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「中の人」と称される、企業公式Twitter運用担当者。
年齢性別に所属部署や役職と、立場が異なるさまざまな人が、「Twitter」という共通のSNSプラットフォームで、日々所属企業の情報発信という仕事を行っています。
中にはメディア露出をする担当者が存在するなど、どちらかといえば「目立つ」仕事。一方で、担当を降りた「後」を知る機会はほとんどありません。
そこで編集部では、かつて「中の人」だった人物を不定期に紹介。本人からお話をうかがいつつ「当時」と「現在」をお伝えしていきます。今回はチャンピオンカレーの元Twitter担当者・谷口和貴さんです。
現在は「取締役」として、チャンピオンカレーの経営に関わっている谷口さん。石川県出身で、2006年に金沢大学を卒業後に新卒入社したのは、東京都にある人材派遣会社「ヒューマンリソシア」。営業職として3年間在籍しました。
その後、東京の別のITベンチャー「オープンキューブ」に移り、5年の在籍期間の前半は、当時同社の基幹事業であったポイントサイト(ポイ活)「お財布.com」を担当。携帯部門の営業に加えて、広告代理店などの提携先との折衝や、サイト内の広告利用を高めるための施策を立案するなどしました。
そして後半期は、新規事業として立ち上がった「ekiSh(エキッシュ)」を担当することに。これは、日本全国の駅でモバイルスタンプラリーが行えるというサービスだったそうです。
最初の1年ほどはお財布.comと兼務で担当し、その後は専任となった谷口さん。これまでの営業経験もあり、顧客との「接点」を作るために人気ファンシーグッズとのコラボを企画するなど、全国各地を飛び回りました。
とはいえ、創業数年のベンチャー企業で動き始めたばかりの事業。東京都内では箸にも棒にも掛からぬ有様でしたが、担当を受け持ってしばらくした後に転居した京都をはじめ、地方では意外にも好感触だったんだとか。
「『位置情報サービス』だったので、日本全国のさまざまな場所に行き、色々な人に会ったんですが、ベンチャーが考えた『得体の知れないサービス』にもかかわらず、耳を傾けてくれたんですよ。それも、全国区の知名度を持っているところ含めてです。地方は人がいないし、困っていることが多い。実際に目にもしました。東京に全てが集まりすぎているんですよね。なので、ekiShを通じて、色々やってみたいなって思ったんです」
今でこそ「地方創生」や「地方活性化」要素もあった「ekiSh」ですが、谷口さんが担当として受け持っていたのは10年近く前の話。オープンキューブでも将来的な事業の柱として期待されていましたが、目標の収益化には至りませんでした。
そうした中で、先述の「お財布.com」が、当時普及してきたスマートフォンへの対応が遅れた結果、業績が低迷します。新規事業へのリソースが回せない事態に陥り、結果「ekiSh」は事業規模の縮小を余儀なくされます。
やりたいことができなくなった谷口さん。しかし、日本各地の「悩み」を肌で感じ取り、ekiShでそれを解決したい思いが強かったこともあり、2度目の転職を決意しオープンキューブを2014年に退職しました。
そして結果的に移ったのが現職のチャンピオンカレーですが、この時点の谷口さんの職歴は、ゴリゴリのITベンチャー畑。外食とは全く無縁であり、転職当時の年齢はちょうど30歳の節目でもありました。
転職先を探すにあたっては、「自分が好きなもの(商材)」「これまでのキャリアを生かせる」「意見が反映できる場所」を主軸に置いていた谷口さんですが、勤務地はこの時点で在住していた京都を含む「京阪神」、前職である「東京」に加えて、年齢的には最後のチャンスということもあり、「故郷(石川)」を選択肢に追加。
しかし当時は、北陸新幹線の金沢駅延伸前(開業は2015年3月)。現在のような盛り上がりはなく、同時に魅力的な求人もありませんでした。
そんな中で、ekiSh時代に懇意になった方と食事をする機会があったといいます。そこでこんなことを言われたそうです。
「『チャンカレ』があるやろ」
実は、石川県には「金沢カレー」と呼ばれるご当地グルメがあります。舟形でステンレス製の皿にカツカレーと千切りキャベツが盛り付けられ、フォークや先割れスプーンで食べるのが特徴的。そしてそれを考案したのが、「カレーのチャンピオン」を運営する「チャンピオンカレー」創業者の田中吉和氏。
多くの金沢人にこよなく愛されるソウルフードは、谷口さんにとっても思い入れある逸品。
「ekiShのように全国各地の活性化はできませんが、『石川』を元気にすることは出来ると思ったのも大きかったですね」
ちなみにこの提案をした方は、谷口さんにとって金沢大学の先輩でもありました。
宴席の勢いで「チャンカレ転職」を“一方的”に決意した谷口さん。念のために書いておきますが、この時点でチャンカレとの接点は一切ありませんでした。
翌日早速応募しようと公式サイトを開いたところ、中途採用活動をしていないことが判明。しかし、問い合わせフォームから直接求職メールを送って、最終的に転職を実現させてしまうのです。
そのような経緯だったため、入社当初は谷口さんに用意されたポジションはありませんでした。まずは野々市市にある本店にて、店舗スタッフとして勤務することになったのです。
当時存在していなかったという「店舗マニュアル」の作成に着手したりと、事務的な業務も行っていた谷口さんは、半年後にフランチャイズも含めた店舗事業全体を見ることに。
異例の「スピード出世」となりますが、当時のチャンピオンカレー社は社員の大半が現場(店舗)にかかわる仕事からの「生え抜き」であり、「外様」の谷口さんのように、多角的なビジネス展開の実務経験者が少なかったのも大きかったといいます。
特に経験が活きたのが、2017年から担ったメーカー事業部門。レトルトカレーなどの、スーパー量販店向けの家庭用製品の担当部署で、現在は店舗事業と並んで、チャンカレの収益の柱となっています。
しかし、谷口さんが着任当初は、売上・採用店舗数ともにジリ貧。加えて仕事のスピード感にも大きな課題を抱えていました。
それでもメーカー事業を立て直さないと、会社全体の将来的な発展は見込めないと考えた谷口さん。それは、同事業が行う新規事業の博打ではなく、自社のノウハウを生かしたものだからでした。
実はチャンカレの家庭用製品は、ある大きな強みを有しています。それは「チルド(冷蔵)規格」があるということ。
一般的な「家庭用カレー製品」といえば、「レトルトカレー」がメイン。市場においても、2018年にカレールーを追い越し最大規模のマーケットとなっています。
チャンカレにも当然取り揃えていますが、加えてラインナップに連ねているのがチルドタイプ。特に、賞味期限日数も他と差別化できる「90日」という長さは、他社とは異なる「付加価値」があります。そう簡単に「模倣」も出来ない技術力の結晶でもあります。
「『伸びしろ』はそこしかない」と、大きな可能性を感じた谷口さんは、志願して責任者となりました。積極果敢な拡販の結果、売上は当初の4倍ほどまで伸長し、今では全国の名だたるスーパーにも採用されるようになりました。これにより、店舗がない地域でも、「チャンカレ」を目にする機会を提供することに成功しています。
少し時は遡って2016年。谷口さんは公式Twitter「中の人」としての活動も開始します。
チャンカレのような地方の中小企業にとって、SNS経由の情報発信は軌道に乗れば強力な武器へとなり得ます。特に外食産業の場合、来店の決め手になることも多く、売上には密接に関与しています。
きっかけは、同年のクリスマスに販売するチキン拡販のための活用だったという谷口さん。ちなみに前職においても「中の人」は経験しており、運用ノウハウは有していました。
残念ながら、当該企画はイマイチな結果に終わりましたが、「情報発信」において、他のSNSよりも秀でていると判断した谷口さんは、社長に了承を得た上で、翌2017年より本格的な運用を開始します。
当時はいわゆる「中の人運用」が全盛だったこともあり、店舗情報に加えて、地元・石川県に関する話や、大好物であるラーメンについても適宜発信していた谷口さん。また、同時期稼働していた石川県内の企業公式Twitter担当者が自身と近い世代ということもあり、異業種交流も積極的に実施。
その「交流」は、2018年末に当時のTwitterJapan社主催で開催した「チャンカレミートアップ」が代表的。それは、100社以上の企業公式Twitter担当者に対し、「チャンカレ」を振る舞う試食イベントでした。他にも、模型メーカー「タミヤ」が販売展開する「ミニ四駆」を、各企業公式Twitterオリジナルのマシンにチューンアップし、それを居酒屋チェーン「つぼ八」にて設置された特設コースで争った「つぼ八カップ」にも、「石川県代表」として参戦しています。
異業種との関わりは、「コラボ商品」という形でメニュー化も実現しています。地元石川の名産品はもちろん、株式会社すぐるが販売展開する駄菓子「ビッグカツ」など、あっと驚くような組み合わせも。
ところで、筆者もかつてはとある食肉メーカーで「中の人」をやっていましたが、2019年にチャンピオンカレーとのコラボ商品化を実現しています。
経緯としては、当時私が受け持っていた企業公式Twitterアカウントの投稿を見て谷口さんが興味を持ち、双方の担当者を介して、最終的にメニュー化に繋げたというもの。販売当時の新聞記事でも、「Twitter経由」という文字が紙面を飾りました。
そしてそれは、「結果」を伴った企画でもありました。2019年夏に1か月限定で発売されたコラボ商品は、ちょうど同じタイミングにあるテレビ番組で「金沢カレー」が特集されたり、他の要因も追い風となるなど、発売から3週間にも満たないうちに在庫切れで終売。その結果を受け、私が担当を離れた(退職した)翌2020年においても継続実施されています。
と、これだけを述べると、私個人の自慢話になってしまいますが、「ビッグカツカレー」をはじめ、さまざまな話題性を持った企画キャンペーンを実施しているのがチャンピオンカレー。それは、さまざまなメディアでも紹介されているとおり「魅力的な情報」であることを証明しています。
余談ですが、谷口さんは当初、「中の人」をすることにあまり気乗りしていませんでした。それは前職での「サービス情報系アカウント」では、システムエラーなどの際に、匿名のユーザーから心無い言葉を受けていたため。ただ、Twitterの「インフラ的」な側面を鑑みたとき、「背に腹は代えられない」と翻意。
一方、「人格」を演じることが出来ないと判断したため、実質的に「チャンピオンカレー=谷口和貴」としての運用でした。もっとも、「仕事であること」が大前提のものだったため、イベント等以外で「リアルタイム発信」を行わないなど、節度を守って行っていました。
今では、InstagramやTikTokなどにもアカウントを開設し、運用するようになったチャンカレ公式SNS。しかし、当の谷口さんはもう「中の人」ではありません。
現在の「チャンカレ中の人」は、石川県にある旅館「滝亭」にて、かつてTwitter担当(中の人)を担っていた福田さん。2019年末に入社(転職)したタイミングで「二代目」としてバトンタッチしました。が、その際「交代」のアナウンスはありませんでした。
「なぜフェードアウトしたのか?」というのは、今回のインタビューにあたり、筆者がもっとも気になっていた部分でした。谷口さんによると、それは「成り行き」なんだとか。
「2人体制でもいいのかなとは思ったんですが、見ている人を考えて、『混乱』するのを避けるために1人になりました。僕が辞めるわけでもないですしね」
現在も「ログイン」自体は出来るという谷口さんですが、メイン運用に関しては実績のある福田さんに委ねてノータッチ。その中で、自身が主だって担当している案件や、地元サッカークラブ「ツエーゲン金沢」に関する情報に関してなど、「専門性」の強いものに関しては発信をしているそうです。なお、InstagramやTikTokなどは広報部門が別途運用しているとのこと。
谷口さんは2021年から「取締役」として、カレーのチャンピオンの店舗事業・メーカー事業・企画・営業といった部門全般を統括するようになっています。入社からわずか8年間での出来事です。
ただしこれまで行ってきた変革は、「何となく良くはなってきてはいるけど、まだまだ課題が多い」といった肌感。今後の展望については、全体を俯瞰する立場になったこともあり、まずは「骨格」を固めることに注力していくとのことです。
その中で、谷口さん個人としては特に「店舗」にこだわりがあり、ある程度の時間をかけながらも、直営・フランチャイズ双方で「ロールモデル」を確立していきたいと考えています。
「フランチャイズにしても、『出したら(開店)終わり』ではありません。オーナーも人生をかけて勝負しているわけなので。ちゃんと収益が出て、オーナーも、本部も、その土地のお客様もハッピーになれる『勝ちモデル』の仕組みを、人材の育成を含めて作っている段階です」
「現状の弊社は『カレーをしっかり作ること』は出来ているんですが、例えば売上が伸び悩んでいるときの改善策など、『知見』の蓄積がまだ不足しています。いざとなった時に、何かできる『本部』でありたいです」
外的要因にも柔軟に対応しながら、今後さらなる「変化」を目指す一方で、「変えてはいけないこと」についても目を向けているという谷口さん。それは、チャンピオンカレーは「金沢カレー」の「元祖」であり、石川県における「文化」のひとつであること。とはいえ、それは「代名詞」としてではなく、「選択肢」のひとつとして名を連ねることをイメージしています。
「正直、『カレー』だけを食べに石川に来ることは難しいと思うんですよ。現実的に考えたら、魚などを食べたいだろうし、美術館などにも行きたいでしょうしね。それのついででもいいから『金沢カレー』があれば、ホテルの宿泊が1日増えるかもしれないし、石川に落ちるお金も増えます」
ちなみに、谷口さんは「いしかわ観光特使」の肩書きも有しており、個人としても石川県のPR活動を行っています。8年の時をかけ、生まれ故郷で根を張っている姿は、かつて目指した「石川を元気にする」という目標に達しつつあるのではないでしょうか。
SNSの一層の普及や、コロナ禍による移住もあり、昨今は「地方創生」「地方活性化」が身近な存在になりつつあります。徐々にではありますが、「東京一極集中」にも変化が見られるようになりました。
一方で、「地方を元気に!」という言葉自体は数十年前からある概念でもあり、確固たる「成功事例」が出てこなかったのもまた事実です。
そんな中で、かつて在籍した企業で「地方」の可能性に気づき、自身もこよなく愛する地元の名産品を、「現代文明(SNS)」などを用いて活性化させている谷口さんは、今後キーパーソンの一人にもなるのかもしれません。
<取材協力>
谷口 和貴さん
株式会社チャンピオンカレー
(向山純平)