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同メディアによると、スイス連邦工科大学ローザンヌ校の研究チームは、VRを活用した対麻痺(下肢が動かない麻痺)患者を対象とした実験についてまとめた論文「VRによる身体の具現化と脊髄損傷による神経痛の改善」を発表した。
同実験の目的は、以下のようなふたつのことを検証することにある。
1.VRを活用することで、対麻痺患者が失われた下肢の身体感覚(足が胴体とつながっている感覚)をバーチャルに取り戻すことができるか?
2.バーチャルな身体感覚を取り戻すことに伴い、幻肢痛にどのような変化が起こるか?
検証項目の説明にある「幻肢通」とは病気やケガなどで四肢を失ったヒトが、時として失った四肢の箇所に痛みを感じる症状のことである。
以上のような目的を達成するために、以下のようなふたつの実験が実行された。
実験1:まず対麻痺患者にVRヘッドセットを装着してもらう。
VRヘッドセットには、人工的に作った下肢=ダミーレッグを撮影しているカメラの映像が見えるようになっている(本記事トップ画像左側参照)。そして、被験者の脊髄部分に刺激を与える。
刺激を与えた部分は、健康であれば足からの刺激が伝達される箇所である。この刺激を与えている時、ダミーレッグにも棒で刺激を与える。
つまり、対麻痺患者はリアルには脊椎に刺激が与えられているのだが、VRヘッドセットからはダミーレッグに刺激を与えられているところを見るのである。
実験環境2:実験1と同様に、対麻痺患者にVRヘッドセットを装着してもらう。
VRヘッドセットには、人工的に作った被験者の全身像=ダミーボディを撮影しているカメラの映像が見えるようになっている(本記事トップ画像右側参照)。
実験2では、ダミーボディに対して、棒を使って脊椎部分に刺激を与える。被験者は、VRヘッドセットからダミーボディに棒で刺激する様子を見ることになる。
実験1と実験2のあいだにある重要な違いは、次のように説明できる。実験1における被験者がバーチャルに体験する視点は、日常生活でありふれたもの(いつでも自分を足を見ることができる)であるのに対し、実験2におけるバーチャルな視点は日常生活ではあまり体験できないもの(道具なしに自分の背中を見ることはできない)なのだ。
以上のような実験を行った結果、実験1では対麻痺患者は、現実には足の感覚は失われているにもかかわらず、リアルに足を刺激を感じたのだ。さらに、被験者のなかで幻肢痛に悩まれていたヒトは、その痛みが和らいだと感じた。
対して実験2では、対麻痺患者は実験1と同様に足に刺激を感じた。しかし、幻肢痛が緩和されることはなかった。
以上の実験結果から導きだせる見解とは、以下のようなものではなかろうか。
・身体感覚とは、現実に神経が通っていることと同時に、「身体を動かすことを見る、感覚する」という体験にも基づいている
・VRを活用して一時的に体験したバーチャル身体感覚からは幻肢痛があまり感じなかったことから、バーチャルな身体感覚の研究が幻肢痛の治療に役立つ
なお、論文には言及されていないが、以下のような実験を行った場合、その実験結果を予想できるのではなかろうか。なお、以下の実験は、現在のVRテクノロジーで実行可能かどうかは考慮していない(できると思われるが)。
派生実験:イスに座った健康なヒトにVRヘッドセットを装着してもらう。
VRヘッドセットからは、ちょうど被験者が自分のカラダを見るような位置から作成された、バーチャルな被験者のカラダが見えている(簡単に言えば、被験者はリアルな自分とそっくりなアバターを見ている)。
この状態で、バーチャルなカラダに対して、バーチャルな棒か何かで刺激を与える。
以上のような実験を行った場合、被験者はリアルなカラダを刺激されていないにもかかわらず、リアルに刺激されたと錯覚するかも知れない。
これまで本記事で考察してきたことを一言でまとめると、「VRとリアルな身体感覚の関係」である。この論点は、今後VRが進化する過程で非常に重要なものになるように思われる。というのも、VRソーシャル体験における倫理を考えるうえで、バーチャルな身体感覚=痛みとリアルなそれの関係を無視するわけにはいかないからだ。
ちなみに、本記事で紹介した論文の筆頭執筆者は、本メディアで紹介した夢遊病患者のVR歩行実験を行ったOlaf Blanke氏である。同氏が進めている一連の「VRを活用した脳神経科学的実験」は、今後とも注目すべきだろう。
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