「人とAIの境界線」をテーマに、前後編の2回にわたってAIが示すDX(デジタルトランスフォーメーション/以下:DX)の未来について考察する本連載。

昨年発表され注目を集めた「ChatGPT」と「MidJourney」という2つのAIモデルについて解説した前編に続き、後編の今回は、AIが急速に進化する中、DXが進む社会において、人は、AIは、それぞれどのような存在になっていくのか、人とAIの境界線はどこにあるのかについて、さらに深く考察してまいります。

AIは人の頭脳を凌駕するか?

急速に進化を続けるAI(人工知能)。その性能は年々向上しており、すでに様々な場面において人の能力を上回り、人が活躍してきたフィールドを奪っていることは1つの事実です。

では、やがてAIの性能が人の頭脳を完全に凌駕する可能性はあるのでしょうか

「ChatGPT」と「Midjorney」の可能性

上段:ChatGPTにより生成したテキスト/下段:MidJourneyによって生成(いずれも2023年1月生成)

この問いについて考える前に、前編で解説した、テキスト生成AI「ChatGPT」と画像自動生成AI「MidJourney」について、今一度確認しておきましょう。

ChatGPTは、ユーザーが入力した質問にもとづき、膨大なWEB上から必要な情報を集め、それを組み替えて適切なテキスト情報を返してくれるAIです。

GoogleChromeの検索システムもAIを使用していますが、あくまでも質問(検索窓に入力するキーワード)への答えとして「情報が掲載されているなWEBサイトの紹介」に留まっています。

それに対してChatGPTは、その情報をさらに分析・再構築した上で、「文章」の形で回答をまとめてくれるのです。

月間32億PVを誇る米国のメディア「BuzzFeed」は、記事制作にChatGPTを導入することを発表した結果、大幅な株価上昇を記録しました。

このことからもわかるように、ChatGPTの性能は様々な分野で大きな注目と期待を集めています

一方、MidJourneyは、描きたい画像のイメージ、タッチ、モチーフを指定することで、わずか数分で高精細な画像を描き出してくれるサービスです。

入力するキーワードを細かく指定していったり、できあがった画像をもとにさらに条件指定をしたりすることで、より求める画像イメージに近い「絵」を、特別なスキルがない一般ユーザーでも手にすることができます。

BuzzFeedの例をみるまでもなく、どちらのAIモデルも、活用方法によっては、ビジネスに転用させてビジネスモデルそのものを変革させる可能性すら持っているAIだといえます。

急速に進化するAI

AIとは、1950年代に生まれた概念であり、その後3回の「AIブーム」を経て進化を続けてきました。

特に、2000年代後半に始まり現在まで続く第3次AIブームにおいては、機械学習の実用化とそれを発展させた深層学習(ディープラーニング)の登場によって、さらなる劇的な進化を遂げています。

  • 機械学習:入力したデータからパターンやルールをAIが自動的に見つけ出し、識別や予測ができるアルゴリズムを自動的に構築する学習システム
  • 深層学習:着目する部分はどこかという指標(特徴量)を人間が定義しなければならなかった機械学習に対して、学習データからAIが自動で特徴量を抽出して学習を重ねていくシステム

特に深層学習のテクノロジーが生まれたことで、それまではデータの積み重ねから最適解を見つけ出すだけだったAIが、自ら学ぶことで急速な進化を遂げました。

演算能力を掛け合わせる能力を手に入れたことで、扱える情報量も膨大になり、より高度、より精度の高い解析が可能になったのです。

こうしたAIの飛躍的な進化を念頭に、やがてAIが人の頭脳を凌駕する「技術的特異点=シンギュラリティ」を迎えることは必然という見方もあります。

一説によると、シンギュラリティは2045年に訪れるとされており、もしこの意見が正しいとすると、AIが人を凌駕する時期はもう目の前に迫っていると言えます。

この予想が現実になるかどうかはともかくとして、近い将来、AIが既存のビジネスの構造や働き方に大きな変革をもたらすことは間違いなく、すでにその変革は始まっているとも考えられるでしょう。

ある分野においては、AIが人を超えるという現象はすでに起きているのです。

AIが人を超えた事例

AIと人を競わせる実験は、これまで世界中で繰り返されてきました

人を超えることを1つのゴールに設定し、それを目指して日々研究・開発が進められてきたきたことで、AIの性能は急速に進化してきたのです。

ここでは、AIが人を超えた具体的な事例をいくつか見ていきましょう。

「世界一複雑なボードゲーム」囲碁での完全勝利

AIの進化を世の中に知らしめた象徴的な「AIの勝利」の1つに、囲碁棋士との戦いでの勝利が挙げられます。

  • 1950年頃、コンピュータチェスの研究がスタート
  • 1962年頃、コンピュータ囲碁の研究がスタート
  • 1974年、コンピュータ将棋の研究がスタート
  • 1997年、チェスの世界チャンピオンに勝利
  • 2013年、将棋でプロ棋士に勝利

このように、チェスや将棋、あるいはオセロなどでは、これまでもAIが勝利していました

これらのボードゲームは盤面上の展開パターンが多い複雑なゲームではありますが、駒の動き方が決まっているゲームにおいては、AIの高い演算能力が極めて有利に働くことは自明であるため、AI対プロ将棋棋士の対戦などでも徐々にAIが勝つ機会が増えていたのです。

しかし、19×19の盤面のどこにでも石を置くことができる「囲碁」においては、盤面のパターンはほぼ無限に存在するため、高度な演算能力を持ったAIだとしても、プロ棋士に勝つことはないだろうと言われてきました。

しかし、ついに2010年にプロ棋士相手にAIが史上初の勝利をあげると、深層学習により右肩上がりに勝率を上げ、ついには当時世界トップと言われていた韓国の名人イ・セドルに勝利し大きな話題を呼ぶこととなります。

そして、2017年5月には中国のトップ棋士の1人である柯潔を相手に3番勝負の全てで勝利し、AIと人間の対決はAIの完全勝利で決着しました。

その後は、人間を相手にした対局をしない方針を打ち出したことからもわかるように、AIの進化はついに世界のトップ棋士でも絶対に及ばないレベルの棋力に達したのです。

不可能を可能とした歴史的転換点

プロ棋士の頭の中を言語化するとすれば、日頃の研究にでため込んだ膨大な棋譜や布石の蓄積の中から、その局面に最適な一手を選択するわけですが、いくら研鑽を積んだプロであってもその先全ての展開を読み切れるわけではありません。

そのため、時には経験に裏打ちされた「ひらめき」を頼りにすることもあります。

この「ここに打つとよさそうだ」という感覚は、繰り返し対局を重ねる中で磨かれるものであるため、AIでは持ちえないものだと考えられていました。

それゆえにAIの技術が向上してからもしばらくは「候補手が限られてくる終盤ならAIが強いが、無限の選択肢がある序盤は人間には勝てない」という認識がありました。

しかし、膨大な情報を処理できるようになったAIがこれまでの対局の記録である棋譜を大量に取り込み、深層学習により対戦を重ねることで、ついにAIはどれだけ頑張っても人が届かないレベルの経験を手にしたのです。

さらに情報処理の速度が上がり、蓄積した膨大な経験の中からその時の最適解を最短ルートを選び出せるようになったAIは、人のひらめきを完全に凌駕しました。

ボードゲームの世界においては、AIが人を超えた時期を境に歴史的な転換が起きたのです。

今では人がAIから学び、これまでにはなかった新たな戦術が採用されるようになり、AI世代と言われる若手棋士が次々とタイトルを獲得しています。

ボードゲームの世界のこととはいえ、人間がこれまで数百年、数千年単位で積み重ねてきたものを覆すだけの力をAIが秘めていることがわかる好例です。

こうして生まれた技術は、他のフィールドにも応用されており、様々な分野におけるAIの飛躍的な進歩に貢献しています。

AIは経験を集め、人は経験を選ぶ

AIは、これまで人が事前にプログラム(データ入力)したことに沿って物事に対処してきましたが、機械学習や深層学習の進化によってAI自身が学習することが可能になりました。

そして、その学習速度は人の予想をはるかに超えています。

しかしだからといって、そのことをもって、「AIは人を超えた」と言えるのでしょうか。

いいえ。決してそうではないでしょう。その答えは、やはり「否」です。

どんなにAIの学習精度が上がったとしても、AIが人の持つ「ひらめき」を完全に超えることは難しいでしょう。

ボートゲームでAIが人を圧倒している通り、膨大な情報から最適解を瞬時に探し出すこと、言い換えれば「人が気が付かなかった答え」を探すことはAIがもっとも得意とする領域です。

