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▲坂口拓(TAK∴)
坂口拓は、『VERSUS』(北村龍平監督)で注目を集め、世界のアクション映画ファンに熱狂的に迎えられた俳優だ。ところが、園子温監督の『地獄でなぜ悪い』(13年)を最後に、突如として俳優業から引退。紆余曲折を経て、昨年20年来の盟友・下村勇二氏(『アイアムアヒーロー』『BLEACH』アクション監督)がメガホンをとった『RE:BORN』で“戦劇者TAK∴”として復帰した。『RE:BORN』は、稲川義貴氏が創り上げた戦闘術・ゼロレンジコンバットを全編にわたって駆使し、これまでの邦画にはなかった独自のアクションで観客を魅了し、自主映画体制ながら全国の映画館でロングランするに至っている。同時に坂口は、“匠馬敏郎”名義でアクション監督を務めた『HiGH&LOW THE RED RAIN』などでも知られるようになり、演じ手、作り手として活動を活発化させている。
そんな坂口が、俳優として出演した最後の作品『狂武蔵』(13年)が約5年の月日を経て蘇ろうとしている。同作は、宮本武蔵と吉岡一門の決闘をモチーフに、世界初77分1カットの画期的な戦いを収めながら、坂口の引退興行で上映されたのみ。いわば“お蔵入り”となっていたこの作品を、クラウドファンディングによって完成させるプロジェクトが進行中なのである。果たして、なぜ引退のきっかけとなったいわくつきの作品を蘇らせるのか? 坂口本人と、プロデューサーとして『狂武蔵』完成プロジェクトを立ち上げた太田誉志氏の口から、始まり、そして、未来に見据えた新たな“侍映画”についてまで語ってもらった。
▲『狂武蔵』より
――『狂武蔵』の原型は、園子温さんが監督される予定だった『剣狂 KENKICHI』だそうですね。坂口さんが園監督と出会われたのは、『愛のむきだし』(08年)の頃ですか?
坂口拓(以下、坂口):そうです。『愛のむきだし』の少し前ですね。
――『狂武蔵』の後に、『地獄でなぜ悪い』に出演されて、一旦は俳優を引退されました。園監督は、坂口さんが俳優をやめるつもりだったのをご存知だったのでしょうか?
坂口:知らなかったですね。色々なことがあって『剣狂 KENKICHI』はダメになったんですけど、それでも園さんが「俳優としての拓を撮ってあげたい」という風に思って下さっていたんで、『地獄でなぜ悪い』には出演した、という感じです。
――『剣狂 KENKICHI』のテーマも、宮本武蔵だったのでしょうか?
坂口:全然違いましたよ。最初に貰った『剣狂 KENKICHI』の台本はめちゃくちゃ面白かったので、(『狂武蔵』にも)使えればいいな、と思ったくらいです。もともとは、カルト集団の殺し屋養成所が舞台で。「殺すことを容易くするために、生まれたばかりのネコで卓球をする」みたいな。刀を使う、古くから続く侍チックなカルト集団を抜け出した男が、もう一度戻って戦う……という話でした。
――すごい設定ですね。
坂口:『剣狂 KENKICHI』は、イン前から色々なことが重なって、撮影が2回延期になりました。3回目に、ついにプロデューサーから「すいませんけど……」とストップがかかったんですけど、そのときには機材もすでに抑えてあった。じゃあ、『剣狂 KENKICHI』でやろうと思っていた10分1カットのシーンを、77分1カットに変えてやろう、と思ったのが『狂武蔵』のスタートです。
――なぜ武蔵を題材にされたのでしょう?
