インドネシアのバンカ島には、大きな丸い目をした小さな霊長類「バンカスローロリス」がすんでいます。


スローロリスの仲間は、いま知られている中でただ一つ、毒をもつ霊長類のグループです。


ところがバンカスローロリスは、90年近くも科学の記録から姿を消していました。


2020年には国際自然保護連合(IUCN)が、絶滅寸前で、すでに絶滅したおそれもある種に分類しています。


この霊長類は、本当にいなくなってしまったのでしょうか?


その答えは、研究者がある「意外な場所」の記録をひもといたことで見えてきました。


この話題の詳細は2026年10月26日に『ZME Science』にて公開されました。


毒をもつ霊長類は、なぜ見失われたのか


同じ仲間の別の種、フィリピンスローロリスです(インドネシア・東カリマンタン)。バンカスローロリスではありません。バンカスローロリスは、前を向いた大きな目のまわりが黒っぽく、仮面をかぶったような模様をしています。 / Credit: Fathurrahman Sidiq / iNaturalist(CC BY 4.0)

バンカスローロリスの体の長さは、およそ26cmです。


30cmの定規に少し足りないくらいの大きさです。


毛は赤茶色で、頭は丸く、耳はとても小さい動物です。


前を向いた大きな目のまわりは黒っぽく、仮面をかぶったような模様になっています。


かわいらしい見た目ですが、その毒の使い方は動物の世界でもほかに例がありません。


身の危険を感じると、両腕を頭の上に上げ、肘の近くにある特別な腺(せん)をなめます。


身を守る姿勢をとるスローロリスの仲間です。写っているのはフィリピンスローロリスやジャワスローロリスなどの別の種で、バンカスローロリスではありません。どの個体も両腕を頭の上に上げ、腕の腺から出る液をだ液と混ぜようとしています。 / Credit: Nekaris, K. A. I.;Moore, R. S.;Rode, E.;Fry, B. G. / Wikimedia Commons(CC BY 2.0)

腺から出た液がだ液と混ざって毒になり、強い力でかみついて相手に入れるのです。


人がかまれると、激しい痛みやはれが起き、まれに命にかかわるアレルギー反応が出ることもあります。


別の種であるジャワスローロリスを野生で8年間追った研究によると、この種は仲間どうしのけんかに毒を使っていました。


なわばりやつがいの相手を守るためと見られ、天敵や寄生虫を遠ざける役目を果たしている可能性もあります。


ただし、バンカスローロリスが同じように毒を使うのかは、まだ調べられていません。


この動物は夜に動き、枝を手足でしっかりつかみながら、とてもゆっくり進みます。


枝の下にぶら下がったまま食べ物に手を伸ばし、森の中をほとんど音を立てずに移動します。


後ろ足で枝にぶら下がる、スマトラ島のスンダスローロリスです(アメリカ・ノースカロライナ州のデューク・レムールセンター)。同じ仲間の別の種で、バンカスローロリスではありません。バンカスローロリスも、枝の下にぶら下がったまま食べ物に手を伸ばします。 / Credit: David Haring / Duke Lemur Center / Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)

最初に学術的に報告されたのは1906年ですが、独立した種と認められたのは2013年です。


そして、科学の記録として最後に残っていたのは、1937年の報告でした。


新しい論文によると、その報告に出てくる個体は、さらに何年か前に捕まえられていた可能性もあります。


最後の記録は1937年。森の奥でなければ、どこを探す?


欧州宇宙機関の衛星センチネル2が2022年に撮った画像を組み合わせて作った、雲のないバンカ島の衛星画像です。消えたはずの霊長類の手がかりは、この島の野生動物の保護施設にありました。 / Credit: Nrg800 / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)

手がかりは、森の奥ではなく、島にある野生動物の保護施設にありました。


研究に加わったティモン・グラウ氏は、ウィーンの動物園ハウス・デス・メーレスの研究者です。


グラウ氏は自然保護の活動家ヨッヘン・メンナー氏とつながり、ある地元団体を紹介されました。


それが、バンカ島の「アロビ野生動物救護センター」です。


そこには、科学の論文に無いものがありました。


「消えたはず」の霊長類と、何年にもわたって出会ってきた記録です。


地元で保護にあたる人たちにとって、この動物はよく知られた存在でした。


バンカ島のジェルトゥン村です。島で保護にあたる人たちにとって、バンカスローロリスはよく知られた存在でした。 / Credit: Cun Cun / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)

それまでにも、写真やネット上の目撃情報、未発表の大学の論文に、その姿はちらほら出ていました。


しかし保護の記録が、専門家の審査を経た科学論文として、まとめて報告されたことはなかったのです。


研究チームが調べたのは、2015〜2025年に島で保護されたスローロリスの記録です。


その数は90匹を超え、うち86匹は最終的に野に戻されていました。


ならすと、1年に8匹を超えるロリスが保護施設にやって来ていた計算です。


科学の世界が絶滅を心配していたのと同じころ、島ではロリスを保護しては野に放す作業が続いていたことになります。


見つかった時の状況がくわしく分かる43匹を見ると、最も多いのは家や庭に入り込んだ例でした。


その数は16匹で、全体の4割近くにあたります。


中でも目を引くのは、2024年10月の出来事です。


ある人の庭で、1匹のスローロリスがグァバを食べているところを見つかったのです。


果物のグァバです(カポン・ド・レオンで撮影)。2024年10月には、バンカ島のある人の庭で、スローロリスがグァバを食べているところを見つかりました。 / Credit: Daniel Dias / iNaturalist(CC BY-SA 4.0)

絶滅したおそれがあるとされた霊長類が、人の庭で果物を口にしていたことになります。


7匹には、感電と見られるやけどがありました。


その多くは、電線がかかわっていたと見られています。


道路で見つかったのは6匹、飼われていたり売り買いされていたりしたのは5匹でした。


中部ジャワのアンバラワの動物市場で、かごに入れられたジャワスローロリスです。同じ仲間の別の種で、バンカスローロリスではありません。バンカ島で保護されたロリスの中にも、飼われていたり売り買いされていたりした個体が5匹いました。 / Credit: www.profauna.org / Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)

農園で見つかった例も、3匹ありました。


ほかにも、学校に現れた1匹がいます。


バナナ農園から帰るトラックの荷台で、けがをして見つかった1匹もいました。


保護された個体のうち、少なくとも3匹は死んでいます。


グラウ氏はロイター通信に、これほど特徴のある霊長類が1世紀近く注目されなかったことに驚いたと語りました。


今回の発見が、絶滅が心配されるほかの種を探すきっかけになることも期待しています。


バンカスローロリスは消えていたのではなく、人の暮らしのすぐそばで見つかり続けていたのです。


動物園「Haus des Meeres」が、今回の研究とバンカスローロリスを紹介した動画です(英語)。



動画: Haus des Meeres Aqua Terra Zoo(YouTube)


人のそばに出てくるのは、よい知らせとは限らない


同じ仲間の別の種、フィリピンスローロリスです(マレーシア・サラワク州)。バンカスローロリスではありません。バンカスローロリスが野生でどう暮らしているのかは、まだほとんど分かっていません。 / Credit: Carey_Knox_Southern_Scales / iNaturalist(CC0)

ただし、保護の記録だけでは分からないこともあります。


島のあちこちで見つかったからといって、あと何匹残っているかは分かりません。


野生でどう暮らしているのかも、ほとんど分かっていません。


スローロリスの仲間は、下の前歯が前向きに並び、くしのような形になっています。


この歯で毛づくろいをするほか、木の皮をこそげて、木からしみ出す樹液を取り出します。


歯のくしをきれいに保つための、2枚目の舌まで備えています。


ほかのスローロリスの種は、昆虫や花のみつ、樹液、さまざまな植物を食べています。


同じ仲間の別の種、ジャワスローロリスです。バンカスローロリスではありません。ほかのスローロリスの種は、昆虫や花のみつ、樹液などを食べています。 / Credit: Dr. K.A.I. Nekaris / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)

しかしバンカスローロリスが野生で何を食べているのかは、ほとんど謎のままです。


庭のグァバは小さな手がかりですが、本来の食べ物を決めるには足りません。


数や行動、繁殖といった基本的なことにも、まだほとんど答えが出ていません。


何世代も人のそばで暮らしてきた霊長類と、科学はようやく知り合い始めたところです。


そして、人とよく出会うことは、必ずしもよい知らせではありません。


バンカ島には100万人を超える人が暮らし、森は大きく切り開かれてきました。


錫(すず)の採掘や農業、広がり続けるアブラヤシの農園のためです。


インドネシアの森林破壊を調べた別の研究は、2000年から2012年までの変化を見積もりました。


その間に、バンカスローロリスがすむ森の62%が失われたといいます。


バンカ・ブリトゥン諸島で、木におおわれた土地がどの年に失われたかを、2001〜2024年について示した地図です(グローバル・フォレスト・チェンジのデータ)。今回の研究で作られた図ではありません。インドネシアの森林破壊を調べた別の研究は、2000年から2012年までに、バンカスローロリスがすむ森の62%が失われたと見積もっています。 / Credit: Yourecoveredinbees / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

森が10あったとすれば、そのうち6つ以上が消えた計算です。


新しい論文が描くのは、採掘の穴と農園、そして切り離された小さな森が点々と残る景色です。


2023年には、研究者が、ロリスがすんでいそうな森を訪れました。


そこで出くわしたのは、わざと付けられた山火事と、小規模な錫の採掘でした。


その森では、ロリスは見つかりませんでした。


人の暮らしのすぐそばで見つかる一方で、すみかの森は減り続けているのです。


90年近く科学が見失っていた毒をもつ霊長類は、グァバを食べていた庭先や電線の上など、人の暮らしのすぐそばでも見つかっていたのです。


写真で見る、同じ仲間のほかの種





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参考文献

Scientists Thought This Venomous Primate Might Be Extinct. It Was Turning Up in People’s Gardens (ZME Science)
https://www.zmescience.com/ecology/animals-ecology/bangka-slow-loris-rediscovered-indonesia/

ライター

山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 絶滅が心配された毒の霊長類、人の庭でグァバを食べる姿を発見 」