働きアリにも「わがままな脳」、飢えても脳だけはほぼフル稼働
小さな働きアリの頭の中にも、ちゃんと脳が入っています。
脳は、重さの割にたくさんのエネルギーを使う、ぜいたくな器官です。
たとえば人間の脳は、体重の約2%の重さしかないのに、体が使うエネルギーのおよそ20%を消費するとされます。
体重50kgの人なら、脳の重さは1kgほどにすぎません。
では、食べ物が足りなくなったとき、体はこの「大食い」の脳にどれだけエネルギーを回すのでしょうか?
脳を後回しにして体を守るのか、それとも体を切り詰めてでも脳を守るのか。
研究チームは、この問いを、人間とは似ても似つかない小さなアリの体で確かめました。
研究の詳細は、米ボストン大学らにより、2026年7月27日付で学術誌『Proceedings of the National Academy of Sciences』に掲載されました。
「わがままな脳」説を、なぜアリで確かめたのか
エネルギーが乏しくなると、脳はほかの臓器より先にエネルギーを確保し、大事な働きを守ろうとする。
こうした考えは「わがままな脳(セルフィッシュ・ブレイン)」説と呼ばれています。
人間やほかの哺乳類では、脳へ優先してエネルギーが回るようすが、これまでにも報告されてきました。
ただしその多くは、脳の大きさなどから推し量ったもので、脳そのもののエネルギー消費を直接測ってはいませんでした。
脳と体全体のエネルギー消費を、同時に考えに入れた研究もありませんでした。
筆頭著者のザカリー・コト氏も、脳と体全体の両方を直接測るのは難しかったと説明しています。
そこで研究チームが目をつけたのが、アリでした。
「アリなら、これらをすべて測ることができる」とコト氏は言います。
アリも人間も、社会をつくって暮らす生き物です。
そのうえアリの脳はとても小さいため、両者を比べるのは特に興味深いのだといいます。
調べたのは、シワアリの仲間(学名:テトラモリウム・イミグランス)の働きアリです。
研究チームは、働きアリの体重と脳の重さ、そして体全体がエネルギーを使う量(代謝量)を測りました。
さらに脳を体から取り出し、脳そのものの代謝量も記録しました。
そのうえで、栄養の足りた働きアリと、栄養が足りない状態の働きアリを比べたのです。
ただしコト氏は、働きアリが飢えに合わせて体を調整するとは限らないとも述べています。
資源が乏しくなると、体を調整して乗り切るのではなく、ただ死んでしまうだけかもしれないというのです。
研究チームが確かめたかったのは、体のほかの働きが落ちる中でも、脳へのエネルギーが保たれるのかどうかでした。
飢えた働きアリの脳は、どれだけのエネルギーを使っていたのか?
まずは、栄養の足りた働きアリの結果です。
働きアリの脳の重さは、体重の約5%でした。
体重50kgの人に置きかえれば、2.5kgの脳を持っている計算です。
ところがこの脳は、体全体の代謝量の24〜30%にあたるエネルギーを使っていました。
重さでは体のごく一部にすぎない脳が、体全体のエネルギーの大きな割合を占めていたのです。
これは、体重の約2%の脳がエネルギーの約20%を使う人間と、とてもよく似た関係です。
研究チームによると、ほかの哺乳類で見られるパターンとも、よく似ていました。
体の大きさもつくりもまるで違うのに、脳が重さの割に多くのエネルギーを使う点は共通していたのです。
では、栄養が足りなくなると、どう変わったのでしょうか?
栄養が足りない働きアリでは、体全体の代謝量がはっきりと下がりました。
体はエネルギーの使い方を切り詰め、いわば省エネの状態に入ったのです。
ところが、脳の代謝量は、体と同じほどには下がっていませんでした。
研究チームの説明では、脳はほぼフル稼働のまま働き続けていたといいます。
その結果、体全体のエネルギーのうち脳に回る割合は、ほぼ倍の45%にまで増えました。
半分近いエネルギーが、体重の5%ほどの脳に注がれていたことになります。
体のほかの部分が節約を迫られても、脳の分はほとんど削られていなかったのです。
では、飢えた働きアリは、ふだんどおりにふるまえていたのでしょうか?
研究チームは、同じ地域にすむ競争相手に出会ったときの反応を調べました。
ライバルを見分けて攻撃的に立ち向かうことは、働きアリにとって欠かせない行動です。
その結果、栄養が足りない働きアリでも、競争相手を見分けて攻撃する力は衰えていませんでした。
この行動には、相手を感じ取る力と、その情報を脳で処理する働きが欠かせません。
研究チームによると、この結果は、それらの働きがエネルギー不足の間も保たれていたことを示しています。
脳を守る仕組みは、生き物に広く受け継がれてきたのか
今回の研究で分かったのは、アリの脳が人間に似ているということだけではありません。
哺乳類では、体の大きさに応じて、脳の代謝量がどう変わるかに一定の傾向があります。
その傾向をアリに当てはめると、アリの脳の代謝量は、予測どおりの値になっていました。
このことから研究チームは、体の大きさが脳の代謝量に与える影響は、動物の間で広く共通しているのではないかと見ています。
では、なぜこれほど遠い生き物どうしで、脳を守る同じようなパターンが見られるのでしょうか?
アリと人間は、進化の上でとても遠く離れたグループに属しています。
体の大きさも、呼吸の仕組みも、体と脳の大きさの関係も、まるで違います。
研究チームは、その理由として2つの可能性を挙げています。
1つは、脳を守るためのホルモンや神経がかかわる古い仕組みが、大昔から保たれてきたという可能性です。
もう1つは、別々の道をたどった生き物が、脳を守るための似た仕組みにそれぞれ行き着いたという可能性です。
今回の研究では、どちらが正しいのかまでは決まっていません。
それでも研究チームは、厳しい状況で脳を守る性質は、人間だけの特別な適応ではないかもしれないと考えています。
むしろ、進化の中で深く保たれてきた特徴である可能性があるというのです。
研究チームによると、アリの脳も人間の脳と同じく、重さに見合わないほど多くのエネルギーを必要としています。
そのエネルギーが、働きアリが社会の中で役目を果たすための行動を支えているとのことです。
食べ物が乏しくなった働きアリの体の中では、使えるエネルギーの半分近くが、体重の5%ほどの小さな脳へと注がれていたのです。
写真で見るシワアリの仲間
参考文献
Ants prioritize brain energy during starvation, echoing pattern seen in humans (Phys.org)
https://phys.org/news/2026-10-ants-prioritize-brain-energy-starvation.html
元論文
Energy prioritization and neurometabolic scaling in a social insect brain
https://doi.org/10.1073/pnas.2605431123
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部