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日本オムニチャネル協会は2024年10月、インドの視察ツアーを実施。インドのDX事情や消費者の購買意欲などを現地で体感しました。インドのバンガロールでは、世界でも屈指の複合企業TATAグループのタイタンなどを訪問。DX推進担当者からインド特有の事情やマーケティング施策を聞きました。ここでは、インドならではの小売の実態を紹介します。
インドのバンガロールではコーディネーターの洞田さんの紹介で、TATA(タタ)財閥グループの「Titan Company Ltd.(タイタン)」を訪問。時計企業としての時価総額ランキングは世界第3位の約3.5兆インドルピー(約5.3兆円、円→ルピー1.8円換算)(注1)。売上高は約9,369億円(23年4月~24年3月連結総売上5、161.7億インドルピー)を誇る大企業です。ちなみにインドではTATA、RELIANCE、BIRLAが3大財閥です。
注1:ReinforezInsight「世界の時計会社ランキング時価総額TOP26」より
https://reinforz.co.jp/bizmedia/8334/
TATAは、ジャムセントジー・タタが1868年に設立した綿貿易会社が始まり。インド西部のムンバイを拠点とし、鉄鋼、IT、自動車、エネルギーなど10業種の主要企業30社と、100社以上の子会社で構成します。従業員は93万人以上で世界100か国以上に展開し。2021年のグループ売上高は1280億ドルと言われています。
そんなTATAで時計や宝飾を製造販売する企業がタイタンです。時計とウェアラブルセグメントには、「Titan」や「Sonata」、「Zoop」などの時計/ウェアラブルブランド、「Tanishq」や「Mia」などのジュエリーブランド、さらには「Titan EyePlus」と「Fastrack Eyecare」といったアイウェアブランドを展開します。
今回の視察ではタイタンのDXチームを訪問。同社のオムニチャネルの取り組みについて説明を受けました。タイタンでは2500もの実店舗を展開し、デジタルとの連携が課題でした。そこで、まずはEコマース購入者向けに店舗受取サービスを開始。新型コロナウイルス感染症がまん延する前に始めた取り組みですが、コロナ禍でサービスは一気に加速。その後は、オンラインで商品を探して在庫を確認してから来店、というフィジタル(フィジカル+デジタルの造語)な顧客行動が当たり前になっていったといいます。そのため、ECサイトのトラフィックは5倍、デジタルインタラクション(デジタルによる相互作用)は10倍、顧客とのライブチャットやワッツアップのやり取りも10倍に増加。SNSを通じた顧客とのやり取りが常態化していったそうです。
さらに、LTV(ライフタイムバリュー)も重視。購入後のエンゲージメントをいかに深めるかに主眼を置き、倉庫、コンタクトセンター、サービスセンターでは「NPS(ネットプロモータースコア:推奨意向)」と呼ぶKPIを駆使してユーザーの行動把握に努めているといいます。3千万人以上の顧客のうち、18ヵ月以内に1度でもアクションがあったアクティブ顧客は約半数を占めるようになったと担当者は効果を実感します。
一方、売上に比例して人件費の増加も懸念材料となっています。そこでタイタンではチャットボットを導入。7~8割のやり取りを自動化(必要に応じて人間のオペレータにスイッチ出来る仕様)しました。なお後述しますが、パーソナライズ化されたマーケティングも非常にユニークな仕組みを構築していました。
タイタンのDX部隊は現在、エンジニア含めて700名。一方、コールセンターの担当は6000名という規模感。これだけのスタッフが一体となってデジタル化を推進していることに驚きました。さらに、顧客満足(CX)と従業員体験(EX)も継続的に改善に取り組んでいるといいます。こうした地道な活動が、時価総額世界3位の時計企業たる所以なのだと実感しました。
その後、タイタンの宝飾ブランド「Tanishq(タニシュク)」の店舗を訪問。オムニチャネルの担当者から現在の取り組みを解説してもらいました。
タニシュクでは現在、年数百万人がECサイトにアクセス。こうした消費者がリードとなって購入に結び付いているといいます。購入までの流れは、「顧客がサイト上で電話番号を登録」→「カスタマーセンターから連絡」→「顧客が希望したらエージェントにつなぎ、カスタマーケアオフィサーにつなぐ」→「信頼関係を築きながら顧客の好みを確認」→「ストアマネージャーに引継ぎ、店舗スタッフに託す」→「これまでのやり取りを踏まえて、店舗スタッフが店頭で接客販売する」というものでした。
この流れを聞いたとき、当初は顧客がなぜ携帯電話番号を登録するのか疑問でした。しかし、インドでは携帯番号で簡単に決済できる仕組みが構築されているのだそうです。さらに、関心あるサイトの情報を取得したい場合には、携帯番号を登録するのが一般的になっているといいます。企業にとっては顧客をパーソナライズする手段の1つとして、携帯電話の電話番号を活用できるようになっているわけです。
なお、決済には国営のインフラが使われています。スマートフォンから支払い・送金が可能な小口決済インフラ「統合決済インターフェース(UPI=United Payments Interface)」が2016年に導入されています。これは「Aadhaar(アーダール)」というインドの国民識別番号制度に紐づいており、銀行口座間の送金が24時間365日、リアルタイムに実施できるようになっているそうです。200以上の銀行やノンバンクが決済インフラと連携し、異なる金融機関同士の送金も可能にします。もちろん店舗や企業にとっては、手数料無料であることから広く普及しています。リテールの決済の7割近くにUPIが使われていると言われています。
実際に店舗で買い物していたら、「あなたの携帯番号は?」とレジで聞かれました。最初は戸惑ったものの、「日本人だからUPIに紐づく番号はないよ」と言うと「分かった」と登録は省略されました。しかし、高額な商品を購入する場合、携帯電話の番号登録作業が必須となるタブレットレジしか置かない店舗も散見されました。
携帯番号と決済を組み合わせたパーソナライズなマーケティングはインド独特のものだと思います。タニシュクの店舗訪問後に改めて現地の関係者に聞いたところ、登録済の携帯番号にアクセスしても応答しない人は少なくないそうです。そこで、こうした消費者との関係を深める施策として、ギフト用の商品を店舗に受取に来た顧客に対し、バースデーケーキをプレゼントするといった取り組みを実施し、効果を上げていると聞きました。
現地コーディネーターの坂口さんの紹介で次に向かったのは、2012年にオンラインから創業したジュエリーD2Cの「BlueStone(ブルーストーン)」。創業者のガウラヴ・シン・クシュワハ氏(Gaurav Singh Kushwaha)に事業を説明してもらいました。
同社は製造から販売までを一貫するビジネスモデルを展開。2018年に実店舗を出店し、以降はオムニチャネルを推進してきました。しかし、ジュエリーという高額商品を扱うがゆえに、オンラインだけでは顧客が購入に踏み切らないという課題に直面していました。
そこで現在はインド国内に250もの実店舗を展開。加えて、デジタルマーケティングによってWeb経由の集客にも注力します。さらに、Eコマースと店舗をつなぐオムニチャネル戦略ももちろん推進。その結果、2021年度には269億インドルピーだった売上が、2022年度には461億、2023年度には771億、2024年度は1266億インドルピーへと大きく成長しました。
一方で、商品へのこだわりも強いのがブルーストーンの特徴です。市場調査に基づくデザインや開発に依存するのではなく、デザイナーの独自性を最優先。イノベーションが起きやすい環境に配慮した取り組みを打ち出します。今回のインド視察ツアー参加者の中には、Webサイトと店舗の独自的なデザインと美しさに見とれている人がいるほどでした。
第2回となるインドの視察レポートはここまで。第3回では、インドのITを語る上では外せない「NASSCOM(ナスコム)」にフォーカス。インド全土で進むDXの実態を明らかにします。さらに、バンガロール在住の駐在日本人とのディスカッションも実施。現地のビジネス環境や生活の変化についてのリアルな声も紹介します。
【レポーター】
逸見光次郎
日本オムニチャネル協会 理事
関連リンク
日本オムニチャネル協会