コックさんの職場は色々あれど、街中のお店と違ってちょっと特殊なのが「船のコックさん」。限られた食材で航海中の献立を考え、波に揺られながら調理を行います。

 船の料理長のことを「司厨長(しちゅうちょう)」と呼びますが、国内航路を行き来する内航船「崎陽丸」の司厨長さんに、お仕事ぶりをうかがいました。

 崎陽丸は長崎県長崎市にある海運会社、浜崎海運が運航するタンカーに付けられる船名。現在は崎陽丸(白油)のほか、第二崎陽丸(黒油)、第三崎陽丸(潤滑油)、第六崎陽丸(白油)、第八崎陽丸(黒油)が在籍しています。ちなみに「白油」はガソリンや軽油、灯油といった透明な石油製品、「黒油」は原油や重油など黒褐色のものを指す言葉です。

 崎陽丸は石油製品を日本全国に届ける「内航船」。北は北海道の稚内、南は鹿児島県までの範囲を航行しています。

 崎陽丸での食事を預かる司厨長さんは、寿司職人を12年務めたのち、学校給食を7年、船舶調理を8年というキャリア。船に乗るきっかけは、人生の路頭に迷い調理の仕事を諦めようとも考えていたところ、ある船長さんのブログを見たことだったといいます。

 陸の調理場から船の調理場に移ってきた司厨長さん。海の上に来て驚いたのは「同じ大きさのタンカーであっても、船によってメチャメチャ揺れる船とまったく揺れない船があり、乗る船によって船内生活の幸福度が違うこと」なんだとか。

 船の安定性による違いを感じられる顕著な例は、波風激しい時化る海を進む時。「以前LPG船の会社で働いていたのですが、その時の船は時化(しけ)ると立っていることすら困難なほどでした。弊社(浜崎海運)の船はそんなに揺れませんので、時化の時は『揚げ物調理はやめようかな』とするくらいですね」という言葉からは、船による違いが思ったより大きいことが分かります。

 乗務サイクルは3か月が基本で、現在は新型コロナウイルス禍のため2か月半に短縮されているのだといいます。「個人的には乗下船が苦痛なので、なるべく長く乗っていたいタイプです」と胸の内を話してくれました。

 寄港のタイミングは航路により様々ですが、次の寄港地まで10日ほど航行することがあるとのこと。乗組員が11名だとすると、少なくとも合計で330食分の食材を調達しておく必要があるそうで、船内には大型の冷蔵庫や冷凍庫が備え付けられています。

 場合によっては時化で入港待ちという場合もあり、特に野菜などの生鮮食品の場合、レタスは根の切り口に爪楊枝を刺して“根止め”し、ほうれん草をブラウチング(湯通し)冷凍するといった、長持ちさせるテクニックを駆使しているそうです。


 献立は基本的に司厨長さんが食材の消費計画を念頭に決定しますが、心がけているのは「せっかく船に乗っているんだから、寄港地の美味しいもの、旬の食材、ご当地グルメをなるべく」ということ。どこに行っても同じ食事というのは味気ないのと同時に、司厨長さん自身も新たなメニューの開拓に役立っているのかもしれません。

 元寿司職人ということもあり、お寿司や海鮮丼など、魚介類を使った和食はお手のもの。各地の地魚を使ったメニューは、筆者も味わってみたくなります。

 また、ローストビーフなど本格的な洋食が並ぶことも。料理のジャンルを問わず、様々なメニューを手掛けています。

 もちろん、1人で思いつくメニューには限界があるので、乗組員さんからリクエストを募集する試みも始めました。食は仕事のやる気を高めてくれる要素のひとつですから、好物を食べて仕事に励んでもらいたい、という思いもあるようです。

 また、時には「お楽しみ会」的な企画を実施することも。様々な種類の牛肉を調達して皿にとりわけ、フタをした上で好きなものを選んでもらってカルビ丼を作ったこともあるそうです。船の上は一種の閉鎖空間ですから、気分転換となる楽しみも必要ですね。

 料理だけでなく、スイーツだって作ります。いちごのグラスパフェ、美味しそうです。

 ご自身の仕事をTwitterで発信し「今、特に新型コロナウイルス禍で調理の仕事がうまくいかず、過去の自分のように調理の世界を諦めようとしている方に『こんな仕事もありますよ。今まで必死に努力して培った調理技術を捨てないでください』と伝えたい」と語る言葉からは、天職に巡り合えた喜びが感じられます。

 一般の人からすると、普段の生活を支えているにも関わらず、詳しく知ることがない「内航船」というものに対し、料理の面から興味をひかれるのもまた事実。司厨長さんのTwitterから、新たに船の仕事を選ぶ人も出てくるかもしれませんね。

<記事化協力>
崎陽丸司厨長さん(@funanoriitamae)

(咲村珠樹)

情報提供元: おたくま経済新聞
記事名:「 船員たちの胃袋を預かるコックさん 内航船「崎陽丸」司厨長に聞く