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この番組の粗筋は以下の通り。主人公・高坂京介(声・中村悠一)の妹・桐乃(声・竹達彩奈)は、アニメやゲームが大好きだが、ヲタクであることがバレると軽蔑されてしまうので、自分の趣味を隠していた。京介は、そんな桐乃が周囲に隠れて趣味を楽しむことに協力することになる。
・・・このプロットをご覧になり、お気付きになった方もいらっしゃるでしょうが、上記プロットのうち、“妹”という部分を“クラスメイト”に置き換えると、2008年のテレビアニメ『乃木坂春香の秘密』のプロットとして通用してしまいます。そして『乃木坂春香の秘密』も『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』も原作はいずれも電撃文庫なのでした。
ただ『乃木坂春香の秘密』と『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』が違う点は、前者は主に学校内及び家庭内でのヲタクを取り巻く状況を描いているのに対し、後者は世の中においてヲタクを取り巻いている状況を描いているという点です。即ち、『乃木坂春香の秘密』は描かれる状況の範囲が狭いのに対し、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』は広いと言えます。
例えば『乃木坂春香の秘密』第3話「おしまいです…」では、アニメは他の人とは違う変わった趣味であり、ヲタクであることがバレると友達が離れ、学校内で抹殺されてしまうと語られます。そして「ヲタクはキモイ」とか「ヲタクは害虫」とか「ヲタクは死ね」とかいう激しい台詞が連発されました。ただ、このような台詞は学校内での言説であり、しかも極めて感情的なものでした。
これに対して『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』で言及されたヲタク言説は単なる感情論ではなく批評性も含んだものです。
例えば第5話「俺の妹の親友がこんなに××なわけがない」。
桐乃の友人・新垣あやせ(声・早見沙織)は京介に訴えます。
長いのですが、あやせの台詞を引用します。
「私、ニュースで見たんです。日本には小さな女の子に嫌らしいことをするゲームやアニメがはびこっているそうですね。ニュースで著名なジャーナリストの方が言ってました」 「その人も言ってました。ああいったものをやっているといつの間にか心を破壊され人間性を失ってしまうそうです」 「現にゲームに影響されて女の子を感電死させようとした男もいるんですよ!(引用者註・劇中で発生した事件を指す)」 「犯人は所謂オタクと言われている犯罪者予備軍で『シスカリプス』(引用者註・劇中に登場するゲームソフト)とかいうゲームの真似をしたかったと自供しています。いいですか!ああいうゲームや漫画はこの世にあってはいけないんです!欲しがる人も作る人もみんな同罪の犯罪者予備軍!規制して取り締まるべきなんです!」 |
第7話「俺の妹がこんなに小説家なわけがない」では、高坂兄妹の友人であり、黒猫と名乗っている少女(声・花澤香菜)が次のように語っています。
「アニメに限らずロリとエロを露骨に押し出してくる作品が多すぎるのよ。こんな低俗な駄作ばかりが売れてゆく状況は嘆かざるを得ないわねぇ。大衆はもっと審美眼を養うべきだわ」
更に第8話「俺の妹がこんなにアニメ化なわけがない」では、今までの文脈とは直截的には関係ないものの、ライトノベルをテレビアニメ化する際、アニメスタッフが、スケジュールの都合だったり売り上げを伸ばすためだったりといった理由で原作を改変する様子が描かれます。アニメの作り手も商売でやっているから、大衆迎合的な作風が含まれてしまうことは、実際にあり得るかもしれません。この点において、第7話の黒猫の発言と根底で繋がっていると言えます。
以上のように『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』は現代アニメ界・及びゲーム界の病理を突く作品となっています。
但し、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』という作品の存在自体が、このような病理を体現してしまっているのは大いなる皮肉としか言いようがありません(或いは確信犯的にやっているのかもしれない)。第8話に登場した、ライトノベルを改変してテレビアニメ化するというエピソードそのものが、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』の原作を改変してアニメ用に作り出されたオリジナルエピソードです。また、劇中の桐乃は中学2年生でありながら「R18」という架空のレイティング(コンピュータエンターテインメントレーティング機構は「R18」などという表現を使わない)が付けられたゲームソフトをプレイしています。『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』は架空の物語なので特にこのことを問題にすべきだとは思わないけれども、現実問題としては、あやせが第5話で言ったような理由で表現の自由を規制することとは別に、成人向け作品と未成年の消費者を隔離するような流通上の配慮がなされることは妥当であろうと思います。
これまでに見たように、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』は、現代のアニメ界・ゲーム界が抱えている問題点を、身を挺して白日の下に晒したのです。視聴者によって異論はあるでしょうが、本作が訴えたものを人々は真摯に捉え、考えていくべきではないでしょうか。
■ライター紹介
【コートク】
本連載の理念は、日本のコンテンツ産業の発展に微力ながら貢献するということです。基本的には現在放送中の深夜アニメを中心に当該番組の優れた点を顕彰し、作品の価値や意義を世に問うことを目的としていますが、時代的には戦前から現在まで、ジャンル的にはアニメ以外のコンテンツ作品にも目を向けるつもりでやって行きたいと思います。そして読者の皆さんと一緒に、日本のコンテンツ産業を盛り上げる一助となることができれば、これに勝る喜びはございません。