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母の死を嘆く喪中の落葉の宮を強引に京に連れ戻し、結婚の形を整えた夕霧。しかし彼のやり方に納得がいかない宮は、初夜なのに塗籠(壁に囲まれた部屋)に鍵をかけて引きこもり、籠城の構えを見せます。
結局、閉め出されたまま寒い朝を迎えた夕霧は、妻の待つ自宅の三条邸にすんなり帰らず、いったん実家の六条院の自室へと引き上げました。
夕霧の継母・花散里も顔を見せ「落葉の宮を小野から連れ戻されたとか、お話を聞いていますけど、本当のところはどうなっていますの?」と、おっとりと質問。
親子といえども女性は成人男子に顔を見せないのが普通ですが、大らかな花散里はあまり構わず、几帳の端から夕霧に顔を見せています。もともと美人な方でない上、髪も薄くなっているのですが……こういう気取らないところが、かえって核心を突く質問ができる秘訣かも。
夕霧もここは素直に(でもかなり自分に都合よく)事の次第を説明します。
「父上がおいでになりました時にでも、よろしければ義母上からお話下さい。それにしても、我ながらこの年になって……と思いますが、やはり恋というのは、人のアドバイスにも、自らの理性にも従えないものですね」。
夕霧がひそひそ声でそう言うと、花散里は「まあ、そういうことでしたの。世間にはありふれたお話ですが、三条の姫君(雲居雁のこと)はお気の毒ですね。今まで、唯一の奥様という立場になれていらっしゃったから」。
「姫君とはまた可愛らしい。今となってはもう鬼です、鬼嫁ですよ。それでも、僕は妻をいい加減にはしないつもりですが……。
それにしても、女性はやはり穏やかな方が幸いです。あれこれ口やかましく言われると、最初は面倒くさくて従いますが、ずっとそのままでもいられない。結局いざとなれば互いに嫌気がさしてウンザリ、ということになります。
僭越ながらこの六条院を拝見しても、紫の上さまのお心遣いや義母上の寛容さこそが円満の秘訣であるのだなと、改めて思うようになりました」。
雲居雁が「いつも六条院の女性方を引き合いに出して、私が悪者みたい!」と怒っていたのはこの辺のことですね。にしても、苦悩の果てに悟りを開きかけている紫の上や、最初っから仏様のようなメンタリティの花散里みたいな人はレアすぎます。
花散里は、息子が急に持ち上げてきたので笑って「まあ、そんなところに引き合いに出されると、私が大したことのないのがバレバレですね。
でも、おかしいのはお父様ですよ。どういうわけかご自身のことは棚に上げて、あなたの恋愛をさも重大事のように、あれこれと口を挟まれますでしょう。
頭のいい人が自分のこととなるとまるで見えていない、なんてことがありますが、なんだかそれに似ていますね」。
おっとりのんびりのようでいて、優れた洞察力を持つ花散里の皮肉がここで炸裂。ぼーっとしてそうでいて実はしっかりよく見ているこの人、甘そうで実はピリッと辛いのが花散里さんです。
夕霧も「おっしゃる通りです。いつもいつも、恋愛のことでは父上から厳しいご訓戒を頂いております。でも、父上のありがたいアドバイスを頂かなくても結構なんですけどね……」。最後は源氏をネタに、母子は笑いを共有します。
その後、源氏にも朝の挨拶に行きますが、息子からも父からもこの話は出ずじまい。
ただ、源氏はじっと息子の様子を見て「若さと華やかさに満ちた、男盛りの眩しさよ。スキャンダルも跳ね返しそうな堂々とした態度、どんな罪を犯したとしても、鬼神をも許してくれそうではないか。まして女性なら、彼を好きにならずにいられるだろうか」。
「我が子ながらこんなイケメン盛りじゃ、恋愛でごたごたするのも当然」とばかり、父は親バカ感想を抱くのでした。
実家でほとぼりを冷ました夕霧はようやく帰宅。子どもたちは「パパ~!!」と駆け寄ってきますが、妻の雲居雁はベッドの中で布団代わりの衣をひっかぶってフテ寝中。
雲居雁は、昨夜の夕霧の行動を女房たちとともに「いつかは、と思ってたけど、まさかこんな唐突に事を運ぶなんて……」と衝撃を受けていました。宮はまだ喪中だし、誰にとっても「えっ!?今日?」というような、電撃ムリヤリ結婚だったのです。
真面目人間が一転、世間の好奇の的となったお騒がせ夫なんてもう嫌!目も合わせたくない。それでも夕霧が遠慮なく布団をひっぺがすと開口一番、
「ここをどこだと思ってるの!私はもう死んだの!!あなたがいつも鬼、鬼って言うから、いっそのこと死んで鬼になってやろうと思って。
いつもオシャレして気取ってらっしゃる方とはもう一緒にいられないから、どっか行ってしまおうと思ってるのに、いろいろ事を思い出させないでよっ!長年連れ添ったことすら後悔してるんだから!」。
「その心は何とも怖いけど、姿形は可愛いままだから怖くないよ。いつも子供っぽく怒りん坊だから見慣れてしまった。鬼ならもうちょっと、神々しい威厳がなくっちゃね」。
夕霧の余裕しゃくしゃくぶりが悔しい雲居雁は、真っ赤な顔でぷりぷりしながら起き上がります。なんて釣りやすい奥さんなんでしょう、可愛い。
完全に夫のペースなのが悔しい妻は「何を言うの。四の五の言わずにあなたも死んで!私も死ぬから!!見れば憎らしい、聞けば腹が立つ……でも、あなたを独り遺して死ぬのはやっぱり心配だし……」。
こんな事を言う妻が可愛くない夫がどこにいるでしょうか。夕霧は心から笑って「死ねっていうのは、夫婦の絆の固さを示すことだよね。冥土に行くなら一緒にって誓いあったものね……」。
夕霧はかつて、2人が引き裂かれた頃の思い出話をします。ろくに手紙のやり取りもできず寂しかったこと、頭の中将の厳しい態度が辛かったこと、当時、見かねた源氏がもってきた縁談も全部断ったこと……。
「世間から女ひとりにこだわってと馬鹿にされたけど、僕は自分の意志を貫いた。若かったのに、どうしてあんなことができたんだろう。自分でもよく我慢したと思うよ。周囲の猛反対にも負けず、僕たちは晴れて結ばれて、たくさんの子供達に恵まれた。
君が今の僕を気に入らなくても、この子達を放ってどこへ行くっていうの。君はもう子どもたちのママなんだから、どうかどっしり構えて僕の真の愛情を見届けてほしい」。
口からでまかせとは知りつつも、優しくされると大人しくなるのが雲居雁のいいところ。夕霧にこう言われ、昨日から食事が喉を通らなかった彼女はようやくご飯を食べ始めます。
子供のように単純な、若々しいこの妻が可愛い一方で、夕霧は気難し屋の落葉の宮が気がかりです。
「こうしている間にも宮が思いつめて出家されたらどうしよう?そこまで強情な方とも見えないが、このまま尼になられたらバカを見るのは僕だ」。そう思うと、宮から目を離してはダメだ、当分は休みなく詰めていなくてはと気が逸ります。
しかしそうは言っても、今日も宮からは一言のメッセージもないのです。夕霧はモヤモヤしつつもおしゃれな衣装に着替え、いい香りを焚きしめて、バッチリ支度を整えました。
夜になってから夫が女性のもとへ行くのを見送る……。雲居雁は慣れないその苦しみに涙が溢れてきます。
夕霧の脱ぎ捨てた衣を引き寄せて「古くなった妻の立場を恨むより、いっそ尼衣に着替えてしまおうかしら。俗人でいるのは耐えられないわ」。こうなったらあたしも出家、しちゃおうかな!?
「やれやれ、長年連れ添った僕を捨てて尼さんになったと言う噂になってもいいのかい」。あっちも尼さん、こっちも尼さん。もっと湿っぽくなってもいいシーンですが、この夫婦だとなんだか漫才風に聞こえるのがおかしいです。ヤキモチ焼きといえば紫の上ですが、雲居雁のような可愛すぎる鬼嫁もまたいいものですね~。
夕霧が自宅で夫婦漫才をしているとも知らず、シリアスな落葉の宮は昨夜に引き続き、塗籠での籠城を続けていました。
「このままでは、宮さまがまるでわからず屋の愚か者のように取り沙汰されますわ。夕霧さまにおっしゃりたい事がおありなら、居室の方でお話し合いをなさってはいかがでしょう?」。女房たちは説得を繰り返します。
宮も、頭では女房たちが言うことももっともだと思うのですが、そもそも今日に至るまでの道のり……夕霧のやることなすことが腹立たしく不快だったと思い返し、籠城をやめません。続行!!
「冗談じゃない、クレイジーにも程がある」と夕霧は落胆し、また扉の外からクドクド恨み節。オシャレしてきた甲斐もなく、2日めも失敗です。
仲介役の女房たちも困り果て「宮は“少しでも心が平静に戻ったら何なりとお話します。でも母の喪の期間中は、母のことだけを考えていたいのです”と……。でも、夕霧さまとのことが知れ渡ってしまい、その事でお心を痛めていらっしゃいます」。
夕霧はため息を付きつつ、とにかく自分は物ごしでもいいから話がしたい、それ以上のことはしないし宮を傷つけるようなことはしない、何年でも待つつもりだからと訴えます。うーん、何年でも待つつもりならなんでそんなに焦ったし、夕霧。
セックス云々から対話にまでコミュニケーションのレベルが下がってきましたが、夕霧は譲歩のつもりでも、宮からすると無理強いされていると感じます。傷つけることはしないと言いつつも、こうして迫ってくるあなた自体がもう十分嫌なのよ、と。
「私が独り静かに母の喪に服したいと言っているのに、それをどうこうなさろうというお気持ちが情けないわ」。強い北風にコートの前をかきあわせる旅人のように、宮はまた一層心を閉ざしてしまいます。扱いやすい雲居雁とはまったく違う宮の心を持て余す夕霧。でも、そろそろ我慢の限界です。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか