今になってまるごと返ってきてしまいました。
翌朝、夕霧は妻に「もう言い争ってもみっともないだけだ。君がこれまでだと思うなら、そうしよう。
家に残っている子どもたちがママを探して泣いているのが本当にかわいそうだが、残していったのにはなにか理由があるんだろう。放っても置けないから、僕がなんとかする」と最後通牒を突きつけます。
あまりにきっぱり言い切るので、雲居雁は内心「置いてきた子どもたちをよそへやったりするのかしら?」と少し不安になりました。でもだからって、今更帰るとも言えません。
そして夕霧は娘たちに向かって「いいかい。お前たちにも会いに来たいけど、パパは都合が悪くてちょくちょく来ることはできないんだ。家に戻って一緒に暮らすのが一番いいんだけど……。
とにかくママの言うことを聞いちゃいけないよ。ママみたいに我を張っているのは、良くないことだよ」。
まだ小さな娘たちは良くもわからず、お父さんの顔を見つめています。可愛い娘の顔を見るにつけても、こんな結末を迎えたことが残念でなりません。
今で言えば『いい夫婦の日』に賞をもらいそうなおしどり夫婦だった2人が、まさかのケンカ別れ。苦難を乗り越えた、幼馴染恋愛からの結婚がハッピーだっただけに、ショッキングな別居です。
夕霧と宮のスキャンダラスな電撃婚から雲居雁の家出まで、世間ではこの話でもちきり。いまなら週刊誌やスポーツ紙が毎週トップで扱いそうな美味しいセレブゴシップというところでしょう。この事態に我慢ならなくなったのは当人たちではなく、父親の頭の中将でした。彼の怒りの矛先は落葉の宮に向かいます。
「やはり前世のご縁があるのでしょうね、亡き長男の妻としてあなたをお気の毒と思い、今回は娘婿を奪った女性として、恨めしく思います。当家のこともご配慮いただきたい」。
使いに立ったのは柏木の弟の蔵人少将(くろうどのしょうしょう)。大勢いる兄弟の中でも、イケメンで頭もいいと評判です。
彼は無遠慮に一条邸に入ると女房の案内もそこそこに縁側に上がり込み、何かを思い出すように周りを見渡して「いやあ、何度もお伺いしているので久しぶりという気もしませんが、そちら様ではそうは思っていただけないのでしょうねえ」と先制攻撃。
いきなり嫌味を言ってきた義理の弟にも、彼が持ってきた手紙の内容にも、宮はひどく傷つきました。どうして私ばかりがこんな風に悪者扱いされなきゃならないの?……本当に、義父上は婿の夕霧の方も糾弾して下さい。
母上が生きていてくださったら、どんな状況だろうと私を庇い立てしてくださっただろうに……。宮はそんなことを思いながら、泣く泣く、女房たちに促されてなんとか返事を書き終えます。
蔵人少将はそれを受け取ってまた「今度からはもっと頻繁にお伺いしましょう。まめまめしくしていれば、次は僕にもチャンスが来るかも知れませんしね」。
と、夕霧が頻繁に顔を出して宮と再婚してしまったのを当てこすった捨て台詞。まるでホイホイ男と寝る尻軽女のような言い草に、宮の心は折れるどころか粉々になったことは言うまでもありません。
この一件でますます自分の殻に閉じこもってしまった宮に、夕霧は手を焼くばかり。雲居雁も事態のドロ沼化に胸が塞がる毎日です。そんな折、彼女にも珍しい人から手紙が届きます。
「人並みの結婚をしていない私にはわかりかねますが、奥様のお嘆きに涙がこぼれます……」。それは、長年夕霧と細々と続いていた藤典侍(とうのないしのすけ)からの手紙でした。
夕霧が雲居雁と引き離されていた間、寂しくてつい関係を持ってしまった彼女のことを、雲居雁はずっと許しがたいと思ってきました。反面、身分の低い彼女はどうやっても自分から夕霧を奪い取ることができない。そういう点では心配がないと、足元を見ていた部分もありました。
ところがここへ来て、落葉の宮という高貴な方が割り込んできた。皇女の場合は側室扱いではなく、正妻と同格になります。雲居雁はもう、”ひとり天下”ではいられなくなったのです。
そして同じ夫を有する妻同士は、こういう事態になるとなぐさめあいに発展します。源氏が女三の宮と結婚し、紫の上の立場が危うくなった時、源氏の他の妻たちがメッセージを送っていたのと同様です。うっとおしいだけで、別に嬉しくないですが……。
なんとなくシャクに障る感じはあるものの、気が弱っていた雲居雁は「彼女だって、今回のことで辛かったんだ」と思い直します。今までずっと雲居雁の日陰になってきた彼女にとって、落葉の宮はそれ以上の高貴な存在なのですから。
そして「よその家の夫婦仲の悪さを他人事とばかり見てきましたが、まさか自分のことになるとは思いもよりませんでした」と素直に返信。藤典侍も「これが奥様の本音だろう」と共感しました。
恋愛なんてガラじゃない夕霧が引き起こしたこの一大騒動は、彼の子どもたちの紹介で締めくくられます。
雲居雁が産んだのは、長男、長女、次女、三男、四男、四女、五女、六男。残されたのは長男と三男、四男でしょうか。どの子もいい子で、それぞれに大きくなっています。
藤典侍の間には4人で、次男、三女、五男、六女。雲居雁と結婚してからは、彼女に逢う時間はほとんどなかったものの、関係は続いているために子どもは年々増えていった様子。
特に藤典侍が産んだ子は美男美女で、才能がありそうな子ばかり。今は真ん中の三女と次男が花散里のところに引き取られて、源氏もよくかわいがっています。
2人の女性の間に、計12人の子どもを持つビックダディ・夕霧。恋愛は苦手でも子作りは得意だった、という作者の皮肉なのかも知れませんね。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
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