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日本オムニチャネル協会の取り組みやビジョンを深く知る連載企画第6弾。今回はベンチャーアカデミーのリーダーを務める亀卦川篤氏に話を聞きました。日本はイノベーションを起こすようなベンチャー企業がなぜ育たないのか。ベンチャー企業が成長するには何が重要か。同氏が考える成長のための次世代育成への思いに迫ります。
写真:亀卦川篤
株式会社やる気スイッチグループ 執行役員 事業ディベロップメント本部長 兼 店舗企画運営本部長 クロス・アンブレラ 代表社員
1991年に凸版印刷に入社し、営業部門で印刷、キャンペーン、イベント、スペースデザインを担当。1994年、日本初のインターネットサイト立ち上げに参画し、その後デジタル業務の新事業開発や企画営業に従事。2006年、博報堂とのジョイントベンチャーでCRMエージェンシー「株式会社BrandXing」を設立し取締役に就任。2010年には凸版印刷に帰任し、電子チラシ事業などを管掌。2021年、「クロス・アンブレラ」を設立しコンサルティング事業を展開。2022年4月からHabitat株式会社の取締役として活動し、一般社団法人次世代データマーケティング研究会(NDMA)及び情報経営イノベーション専門職大学の客員教授も務める。
――亀卦川リーダーは以前から日本オムニチャネル協会で販促や従業員体験向上などをテーマに部会活動を主催されていました。今回はなぜベンチャーアカデミーを立ち上げたのでしょうか。
ベンチャー企業の可能性を広げ成長を支援することが、日本の発展につながると感じているからです。「ベンチャー企業」とは、新規事業や革新的な製品・サービスの開発に取り組む企業です。新しいアイデアや技術を活かして、まだ誰も手がけていないサービスの開発に挑戦しています。ベンチャー企業の中でも、未上場ながら設立から10年以内で評価額が10億ドル以上のテクノロジー関連のスタートアップをユニコーン企業と呼びます。こうした企業が多く生まれれば、社会に多くのイノベーションをもたらすことになるでしょう。しかし、ユニコーン企業は世界で年々増加傾向にあるにも関わらず、日本は減少傾向にあります。
その要因は日本特有の雇用体系、起業に消極的な社会通念、資金供給の弱さ、少子高齢化による人材不足、日本語圏市場の低成長、ベンチャーキャピタルなどの投資家不足と様々挙げられます。その中でもベンチャー企業がベンチャーキャピタルとビジネス共創と創造ができていないことを大きな課題と捉えています。ベンチャーキャピタルとは、未上場のベンチャー企業に投資し、成長に伴うリターンを得る投資会社です。ベンチャーキャピタルが台頭したことで、企業は上場せずとも多額の資金を調達しやすくなりました。しかし日本はベンチャーキャピタルによる資産調達率が低迷しています。日本の発展に寄与につながるイノベーションを起こすユニコーンベンチャー企業が育っていないのです。
――イノベーションを起こすようなベンチャー企業が育つには何が必要でしょうか。
規模や立場の違う組織との協力関係を築き、お互いに学び合う機会が必要だと思います。
例えば、投資先であるベンチャーキャピタルとベンチャー企業がつながる場としてベンチャーピッチイベントがあります。そこでは、ベンチャー企業が新しいビジネスアイデアや製品を投資家やベンチャーキャピタル担当者にプレゼンテーションします。しかしこうした場では、ベンチャー企業は資金を調達してほしいがためにベンチャーキャピタルに意見しづらくなっています。双方の事業を成長させるための「共創」ではなく、資金調達できるかどうかが目的になってしまいがちです。
そのため、資金調達を目的とする場ではなく、ベンチャー企業のビジネス創造の可能性をさらに広げる手段として、学び、語り合う場こそ必要だと思います。そのような場を通してさまざまな企業と共創することで、社会に影響を与えるようなイノベーションを起こせるようになるのではないでしょうか。日本オムニチャネル協会は業界や組織、企業規模を問わない500名の様々な会員がいます。こうした会員とベンチャー企業が共に手を組み、共創を模索するようになれば、日本の発展に必ず寄与できると考えます。世界を舞台に挑戦できるベンチャー企業さえ輩出できるようになると期待しています。
――ベンチャーアカデミーの目的は何でしょうか。
日本の未来を担うベンチャー企業を支援し、日本オムニチャネル協会の会員企業と共に社会の成長に貢献することが目的です。ベンチャーアカデミーは、ベンチャー企業が持つ可能性とその成長の最大化に目を向けています。ポイントは、企業規模や資金力などを一切排除している点。資金が不十分、人材が足りない、組織や制度が未整備などの状況に関係なく、すべての参加企業が対等な立場で意見したり相談したりできる環境を用意します。Win-Winの関係で参加企業がつながる場が、ベンチャーアカデミーなのです。
――ベンチャーアカデミーの参加企業同士が共創することで、どんな効果を見込めるのでしょうか。
共創する企業間でリソースを補完し合えるようになるのが利点の1つです。例えば、アイデアや技術力に優れるが人材の足りないベンチャー企業と、エンジニアやプログラマを多数擁するもののアイデアや先端技術に疎いIT企業が共創すれば、双方の弱点を補えるようになります。ベンチャー企業はIT企業の豊富なスタッフとノウハウを武器にシステム開発を加速させられます。IT企業はベンチャー企業のアイデア力や先端技術を事業創出のヒントにできます。このように人材や資金、時間などのリソースを効率よく活用できるようになるのが、共創の利点です。
こうした取り組みが加速すれば、社会にインパクトをもたらすイノベーションさえ起こせるようになるでしょう。例えばメルカリは、中古品などを売買するリサイクル業界にイノベーションを起こした典型的な企業です。これまでのリサイクルビジネスといえば、あくまでリアルの買取店が基点。店舗周辺に住む人が不用品などを買取店に持ち込み、中古品を欲しい人も買取店に陳列する商品群の中から欲しい商品を探すのが前提でした。しかしメルカリは、不用品を売却したい人と中古品が欲しい人をマッチングするプラットホームを構築。買取店がどこにあるかを問わず、世界中の人同士をつなげるビジネスモデルを確立したのです。こうした斬新なビジネスモデルに打って出られるかどうかは、多くの企業との「共創」を視野に入れること具体性を帯びるのではと考えます。
――ベンチャーアカデミーの具体的な活動内容を教えてください。
オンラインとオフラインのハイブリッド形式で勉強会やディスカッション、ビジネスピッチを開催しています。勉強会では、毎回テーマに沿ってリーダーやサブリーダーが自身の経験談を交えながら、多様な課題を提供し、吸収してしていきます。例えば、「大企業がベンチャーと共創する理由」というテーマでは、大手企業が何を考えてベンチャーとの事業を推進しようとしているのかを学びます。「Win-Winの関係とは?共創の事例から学ぶ」をテーマでは、社会課題の解決やイノベーション創造に向けてベンチャー企業と共創する事例を掘り下げます。
勉強会では、互いの立場を深く理解し合うことが主な目的です。その後、勉強会を踏まえて、大手企業とベンチャー企業が立場を超えてディスカッションします。ベンチャー企業同士で情報共有や交換をすることももちろんありますが、実際のビジネスでは、さまざまな業界や企業の担当者と情報交換する方が有効なアイデアや施策を思いつきやすくなるものです。ディスカッションでは、どちらかが優位な立場に立って教えるのではなく、興味を持って熱意のある活発な議論を展開しています。お互いの思いを伝えたり、質問し合ったりする中で、双方の理解を深め、共に成長するにはどうすればよいのかを探っていきます。これは、業界や企業、規模の壁を超える日本オムニチャネル協会だからこそ実現できる場だと思います。
さらに、ベンチャー企業が自社の製品・サービスを紹介するビジネスピッチも開催しています。ベンチャー企業がどんな社会課題に取り組んでいるのか、どんなプロダクトを開発しているのかを知る機会となります。そのほか、ネットワーキングの場として懇親会も開催するなど、参加者同士の交流を深める機会を数多く用意します。
――ベンチャーアカデミーに参加するメリットを教えてください。
ベンチャーキャピタル、ベンチャー企業ごとにメリットは異なります。
ベンチャーキャピタルにとっては、共創するパートナーとマッチングできることに加え、ベンチャー文化も理解できるようになります。ベンチャーアカデミーでは、ベンチャー企業の事業内容をただ聞くのではなく、経営者の思いや姿勢、プロダクトにかける熱意などを直接聞くことができます。気軽に話せることから、経営者の本音さえ聞き出すこともできるでしょう。こうしたコミュニケーションを前提とした場が、ベンチャー企業を深く理解するきっかけになります。資金や従業員数などの定量的なデータからでは見えないベンチャー企業の強みを探れるようになるのが何よりのメリットです。
一方、ベンチャー企業にとっては、大企業ならではの商習慣や心得を学びながら、成長に向けた関係を築けるのがメリットです。多くのベンチャー企業が資金やビジネス知見、信用力の不足を課題にしています。これら課題を解決するヒントとなるのが大企業の考え方や組織体制、業務の進め方です。ベンチャー企業が成長するには、大企業の成功体験を参考にするのが1つの手です。小規模だった事業をどのように拡大させたのか、そのときの組織や人員はどんな体制だったのか、外部の取引先をどう活用したのかなどの取り組み1つひとつが参考となるに違いありません。これらを直接聞けるのが、ベンチャーアカデミーに参加するメリットです。
――亀卦川リーダーが参加者に対して大切にしている思いは何ですか。
ベンチャーアカデミーでは、私やゲストの方が言うことが必ずしも正解ではないと伝えています。それは、企業ごとに文化や風土が異なり、考え方やゴールも様々だからです。したがって、私たちが伝えているのは、事業を成長させるために知っておいた方がよい心構えに過ぎません。それを踏まえて参加者がどのような行動を起こすかは自己責任となります。そのため、教育というよりも、支援するという方がより適切だと思います。参加者が自らの判断で行動し、自らの成長を実現できるような場を提供することを大切にしています。
現在私は、やる気スイッチグループの執行役員を務めています。そのため「亀掛川さん、“やる気スイッチ”を押してください」とよく言われることがあります。しかし私は“やる気スイッチ”を見つける手助けはできますが、スイッチを押すのは自分自身なのです。つまり、最終的な行動や成長は参加者自身の意志にかかっています。
参加者の声
『「ベンチャー企業と事業会社」というテーマで熱く議論しました。ベンチャー企業がベンチャーキャピタルを理解することが、資金調達の選択肢を広げる重要な要素であると感じました。事業会社としての発想や見るべき部分も知識として入れておくことで視野が広がり良い関係性を作ることができると思いました。ベンチャーアカデミーによって、より効果的な協業や投資機会が生まれるのではないかと考えています。』
『ベンチャーアカデミーのビジネスピッチでサービスを紹介させて頂きました。皆さん前のめりに聞いてくださり普段参加しているピッチイベントと反応が異なることに驚きました。そしてビジネスピッチだけで終わらず、懇親会でサービス紹介のフィードバックをいただいたり、自身の事業への思いなどを伝えることもできました。これまでの営業活動では出会うことのできない人と出会え、関係性を築くことができています。』
『勉強会やディスカッションを通じて、ベンチャーキャピタルが何を考えているのかを理解することができました。日本オムニチャネル協会は非常に雰囲気が温かく、継続的な関係性を築くことができる場だと感じています。このように、立場が異なる方々と出会える機会は貴重ですので、より多くの方が参加してみると良いと思います。』
編集後記
記事を読んでいただき、ありがとうございます。今回、ベンチャーアカデミーについてインタビューをさせていただく中で、亀卦川リーダーが考える次世代の人材を育成するアカデミーの在り方が、私の解釈とは異なっていたことに気が付きました。私はアカデミーというと、知識や情報を得るための教育の場だと思い込んでいましたが、亀卦川リーダーは「自分が教育をするなんておこがましい。次世代を担う人たちが成長し続けることを支援しているだけで、そのための場を提供したい」とおっしゃっていました。最後のやる気スイッチの話でも触れたように、他人から教わることで成長するのではなく、自ら夢や志を持ち、それに向かって自ら行動することが重要だと理解しました。楽天で監督を務めた野村克也氏が大切にしていた後藤新平の名言「財を遺すは下,仕事を遺すは中,人を遺すは上とする」を重視している亀卦川リーダーだからこそ、次世代を担う熱意ある人材が集まっているのだと思いました。
執筆:小松由奈
一般社団法人日本オムニチャネル協会
https://omniassociation.com/