- 週間ランキング
はじめに大前提として、「社会保険労務士(社労士)」とはどのようなお仕事なのでしょう。
村井真子代表(以下:村井氏)
「社労士とは、人材に関する専門家です。定義としては、『労働及び社会保険に関する法令の円滑な実施に寄与するとともに、事業の健全な発達と労働者等の福祉の向上に資すること』を目的として業務を行う国家資格者ということになりますね。
企業における採用から退職までの『労働・社会保険に関する諸問題』や『年金の相談』に応じるなど、業務の内容は広範囲にわたりますが、そのそれぞれに人材に関する専門家として関与していくという仕事です。
ただ私としては、『人と組織の調整をする仕事です』というように説明しています。」
人が働く上では、人と人、あるいは人と組織との関わりがある。そこで発生する様々な問題を解決する手伝いをするお仕事、といったイメージでしょうか。
村井氏
「はい。中でも、『人と人との付き合い方で生じる軋轢』を解消するのが、私が社労士として特に専門的に扱っている分野です。」
どのようなきっかけで社労士というお仕事を選ばれたのでしょうか。
村井氏
「元々私の家は家業で総合士業事務所をやっていて、祖父と両親もそこで働いていたんです。両親ともに忙しく、子どもの頃からあまり構ってくれない家庭だったために、寂しい思いもしたので、自分がある程度の年齢になったときに、『家族との時間もとれない不自由な働き方は絶対に嫌だ』と思ったんです。それで、大学卒業後は一般企業に勤めました。
しかし、家庭の事情で実家に戻らなければならなくなり、初めて両親と働く経験をした時に、大人になって社労士という仕事を客観的に見ると、『こんなに人の役に立てる仕事なのか』と思うことができたんです。それが社労士を目指したきっかけです。
それから私も資格を取り、結婚を機に転居して今の事務所を開業しました。ですが、その時は顧客ゼロの状態だったので、どういうふうに自分の専門性を身に着けていこうかを考えていきました。私自身が一番関心があったのが、『人と人との付き合い方で生じる軋轢』というテーマだったので、その点についてより専門的に学んでいきました。」
今は多くの顧客を抱えるようになった村井先生の社労士事務所ですが、やはり「人と人との付き合い方」に関する相談が多いのでしょうか。
村井氏
「そうですね。労務問題というのは、結局のところ『立場による解釈の問題』が大きな課題になっています。『そういうつもりではなかった』とか『言い方一つで伝わり方が変わってしまう』というようなことはよくありますよね。そういった『人の気持ちのすれ違い』が原因で、結果的に仕事を続けていけないような致命傷を負ってしまうことは少なくありません。
逆に、それがうまく解消すればすごく働きやすくなったりもするので、それも含めて労務の仕事はやりがいがある仕事だと感じています。中でも、ハラスメントに関する相談は、現在の私の業務の中では大きなものです。」
『ハラスメント問題』は、村井先生が取り組まれている労務上の大きな課題の一つかと思います。今の時代は、『◯◯ハラ』と呼ばれるハラスメントの種類が増えているように、関心も高まっていると思います。具体的にハラスメント問題とは、労務上どのような課題を含んでいるのでしょう。
村井氏
「私が書いているブログでも、ハラスメント関連のワードが検索上位にきていますし、社会的に大きな課題の一つであることは間違いありません。◯◯ハラの中でも、労務に最も関連するパワハラに関してお答えすると、組織の中でハラスメントが発生する原因としては、『対話の仕方』がすごく難しくなっていることがあると考えられます。
セクハラやカスハラというのは、『気持ちのすれ違い』というよりも、一方的になされるハラスメントだと思います。ですが、いわゆる『パワハラ』というのは、必ずしも一方的なハラスメントとは言えない場合があるのです。パワハラだと非難される側は、基本的に業務に関連する指導などとして発言しているはずです。その必要な指導が受け手の捉え方によって、パワハラと言われるケースも結構あります。
こうしたケースが生まれる原因として、組織内で、あるいは当人同士の間で『適切な業務上の指導とはここからここまで』といったコンセンサスが取れていないことがあります。そのため、一方は適切な指導のつもりで発言し、もう一方は『そんな言い方しなくても…』みたいな話になってしまうのです。
いずれにしても、多くのケースでは双方ともに相手に対する配慮に欠けている部分があるとは思いますが、そこも含めて、「対話の仕方」に課題があるケースが多いです。」
私(DXportal®編集長)が働き出した1980~90年代にかけては、ハラスメントという言葉など聞いたことがありませんでしたし、「仕事に全力を注ぐのが当たり前」という認識が一般的だったと思います。
けれども、今の若者の中には「そこまでガッツリ働かなくてもいい」と考える人が増えている。時代の変化や世代によって、仕事に対する考え方に相違が生まれるのは当たり前だとは思うので、正直にいうと「これもハラスメントになるかもしれないの?」と思ってしまうことがあります。
どこまでがパワハラで、どこまでが適切な指導かという線引きは、個人の捉え方の問題なのでしょうか。
村井氏
「そうですね。個人の捉え方の問題ももちろんあります。一方で、双方の関係性の問題の場合も多いと感じています。例えば、同じことをA部長に言われても許容できるけど、B部長に言われると『なんか嫌』みたいな。
これは、その人の過去の経験などから来る『好き嫌いの感情』が出ている場合が少なくありません。B部長には責任がないことであったとしても、そうしたところで感情が左右されてしまうことは実際にありますよね。
この時、受け手が『なんとなくB部長が好きじゃない』ということを自分で認知できていればいいのですが、それができていないと、A部長になら言われても気にならないことなのに『B部長に言われたことで傷ついた。ハラスメントだ』という不当な状況が起こり得てしまうのです。」
確かに『好き嫌いの感情』も関わってきてしまう点は難しそうですね。それこそ、デジタルでもなかなか解決できそうな気がしないですよね。
村井氏
「そうなんです。労務の観点から言っても、デジタルの活用は確かに重要な戦略です。特に、一般的な労務管理や経理など数字で表される部分の効率化においては、デジタル活用は重要でしょう。ただし、こと『人の関わり』という、数値化できない部分に関して考えると、やはりデジタルではある程度までしか解決できないのかなという気はします。
例えば、こうした課題の解決のために人材会社さんなどが『タレントマネジメント』みたいなもので人の相性で見たりとか、パワーバランスに配慮したチームメイキングの提案をするとか様々なサービスを出しています。こうしたサービスの活用は有効な手段の一つですが、傾向から相性やマッチングの良し悪しは言えるけど、本当にそれがベストマッチなのかまでは責任が取れないと思います。あくまでも、『参考程度のデータ』に留まってしまいますよね。」
やはり、ハラスメントとは明確に線引きすることが難しい問題であり、明確な線引きができないからこそデジタル化が困難ということなのでしょうか。
村井氏
「労働の問題で言えば、セーフかアウトかの線引きというのは、あくまでも指針や基準、判例に基づいて行うことになります。ただし、指針や基準は抽象化されたものですし、判例は過去のものなので、現在起こっている問題にそのまま適用することはできません。なので、線引きの部分をそのままデジタル化する、というのは現実的ではないかもしれません。」
最近はChatGPTなどのAIが優秀になってきており、『そのうち企業法務などはAIで対応できるのでは』と言われることもありますが、やはりハラスメントに関しては難しいということでしょうか。
村井氏
「現在のChatGPTの性能などをみていると、1年目の社労士程度には働いてくれるかなという気はしています。ただし、職場でのハラスメントの事例とその対応は年々複雑になっています。そこに当事者の感情まで加味して判断しなければならないと考えると、やはりAIでは手に余るのではないでしょうか。
やはり労務というのは「人」に焦点を当てるものなので、その判断に対する責任も「人」でなければ取れません。そういう意味では、AIの性能が向上しても、労務の専門家が担う役割というのは残っていくだろうと思います。」
事前にいただいた資料によると、村井先生の事務所へはもう一つ、事業承継問題が大きな相談として考えられると伺いました。この問題に関しても、ハラスメント問題と同様に人の関する問題なのでしょうか。
村井氏
「当事務所に来る相談として多いのは、廃止を考えている、あるいはM&Aを考えている場合の質問です。そのプロセスの中で、人権デューデリジェンス*1や労務デューデリジェンス*2の観点で、『自社はどのくらいの対策ができているのか?』といった相談が多いです。」
*1:企業が事業活動を行う中で、自社や取引先などにおける人権への悪影響を特定・防止・軽減し、取り組みの実効性を評価し、どのように対処したかについて説明・情報開示していくために実施する一連の行為
*2:企業が資金調達やM&A(合併・買収)などの重要なビジネス上の決断を行う前や、IPO(上場)審査に進み、無事IPOを達成することを目的として、その企業の労務管理が適切に行われているかを詳細に調査すること
「これだけを聞くと、一見『人と人との関わり』という部分とは関係がないように感じるかもしれません。
けれども、こういう相談をいただく際は、まず『そもそもなぜ事業を畳もうと思ったのか』という話をさせていただくのですが、『後継者がいない』というのが最も多い回答です。子どもに継がせたいとは思うけど、本人にはまるっきりその気がなかったり、そもそも配偶者も子どももいないので特に残す相手がいない、といったことが多いようです。事業承継自体を選択肢として持っていない経営者も少なくありません。」
少子高齢化という問題がある中、どのような業界でも労働者不足や後継者不足を抱えており、大きな社会問題として横たわっていると感じます。それらに対する解決策とはどのようなものが考えられるでしょうか。
村井氏
「すごく難しい問題ですよね。ただ、『後継者がいない』という問題の背景、事業継承の選択肢がないという背景には、少子化が関わっていることは間違いありません。もちろん、自分の子どもが事業承継をするかしないかはさておき、その選択肢すらない企業が少なくありません。
これは、突き詰めてみると『そもそも、現代は誰かと結婚するということが大きなリスクになっている』という問題に突き当たるのではないでしょうか。つまり、事業の承継問題も、まさに『人の関わり』が根本にある問題なのです。
いわゆるタイパが悪いとか、何でも一人でやれるから一人のほうがいいであるとか。あるいは、相手の価値観に合わせて暮らすより、自分の好きなようにやったほうがいい。事業にしても一から全部自分で作ったほうがいいという価値観の方が少なくないのでは?といったような視点ですね。
それに加えて、ご本人は結婚を望んでいたとしても、企業の後継者、あるいは後継するかもしれない方というのは、自分一人ではなく家業や従業員を背負って結婚しなければならないので、お相手探しが皆さんかなり難航されるようです。
ご相談に乗っているうちに、例えば私の同業の方で同じような悩みを抱えている方をご紹介することもあります。実際に会った結果、交際に至らないケースもありますが、少なくとも同志ができます。同じような悩みを抱えて、事業のことを分かっている仲間ができると言いますか。これは、ウェルビーイングの観点ではかなり良い影響があるのではと思っています。
まぁ、この話は社労士というよりおせっかいおばさん的なところなんですけどね(笑)。
いずれにしても、事業の承継問題に関しても『後継者がいないので事業承継を行わない』という選択をするということで、突き詰めると『人と人との関わり』に繋がる大きな社会問題なのではと考えています。」
The post 【幸せになるためのDX】デジタル時代の社労士業務の鍵は「ウェルビーイング」 first appeared on DXportal.