- 週間ランキング
玉鬘出産の年も暮れ、源氏39歳の春。皇太子の元服に合わせ、ちい姫も裳着を迎えることになりました。皇太子13歳、ちい姫11歳。まだまだ幼いですが、いよいよプリンスとプリンセスの婚儀間近です。
源氏は「一番良いものを姫に」と、あらゆる嫁入り道具のチェックに余念がありません。更に、『黒方(くろぼう)香』『侍従(じじゅう)香』の2種類のお香づくりを紫の上・花散里・明石の上・朝顔の4人に依頼。自分でも作成します。妻の3人はいいとして、結局お友達で終わった朝顔の名前が出てくるのが意外ですね。
平安貴族の必須アイテム、お香(練香)は、香木とはちみつ、梅肉などを練り合わせて作ったもの。おおよその作り方は決まっているのですが、中には「○○家秘伝」のような、門外不出のレシピもあったようです。
源氏と紫の上もそれぞれ秘伝のレシピを使い、お互いに離れて調合する気合の入れよう。「どうせやるなら香りの奥深さまで比べよう」と、ゲーム的に熱中しています。六条院のそこここで、香木をつくコンコンという音が響いていました。
六条院の紅梅が美しく咲いた頃、蛍宮が遊びに来ました。2人が仲良くおしゃべりをしていた所、朝顔の宮から依頼のお香が届きます。色違いの壺に綺麗な紐と、お香自体は立派に包まれていますが、手紙は何故か花の散りかけた梅の枝に結んであります。
蛍宮も2人のウワサは知っているので興味津々。「おや?まだお付き合いが続いているのですね。手紙には何と?」…いいたくないけど、あなたの玉鬘あての手紙はさんざん読んでましたよ!
宮は手紙を隠す源氏の横から、端っこだけを何とか見てわざと読み上げます。「散りかけた梅の花より、ほんの気持ちばかりの香をお届けします。若い姫君がお使いになれば深く薫ることでしょう」。
自分を卑下し相手を上げるために、わざわざ散りかけた梅の枝を選んで手紙を書いた……こういうのが”をかし”というべきなのでしょうが、高尚すぎてちょっと面倒くさいですね。でも、源氏はこういう演出が好きなので「ますますあなたに心惹かれる私です。世間が批判するのでひた隠しにしていますが」と返しています。
宮はもっと2人の関係にツッコみたいのですが、源氏は話をそらし、彼にお香の判定をしてもらうことに。宮は「難しい役を仰せつかったものだ」と言いながらも、微細な香りの違いを嗅ぎ分けていきます。違いの分かる男、蛍宮。
まず「奥ゆかしく落ち着いた香り」なのは朝顔の『黒方香』。「優美で艶めかしい」のは源氏の『侍従香』とされます。
紫の上は指定の2種に加えて、もう一つ『梅香』を出してきました。これは「明るく華やかで、少しエッジの効いたところもありトレンド感抜群。今の季節ならこれしかない」と評価されます。紫の上は香でも音楽でも衣装でもだいたいこういう評価です。キャラがにじみ出るブレンド。
花散里は指定2種ではなく、夏に使う『荷葉(かよう)』という1種のみ。「他の方と競い合うつもりはありません」と言うことのようです。これは「しっとりと懐かしい香り」とのこと。なるほど、控えめなこの人らしい感じ。
明石の上も変化球で、着物に焚きしめる薫衣香のうち、百歩先まで香りが漂うと言われた『百歩香(ひゃくぶこう)』のレシピをアレンジした香を出してきました。
「伝統的香りの見事な再現。普通はまず思いつかない着眼点が面白い」と宮。知識とアイディアでひねりを利かせ洗練された仕上がりで、これもまた、明石らしい感じです。
結局、全員を絶賛した宮に、源氏は「これじゃ判定にならないよ」と笑い、そのまま宴会に突入してこの日は終わります。
そしていよいよちい姫の裳着当日。午後8時から式が開始され、深夜0時に腰紐が秋好中宮の手で結ばれました。11歳の子は眠くないのでしょうか。いろいろ気になりますが、仄明かりの中、中宮はちい姫の顔を見て(本当に美しい姫君ね)と、感心。紫の上とも対面して言葉をかわします。
中宮、紫の上、ちい姫の三方の女房たちはおびただしい数にのぼり、華やかに装って会場を埋め尽くしています。源氏は身内の美女が集った今日を嬉しく思う一方で、世間体を気にして明石の上を呼べなかったことが引っかかていました。
続いて皇太子も無事に元服を済ませ、後宮に妃たちが集まるのを期待しています。が、左大臣など他の貴族たちは娘を後宮入りさせるのをためらいがち。ちい姫の勢力が強すぎて、うちの娘が出ていっても勝ち目がないんじゃないか、と思っています。
源氏は「もってのほかだ。優れた姫君が後宮に多く居て、お互いを高めあってこそ宮廷が華やかになるというもの。美しく才能のある女性が家の中で引きこもっていてはもったいない」とハッパをかけ、ライバルたちに先に後宮入りするよう促します。このため、ちい姫の入内は延期になりました。