しかし、AIには「人が想像もできない答え」を導き出すことは、できないと考えられます。

ゲームのルールのように与えられた枠の中で学習を続けて、その範囲において人を超えることはあっても、その枠を飛び越える「ひらめき」をAIは持ちえません

つまり、深層学習などが進化した現代においても、AIは人がいるから成長できるのです。

AIが学習する枠組みを作るという点においては、技術が進化してもやはり人なくしては存在できないと言って良いでしょう。

実際に、現在開発されているほとんどのAIは、1つのモデル化・数値化された問題の解決に特化した「問題特化型」です。

そのため、どれだけ深層学習機能が進化しようとも、AIは「思いつきで何かをやってみる」、「試しにやってみる」といったような人と同じ思考を持つことはそもそも不可能でしょう。

AIが瞬時に最適解を提示できるのを目撃すると、「自分で考えて動く」ということは、非効率な営みのように思える時があります。

実際に、「ひらめき」を頼りに行ったことがうまくいくとは限らず、人は時として大いなる無駄を生み出してしまうことも少なくありません。

しかし、技術の進歩とは、そんな無駄の積み重ねが生み出したものだとも言えます。

失敗を積み重ねていくことは、一見無駄で非効率に見えたとしても、失敗という経験がそれまででは予想もしなかった新たな価値を生み出すということはあるはずです。

AIは無駄を避けて効率的に経験を集めることができます。

それに対して、人はしなくて良い失敗も含めて、経験を選んで行動します。

このことこそ、人とAIのもっとも大きな違いなのではないでしょうか。

人にしかできないこと、AIだからできること

AIは人間を超えたのかという問いに「否」と答えましたが、膨大なデータの収集と解析能力において、人はAIの足元にも及びません。

あらゆる選択肢の中から、機械的にもっとも効率的な答えを導き出す能力では、間違いなくAIに軍配が上がります。

ただし、客観的なデータ分析によってAIが導き出した「合理的な答え」が、必ずしもその場面の「最上解」ではない場合もあります。

例えば、倫理の問題や人との感情などを踏まえた場合、必ずしももっとも効果的な解が「最上の答え」ではないこともあるはずです。

加えて、それぞれの感覚や好みがかかわる問いや、あるいはプライバシーへの配慮などデリケートな問題に関しては、AIでは良し悪しの判断がつかないでしょう。

こうした事を考えると、どれだけAIが進化したとしても、感性を必要とするアートやクリエイティブな仕事、新しいことにチャレンジすることなどは、AIが取って代われない領域なのです。

一般的なビジネスにおいても、どれだけDX推進にAIテクノロジーを導入したとしても、必ずしも全ての作業をAIで効率化し、属人化を避け、省人化することが最良の施策だとは言い切れません。

人にしかできないこと、AIだからできることの境界線を見極める。つまり自社のビジネスのどの部分にテクノロジーを導入し、どの部分は人が行う必要があるのかを判断することは、今後デジタル社会の中で企業のDXを進めるためにも、必ず必要となるデジタルリテラシーであることは間違いないのです。

まとめ~人とAIの境界線は人が引く

前後編の2回にわたって、「人とAIの境界線」をテーマに、AIが示すDXの未来について考察してまいりました。

DXの本質は「デジタル技術とデータを活用し、既存のモノやコトを変革させ、新たな価値創出で人々の生活をより良くする」ことにあります。

AIを含めたテクノロジーを活用することは、DX推進の基本ではありますが、あくまでそれは「活用する」ことであり、人がAIに「活用される」ようになっては本末転倒です。

やったことがない、つまり経験のない事柄に関して適切な判断基準を持っていないのは、人もAIも同様でしょう。

しかし、人は経験のないことでも「やってみよう」と思うことはできますし、それが結果的に無駄な挑戦であったとしても、それを「選ぶ」こと自体が、人にだけ許された特権なのです。

人が挑戦して得た経験をAIに学習させることで、新たなデータ(経験)をAIに積み上げさせることはできるでしょう。

この時重要なのは、「人に主導権があること」に他なりません。

人がAIの関わり方を決め、AIの枠組みを決め、AIに人ではできない速度と精度での分析を指示し、それを活用して新たに挑戦していくと言って良いでしょう。

「人とAIの境界線」について言えば、自動的に決まるものではなく、人が選んでAIとの境界線を引くのです。

当然ながら、ビジネスにおいて人とAIが担当すべき領域を分けることも、人が判断すべき領域と言えます。

時にビジネスモデルの根底から変革を行い、新たな価値創出を行うことがDXである以上、そのために必要なのはテクノロジーだけではなく、「新しいものを創っていく」という人の意思そのものです。

ぜひともそのことを念頭に置いて、「テクノロジーを使う」DX推進を目指してください。

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情報提供元: DXportal
記事名:「 【人とAIの境界線/後編】ChatGPTとMidjorneyが示すDXの未来