日本オムニチャネル協会の活動をサポートする役割を担う「フェロー」。各方面の専門家が集まり、会員に向けてさまざまな知見やアドバイスを提供します。今回は、そんなフェローの一人である合同会社PETS代表社員の川上陽平氏に話を聞きました。現在はタイに拠点を構えて企業のデータ活用を支援しているという川上氏。キャリアの出発点は、なんと漫画家志望だったそう。異色ともいえるキャリアの変遷、そして今、現場で感じているデータ活用のリアルな課題について、川上氏の考えを掘り下げます。

漫画家志望から始まった異色のキャリア

鈴木:川上さんは現在、タイに住みながら、小売業のデータ活用を支援する合同会社PETSの代表社員を務められています。これまでどのようなキャリアを歩んできたのでしょうか?

川上:私のキャリアは少し異色かもしれません。もともとは漫画家を目指して20歳で大学を中退し、アルバイトをしながら漫画の投稿を続けていました。しかし、24〜25歳の頃、「漫画に関わる仕事がしたい」と思い立ち、写真家としての道に進みました。ちょうどその頃はアナログカメラからデジタルカメラへの過渡期で、自然とデジタルデータの世界に足を踏み入れることになりました。

鈴木:写真家としての経験がデータとの接点になったわけですね。その後はどのようなキャリアを築いたのでしょうか?

川上:漫画家としての夢を追いながら、派遣社員としてニッセンに入社し、アクセス解析の業務に携わりました。当時のニッセンは、楽天やAmazonがまだ台頭する前で、日本では2番手の大手EC企業でした。社内には高度なデータ活用基盤を構築し、こうした環境を駆使することでデータベースマーケティングの実践経験を積むことができました。特に、日本の地域特性を踏まえた通販データの運用方法は、今でも私のデータ活用の基礎になっています。

その後、より漫画の仕事に注力するために、出版社の多い東京へ移りました。そこでウェブ広告代理店のメンバーズに入社し、リスティング広告の運用やアカウントマネジメントを担当しました。

広告の現場に身を置くうちに、広告そのものよりも、広告運用を支えるツールやシステム開発への興味が強くなり、次にクリエイターズマッチという広告最適化ツールを開発する企業へ転職しました。

ここでは、広告代理店が利用するツールを用いた企画立案や販売支援を経験できました。これまで広告主・代理店・開発者の視点をバランスよく経験できたことが、私の大きな学びとなっています。

鈴木:技術とビジネスの両面を経験されたのですね。

川上:そうですね。その後、広告運用のノウハウを活かし、事業主側での広告運用に再び関わりたいと考え、DMM.comに入社しました。ここでは、外部代理店に頼る広告業務を内製化するプロジェクトを担当し、BIツールを活用した完全自動化の広告レポートシステムを独自に開発しました。

これにより、大量の広告アカウントを効率的に管理できるようになり、社内でも非常に好評をいただきました。

その後、DMMでの実績がきっかけとなり、株式会社ZOZOにて分析本部の部長として迎えられました。ZOZOでは、膨大なアパレル商品数の売上集計を自動化する仕組みの構築を担当し、業務効率化に大きく貢献できたと感じています。こうした経験を活かして、現在の合同会社PETSのモデルを確立していきました。

鈴木:現在は主にどのような活動をしているのでしょうか。

川上:現在は、小売業向けにデータ活用を支援しています。売上や商品点数などの膨大なデータを整理・自動化することによって、日々の業務のオペレーションコストを削減できるようにしています。

鈴木:漫画家志望から始まったキャリアが、今ではデータとテクノロジーを駆使した支援ビジネスに結実しているのですね。

合同会社PETS代表社員 川上陽平氏

漫画家志望から始まった異色のキャリア

鈴木:クライアントが川上さんや御社を選ばれる理由は、どのような点にあると考えますか?

川上:大規模なデータを扱ってきた実績に加え、実際の現場で自ら手を動かしてデータを運用してきた経験が、評価されているのではないかと思います。私より10歳ほど年上のマーケティングリーダーのもとで、10年以上もデータに向き合ってきたことが、私の強みです。

一般的に、マーケターは情報整理に長けていても、システムの実装が苦手な人が多い。一方でエンジニアはシステム構築のスキルがあっても、ビジネスの文脈を読み解くのが苦手です。私はその中間の立場として、仮説の立案から実装までを一貫して対応できます。これこそ自身の価値だと考えています。

鈴木:まさに、分業が進んだ現代ならではの課題だと感じます。

川上:おっしゃる通りだと思います。マーケターとエンジニアの間に存在する“溝”が、ツールやデータの効果的な活用を妨げていると感じています。目的を正しく理解しないままシステム構築やデータ活用を進める企業は少なくありません。その結果、データの断片化が進んでしまっているのが現状です。

特にSaaSの普及により、データが複数のサービスに分散して全体が見えにくくなっていることが断片化に拍車をかけています。細部、つまり「木」ばかりに目が向いてしまい、全体である「森」を見失っている状態といえるのではないでしょうか。

鈴木:そうした状況に対しては、どのような視点が求められると考えますか?

川上:まずは、業務のオペレーションを正しく理解することが大切です。データ自体は中立な存在ですが、それだけを見ても意味はありません。人が立てた仮説に対して、検証する手段としてデータは機能するのです。

例えば小売業界では、多くの企業が売上データを把握するものの、顧客の行動分析まで十分に取り組めないケースが多く見られます。仮説がなければ、データから得られる洞察も非常に限定的になってしまいます。

鈴木:つまり、データ分析の出発点として「仮説」が不可欠だということですね。

川上:その通りです。仮説を持たずにデータを扱うと、かえって誤解を生んでしまう可能性があります。データには人を納得させる力がある一方で、誤った仮説を裏付ける手段として使うと、誤解や判断ミスを招く危険もあります。

一般的には「データ=数字」と捉えられがちですが、実際には「情報」を体系的に構造化した結果がデータです。言語や概念をどう整理するかが極めて重要であり、それは数理的というよりも、人文学的なアプローチに近いと感じています。
つまり、数字そのものを眺めるのではなく、それがどのように意味づけられ、どんな文脈や分類軸で整理されているのかに注目する必要があります。
この発想は、私自身の「データドリブン」な原体験──パチスロを通じた実地のデータ分析──にもつながっています。数字を見ながら打ち続けるうちに、直感的にパターンを捉える感覚が身につき、それが仮説構築に活きていると実感しています。
データは決して「答え」そのものではなく、仮説を検証するための手段です。AIもまた同様で、意味のある構造化データで学習させなければ、その真価は発揮されません。

ユニークな仲間と出会える日本オムニチャネル協会

鈴木:川上さんは、日本オムニチャネル協会のフェローとしてご活躍されていますが、入会のきっかけは何でしたか?

川上:きっかけは、会員になる前に参加した協会主催の海外視察ツアーでした。メンバーとの交流や、彼らが持つ集合知に強く刺激を受けたことを今でも覚えています。特に魅力的だったのは、他ではなかなかできない、いわゆる「オタク的」な深い議論ができたことです。さまざまなテーマを真剣に掘り下げる、貴重な場だと感じました。

鈴木:日本オムニチャネル協会の中核メンバーには、起業や企業経営の困難を乗り越えてきた方も多く、そうした実体験が多様な視点を生み出していると感じます。

川上:日本オムニチャネル協会の最大の魅力は、小売現場の面白さを徹底的に追及する人たちが集まり、知見を惜しみなく共有し合える場だと思います。利益を追求することより、現場を愛している方が多いと強く感じました。

毎年恒例の海外視察も、そこに集まるユニークな仲間たちと過ごす時間こそが最大の価値です。今後も、そうした仲間がさらに増えていくことを願っています。

鈴木:これからも日本オムニチャネル協会を一緒に盛り上げていきましょう!

日本オムニチャネル協会
https://omniassociation.com/

情報提供元: DXマガジン_テクノロジー
記事名:「 漫画家からデータ活用の達人!異色キャリアから得たAI時代必須のデータ思考とは?