人の9割が右利きなのは「大きな脳」と二足歩行のおかげと判明
世界のどの国を見ても、右利きの人は左利きの人より多くいます。
左利きのほうが多い国は、ひとつもありません。
平均すると、およそ9割の人が右利きです。
人以外の動物にも利き手のようなものはありますが、右を好む割合はふつう9割よりずっと低めです。
なぜ人だけが、地球のどこでもこれほど右手に偏っているのでしょうか?
これまで多くの研究は、人の利き手を心理学の側から調べて、この謎を解こうとしてきました。
今回の研究チームは別の道をとり、人とサルの仲間の手の使い方を同じ物差しで並べて比べました。
すると、人の右利きの根っこに、体にまつわる2つの特徴が浮かび上がってきたのです。
研究の詳細は、英オックスフォード大学らにより、2026年4月27日付で学術誌『PLoS Biology』に掲載されました。
ピーナッツバターの筒で利き手を測る
研究を行ったのは、英オックスフォード大学のトーマス・A・ピュシェル氏らのチームです。
人の利き手はふつうアンケートで調べますが、サルにはその方法が使えません。
そこで使われたのが、「チューブ課題」と呼ばれるテストです。
硬いプラスチックの筒にピーナッツバターなどを詰め、中身を取り出してもらいます。
筒を片手で押さえ、もう片方の手の指で食べ物をかき出さなければなりません。
右利きなら、ふつうは左手で筒を押さえ、右手でかき出します。
今回は人のデータも、アンケートではなく、このチューブ課題の結果を使っています。
チームは過去の研究のデータをまとめ直し、人をふくむサルや類人猿の仲間41種、計2,025個体の記録をそろえました。
そこから取り出したのは、群れ全体の利き手の「向き」と「強さ」という2つの値です。
「向き」は、一人ひとりの利き手を、完全な左利きを−1、完全な右利きを+1とする数値で表し、それを平均したものです。
0なら、群れが左右どちらにも偏っていないことになります。
「強さ」は、右か左かを問わず、どれだけ片方の手にこだわるかを表します。
右派と左派が半々の群れでも、それぞれが頑固に同じ手を使えば「強さ」は高くなります。
測ってみると、サルや類人猿の仲間全体では、「向き」がどちらかにはっきり偏っているとはいえませんでした。
その中で、人の「向き」は0.76と、ずば抜けて右に寄っていました。
チンパンジーやゴリラ、ダイアナモンキーにも弱めの右寄りはありましたが、人には及びません。
逆に、はっきり左に偏っていたのは、オランウータンの仲間(種は特定していません)とキンシコウの2つだけでした。
そして、はっきり右に偏っていたのは、人ただ1種だったのです。
人だけが「右」に大きく偏った理由の手がかり
チームは、人がどれほどの「例外」なのかを確かめました。
人を除いたデータで作った予想の仕組み(モデル)に、「人ならこのくらいのはず」という値を出させたのです。
答えは0.0、つまり「左右どちらにも偏らないはず」というものでした。
ところが実際の人は0.76で、予想から大きく外れています。
チームは、これほどの差が生まれるには、強い自然選択がはたらいたはずだと述べています。
では、何を考えに入れれば、この開きが埋まるのでしょうか。
チームは、食べ物、道具の使用、木の上か地上か、体重、群れのつくりなどの要因を順に調べました。
いずれも、利き手の進化を説明するためにこれまで唱えられてきた説にもとづく要因です。
その中で、人を入れるかどうかで結果ががらりと変わったのが、脳の大きさと、腕と脚の長さの比でした。
脳の大きさは、頭骨の内側の容積(頭蓋内容積)で測っています。
腕と脚の長さの比(肢間示数)は、人では72と、とても低い値です。
これは人の脚が腕よりずっと長いことを表しており、二本足で歩くための大事な特徴です。
最後まで残った要因は、脳の大きさ、腕と脚の長さの比、そして「つがいで暮らすかどうか」の3つでした。
この3つを入れたモデルで人の値を予想すると、答えは0.74になりました。
実際の0.76とほぼ同じで、人はもう「はずれ値」ではなくなったのです。
つまり、大きな脳と二足歩行の体などを考えに入れれば、人の極端な右寄りは説明がつく可能性があるということです。
このモデルを使うと、ほかの人類の種の「向き」も推定できます。
推定値は、ラミダス猿人で0.16、アファール猿人で0.32でした。
ホモ・エルガステルでは0.50、ホモ・エレクトスでは0.54と、さらに上がっていきます。
ネアンデルタール人では0.64と、私たちの0.76にかなり近づきました。
例外はフローレス人で、0.28と低めにとどまっています。
これらは化石から測った値ではなく、脳の大きさや手足の比などからモデルが出した予想値です。
それでも、右への偏りは古い種ほど弱く、ヒト属が現れると、ほかに例のない水準へ高まっていったことがうかがえます。
利き手への「こだわり」は猿人の時代から強かったらしい
一方で、左右を問わない「強さ」のほうは、まったく違う姿を見せました。
「強さ」の平均は、サルの仲間全体で0.66と、はっきり0を上回っていました。
群れとしての向きはバラバラでも、一頭一頭は片方の手にしっかりこだわっていたのです。
人の「強さ」は0.94で、トップクラスに入ります。
ところが1位は人ではなく、東ジャワにすむルトン(ジャワルトン)の0.98でした。
全体として、ルトンやクモザルのような木の上でくらす種ほど「強さ」が高くなっていました。
反対に、ゲラダやヒヒのような地上でくらす種では、こだわりは弱めでした。
チームは、木の上では片手で体を支えながら、もう片手で細かく正確に動く必要があるからだと考えています。
支える手が右か左かはどちらでもよいので、「向き」はそろわなくても「強さ」は高くなるわけです。
地上は足場が比較的単純で、手を使い分ける必要がそれほどないというのです。
では、人類の祖先の「強さ」はどうだったのでしょうか。
モデルの推定では、ラミダス猿人で0.73、ネアンデルタール人で0.81と、どの種でも高いままでした。
強さは、人類とチンパンジーの仲間の共通の祖先の頃から、ずっと高く保たれてきたと考えられます。
ここで不思議なのは、人類が進化とともに地上で暮らすようになっていったことです。
ほかのサルの仲間では、地上の暮らしは「強さ」を下げる方向にはたらいていました。
チームはそれでも強さが落ちなかった理由を、二本足で歩くことにあると見ています。
手が移動の役目から解き放たれ、手先を使う特別な作業ができるようになったことで、こだわりが保たれたというのです。
「強さ」でも同じ確かめをすると、人を除いたモデルの予想は0.43で、人の実際の値0.94から大きく離れていました。
ところが腕と脚の長さの比を入れると、予想は0.86になり、人は「はずれ値」ではなくなりました。
まとめると、人のずば抜けた利き手の「強さ」を最初に押し上げたのは二足歩行で、大きな脳は「右」という向きのほうに深く関わった、という筋書きです。
大きな脳がなぜ偏りと関わるのかについて、ドイツの心理学者セバスティアン・オクレンブルク氏はある考え方を紹介しています。
脳が大きいほど、左右の脳のあいだで情報をやりとりするのに時間がかかります。
そのため、ひとつの働きを片側の脳だけで済ませられれば、大きな脳でもすばやく反応できるというのです。
ただし今回示されたのは種どうしを比べた統計上の結びつきで、二足歩行や脳が右利きを生んだと直接確かめたわけではありません。
また調べたのは群れ全体の傾向で、一人ひとりの利き手がどう決まるかは扱っていません。
筒を左手で押さえ右手でかき出す手つきには、二本足で立ち脳を育てた祖先の歩みが重なっているのかもしれません。
写真で見る、サルや類人猿の仲間と昔の人類
参考文献
Evolution of Handedness: Brain Size and Bipedalism Were Key (Psychology Today)
https://www.psychologytoday.com/us/blog/the-asymmetric-brain/202610/evolution-of-handedness-brain-size-and-bipedalism-were-key
元論文
Bipedalism and brain expansion explain human handedness
https://doi.org/10.1371/journal.pbio.3003771
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部