日本オムニチャネル協会の取り組みやビジョンを深く知る連載企画第7弾。今回はITアカデミーのリーダーを務める林雅也氏に話を聞きました。企業はITの効果をどう最大化すべきか。最新のテクノロジーを使ったITをどう見極めるべきか。同氏が考えるITの価値と向き合い方に迫ります。

写真:林雅也 

株式会社ecbeing設立、代表取締役社長
株式会社ソフトクリエイトホールディングス代表取締役副社長
全農ECソリューションズ株式会社取締役
株式会社エートゥジェイ代表取締役会長

1997年、学生時代にソフトクリエイトが運営するパソコンショップでPCなどを販売するとともに、インターネット通販の立ち上げに携わる。1999年にはECサイト構築パッケージ「ecbeing」の前身である「ec-shop」を開発し、事業を推進。2005年に大証ヘラクレス上場、2011年に東証一部上場へ寄与。2012年にはecbeingの代表取締役社長に就任。2018年、全農ECソリューションズの取締役としてJAタウンの運営やふるさと納税支援事業に携わる。2020年からは日本オムニチャネル協会の専務理事を務める。代表を務めるecbeingが開発するECサイト構築パッケージ「ecbeing」の導入数は1600サイトを超える。

ITの知識なしにコミュニケーションは図れない時代に

――林さんは日本オムニチャネル協会の専務理事を務めています。なぜ新たに「ITアカデミー」を発足したのでしょうか。

多くの日本企業が今なお、ITの導入効果を最大化できずにいることが背景にあります。
近年は「DX」という名のもと、多くの企業がIT化やデジタル化に舵を切りました。とりわけ新型コロナウイルス感染症のまん延を機に、小売などの接客業を中心にDXを進めざるを得ない状況に追い込まれたのです。その結果、日本企業のIT化は確実に進みました。しかし今、せっかく歩み出したDXの取り組みを一過性の施策として終わらせてしまう企業が増えています。DXのゴールは「変革」であるにも関わらず、単なるIT導入や紙の書類をデジタル化した程度の取り組みで満足する企業が目立ちます。

IT導入やデジタル化は手段にすぎません。大切なのはIT導入で業務をどう効率化するか、どう生産性を引き上げるか、新たな事業をどう生み出すか、その上で収益をどう向上させるかです。これらに目を向けない限り、ITを導入しても十分な効果を得られないでしょう。そこで日本オムニチャネル協会では、ITをより有効に活用するための場づくりが必要と考え、「ITアカデミー」を発足しました。

――多くの企業はITを十分使いこなせずにいます。どんな課題が根付いていると考えますか。

一番の課題は知識不足です。ITに詳しくなければ、当然ITを使いこなせません。知識を伴わなければ、ITベンダーの担当者との会話も成り立ちません。何を質問すべきか分からない、そもそも何を聞けばいいのかさえ分からない。これでは製品・サービスを十分使いこなせないし、どんな業務に向いているのかのイメージすら浮かびません。ITの話をすると、多くの人が「ITは難しくて分からない」という声を上げます。しかし、難しいからといって放置していいわけではありません。

例えば建築業界では、家を建てる際に施主がハウスメーカーや工務店にいろいろと要望を出しますよね。キッチンの広さや床で使用する木材、もちろん間取りも含めて相談しながらどんな家を建てるのかを決めるのが一般的です。自分が住むための家なのですから、施主が細かく要望を出すのは当然です。

では、IT業界はどうでしょうか。自社で使用するITシステムなのに、「難しい」という理由で要望はほとんど出ません。画面上のボタンの位置や読み込むデータの種類、パフォーマンスなどを相談しながら決めるべきなのに何の要望も声も上がりません。これで自社のニーズを満たすITシステムを構築できません。使いにくいシステムを構築すれば、自社に定着することもないでしょう。

「ITは難しい」と投げ出さず、真剣に学ぼうとする姿勢をまずは身に付けるべきです。その上でITベンダーと対話するために必要な知識を習得すべきです。もっとも、プログラマーやエンジニアのような専門的な知識は必要ありません。ITと業務を結び付け、どんな課題を解消するのか、どんな業務の生産性を高めるのか、そのためにはどんな機能やテクノロジーが必要なのかイメージできれば十分です。ITベンダーの担当者に言われっ放しではなく、自社の要望を明確に伝えられるようにします。こうした対等な関係を築かない限り、ITをいつまでも使いこなせないでしょう。

ITを使いこなす人材の育成が自社のDXを加速させる

――ITアカデミーに参加するとどんな知識を習得できるようになるのでしょうか。

ITアカデミーには、ITツールを導入する事業会社の担当者はもちろん、ITツールを開発、提供する支援会社の担当者も参加しています。立場の異なる双方の担当者が「ITの導入効果を最大化する」という課題に対し、何が必要なのかを学んでいます。普段はITがとっつきにくい事業会社の担当者も、ITアカデミーの場では知識の有無に関係なくゼロから学べるため、ITと付き合うきっかけとなっています。一方の支援会社の担当者も「どう説明すれば理解してもらえるのか」という考えのもと、ITを基礎から学ぶことで、表現を工夫するなど分かりやすい説明を考える機会となっています。

すでに実施済の勉強会では「DX人材」をテーマに、求められるスキルや知識、さらにはDX人材を育成するために必要な社内環境などを講義しました。一方、勉強会では基本的な業務プロセスの表現方法「業務フロー」も学んでいます。こうした双方の歩み寄りが、事業会社の担当者にとってはITの理解を深める契機になるのではと考えます。実際の現場でも、双方が協力しながらよいシステムを描けるようになるのが理想です。

最終的には自社のDXを主導する知識やノウハウ習得を視野に入れます。社内のDX推進部門をゴールに向かって先導するリーダーシップも習得できればと思います。さらに、どんなITを活用すべきか、どんなテクノロジーが自社のDXには必要か、それらを具現化するにはITベンダーにどんな要望を出すべきかを考えられる「コーディネーター」の役割を担える人材を育成できればと考えます。

もっとも「コーディネーター」には、専門的なITの知識が必ずしも求められるわけではありません。大切なのは、チームをまとめたりITベンダーと対等な関係を構築したりするためのコミュニケーション力です。自社の描くゴールを言葉で説明し、ゴールに進むためにはどんな手段を用いるのかを周囲に発信できる人、さらにはゴールに向かってチームを鼓舞し続けられる人こそコーディネーターには向いています。こうした人材を1人でも多く輩出するのが「ITアカデミー」の役割です。

写真:ITの基本的な知識を学ぶITアカデミー

――ITアカデミーの具体的な活動内容を教えてください。

ITの基本的な知識を学ぶ座学と、参加者同士で特定の課題について考えるワークショップを組み合わせた勉強会を開催しています。すでに実施済の勉強会では「DX人材」をテーマに、求められるスキルや知識、さらにはDX人材を育成するために必要な社内環境などを議論しました。一方、勉強会では基本的な業務プロセスの表現方法も学んでいます。ITの導入効果を高めには業務の流れを可視化することが欠かせないからです。無駄や重複を削ぎ落したシンプルな業務プロセスをITで支援することで、業務の効率性を高められます。ITを業務視点で説明できるようになるためにも、業務プロセスを理解することは必要だと考えます。

再び世界と対等に戦える日本企業を育てる契機に

――ITアカデミーの活動が今後、日本のどんな未来に寄与すると考えますか。

私は「Made in Japan」を復活させる足掛かりになるのではと期待します。日本のモノづくりは今も世界のトップレベルだと確信します。しかし、世界の先進企業はITを駆使し、消費者のニーズを汲み取った製品・サービスを短期間で市場投入しています。日本企業がどれだけ良いモノを作っても、開発から販売までのリードタイムが長ければ消費者に支持されません。つまり、日本企業が世界との差を埋めるカギとなるのがITなのです。日本企業が長年培ってきたモノづくりの経験やノウハウにITを組み合わせれば、世界で必ず飛躍できるようになるはずです。ITが新たな競争力の源泉となるはずです。

ITアカデミーは、「Made in Japan」を武器に日本企業が世界で戦えるようになるきっかけを作れればと考えます。ITという手段を限界まで活用できる日本企業を1社でも増やしたい。そんな思いで取り組む活動が、日本の未来に貢献すればうれしいですね。

参加者の声
『私はもともとシステム専門職(SEやプログラマーなど)ではありませんでしたが、現在は専門職としてITに携わっています。そのため、基本的な知識を改めて学ぶ場としてITアカデミーが役立っています。当たり前の知識や最新情報に触れられる貴重な機会としてITアカデミーを利用しています。さまざまな立場の人と交流を深められるのも、自身を成長させる有意義な機会だと考えます。』

『小売業のオンラインショップのセールスや企画に携わっていますが、昨年までは店舗で販売業務に従事していました。ITに疎かったものの、ITアカデミーの活動を通じて理解を深められるようになっています。ITをどう使えばオンラインショップの収益向上を見込めるのか、他の参加者は店舗とオンラインショップをITでどう連携し、シナジーを見込んでいるのかなど、ITを使った具体的な方策はどれも当社で役立ちそうなものばかりです。実践的な考えを養えるのもITアカデミーの魅力の1つです。』

編集後記
記事を読んでいただきありがとうございます。林さんは取材の中で、「1人でできることは限られる」「仲間と共に取り組む」と何度も話していたのが印象的でした。ITアカデミーは単なる知識習得の場ではなく、周りの仲間と協力しながら変革を起こすことに主眼を置いているのだと強く感じました。林さんがコミュニケーションの重要性を訴える裏側には、ITベンダー以外の仲間との関係に目を向けることの大切さが隠れているのだと思います。IT活用と周囲との関係は一見結びつかないように感じます。しかし、周囲との良好な関係を築くほど、IT導入の効果も高められるのだと痛感しました。カギは「人」です。人との絆を深めて協力的な関係を築くには何が必要か…。ITアカデミーの活動の先には、きっとこの答えが用意されているのだと思います。

執筆:小松由奈


一般社団法人日本オムニチャネル協会
https://omniassociation.com/


情報提供元: DXマガジン_テクノロジー
記事名:「 ITを使いこなして周囲を動かす!ITアカデミーリーダーの林雅也氏に迫る