延期になった時間で、源氏は更に嫁入り仕度に念を入れます。手回り品から書物、インテリアに至るまで所蔵の名品を選り抜いたり、その道の匠や大家に制作を依頼したり。果ては自分でデザインや執筆も手がける頑張りようです。
手間ひまかけて逸品を集めた源氏ですが、本当に娘に渡したい宝物はまだ蔵の中に眠っています。それは須磨での日々を綴った日記です。「必ず伝えたい品だが、もう少し世の中のことがわかるようになってから」。ちい姫はまだ、自分の出生の秘密を知りません。
こうして源氏が娘の嫁入り支度に大わらわしているのを、頭の中将は落ち着かない気分で聞いていました。「あの一件さえなかったら、うちの娘も今頃は……」と思いながら。
雲居雁は20歳。美しく成長しましたが、夕霧との一件で宮仕えも縁談もダメ。行き場もないまま部屋で引きこもって暮らしています。夕霧から時々来る「僕を信じて」という手紙だけが心の支えです。
暗く沈んだ娘を見るたび、父の胸は痛みます。でも肝心の夕霧は一向に「お嬢さんを下さい」とは言ってきません。感情的になって意地を張りすぎた、と反省する一方、今更こちらから折れるのもシャクだし……と、モヤモヤモヤモヤ。
夕霧も伯父が以前ほどは強気でないのを知りつつも「あの時の引き離し方は本当にひどかった」とまだ根に持っています。それに、六位の浅葱色をバカにした彼女の乳母にも目にものを見せてやりたい! 彼も当時よりはずいぶん昇進しましたが、もうちょっと出世するまでは……と粘るつもりです。
夕霧も紫の上に憧れたり、玉鬘を見て思わず告白してしまったりと、少年らしい淡い恋は幾つか体験しましたが、本命が雲居雁なのは変わらず、新しい恋人を作って乗り換える気もありません。「我ながら幼なじみにこだわって、変わってるよな」と思いつつ、恋の悩みを引きずっていました。
源氏も息子を心配し、縁談を持ちかけます。「中務宮家と、右大臣家のご令嬢との縁組だ。もし雲居雁と終わっているのなら検討してごらん」。夕霧ももう18歳、当時ならとっくに結婚していてもいい年です。
しかし夕霧は何も言わず、ただうなだれているだけです。源氏は更に「お前の気持ちもわかるよ。私も若い頃は父上のご教訓には従えなかったからね。でも、父上の仰ったことは正しかったと今は思う。
私は宮中育ちの窮屈さから逃れようと自由を求めた。が、それがまるで遊び人のように言われたり、相手の女性を傷つけたり……。若く気ままな身分だからと、ハメを外すのはよくない。」どうも夕霧に、というより、若いときの自分に言ってやりたい感じ。
「愛する人と相思相愛で結ばれるのが理想だろうが、いつまでもそこにこだわって独身でいては世間の憶測も呼ぶだろう。結果、夢破れて適当な結婚をして終わることにもなりかねない。
あまり好きになれなくても、縁あって一緒になった相手なら、相手の良い所や義理の両親の愛情を思いやって結婚生活を続けなさい。結婚は相手あってこそのもの。自分も相手も、その周りの人も末永く円満であるのが良い結婚なのだ」。全然できなかったアンタに言われたくないですが、反省がてらのお説教というところでしょう。
父に何を言われても夕霧の想いはかわりません。が、ウワサの足は早いもので、夕霧の縁談が頭の中将側にも伝わってしまいました。
「やはり夕霧も気が変わったか、薄情な。私が結婚を許さないので、源氏の君も他の縁談を持ってきたのだろう。かと言って今更こちらからというのも……」。ああもう、強情張ってるからこんなことに!
まして雲居雁はどうしていいか分からず、父に背を向けて涙をながすのが精一杯です。心のどこかでは夕霧を信じていた父娘ともども、この話には大ショック。パパは「どうしよう」と動揺したまま娘の部屋を後にします。
幸か不幸か、このタイミングで夕霧からの手紙が届きます。「世間の人と違って、いつまでも君のことを忘れられない僕はどこかおかしいのだろうか」とだけあり、例の縁談のことはかけらも書いてありません。
雲居雁は(何よ!)と思いつつ、「これを限りと私を忘れていくあなたは、どこもおかしくなんかないわ。立派にフツーの人よ」。……言いたいことはいろいろありますが、とりあえずそれだけ書いて返します。
返事をもらった夕霧は、彼女が何を怒っているのか全然わからない。何度も手紙を読み返しては「どういう意味?」と首を傾げています。自分は縁談を受けてないし、彼女のことだけを思っているのは変わらないのに。
こうして行き違いが生じ、逢えない恋愛の辛さが浮き彫りになる夕霧と雲居雁。2人の恋の行方はどうなるのか?少女漫画的な展開が続きます。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
―― 見たことのないものを見に行こう 『ガジェット通信』
(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか