連載コラム最後にあたる本記事は、XRテクノロジーが実現する30年後の世界を描きます。


「これからインターネットに起こる『不可避な12の出来事』」p135より引用


30年前、「現在」は誕生した


前回のコラム記事では、コンピュータの誕生からXRテクノロジーに至る「インターフェースの自然化」としての進化の諸相を、本メディアで日々報じているイノベーションを事例として、具体的に確認しました。テクニウムの自律的進化とは、決して具体性に欠いたものではなく、日々のヒトの営みに現れているのです。


XRテクノロジーを生み出しているこの自律的進化は、当然ながら現在で終焉するものではありません。現在から未来へとつながるものでもあります。そうなると、「インターフェースの自然化」という進化の傾向性に基づけば、単なる数字ではない内実を伴った未来予測が可能となります。


30年前に起こった「決定的なこと」


調査会社SuperDataが発表した各種メディアの普及率推移


著書「インターネットの〈次に来るもの〉」において、ケヴィン・ケリー氏は未来予測を展開するに先立ち、30年前の自分の体験を回顧しています。30年前、同氏は初めて黎明期のインターネットをつかった時、真に新しい世界が開かれたことを直観しました。その当時は、インターネットの存在を知るのは一部の専門家かマニアで、今では信じられないことですが商業利用が禁止されていました。その後、30年が経って、インターネットは日常生活に溶け込み不可欠なものとなりました。


インターネットの例に見られるように、30年というタイムスケールは、あるテクノロジーが完全に社会に定着するのに充分な時間なのです。


同書のXRテクノロジーを論じた「INTERACTING」では、30年後のXRテクノロジーが描写されています。その描写によれば、XRテクノロジーが途絶えることなく進化した場合、社会の隅々にまで普及し「当たり前」の存在となっています。


以下にその30年後のXRテクノロジーの姿の一部を紹介します。なお紹介するにあたり、本記事ライターが独自に調査した結果、30年後に実現するとされるテクノロジーの全てに関して、現在すでに先駆的な事例あるいは研究があることが判明しました。そうした先行事例および研究も併記します。


日常に溶け込む屋内型AR


長期的には、ARの方がVRより日常生活で頻繁に使われる技術となることは、自明です。というのも、未来の日常生活においてもリアルな空間で行うことの方がバーチャルな空間で行うことより圧倒的に多いからです。


家庭での当たり前となるRetina AR


30年後、家庭で使われるVR・ARは完全に手ぶらで使用できるようになります。文字通り、いかなるVRヘッドセットあるいはARグラスも不要なのです。


そうした家庭用XRテクノロジーを実現する仕組みは、網膜への直接画像投影と瞳孔トラッキングにあります。具体的には、部屋の隅に設置されたトラッキング・カメラが直接網膜に映像を映すのです。このカメラは画像を投影すると同時に常に瞳孔をトラッキングしているので、何も装着しなくてもVRとARを体験できます。


網膜への直接画像投影と瞳孔トラッキングは、両方ともすでに技術的に実現しています。


網膜への直接画像投影の事例には、VRデバイス「avegent glyph」があります。同デバイスは、軽量型VRヘッドセットを装着すると、瞳孔に直接画像/動画を投影するものです。



瞳孔トラッキング・デバイスは、ドイツのスタートアップPupil Labsが「Pupil」としてすでに販売しています。



同デバイスを実際に使って瞳孔をトラッキングする動画もすでに公開されています(注意:以下に引用する動画には音声はありません)。



これらの技術をトラッキング・カメラとして統合すれば、「Retina(網膜) AR」とも呼ぶべき体験ができるのです。


PCがARグラスになるのは時間の問題である


「Retina AR」は日常使いなものなので、あまり強力なスペックではありません。仕事では、より広い視角と鮮明な画質が実現されるARグラスを使います。


この「業務用ARグラス」はすでにHololensが実現しており、本メディアでも度々報じているように、現実に業務への応用も進んでいます。


Hololensが普及する際にクリアすべき問題は、価格設定もさることながら、文字入力インターフェースの確立だと思われます。この問題の解決策として、キーボードをホログラフィックに表示するというのはあまりいいアイデアではないでしょう。キーボードは、活字を物理的に印字するために発明されたあまりにも古い発想に基づいたデバイスだからです。


実現可能でかつインターフェースとしてスマートな解決策としては、音声入力とジェスチャー・コントロールの組み合わせのように思われます。具体的には、文字入力は音声認識で行い、漢字変換等のコマンドは簡単なジェスチャーで実行するのです。このアイデアを採用した場合、実現するのに10年もかからないでしょう。


スマホアプリはすべてARアプリになる


現在外出時にスマホのディスプレイを使って実行しているほとんどのことは、装着するか携帯するARグラスによって代替されるでしょう。以下に、ケリー氏が挙げているARグラスアプリのいつくかを紹介します。


人物特定アプリ


ARグラスに内蔵されたカメラが、目の前にいるヒトを画像認識して個人情報を表示するのが「人物特定アプリ」です。


同アプリにおいて問題となるのは、個人情報の取り扱い方法です。いちばん妥当だと思われる個人情報の管理方法は、ユーザーが個人情報の公開設定が可能とすることでしょう。


同アプリはイベント等で初対面のヒトと多く出会うシーンでは、その便利さが実感できるでしょう。


ロケーションガイド・アプリ


街の建物を見ると、その建物に関する情報がAR表示されるのが「ロケーションガイド・アプリ」です。


具体的な利用シーンとしては、例えば街で飲食店を探す時が考えられます。簡単な操作で飲食店の口コミも閲覧できるようになっているであろうことは、想像に難くありません。


ARアート


公園や駅といった公共的なスペースには、ARアートが設置されるでしょう。ARアートの最大の利点は、展示されるホログラムが物理的空間を占有しないことにあります。つまり、誰の邪魔をせずにディスプレイできるのです。


ARアートに関しては、アニメ「PSYCHO-PASS サイコパス」で登場する「環境ホロ」を想像するとわかりやすいでしょう。また、現在においてもHololensを使ってアート的な表現を探求する試みが少数ながら確認できます。



現時点で「ポストスマホ」を明確に意識したARデバイスは存在しません(Hololensは「ポストPC」)。そうは言っても、本メディアでも以前に報じたようにAppleが開発していると噂されているARグラスが、もっとも「ポストスマホ」なARグラスに近いかも知れません。


「身体性」を獲得するVR


未来においては、現在スマホやテレビのディスプレイを使って消費している映像やゲームの多くが、VRデバイスを使った体験に置き換わります。VRは未来における「コンテンツの王者」あるいは「コンテンツ・プラットフォーム」になるのです(ソニーの平井社兼CEOも、PSVRはゲーム機ではなくコンテンツ・プラットフォーム的なものになると発言しています)。


そんなVRがもっている先行メディアと決定的に異なる特徴は、「身体性」をコピーしてメディアに流通させることにあります。この「身体性」という表現は、(視覚や聴覚といった)五感情報が統合されて生まれる包括的体験のことを指しています。そして、現在のVRヘッドセット、触覚コントローラー、フルボディ・トラッキングといったテクノロジーは、すべて身体性をデジタル情報化しようとする飽くなき探求の産物とまとめることができます。


以上のような現在より身体性を増したVR・AR体験の事例として、本メディアでは以前に架空の「ゴーストモードを使った教育アプリ」を紹介しました。さらに進んで、ケリー氏は「究極の身体性」を実現するVRデバイスとして膨張型外骨格を採用した「フルVRスーツ」を描いています。


フルVRスーツは、全身を覆うスーツが伸縮したり、温度変化することによって全身の触覚を再現します。伸縮部分があることから、イメージとしては映画「オール・ユー・ニード・イズ・キル」で使われている硬質な部品で構成された機動スーツよりも、映画「トロン・レガシー」に登場するダイバースーツようなモノに近いのではないでしょうか。もっとも、同スーツはデバイスとして大型のものとなるので、VRゲームセンターで体験することになります。


フルVRスーツに関しても、すでに研究が行われています。本メディアで以前に紹介したAxonVRです。



もっとも、フルVRスーツはこれまで紹介してきた未来のテクノロジーのなかで、もっとも実現が困難なように思われます。何しろ、手の触覚のバーチャルな再現もまだ実用化できていないのですから。ましては全身の触覚の再現は数多くのブレイクスルーを経ないと日の目を見ないでしょう。


以上のような未来のXRテクノロジー・デバイスは、当然ながら現在は影もかたちも存在しません。しかし、現在には存在しないものを想像することには、大きな意味があります。というのも、ケリー氏が言うように「これから25年間で生み出される最高のプロダクトはまだ発明されていない」(トップ画像参照)のですから。こうした「最高のプロダクト」は、想像することによってのみ理解することができるのです。


そして、未来を実現するのは「現在に精通した賢者」ではなく「明晰な夢を見る愚者」であることは、歴史によって証明されています。スティーブ・ジョブズは言っていたではないですか、「愚かであれ」と。


VR元年は「始まり続ける」


連載コラム「毎日がVR元年」では、ケリー氏が唱えるテクニウム史観に基づけば、XRテクノロジーが社会に定着するのは不可避であることを論証してきました。


ただこの「XRテクノロジー実現の不可避性」は、ヒトの自由意思や創造性を排除するものではなく、むしろヒトが適切にデザインすることによって、ホンモノの歴史となるなることは連載コラム2回目で述べた通りです。


またテクニウム史観から解釈すると昨年起こった「VR元年」とは、テクニウムがXRテクノロジーという姿をとって進化を始めた年、と理解できます。もっともその進化した姿は、ヒトがテクニウムのデザイナーとして、XRテクノロジーを育てる責務を果たし続けることによってのみ実現します。


そして、「進化の始まり」としてのVR元年は、ヒトがXRテクノロジーに情熱を傾けるたびに、新たに「毎日始まり」続けるのではないでしょうか。


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情報提供元: VR Inside
記事名:「 【連載コラム】毎日がVR元年(5)不可避に実現するXRテクノロジーの30年後