• メーカーの直販が強まり、他の卸との価格競争も激しくなるなかで、このまま値段でしか選ばれない関係が続けば、いずれ取引先を失うのではないか

  • 注文はFAX・電話・LINEでバラバラに入り、事務担当が販売管理システムへの手入力に追われている

  • 受発注システムを検討したこともあるが、「得意先がFAXをやめてくれない」というところで話が止まってしまった



食品卸の経営者や営業責任者のなかには、こうした状況に心当たりがある方も多いのではないでしょうか。


こうした状況を変える鍵になるのが、受発注DX(デジタルトランスフォーメーション)です。ただし、受発注DXを自社の伝票入力を減らす道具としてしか考えていないと、得意先には何のメリットもなく、FAXをやめてもらう理由も、価格以外で選ばれる理由も生まれません。受発注DXを得意先との関係そのものへの投資として設計し直すことが、遠回りに見えて最も確実な進め方なのです。


この記事では、得意先にとって価値になる発注機能をどう設計するか、そしてFAXや電話を残しながらどの得意先から段階的に移行するかを整理します。伝票入力を10時間から1時間に減らした食品卸の事例もあわせて紹介します。



【本記事の要点】



  • メーカーの直販強化や他卸との価格競争により、食品卸は値段以外の理由で選ばれる関係をどうつくるかが課題になっている

  • 受発注DXを「社内の伝票入力削減」だけの目的で進めると、得意先にメリットがなくFAXをやめてもらえず、導入が止まりやすい

  • 発注履歴からのリピート、締め時間と在庫の見える化、欠品時の代替提案など、システム化して初めて実現できる発注機能を先に設計することが、価格以外で選ばれる関係につながる

  • すべての得意先を一度に移そうとせず、発注頻度の高い得意先・定番品から段階的に移すのが現実的な進め方である



得意先が離れない受発注DXをどう設計するか





DXが各業種で議論されるなか、食品卸の現場では「卸はいずれ不要になるのではないか」という不安が根強くあります。メーカーが飲食店やチェーン店への直販を強め、小売側も直接取引を志向する動きが広がるなか、卸が「安いから使われている」だけの関係にとどまっていると、より安い相手が現れた時点で簡単に切り替えられてしまうためです。


価格以外の理由で選ばれる関係をどうつくるかが、これからの食品卸にとって避けて通れない課題になっています。だからこそ、この課題に受発注DXという形で取り組んでいく意味があるのです。ここでは、ありがちな失敗と、目指すべき設計の方向性を順に見ていきます。


受発注DXを「伝票削減」で考えると失敗する


「受発注をデジタル化すれば、事務の負担が減る」という発想自体は間違っていません。ただし、それを目的の中心に置くと、導入が思うように進まないことがあります。


伝票入力を減らすことは、あくまで自社側の都合です。得意先からすれば、これまでどおりFAXや電話で発注できれば十分であり、卸の事情のためにわざわざ発注のやり方を変える理由がありません


実際、食品業界では今も受注の多くがFAX・電話・LINEで行われています。背景には、得意先の高齢化、少量多品種の注文、当日発注や急な数量変更を口頭で伝える商習慣など、それぞれに理由があります。FAXや電話が残っているのは、得意先が古い方法に固執しているからではなく、その方法のほうが得意先にとって都合がよい場面が多いからです。


だからこそ、「得意先にFAXをやめさせる」という発想ではなく、「得意先が使いたくなる発注の仕方を用意する」という設計の問題としてとらえ直す必要があります。


たとえば、得意先に次のようなメリットを示せれば、FAXや電話をやめる十分な理由になります。




  • 電話口で在庫を確認する手間がなくなり、注文前に在庫状況がわかる

  • 前回と同じ内容なら、品目をひとつずつ伝え直さずに再注文できる

  • 欠品が出ても、待たされずにその場で代わりの商品を提案してもらえる

  • 発注した内容の控えが自動で残り、あとから見返せる



「伝票を減らしたいので発注方法を変えてください」ではなく、こうした得意先側のメリットを先に示すことが、移行を後押しする鍵になります。


得意先が「使い続けたくなる」発注のかたち


得意先にとって価値になる発注機能には、次のようなものがあります。




  • 発注履歴からワンタップでリピート発注できる

  • 締め時間と翌日の在庫状況が事前にわかる

  • 欠品が発生したときに代替品が自動で提案される

  • 価格・賞味期限・ロット数量を一覧で確認できる

  • 発注内容の控えが自動で送られてくる



これらはどれも、紙のFAXや電話のやり取りだけでは実現できません。発注データをシステムで一元管理し、得意先ごとの発注履歴や在庫状況をリアルタイムに参照できる状態を作って初めて可能になる機能です。単なる業務改善ではなく受発注DXと呼ぶべきなのは、この「デジタルであること自体が機能の前提になっている」という点にあります。


これらが積み上がっていくと、得意先にとって「他の卸に切り替えると、この便利さが失われる」という状態、つまり乗り換えのコストが生まれます。価格で比較されにくい関係は、こうした積み重ねの先にできあがるものです。


すべての機能を一度にそろえる必要はありません。まずは自社の得意先が発注時に最も困っていること、たとえば在庫がわからない、締め時間が不明、欠品連絡が遅いといった課題を1つ選び、そこから解消していくのが現実的です。


伝票入力が10時間から1時間になった食品卸





ここまで見てきた「得意先起点の発注設計」を実践し、伝票入力の負担も大きく減らした食品卸の例があります。京都市伏見区の有限会社山栄フーズです。


課題:深夜までかかる伝票入力と、伝票待ちの運送業者


山栄フーズは、全国のラーメン店へ麺・スープ・チャーシューなどのラーメン材料を卸す食品卸です。取引先は個店から50店舗規模のチェーンまで1,000店舗以上、取扱商品は約4,000点にのぼります。


同社は市販の販売管理システムを使っていましたが、取引先からFAXで届く注文の伝票入力に深夜0時までかかることもあり、夜中に発送するはずが、運送業者が伝票待ちになることもしばしばありました。


伝票入力の負担を重くしていたのは、時間だけではありません。同じ商品でも得意先によって呼び方がさまざまで、たとえば豚の「丸骨」を「ゲンコツ」と呼ぶ人も「足骨」と呼ぶ人もいて、事務担当者はそのつど、得意先ごとの呼び方を商品名に変換しながら入力する必要がありました。約4,000点という取扱商品の多さが、この負担をさらに重くしていたのです。


施策:BtoB ECと販売管理システムの導入


こうした状態を解決するために、山栄フーズは2018年11月、BtoB EC「アラジンEC」と食品業向け販売管理システム「アラジンオフィス for foods」の導入を決め、2019年7月に稼働を開始しました。


いくつかの会社を比較したうえで、最終的な決め手になったのは機能や価格ではなく、「営業担当者の対応に一番信用があり、会社自体がしっかりしていて、末永くサポートしてもらえると思えたこと」だったといいます。長く使い続けるシステムだからこそ、提供会社との関係を重視した選び方です。


導入後は、得意先がECサイトの画面で商品を選んで発注する形に変わりました。得意先が入力した発注データはそのまま販売管理システムに取り込まれ、伝票が自動で作成される仕組みです。事務担当者がFAXの文字を読み取り、得意先ごとの呼び方を商品名に変換しながら手入力する、という従来の工程そのものが不要になりました。


結果:伝票入力は1時間に、教育・確認・ミスも減少


結果として、1日10時間以上かかっていた伝票入力時間は1時間ほどに短縮されました。


数字に表れる効果だけでなく、得意先ごとの呼び方の違いを含め、教育や確認の時間も、ミスも減りました。得意先側も注文履歴を画面で確認できるようになったことで、誤発注も大幅に削減。スマートフォンやタブレットからも発注できるようになり、忙しい個店のラーメン店でも発注しやすくなりました。


注目したいのは、稼働からわずか4カ月で取引先の約半数がFAXからEC発注へ切り替わったという速さです。移行を強制せず、得意先にとって使いやすい発注の仕方を用意しただけで、これだけのスピードで移行が進みました。残りの得意先も、FAXや電話を使いながら並行して運用を続けており、無理に移行を迫らなくても、選ばれる発注の形さえつくれば移行は自然に進むことを、この事例は示しています。


山栄フーズの事例は、得意先にとって使いやすい発注の仕方を用意できれば伝票入力の負担軽減という自社側の効果は結果としてついてくる、という順序を裏づける好例だといえるでしょう。



出典・参照:




デジタル発注へ移すステップ





得意先にとって価値になる機能を設計できても、移行の進め方を誤ると定着しません。本章では、実際にどの得意先から、どのようにデジタル発注へ移していくかを、具体的な手順で見ていきます。


ステップ1:得意先ごとの発注実態を書き出す


移行の前に、まず現状を可視化します。発注件数の多い上位10社について、次の項目を1行ずつ書き出してください。




  • 現在の発注手段(FAX・電話・LINE・メールのいずれか、または複数)

  • 発注頻度(毎日・週数回・月数回など)

  • 注文内容が固定的か、都度変わるか

  • その得意先が発注時に困っていること(在庫がわからない、締め時間が不明、欠品連絡が遅いなど)



この一覧ができると、次のステップで誰から着手すべきかが自然に見えてきます。


ステップ2:移行の優先順位を決める


すべての得意先を一度にデジタル発注へ移そうとすると、事務の並行運用の負荷が大きくなり、頓挫しやすくなります。優先順位のつけ方は次のとおりです。




  • 発注頻度が高い得意先を優先する:移行の効果(伝票入力の削減)が早く表れるため

  • 注文内容が固定的な定番品の多い得意先を優先する:発注履歴からのリピート機能など、価値になる機能を活かしやすいため

  • デジタル機器の操作に不安がある得意先や、当日発注・急な変更が多い得意先は後回しにする:無理に移行させると、かえって得意先との関係を損ないかねない



ステップ3:FAX・電話を残しながら、並行運用で進める


移行期は、FAXや電話を無理にやめさせる必要はありません。当面併用する前提で進めます。デジタル発注へ移した得意先にも、緊急時はFAXや電話で発注できる窓口を残しておくと、不安なく試してもらえます。


営業担当が得意先を訪問する際に、「発注が楽になった」という他の得意先からヒアリングした実感を直接伝えることも、移行を後押しするでしょう。案内文や電話だけでは伝わりにくい使い勝手の良さを、対面で補うイメージです。


ステップ4:移行が進まない得意先の理由を聞き、次の一手に反映する


移行が進まない得意先については、理由を個別にヒアリングします。理由は得意先ごとに異なります。




  • 発注担当者がパソコンやスマートフォンの操作に不慣れ

  • 現在の発注方法で特に困っていない

  • 欲しい機能(欠品時の代替提案など)が、今の発注画面に入っていない



理由が分かれば、次に用意すべき機能や説明の仕方が見えてきます。たとえば操作への不安が理由なら、電話でのオンライン操作サポートを用意する、といった具合です。この一連の流れを、発注頻度の高い得意先から順に繰り返していくことが、受発注DXを定着させる現実的な進め方です。


まとめ:受発注DXは「効率化」ではなく「囲い込み」の投資


受発注DXは、社内の伝票入力を減らすための道具である前に、得意先が離れない仕組みをつくるための投資です。得意先にとって使い続けたくなる発注の形を先に設計し、そこに発注履歴や欠品対応の実績が積み上がっていくことで、価格以外の理由で選ばれる関係が生まれます。伝票入力の削減や人件費の圧縮は、その結果として自社にもたらされる副産物なのです。


食品業界では今も受注の多くがFAX・電話で行われています。これは、裏を返せば、得意先を囲い込めている卸はまだ多くないという事実をあらわしているのではないでしょうか。


目的の順序を取り違えなければ、先に仕組みを整えた卸から、値段だけで選ばれない関係をつくっていけます。まずは発注頻度の高い上位10社について、発注手段と困りごとを書き出すところから始めてみてください。

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情報提供元: DXportal
記事名:「 食品卸の受発注DX|FAX注文をなくす前に考える「得意先が離れない仕組み」