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多くの企業の競争力を下支えする業務の1つが物流です。「2024年問題」がメディアで大々的に取り上げられるようになったのを機に、その重要性は再認識されつつあります。もっとも近年は、「物流」という言葉の定義が変わりつつあります。ただ「モノを運ぶ」といった役割にとどまらず、新たな価値をもたらし始めているのです。「物流」が企業にもたらす価値とは一体…。現代に求められる「物流」について考察します。
大規模な物流網を構築する大手日本企業でも超えられない壁、それが「Amazon」です。世界中の国と地域で事業を展開するAmazonは、他の追随を許さない物流網を強みの一つにしています。この強みがあるからこそ、「モノを運ぶ」「モノを届ける」といった物流に新たな価値を次々付与できるのです。私はこうしたAmazonの物流網こそ、競争力の源泉であると考えます。
一般的に物流といえば、その役割には「輸送」「荷役」「保管」「包装」「流通加工」「(物流)情報管理」があります。1
しかし、こうした役割は今、大きく変わろうとしています。インターネットが普及し、消費者自らも情報収集だけでなく、発信もし、世界中から欲しい商品を購入するといった購買行動に切り替わった2のを機に、ただ「モノを運ぶ」という役割ではなくなりつつあります。
物流の新たな価値を提供しているのがAmazonです。Amazonでは世界中から商品を調達すると同時に、多様な小売業者に販売の場を提供しています。消費者にとっては、多くの類似商品を容易に比較検討できるようになりました。さらに決済も単純化、加えて多くの商品が数日で自宅まで届くようになっています。最近はすべての商品ではないにしろ、返品の仕組みも拡充しつつあります。
これらの利便性、信頼性を実現しているのがAmazonの戦略的な物流、つまり「ロジスティクス」です。裏側では膨大な購買データから消費者の需要を予測するほか、世界各地の物流センターでは多品種の在庫を管理、さらに広範な物流ネットワークで迅速に届けるという一連のマネジメントを構築しているのです。これらの包括的な仕組みこそが、Amazonの絶対的な競争力を生み出していると考えています。
もっとも、Amazonのような高度なロジスティクスを構築するのは容易ではありません。消費者の属性と商品の特徴、外部環境などの関係性を分析できなければ、高い精度で需要を予測することはできません2。膨大な商品の在庫管理も同様です。多品種の在庫をリアルタイムに把握するのはもとより、入出庫のオペレーションを効率化するロケーションを考えたり、大量の注文をさばくスタッフの業務を効率化したりすることにも目を向けなければ高度なロジスティクス環境は構築できません。
では、高度なロジスティクスを構築するためにはどんな施策が必要か。その手段の1つとなるのが、AIなどの先端技術です。ロジスティクスを自社の競争力にする企業の多くが、AIなどの技術を物流オペレーションに適用し始めているのです。
具体的には、機械学習を用いた需要予測、在庫計画や人員計画の最適化、RFIDを使ったリアルタイムの在庫把握、画像認識技術を駆使した検品、デジタルツインによる倉庫作業のシミュレーションなどが挙げられます。
例えばウォルマートでは数年前から自動運転やドローン配送を試験導入しています。3小売業や卸売業だけでなく、これからは製造業も、商品自体の価値やマーケティングだけで勝負するのではなく、ロジスティクスによる顧客の購買体験価値の向上を目指すべきだと私は考えます。
こうした高度な技術によるロジスティクスの進化は、業務を効率化してコストを削減するだけではないのがポイントです。
例えば輸配送中の細かな温度管理を可能にするコールドチェーンの技術が進歩したことで、生チョコや生酒を使った商品や無濾過の商品などが全国、全世界で販売可能になり、食品・飲料メーカーの商品開発の選択肢を広げました4。
アパレルメーカーはオムニチャネル戦略によって、顧客満足と在庫効率の同時向上を目指しています5。服や靴などのアパレル商材は、カラーやサイズのバリエーションが多く、顧客満足を追求すると在庫が増え過ぎるという課題がありました。しかし、リアルタイムの在庫把握や、リアル店舗とECの在庫管理の統合、ラストワンマイル物流の整備など、ロジスティクスを高度化することによって、在庫が増え過ぎるのを防ぎつつ、顧客満足を高めているのです。
消費者は店舗で色やサイズを確認し、試着して購入する商品を決めます。そこに欲しい色とサイズの在庫がなくても、EC用倉庫から自宅に直送されるというしくみであり、消費者はチャネルを越えて快適な購買体験を享受することができます。こうしたシームレスな購買体験を実現する戦略はオムニチャネルと呼ばれるのですが、このしくみは高度なロジスティクスが支えているのです。つまりロジスティクスの進化によって、事業戦略の幅すらも広げられるのです。
物流はすでに単にモノを顧客に届けるだけの機能ではなく、顧客の購買体験の価値を高める戦略的なロジスティクスとして、事業戦略の深化をリードする競争力源なのです。
著者プロフィール
山口 雄大 (やまぐち ゆうだい)
青山学院大学グローバル・ビジネス研究所研究員、NEC需要予測エヴァンジェリスト。化粧品メーカーのデマンドプランナー、S&OPグループマネージャー、青山学院大学講師(SCM)を経て現職。他、JILS「SCMとマーケティングを結ぶ!需要予測の基本」講師や企業の需要予測アドバイザーなどを担い、さまざまな大学でSCMの講義も実施している。Journal of Business Forecastingなどで研究論文を発表。需要予測やSCMをテーマとした著書多数。
著書
『サプライチェーンの計画と分析』(日本実業出版社)
『すごい需要予測』(PHPビジネス新書)
『需要予測の戦略的活用』(日本評論社)
『全図解 メーカーの仕事』(共著・ダイヤモンド社)
など。
需給インテリジェンスで意思決定を進化させる サプライチェーンの計画と分析
出版社:日本実業出版社
発売:2024年8月23日
<内容紹介>
本書は、サプライチェーンマネジメント(SCM)とデータサイエンスの融合に焦点を当て、「需給インテリジェンス」の重要性を解説します。著者は、グローバル企業での実務と大学での教育を通じて得た知見を基に、需給情報の収集・分析の手法を紹介。市場のグローバル化や不確実性が増す中で、データドリブンな需要予測が企業の競争力向上に不可欠であると強調しています。各項目の難易度を5段階で示し、実務家や経営者向けに実用的な内容を提供することを目的とした入門書でもあります。
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