坂口:みんながよく知っているものが題材だとわかりやすくていい、と思ったのが一番大きな理由ですけど(笑)。武蔵に人間性を感じたから、というのもあるんですよね。剣術家は「宮本武蔵が一番強い」みたいなことは誰も言っていなくて、実はそこまで強くなかったんじゃないか、と。巌流島で佐々木小次郎を待たせて怒らせたり、吉岡一門との戦いでも、隠れながら本陣を襲ったという説もありますし。
――手段を選ばないとされた武蔵と、実戦的なアクションを追求される坂口さんの姿は、確かに重なります。
坂口:(当時の坂口は)刀の師匠もいなくて、我流でやっていました。武蔵も特定の師を持っていなかったので、ある意味、我流でやっていたという部分ではリンクしていたのかな、とは思います。
――『狂武蔵』で披露されいる剣術はほぼ我流だそうで。ただ、テスト映像を(のちに坂口の師となる)稲川義貴さんに見せて、いくつか使える技を習ったと聞いています。
坂口:「巻き打ち」「螺旋」それから、ぼくが「飛燕」と名付けている3種類の技だけ習いました。当時はまだ、稲川先生にそこまでガッツリと教わる関係ではなかったので。
――77分1カット、1発撮りなので、独特の緊張感のある作品になっています。
坂口:勇ちゃん(※編註:下村勇二氏のこと)は「前半が単調だ」と言ってましたけど。確かに、リアルにやると単調になっちゃうんですよね。ぼくもそうは思ってはいるんですが、『狂武蔵』は実験的な作品なので。面白いのは、「人間の限界を超えて強くなる」というところです。ある意味で、ドキュメンタリーというか。後編にいくほどスピードがあがっていくなんてことは、(フィクションでは)あり得ないことじゃないですか。だんだんと肩の力が抜けて、体力がゼロになって、さらにマイナスにいくと“ゾーン”に入っていく。
▲『狂武蔵』より
――もともと、そういう姿を見せたかった?
坂口:いや、それは結果論です。そうなるとは思わなかったですし。開始5分で指の骨を折った時点で、自分の中では最後までやれないと思っていました。やれなくなるのも、また一興だなと思っていたんです。でも結局、最後までやっちゃったんですよね。それだけです。それまでは、10分しかやったことなかったわけですから、残りの60分近くは未知の領域です。映画のイン前から精神状態もボロボロでしたし、「絶対に成功させないといけない」というプレッシャーもあったからか、すぐに自分をなくしていた。成功するかなんて、なおさらわからなかったです。
――極限状態になったアスリートは、“ゾーン”状態になると聞きます。ゾーンとは、どんな感覚なんでしょう?
坂口:俯瞰で自分を見ている感じです。基本的にそれまでは、後ろから斬りかかってくる人間が“声を出す”というきっかけがありました。声が聞こえるから、振り向いて斬るわけです。後半はよく観ると、誰も声を出していないんです。でも、ぼくには見えている。俯瞰で自分を捉えているから、誰が斬りかかってくるかが呼吸でわかる。風で、肌で「来るんじゃないかな」と感じる。だから、全員が怖がっちゃって、絡みに来なくなりました。目がイッちゃってるし、動こうと思えば反応されて斬られる。みんなが嫌がるから、「行けよ! 行けよ!」と、激が飛んでいました。門の前の戦いあたりからは、疲れもなくなったし、息切れもしなくなりました。無です。「あれ? 疲れてないな」と、気が付いたんです。これだったら、丸一日、なんだったら3日でも4日でも戦える。「どんどん来いよ!」と。
――がむしゃらにやっているようにも見えますが、カメラワークや構成など、色々と工夫されていますよね。謎の町娘や、史実ではそこにいないはずの剣豪も登場しますし。エンターテインメント性も意識して作られたのでしょうか?
坂口:多少は意識しました。いくら実験的な映画とはいえ、ずっと戦いを見せられることにみんなが耐えられるのかな、というのはあったので、ストーリーは入れたいな、と。宮本武蔵にまつわるものは、一応は入れようとは思っていましたし、エンタメとしてギリギリのところは保ちたいという想いはありました。あと、一回休憩を挟もうとは思っていました。(カメラの外に)はけたところが、最後の休憩ポイントです。
――坂口さんがはけたところは、他のキャストの方がちょっと面白い芝居をしていて、緊張感が解けてよかったです。
坂口:そうですか……でも、ぼくは(本編を)観てないんですよ。
――それはまた何故?
坂口:観ようとすると思い出しちゃって、吐いちゃうんです。当時は木刀を持っただけで戻しちゃいました。撮影直後が一番ひどかった。当初の映画が潰れたからなのか、撮影のストレスからなのか、一日中ぼーっとしていることが多くて。『狂武蔵』にも出てくれている、紅ア太郎くん(編註:大衆演劇・一見劇団所属)の一座の舞台に出ることになって、木刀を持ったんですが……木刀を持って出ると思ったら、居ても立っても居られなくなっちゃって、本番の10分前に駅まで走って逃げちゃった。駅の改札を通ったところで、「俺、何やってんだ。ダメだダメだ」と我に返って、走って戻りましたけど。「俺の出番になったら、肩叩いて」って言って、舞台袖でずーっと座っていました。
――ヤバイですね。
坂口:ヤバかったですよ。ただ、舞台に出たら普通にやってましたけど。
坂口拓 引退興行 〜男の花道 最後の愛〜 予告篇(YouTube)
https://youtu.be/0Xhex6sadxA
――『狂武蔵』は坂口さんの引退興行で一度上映された後、ソフト化もされず宙に浮いた状態でした。やはり、世に出したいという想いはあったんですか?
坂口:当時はそこまでちゃんと考えることもできなかったです。役者としてはもう終わったと思っていたので。園さんの『地獄でなぜ悪い』での役も、アクション俳優になりたい男でしたけど、がっつりアクションをするわけではない。当時のことで覚えているのは、『狂武蔵』の撮影が終わった後、寝転がって顔にタオルを当てたら涙がボロボロこぼれたんです。完成した嬉しさで泣いているわけでもないし、哀しいわけでもない。身体が分裂して泣いている、って感じで。その時に、「俺はこのままアクションを続けて、何をやりたいんだろう?自分をボロボロに傷つけることが、表現者としてやっていきたいことなのか?」と、身体が泣いているのが分かったんです。で、心の中で「わかった。もうやめるよ。だから、泣くのはやめようよ」と思いました。
――考える余裕もなかった、と。
坂口:誰かが何かをしてくれるわけでもないですし、救世主が現れなければ眠ったままだったでしょうね。
▲太田誉志プロデューサー
――太田プロデューサーの参加で、『狂武蔵』が再始動するわけですね。どういうきっかけでこの企画に加わることになったのでしょう?
太田誉志プロデューサー(以下、太田P):ぼくはもともと、下村勇二と倉田アクションクラブ時代の同期だったんです。拓ちゃんとは、当時は直接の関係性はありませんでした。
――スタントマンを目指していらっしゃったんですか?
太田P:15歳くらいのころですよ。スタントマンになりたかったというか、勇ちゃんと同じくジャッキー・チェンに憧れて、興味を持ったというレベルです。ぼくは、当時カッコいいと思える先輩に出会えなかったし、坂口拓のような破天荒な男もどこにもいなかった。だから、勇ちゃんに「この業界、カッコよくねえわ」と言って、東京に行きました。勇ちゃんはその後に香港に渡って、二人の運命は別れたわけです。
――現在は、不動産業を営まれているんですよね。
太田P:都内や神奈川に不動産を持っています。家賃収入があると時間が出来るので、それを利用して色んな所に行って、色んなものを観たいと思ったんです。で、「豊かじゃない」と思われがちなアフリカに行ったんですが、そこには何もない。何もないんだけど、アフリカの人たちはみんな笑顔だったんですね。ところが、日本に帰ってきたらみんな窮屈そうに生きているわけです。そのタイミングで再会したのが下村勇二だった。アフリカの旅から帰ってきて、Facebookで勇ちゃんとつながりました。後日顔を合わせて、「今何やってるの?」と聞いたら、(坂口主演の)『RE:BORN』を撮っている、と。勇ちゃんには「今の日本て、夢がないんだよ。だから俺は劇場を作るわ」という話をしました。
――具体的には、どういう話を?
太田P:門前仲町に4億円のビルを建てる話です。今は小劇場も、映画館も少なくなってきているし、芸術が衰退していくばっかり。だから、ビルの1階は小劇場にして、2・3階を簡易宿泊所にして、3階はシェアハウスにする。夢がないから、夢を見ることが出来る場所を作るんだ、と。そのときに勇ちゃんに「実は5年前から眠っている作品があるんだよ。坂口拓の監督・主演作で」と教えてもらったのが、『狂武蔵』の存在だったんです。
――なるほど。
太田P:ぼくはアフリカから帰ってきたばかりで、夢に対して敏感になっていた。『狂武蔵』の話を聞いて、ぼくはこういったんです。「坂口拓は命を賭けたのに、何も報われてないよね」と。役者さんだけじゃなくて、サラリーマンだって毎日通勤して、命を削りながら働いている。それは当然なんだけど、作ったものが世に出なければ、無駄死にですよ。どうせ死ぬんだったら、表に出して面白いか面白くないか見てもらおうよ、と。だから勇ちゃんに、「俺が(『狂武蔵』の)権利を買う。表に出そうよ」と言いました。勇ちゃんはある意味でしがらみの中にいたので、「いっちゃおうよ!」と背中を押したかった。ぼくは、この業界にしがみつきたいとも思わないし、そもそも興味がない。興味があるのは、坂口拓が命を賭けた想いと、下村勇二の背中を押すことだけです。
▲狂武蔵』より
――坂口さんとは、どこで初めて対面されたのですか?
太田P:(坂口の所属事務所ワーサルの)ワークショップで初めて会いました。ぼくはずーっと坂口拓のことを考えていたので、「やっと今日会えるんだ」と興奮していました。でも、ワークショップに行ったら、(坂口は)お酒が入っていて、「何? 勇ちゃんと親友? 俺にお金出せるの? 最低でも1本(1000万円)だからね」と言うわけです。「何だ、コイツ!」と思いましたよ。
文字――(笑)
太田P:『狂武蔵』に命を賭けた男だから、「この人の想いを買った!」と思っていたのに、会ったときの第一印象は超最悪でしたよ。ハッキリ言って、挑発されてましたからね。「下村勇二と親友なの? 俺は戦友だから」って(笑)。
――坂口さんは、初対面を覚えてますか?
坂口:そのくだりは全然覚えてないですね。
――(笑)
坂口:でも、太田Pへの感謝の気持ちは強いですよ。業界の人間じゃなくて、しがらみがないから権利を買い取れたということもありますし。『狂武蔵』の生みの親のぼく、育ての親の勇ちゃん、それを送り出す太田P。これでまた出来るんだという嬉しさはあります。
――なぜ『狂武蔵』の復活に、クラウドファンディングという方法を選んだのですか?
太田P:ぼくが下村勇二に300万円を渡せば、「ありがとう」と感謝されると思います。それに付随して、拓ちゃんが「ありがとう。でも、最低1本(1000万円)って言ったよね」と言って、終わりですよね。直接モノを渡して「ありがとう」と言われても、何のドラマも生まれないし、面白くない。だから、クラウドファンディングという網を色んな人に投げかけて、「太田P頑張れ」とか、「『狂武蔵』の復活が嬉しい」と、ワクワクしてもらおうと思いました。そうすれば、製作の前から認知度が高まる。いわば広告として始めようと思ったんです。同じお金を使うのであれば、一人でも坂口拓を知らない人が「カッコいい」「面白い」と言ってくれるようになったほうがいい。ぼくの母は坂口拓を知らなかったんですが、今は「あの人、カッコいいわ」と言ってくれています。やっぱり、クラウドファンディングをやってよかったと思います。
――坂口さんが、PR的要素のあるクラウドファンディングに協力されているのは、意外です。「わかる人にだけわかってもらえればいい」というスタンスの方だと思っていました。
坂口:それは、もう一つ先の未来を見据えているからですね。自分の中ではウェイブを使った“刀の進化論”みたいなものが出来上がっていて。例えば、今までは黒澤映画に出ているような先人たちを超える俳優って、出てこなかったわけじゃないですか。こういうことを言うと失礼かもしれないですけど、昔の俳優さんのほうが上手かったですし、殺意もあった。でも、ぼくが今続けていることをやっていくと、その先人たちのさらに上にいくことが出来るんです。これで、日本で作れるものが変わる。もちろん、「わかる人にだけわかってもらえればいい」ということに変わりはないから、大手の作品の中で制限されてやるんじゃなくて、自分たちの好きなようにやりたい。で、「それを誰とやるんだ?」ということです。
――なるほど。
RE:BORN (New &Exclusive) UK Trailer(YouTube)
https://youtu.be/uxM6vsMNwXs
坂口:太田Pと一緒になら、新しいものが出来るんじゃないか、と。(海外の映画祭にも出品した)『RE:BORN』はコアな作品ですけど、“侍”は世界中の誰もが知っています。太田Pは不動産でお金を稼いで、道楽でアフリカや色んな国を旅行して、世界を見てきた人。今必要なのは、そういう視点を持っていて、場を与えてくれる人なんです。ぼくや勇ちゃんは、まず金儲けが出来ない。勇ちゃんはアクションを撮る職人だし、ぼくはただの暴れるのが好きな、進化したくてウズウズしている人間なんで、どうにもならないんです。そこに、「作っていいんだぜ」と場所を与えてくれるプロデューサーが現れた。しかも、業界じゃなくて、全く真逆のところから現れたのが嬉しくて。今回のクラウドファンディングも、何も好き好んで協力して、喜んでるわけじゃないんですよ。太田Pに乗っかって、未来を考えているからやれる。一緒にやりたいし、作ってもらいたい。その気持ちが嬉しいからやってるんです。
――信頼していらっしゃるんですね。
坂口:正直、最初は大して好きじゃなかったですけどね(笑)。テキサスの映画祭に一緒に行ってから、好きになったので。それまでは金を出すだけの、ただの“財布”でしょ。
――もう少し褒めるかと思っていました(笑)。
太田P:関係性はそんなに長くもないんで(笑)。
坂口:本当に太田Pに感謝するのは、『狂武蔵』が世に出て、次の侍映画が映画館でかかったときに、観客が「なんちゅうもんを作ったんだ!」と驚いているのを見てからですよ。その時に、一緒に海外のバーでビールを飲みながら、「太田P、ありがとうね」って言えるんじゃないですか。
太田P:ぼくもそう思っています。まだ、何も達成できていないですから。
▲坂口拓(総監督)最新作の撮影現場より
――すでに目標金額の300万円を達成しました。この結果については、どう思われますか?
太田P:『狂武蔵』は、もともとお蔵入りしていた作品だったので、マイナスからのスタートじゃないですか。お金が集まる集まらないに関わらず、ぼくはお金を出して完成させるつもりでした。つまり、世に出すという意味では、マイナスにはなりようがないんです。だから居直って、坂口拓が命を賭けたように、こっちも挑戦させてもらおう、と。どこまで伸びるかはぼくのやり方だとは思いますけど、伸びしろしかないわけです。ただ、一つだけ怖かったのが、この二人(坂口、下村)の名前を出してコケて、やけどさせてしまうことです。ぼくは何の知名度もなくて、何を求められているわけでもないし、捨て身だからバッシングされてもいいんですけど。そのプレッシャーがあって、夜も眠れなかったです。ただ、今のところ体裁は整っているので、「よしよし」という感じですね。
――クラウドファンディング終了までの展開を教えてください。
太田P:お客さんに喜んでもらえるようなことをするだけですね。お客さんが欲しいと思う品々を揃えて、かき集める様子も動画で公開していく。ぼくは、行列に並ぶのが嫌いなんです。いま、お客さん(パトロン)は、(映画が完成するまで)行列に並んでいるのと同じ状況じゃないですか。並んでる間って、つまんないんですよ。だから、その間に退屈しないように面白いことをしかけていくのも、目的なんです。
――リターン用の商品を、坂口さんから引き出す動画を公開されていますね。太田さんが毎回イジられるのが、印象的です。
太田P:基本的に(坂口は)“戦劇者”として、作品の中で戦っています。ファンの方にとっては、アサシンのようなイメージがありますし、映画を観ればわかる。ぼくが見せたいのは、カメラが回っていないところで彼が見せる、温和で、優しくて、ちょっといたずら好きのチャーミングな面白さなんです。それを引き出すには、ぼくをイジってるところを見せるのがいいんじゃないかと思ったので。プロデューサーをイジったり、お金を踏んだくる人なんて、そうはいないでしょう。そういうところを嫌味なく引き出せたらたらな、と。ファンの方が坂口拓を好きになってくれるのであれば、なんぼでもイジってくれ! と思っています。
――予算が増えれば増えるほど、作品はよりいいものになるのでしょうか?
太田P:もちろん、いいものにはなります。ただ、クラウドファンディングで集めている資金は、あくまで下村勇二がイメージどおりに作品を仕上げるため経費です。「これだけ使いました」という内訳も公表していきたいですね。その過程で予算が超過して、「お前ら、使い過ぎじゃん!」となるかも知れないですし(笑)。そういうものも動画でお伝えしていくことで、お客さんも一緒に作っている気持ちになってもらえると思っています。
▲『狂武蔵』より
――『狂武蔵』をどんな風に完成させたいと考えていらっしゃるんでしょう?
坂口: 77分1カットはそのまま変わらないんですけど、育ての親の勇ちゃんが、少し撮り足して、音楽とか効果音、それとCG関係を作りこんでいく。クラウドファンディングで集まった資金でどう料理するかです。今の『狂武蔵』は、いわば単なる映像じゃないですか。ドキュメンタリーとしての面白さをもっと味付けして、映画的に、エンターテインメントに振っていきます。
――追加撮影も予定されているそうですが。
太田P:坂口拓を知っている人にとっては、今のままの『狂武蔵』でもいいのかも知れないです。でも、ぼくは……これは勇ちゃんの構想とも繋がっているんですけど、坂口拓と“宮本武蔵の生まれ変わり”のイメージが結び付くようにしたい。例えば、アメリカでは宮本武蔵の知名度が高くて、五輪の書をバイブルとして持っている武道家もいました。だから、「“坂口拓が宮本武蔵の化身”と印象づけるための、武蔵を紐解くようなシーンが最初にいるんじゃないの?」と、勇ちゃんに話しました。そしたら、勇ちゃんも「実は、こういうイメージがある」と構想を教えてくれて。このくだりがないと、海外では「すげえじゃん、坂口拓」となるだけなんですよね。それを、「すげえじゃん、宮本武蔵」にするための追撮です。せっかく、吉岡一門との戦いをモチーフにしているわけですし。
――坂口さんは、追撮シーンの構成についてどう思われているんですか?
坂口:全然、何も思ってないです。もう、「好きにしたらいいじゃん」って。
――(笑)。
坂口:『RE:BORN』の関係があって、勇ちゃんには絶大な信頼を置いてるので。ぼくは別に、『狂武蔵』という映画自体はそんなに好きじゃないんですよ。今も観れないし、観たら気持ち悪くなっちゃう。だから、ぼくには育てられない。育児放棄人間ですよ。
――複雑ですね。完成すれば、観られそうですか?
坂口:エンターテインメントになったら観ますよ。けど、エンターテインメントじゃない間は、観たくないです。興味はあるけど、育てたくない。少しは好きだけど、「嫌い」のほうが勝る、って感じです。
――完成後の計画も教えてください。
太田P:正規のルート、正規のやり方で上映すること自体は簡単なんです。ただ、映画関係者に聞くと、「3日間か、よくて1週間(のイベント上映)だね」という返事が返ってきました。でも、こういうクラウドファンディングの実績を持って、「製作前からこれだけ人気があって、これだけ盛り上がってるんだよ」とアピールしていけば、「もっと長く、より大きな劇場で上映を」となるかもしれない。
――なるほど。
太田P:映画祭は秋口に多いんですが、もし(編集を担当する)勇ちゃんの仕事が忙しかったら、年内の出品に完成が間に合わないかもしれない。映画祭には、興行を行っていない作品を出すという暗黙のルールがあるんです。だったら、それまではドーム型のプラネタリウムとか、移動式映画館で全国を行脚しよう、と。そうすれば、次の年の映画祭に出すまでの時間を無駄にせずにすむわけです。「これだけ支援金を集めて、製作前から話題になりました」「移動式シアターとか、変わった上映で注目されました」と、付加価値を作っておけば、正規のルートで上映するときに有利になる。そこから、3日と言わず1週間、東京だけでなく地方でも興行を、と広げていきたいです。みんなは時間がないんだけど、ぼくには時間があるので、それが出来る。
▲坂口拓(総監督)最新作の撮影現場より
――長いスパンで考えてらっしゃるんですね。
太田P:次の“侍映画”を発信するためのネタとしても考えています。侍映画を作っている間も、ぼくが移動式シアターで発信して、表に立って拓ちゃん自体のPR活動をしていくつもりです。そうすれば、侍映画の上映までには、拓ちゃんの認知度も上がっているだろう、と。『狂武蔵』を完成させるのも、ぼくが移動式シアターで全国を回るのも、汗と覚悟の“名刺”がわりなんです。そうやって知ってもらえば、侍映画を上映するときに併映してもらうことも出来るわけじゃないですか。『狂武蔵』と侍映画で完結する、という2、3年のスパンで考えています。言い換えるなら、『狂武蔵』は史上初めての77分1カットのCMでもあるんです。
――坂口さんが現在関わっているそのほかのプロジェクトについても聞かせてください。『RE:BORN』のシリーズ作として、『RE:BORN ZERO(仮)』の構想があると聞いています。
坂口:それは、侍映画が終わったらやろうと思っています。『RE:BORN』のみなさんとやるしかないですね。だから、もうそろそろ休みたいんです。侍映画のために3ヶ月くらいは修行したいと思っているので。
――現在製作中のくノ一が主人公の映画は、どんな作品なんでしょう?
坂口:忍者モノを撮ってくれと言われて、ぼくは総監督とアクション監督、出演もしています。総監監督が坂口拓、出演しているのがTAK∴、アクション監督が匠馬敏郎なので、初めて“3人”がそろった作品です。ぼく自身がアクションをガッツリやっているわけじゃないですけど、めちゃくちゃ面白いですよ。くノ一ならではの、卑怯な、真っ向からじゃない戦い方をしていますから。ぼくはいつも、「忍者は卑怯じゃなきゃダメだ」と言っています。侍と忍者の違いって、海外の人は誰も知らないですから。ぼくは俳優をやめて、今の本職は忍者なんで。
――本日見せていただいたシーン(※編註:本インタビューは坂口の最新作撮影日に収録)では、ウェイブ(編註:ゼロレンジコンバットの基本/肩甲骨を中心とした身体操作)を使った刀のアクションを披露していらっしゃいました。
坂口:あのシーンは、侍映画と同じトリプルクラウン(※編註:坂口、下村氏、稲川氏のこと)で撮影しています。久しぶりに刀を持ったら、「皆殺しにしてやろうかな」という気持ちになれたので、リハビリは終了ですね。楽しみにしていてください。人に愛されれば人気者になれる。神に愛されたおれが、何を残すのか。
▲坂口拓(総監督)最新作の撮影現場より 左から、下村勇二氏、稲川義貴氏、坂口拓(TAK∴)
『狂武蔵』クラウドファンディングは、2018年10月30日までcampfireにて実施中。
インタビュー・文=藤本洋輔
映画『狂武蔵』
主演・監督:坂口拓(TAK∴)
撮影:長野泰隆
共同監督・下村勇二
プロデューサー・太田誉志
クラウドファンディング公式サイト(campfire):https://camp-fire.jp/projects/view/59358
映画公式サイト:http://udenflameworks.com/kuruimusashi/
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(執筆者: fujimonpro) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか