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前回の連載コラム記事において、XRテクノロジーは「インターフェースの自然化」というテクノロジーの進化傾向の最新形態であることを確認しました。
「インターフェースの自然化」とは、ヒトとデジタル情報の相互作用が、直観的になっていく傾向を意味しています。この進化傾向は、インターフェースの歴史的変遷を振り返れば、自明なこととして理解できます。例えば、文字情報しか処理できないCUIは、画像情報を処理できる「より直観的な」GUIの登場によって、インターフェースのメインストリームから姿を消しました。
現在まさに「インターフェースのメインストリーム」となろうとしているXRテクノロジーは、空間的なデジタル情報との相互作用、すなわち「SUI(Spacial User Interface)」を最大の特徴としています。それ以前のインターフェースは、ディスプレイという平面なモノを介してしかデジタル情報を処理できませんでした。
以上のようなSUIには、GUIと同等あるいはそれを凌駕する可能性が秘められています。そして、その可能性のほとんどは、まだ手付かずの状態なのです。SUIとしてのXRテクノロジーは、まさに「ブルー・オーシャン」なのです。
本コラム記事では、このSUIが現在どのような可能性を開花させようとしているか、以下に考察していきます。その考察の枠組みとして、引き続きケリー氏の著作「〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則」を援用するとともに、本メディアの過去記事も参照していきます。
インターフェースには、デジタル情報をヒトに対して表示する「アウトプット」と、ヒトがデバイスに対して情報を入力する「インプット」のふたつの構成部分があります。
SUIとしてのXRテクノロジーの「アウトプット」にあたるモノが、グラフィックを表示する機能群である「プレゼンス」です。プレゼンスには、VRヘッドセットのディスプレイ、ARバイザーのホログラム投影装置、ARシステムとしてのプロジェクター等があります。
このプレゼンスの品質は、XRテクノロジーの「リアリティー」に直結しています。粗いグラフィックより、高精細なそれの方が、ユーザーに「本当にそこにある」かのような感覚を引き起こすことは、理解に難くないでしょう。
「プレゼンスの高精細化」は、XRテクノロジーの進化トレンドと見て間違いありません。本メディアの過去記事においても、VRヘッドセットの画素数は理想的には12Kが必要であるという記事(上の動画も参照:12K360°動画ストリーミングサービスのVisbitのデモ動画)、また画素数だけではなく画素密度(dpi)を高める試みのように、その傾向を確認できます。
もっとも、この「プレゼンスの高精細化」は、未来永劫続くようなトレンドではない、ということに注意が必要です。画素数の増大としての高精細化は、いつか臨界点をむかえ、画素数とは異なった基軸の進化に切り替わっていくでしょう。こうした「進化基軸の交代」は、例えばデジタルカメラの進化を見ると容易に確認できます(現在のデジカメは、暗所での撮影性能を表わすISO感度を競っているようです)。
XRテクノロジーにおいて情報のインプットを司るモノには、VRヘッドセットと連動するコントローラー、トラッキングセンサー等が挙げられます。さきほど述べたプレゼンスにインプット機能が加わって、初めてヒトとデジタル情報の相互作用=インタラクションが可能となります。
ケリー氏によれば、XRテクノロジーにおける「リアリティー」は、「プレゼンスの品質」ともに「インタラクションの品質」にも左右されます。どんなに高精細なグラフィックであっても、「ただ見えるだけ」では「本当にある」ようには思えず、押したり触れたりできて初めて「本当にある」かのように感じられ、そうした「さわれる」仮想世界に魅力を感じるのです。
同氏は、XRテクノロジーにおけるインタラクションの進化傾向として、3つの方向性を挙げています。その3つとは、「感覚の増加」「親密さの増加」「没入感の増加」です。
「感覚の増加」とは、技術的に体験できる感覚の数が増える傾向を意味しています。簡単に言えば、視覚と聴覚に加えて、触覚、嗅覚とバーチャルに体験できる感覚が増える傾向のことです。
この傾向は、本メディアが日々刻々と報じていることでもあります。群雄割拠の様相を呈している触覚コントローラーの開発、ハプティック・スーツの開発、さらにはフルボディ・トラッキングも同傾向を指し示しています。
以上の傾向は、「ヒトが生得的に持っている感覚の技術的再現」を目指しています。加えてケリー氏は、XRテクノロジーの進化には「ヒトが本来持っていない感覚の技術的開発」の傾向も認められることを指摘します。
そうした「新規の感覚」の事例として、ケリー氏は神経学者デビッド・イーグルマンが発表した感覚置換ベスト(上の画像参照)を挙げています。このベストは、なかに極小のマイクがつけられており、周囲の音を拾うことができます。そして、拾った音をベストの振動に変換します。このベストを着ると、音を振動として体験できるのです。聾唖者がこのベストを装着すると、「音を感じられる」ようになります。
「新規の感覚」の開発は、ARテクノロジーとの親和性が高いように思われます。例えば、(本来は見えないはずの)電波状況を視覚化するARグラスは、実現可能なように思われますし、必要とするユーザーも十分想定できます。
「インターフェースの自然化」には、デジタル情報との相互作用が直観的になる実用的な側面だけではなく、デバイスのデザインが洗練されて「親しみやすさ」や「愛着」が増すという側面もあります。そうした「親密さの増加」の最たる事例は、iPhoneをおいて他にはないでしょう。
XRテクノロジーにおいても、わずかではありますが「親密さの増加」傾向を認めることができます。例えば、SnapがリリースしたARグラス「Spectacle」は、ARプロダクトとしては飛び抜けたデザイン性を有しています。
実のところ、この「親密さ」の進化こそ、現在のXRテクノロジーにもっとも欠けていることだと言えます。VIVEやOculusRiftは、現在インターフェースのメインストリームであるスマホ(とくにiPhone)に比べたら、あまりにもデザインを顧慮していないように感じられます。現在のVRヘッドセットは、あまりにも無骨な「最先端ガジェット」に留まっているのです。
逆に言えば、デザインを洗練させれば、それだけでVRヘッドセットは大きく進化する余地があるのです。
「インターフェースの自然化」の歴史は、ヒトとコンピュータのあいだの物理的距離が縮まってきた歴史と捉えることもできます。かつてクリーンルームに鎮座していたメインフレームは、約半世紀の進化のすえに、同等の性能でありながら一般ユーザーのポケットに収まるモノ(スマホ)にまでなりました。
こうしたヒトとコンピュータの物理的距離は、相互作用体験における没入感を大きく左右します。ヒトとコンピュータが物理的に近いほど、よりコンピュータとのコミュニケーションそのものに没頭できるようになるのは当然でしょう。
XRテクノロジーを考察するうえで見落とされがちなのは、VRヘッドセットであれ、ARバイザーであれ、それらはウェアラブル・デバイスである、ということです。「ウェアラブル・デバイス」というと、Apple Watchのようなスマート・ウォッチを連想してしまいますが、その言葉の原義は「身に着けるデバイス」です。その原義からして、XRテクノロジー・デバイスは、「モバイル」ではなく「ウェアラブル」のカテゴリーに属しています。そして、「ウェアラブル」であるというまさにその点において、XRテクノロジー・デバイスは、スマホより「インターフェースの自然化」の突端にいるのです。
ヒトのコンピュータの物理的距離は、さらにゼロになるまで進化するでしょう。そうした進化の先に現れるのが、ブレイン・インターフェース(BUI:Brain User Interface)です。そして、XRテクノロジーがBUIに向かっていることは、本メディアの過去記事からも確認できます。
もっとも、BUIが実用化される前に、まずはXRテクノロジーのウェアラブル・デバイスとしての側面が改良されることが直近のトレンドのように思われます。例えば、ワイヤレスキットの開発やVIVEの軽量化は、ウェアラブル・デバイスの進化として正統にして典型でもあるでしょう。
以上のようにまとめてきたXRテクノロジーの進化の方向性は、このテクノロジーの行く末を予想する際の「枠組み」として使うことができます。というのも、XRテクノロジーの未来とは、「インタフェースの自然化」が現在よりもさらに実現したものと考えることができるからです。
また、この「インタフェースの自然化」という観点は、本メディアが日々報じているようなXRテクノロジーの技術革新に対する価値判断基準としても活用することができます。すなわち、報じられたニュースの内容を、「インタフェースの自然化」という観点に照らして、この傾向を早めるものなのか、あるいは新しい可能性を開拓するものなのか、というようにニュースを格付けするのです。
次回のコラム記事では、いよいよ30年後の未来におけるXRテクノロジーの姿を描きます。なにゆえに10年でも20年でもなく、30年後の未来予想図を描くのか、その理由も明らかにします。
以上のような未来予想は、一般的な市場予想とは完全に異質なものです。しかしながら、単なる「数字上の」未来ではなく、具体的なイメージが伴った予想なので、市場予想より興味深く「役に立つ」はずです。
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