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気弱な源氏の兄・朱雀院の溺愛する女三の宮。出家を前になんとかこの娘を結婚させたいと思う父ですが、なかなか相手が決まらない。今回はその候補者側の様子を見てみましょう。
朱雀院と源氏の弟の蛍宮は、玉鬘を髭黒に奪われた後、彼女の上位互換となりうる女性と結婚したいと思っていました。もともとは最愛の奥さんを亡くして、その後妻を探してのことなので、思えば彼の婚活人生も長いですね。身分や人柄に問題はないが、芸術家らしく繊細で不安定な面が心配です。
藤大納言という人は、長く朱雀院のお世話を務めた担当官です。しかし院がお寺に行ってしまうと彼も仕事がなくて今後が不安。それなら宮さまを頂いて、こちらにお仕えすれば安泰だ、という魂胆のよう。いくら真面目に奉仕を誓ったところで、求婚者たちの中では身分が最も低く、釣り合わないのが問題です。
頭の中将の長男・柏木は以前から「藤原家の跡取りたる自分は、適当な女とは結婚しない!結婚するなら皇女さまと」と公言しており、父の頭の中将も「そうなれば我が家にも名誉」と積極的。叔母の朧月夜経由でロビー活動を行ったりと、家族ぐるみで婚活を頑張っています。夕霧同様、将来が楽しみな若者ですが、いかんせん現在の身分が物足らないのが残念です。
夕霧も、先日のお見舞いの時に脈アリだったのを感じて「もし僕に話が回ってきたら、その時は……」と思わないこともない。でもやっと雲居雁と一緒になったのに、そこへ宮さまが加わったら大変なのは明らか。自分から積極的に行く気はありません。奥さんが一番だけど、よそ見する気持ちも捨ててはいない……夕霧も男だねえ。
結局、迷いに迷って決めきらない院に、息子の皇太子は「慎重に検討すべきかと思いますが、やはり安心な源氏の君になさっては」とアドバイス。院はこの意見に後押しされて、もう一度源氏に打診してみることにします。怖いお母さんに仕切られて来た彼ですが、なんとここでは息子にまで! 気が弱いにも程があるというか、頼りないです。
ついにお鉢が回ってきた源氏。「大変お気の毒だが、兄上は私がどれだけ長生きできると思っておいでなのか。3歳しか違わない兄弟なのに、私と結婚したところで、近い将来宮さまが未亡人となられるだけではないか。結婚ということでなくても、兄上のお子さま方はみなお世話をするつもりだよ」。
それでも使者が言葉を重ねて説得すると、さすがに同情して「本当に大切な愛娘でいらっしゃるのだね。それならいっそ、帝の後宮にお入りになっては。一番後から後宮入りして誰よりも寵愛される例もあることだ。現に帝の母上、藤壺の宮がそうだった」。
例として引き合いに出した藤壺の宮の名。そして、言いながら源氏はあることに気が付きます。「……そういえば、宮の母君は藤壺の宮の異母妹。確か姉君の次に美しい方だったとか。どちらに似ても、宮は大変な美貌なのだろうね」。
源氏は断るどころか、含みをもたせた回答に終わります。そうさせたのは“思わず口にした”最愛の女性、永遠の恋人の存在でした。
ほどなく年末になり、体調が回復しない朱雀院は女三の宮の裳着を決行。その儀式は“過去にも未来にも例がないほど”盛大なものです。
各方面からお祝いの品が届く中、秋好中宮からも贈り物がありました。その昔、彼女が伊勢斎宮になった時に、朱雀院(当時は帝)がお別れの儀式で挿して下さった櫛をアレンジしたものです。「さしながら昔を今に伝ふれば 玉の小櫛ぞ神さびにける」。時間が経ってしまいましたが、と添えてあります。
朱雀院はその時に彼女に一目惚れしたことをしみじみ思い出しましたが、それももう遠い昔の話。今は娘へのお祝いの品としてありがたく頂戴します、とお返事するのみです。
具合が悪いのをこらえ、なんとか式を終えた朱雀院は、その3日後についに出家。皆が悲しむ中、朧月夜は最後まで側にぴったりとくっついて離れませんでした。「子を思う心には限りがあるね。あなたとの別れは本当に耐え難い」。源氏ではなく朱雀院を選んだ朧月夜の結婚生活も、ここでついに終止符です。
秋好中宮(当時は伊勢斎宮)と朧月夜は、源氏と朱雀院の恋の鞘当ての原因になった2人です。更に、秋好中宮が10歳近くも年下の冷泉帝と一緒になったのは、藤壺の宮の一言が決め手になったからでした。ここで兄弟の過去を思い出させる2人の女性が出てくるのは興味深いところ。
それにしても、朱雀院は源氏に2度も想い人を奪われながら、何故ここで最愛の娘を差し出そうとするのか。何をされても源氏のことは嫌いになれないし、他の候補者もパッとしないからしょうがないんでしょうけど、なんだかなあ。
出家後、朱雀院の体調は持ち直し、源氏もここでようやくお見舞いに参上。法衣をまとった兄の姿は、やはり悲しいものがありました。親しく語り合いながら、院はもちろん女三の宮の話題を振ってきます。
「本当にお気の毒ですね。兄君の皇太子さまがお世話下さると思いますが、ご公務も忙しく、なかなか細かいお世話には手が回らないでしょう。そうなるとやはり結婚して夫が保護者となるのが安心でしょうが……」振られた話を逸らすどころか、むしろ誘い受けのようになる源氏。
「そうなのだ。だが誰がいいか決めきれず、ますます病気も重くなってしまって。大変申し訳ないのだが、あなたが親代わりとして面倒をみてはくれまいか。今となっては、夕霧が独身の時に申し出るべきだったと後悔している」。
「夕霧は真面目ですが、まだ若くて分別が足らないでしょう。恐縮ですが、私が心をこめてお世話差し上げることが出来ましたら……」。こうして源氏は(藤壺の宮の血を引いた)娘と同じ年頃の皇女との結婚を承諾。雪の降る、暗く陰気な日でした。
朱雀院はホッと一安心。しかし帰路につく源氏の心は重く沈んでいます。「ついに引き受けてしまった。ああ、紫の上はなんと思うだろう。私の愛情は何一つ変わらないが、それがわかってもらえるまでどれほど疑い苦しむだろう……」。現状を考えれば断るのが筋だったのに、と、自分でも早くも後悔モード。
紫の上もウワサは聞いていましたが、まさか源氏が今になって新しい妻を迎えたりはしないだろうと安心して、取り立てて話題にしたりはしませんでした。帰って来て早々に休んだものの、源氏は寝付けません。
昨日に続き、今日も暗い雪の日でした。源氏は話のついでに本題を切り出します。「兄上があまりに頼まれるので、お気の毒でね。あなたは辛いだろうが私の気持ちは変わらない。私達の間に輿入れしてくる宮が逆にかわいそうだが、世間体を繕って優しく接しようと思う。あなたも、どうか寛大な気持ちで受け入れてほしい」。
源氏としては、ちょっとした浮気でもキーッ!となる紫の上がどんな反応を示すのか、内心ドキドキ。でも彼女の反応は拍子抜けするほどあっけないものでした。
「本当にお気の毒ですね。私と宮さまはいとこ同士ですもの。こちらこそ、宮さまに目障りな女と思われさえしなければ……」。あれっ?
源氏は意外な答えに驚きながらも「お互いに事情を理解し合い、仲良く暮らしてくれたらそれが一番だ。世間の人は面白おかしく言うだろうが、そんな事は一切信じてはいけない。どうか私だけを信じて、成り行きを見守っていてくれ」。と、紫の上に言い聞かせ続けます。
暗い空から降り続く雪。紫の上は胸の内で「こんな風に天から降ってきた出来事で、殿も不可抗力だったのだ。2人が愛し合って一緒になるならともかく、押し付けられた縁組だもの。このことで嫉妬しているとか、思い悩んでいると思われたくない」と、努めて冷静に理解する一方で、
「まさかこんな事になるとは思わなかった。あの朝顔の姫君のときも心配したけれど、結局何事も起こらず、自分こそは光源氏の第一の妻と思い、今後もそうだろうと疑わなかったのに……。ああ、あの意地悪な継母はなんと言うだろう。きっと鬼の首を取ったように喜ぶに違いないわ」。もう、思考と感情がバラバラです。
紫の上は長らく、その美貌と持ち前の性格・能力で源氏を魅了してきましたが、一方では宮家の非嫡出子で、親からのバックアップも得られず(むしろ嫌がらせをされる始末)、実子も持たないという弱点を持っていました。
おまけに、二人の馴れ初めは源氏による強奪が発端で、父親の式部卿宮には事後報告。三日夜の餅などの儀式はきちんと行われたものの、いわゆる世間の納得する形ではなかった。彼女の持てなかった要素を全て持つ女性があらわれた時、その立場が取って代わられることは自明であり、内心そのことにずっと怯えてきたのも事実です。
この点で、宮家の嫡子で世間的な評価も高い朝顔との結婚話が、紫の上にとっては一番の危機でしたが、結局この話は実現せず。彼女はこれで命拾いし、今の今まで平穏無事に源氏の第一夫人として過ごしてきたのに、まさかのどんでん返し。
源氏に裏切られた紫の上は、悲しいかな、その動機が何に根ざしているのかを知りません。彼の求め続ける藤壺の宮の存在は紫の上からはよく見えないが故に、彼女にとってはただただ、何故かわからないけどどうしようもないことが起こった、としか思えない。そういう意味では、幼い時に彼女自身が源氏に見出され、さらわれるように連れてこられた時と全く変わらないのです。
このエピソードを象徴する雪のように、まさに「天から降ってきた」案件。この衝撃は音もなく静かに、物語全体を根底から覆いつくしていきます。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか