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その年の10月、姫はようやく六条院へ引っ越しました。決定から約1ヶ月、右近の監督のもとでの女房採用から研修、田舎臭さをなくすコーディネートなどが実施されて、ようやくの引っ越しです。
引っ越しの夜、早速源氏がやってきました。「この戸口から入るのはなんだかワクワクするね。それにしても灯が暗すぎる。もっと明るくして。これじゃ恋人の密会みたいじゃないか」。一人で勝手に盛り上がる源氏パパ。
姫も光源氏の名前を遠く九州で聞いたことはありました。でも、まさかその人が自分の養父になり、こうして対面する日が来ようとは。ちらっと見ただけでも空恐ろしいような源氏の美貌に圧倒されて、小さくなって座っています。
「親の顔は見たいものだと聞くけれど、あなたは私の顔を見たくありませんか?」源氏は几帳を押しやり、姫の方に近づきます。恥ずかしがって小さくなっている姫を見て、源氏は好感を持ちました。
さらに明るくするよう促し、顔がはっきり見える位になると、姫の目元は本当に夕顔によく似ているのがわかります。源氏は恥ずかしがる姫に、実父のように話しかけました。
「あなたをずっと探していたよ。まだ夢の中にいるようだ。本当に大変だったね。辛かったね」。姫の受け答えは適確で、物の言い方は夕顔を彷彿とさせます。源氏は夕顔を思い出してグッと来ながら、体面に満足して帰っていきました。
源氏はちょっと興奮気味に「田舎に長年住んでいたから、かなりアレだろうと勝手に思っていたが、なかなかどうして、こちらが恥ずかしくなるほど立派な姫だったよ。この機会に美しい年頃の姫がいることを宣伝して、兵部卿宮(もとの帥の宮。源氏の弟宮で恋愛体質の風流男)あたりをヤキモキさせてみたいねぇ。美人がいると聞いてあれこれ気をもむ貴公子たちを見て楽しもうじゃないか」。
何やら恋愛バラエティのような発想は、紫の上には不評。「おかしなお父様だこと。娘を使って殿方を振り回すなんて、けしからんですわ(原文も表現は”けしからず”)」。あなた何言ってるの、呆れたわ!ってところでしょうね。ごもっともです。
源氏はちっとも懲りずに「本当に、あなたの時に同じようにやっておけばよかった。あの時は若すぎて失敗したなぁ」。紫の上はそれを聞いて顔を赤くしています。紫の上の時にやり損ねたことを姫にしてみたいが、もっと言えば本当は紫の上にしたことを、この姫にもしてみたい。すでに下心がミエミエです。
この会話の後に源氏が詠んだ「恋ひわたる身はそれなれど玉鬘(たまかづら) いかなる筋を尋ね来つらむ」。玉鬘とは美しい髪を指す言葉ですが、髪は自分の意思とは関係なく伸びていくので”どうしようもないこと”や”運命”の意も。
亡き恋人の形見の姫は、どういう運命でここへたどり着いたのか。ここからこの姫は『玉鬘』と呼ばれていきます。
お姉さんが出来たと知らされ、夕霧が挨拶にやってきました。「何も知らなかったものですから、お引っ越しのお手伝いもしませんで失礼いたしました。このような弟がおりますこと、どうぞお見知り置き下さい」。いきなり降ってわいたように家族が出来る平安時代。夕霧もあっけないほどサッと受け入れてます。なんかリアクションとか疑問とかないんだろうか。
玉鬘が頭の中将の娘であることはごく一部の人しか知りません。夕霧が実姉と思っているらしい様子に、事情を知る人はなんだか申し訳ないような気分。ともあれ、こうして玉鬘の人生は一段落。紫の上に負けず劣らずの厚待遇で、姫についてきた一行は皆、苦労が報われたのでした。
観音様に「姫様を太宰大弐か大和守の奥様にしてください」と願掛けした三条も、本物の一流セレブの生活を目の当たりにし、今となっては「あんなの大したことないわ」と小馬鹿にする始末。まして、大夫の監なんて思い出すのも嫌です。
決死の九州脱出から今まで、常に忠義を尽くしてきた豊後守は、その功労を認められ玉鬘の家司(執事)に任命されました。お上りさんのプー太郎だった彼の苦労がようやく実ったのです。やったね!!ところで、九州で大夫の監にへいこらしている次男・三男はどうしているんでしょうね。
いろいろあった一年もすでに年末。染物や裁縫が上手で、素晴らしいセンスを持つ紫の上は、特によく美しく仕上がった晴れ着の衣装を源氏に見せました。「どれも良い出来ですから、せっかくならお召しになる方に相応しいものを選んで下さいな。お顔と衣装が合わないのはみっともないですもの」。
源氏は「ははあ、晴れ着のコーディネートからライバルの顔を想像しようというんだね。そういうあなたはどれが似合うと思う?」紫の上はさすがに恥ずかしそうに「そんなの、鏡を見ただけではわからないわ」。
源氏は彼女に、紅梅の浮紋のある葡萄染(ぶどう色・赤みのある紫)を、ちい姫には桜(赤と白が透けてピンクに見える)と艶のある赤を。紫の上はモダンで洒脱、ちい姫のは可愛らしい感じです。
浅縹(あさはなだ・明るめのブルーグレー)に貝殻や海藻など海のデザインと、濃い赤の組み合わせは花散里に。織りは優美ですが、全体的に彩度は低めで、落ち着いた花散里の雰囲気にぴったりです。
対照的に、ヴィヴィッドな赤と山吹色の組み合わせは玉鬘へ。ぱっと明るい彩りに、紫の上は(なるほど、お父様の頭の中将殿に似た華やかなお顔立ちなのね。それでいて妖艶さはない)と推察。実際にズバリ的中です。色の取り合わせから、顔も見たことのない女性の雰囲気を洞察するのだから、高度としか言いようがない!
乱れ唐草模様のデザインに、柳(白とグリーンの組み合わせ)の色っぽいのは末摘花に。真っ赤なお鼻の彼女に、わざとミスマッチなものを選んでほくそ笑んでいます。意地が悪い!すでに出家している空蝉には、青鈍色のちょっと面白いデザインに、梔子色(クチナシの顔料のような黄色)を組み合わせたものを。
白地に梅の枝に蝶や鳥が飛び違う中華風のデザインと、濃い紫色の組み合わせは明石の上へ。優雅で洗練された上品なコーディネートに、紫の上の表情がサッと変わります。(誰よりも素敵な衣装だわ。明石の上はそんなに優れた方なの?)
源氏は紫の上の顔色を伺って「いや、相手を想像して衣を選ぶのはもうやめよう。人の魅力は見た目だけだけじゃないんだから」。こうして晴れ着選びは終了。なんだかお正月から波乱のフラグ……。
晴れ着が届いた女性達からはそれぞれにお礼状が届きました。が、ここでもやらかしたのは末摘花。二条東院の2軍メンバーは皆、気を利かせて返礼もさりげない程度にしたのに、彼女だけが格式通りの禄を使いに出したのです。それも立派なものならともかく、袖が変色した年代物の山吹色の衣装を。
帰ってきた使いを見て源氏は(またかよ)と渋い顔。手紙の方も、これまた古くなって黄ばんだ厚ぼったいのに、目一杯お香を染ませてあって「着てみれば恨みられけり唐衣 返しやりてむ袖を濡らして」とあります。
あなたは来ないのに衣だけ着た(=来た)のが恨めしい、涙で袖を濡らしてお返ししましょう、という恨み節です。またその字が格別に古臭いと来ている。源氏はもうおかしいやら情けないやらで、1人でニヤニヤしています。傍で見ていた紫の上ははてなマークがいっぱいです。
源氏は手紙を見せながら「いやいや、末摘花の君はとにかく昔気質で文法に忠実な方だから、どうしても『唐衣』『袂濡るる』という縁語が抜けないんだな。今風の和歌は絶対になさらないのはある意味立派だよ。
いつだったか、彼女のお父上が書き写した和歌の参考書をプレゼントされたんだけど、難しいルールがいっぱいでね。もともと苦手なのにますますダメになりそうでお返ししたんだよ」。やっぱり、平安時代の人でも和歌のルールって難しかったんだ。
源氏が末摘花をバカにするのに対し、紫の上はとても真面目に「どうしてお返しになったの。わたしもそういう本は持っていたんだけど、虫食いでダメになってしまったの。参考書があればちい姫のお勉強になるのに……」。
「ちい姫にはそんなものは必要ない。女が何か一つのことに凝るのは良くないのだ。だからといって、何の取り柄もないというのもつまらない。芯はしっかりしているけど、それ以外のことはさりげなく。これが理想だ」。
と言いながら、末摘花への返事を一向に書こうとしない源氏。紫の上は見かねて「「返しましょう」と仰っているのですから、やはりお返事を差し上げないと」。源氏は気安くスラスラと「返さむと言ふにつけても片敷の 夜の衣を思ひこそやれ」。ごもっともなお手紙ですね。返しましょうと仰るあなたのお寂しさをお察しします。と、通りいっぺんの返事を書きました。
その頃、使いの男は同僚に「俺、今日こんなことあってさ~」と、一部始終を報告して、笑い話にしていました。ちゃんちゃん!
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか