夜の電車で窓の外を眺めていると、ガラスに映る自分の顔と外の景色が、ふと重なって見えることがあります。


私たちは、目の前の世界をいつも1つの景色として見ているつもりです。


では、目には入っているのに意識に上らないものは、脳の中でどう扱われているのでしょうか。


左右の目に別々の絵を見せると、片方だけが見えて、もう片方は意識から消えることが知られています。


その消えた側の絵は、脳の中でも本当に消えているのでしょうか。


研究チームは、アカゲザル2匹の脳の神経細胞の活動を細かく記録し、この問いに迫りました。


研究の詳細は、2026年10月16日付で『bioRxiv』に公開されました。


両眼視野闘争を説明するために描かれた図の1枚です。ふだん左右の目はほとんど同じものを見ていますが、別々の絵を見せると、片方が意識から消えます。 / Credit: Rajiv Madipakkam A, Ludwig K, Rothkirch M and Hesselmann G / Wikimedia Commons(CC BY 3.0)

意識の正体を探す研究が抱えていた謎


皿にのせた人の脳の模型の写真です(今回の研究のものではありません)。 / Credit: Photo by Amel Uzunovic on Pexels(Pexels のライセンス)

何かが「見えた」とき、脳のどこで何が起きているのかは、今もはっきり分かっていません。


見えていることに対応する脳の活動は「意識の神経相関」と呼ばれ、多くの研究者が探してきました。


その手がかりになるのが、目に入る映像は同じまま、見えるか見えないかだけを分ける実験です。


今回使われたのは、まず1枚の顔だけを見せ、続けて左右の目に別の顔が映る状態にする方法(両眼フラッシュ抑制)です。


2枚の顔はずっと目に映っているのに、意識に上るのはそのうち片方だけになります。


研究チームが14人の人で試すと、ほとんどの人が、あとから出した顔が見えたと答え、先に見せていた顔は意識から消えていました。


論文の図1の一部です。左から、色の違うめがねで画面の顔を見るサル、電極を差し込む装置、記録した場所(ML・AMは下側頭皮質の顔の領域、PO・PVLは前頭前野)を描いています。 / Credit: Hesse et al., bioRxiv (Cold Spring Harbor Laboratory) (2026)(CC BY 4.0、図1の一部を切り出し)

ところが、これまでの研究では、すっきりしない結果が続いていました。


形を見分ける脳の高い段階でも、見えているかどうかで、活動はわずかしか変わらなかったのです。


見えている像だけに反応する「純粋な信号」は、脳のどこからも見つかっていませんでした。


そこで研究チームは、多くの神経細胞の活動を同時に記録できる電極(ニューロピクセルス)を使いました。


記録したのは、側頭葉(大脳の側面にある部分)の下側にある下側頭皮質(かそくとうひしつ)と、前頭前野です。


人の脳の左半分で、前頭前野(赤)がおでこの奥にあることを示した図です。研究チームは、サルの脳でも前頭前野で記録しました。 / Credit: Polygon data were generated by Database Center for Life Science(DBCLS)[2]. / Wikimedia Commons(CC BY-SA 2.1 jp)

どちらでも、顔を見たときに強く働く小さな領域(フェイスパッチ)を複数ねらいました。


まず下側頭皮質を調べると、ここでも同じ謎が現れました。


2つの顔を1枚ずつ見せたときには、2つの顔にはっきり違う反応を示す細胞がありました。


ところが同じ2枚を左右の目に分けて映すと、そうした細胞のほぼすべてで、反応の差がずっと小さくなったのです。


片方の顔ははっきり見え、もう片方は見えていないのに、細胞の反応は2つをあまり区別していませんでした。


意識から消えた顔は、脳のどこにあったのか


細胞の活動を短く区切り、1コマずつ、どちらの顔の見本(1枚だけ見せたときの平均の反応)に近いかを決めるやり方の図です。上と下のどちらに振り分けられたかで、そのコマの状態が決まります。 / Credit: ナゾロジー編集部(編集部が作成した図、論文の図2(Hesse et al., bioRxiv (Cold Spring Harbor Laboratory) (2026)、CC BY 4.0)をもとに作成)

この謎を解くため、研究チームは活動を細かく「時間で区切って」見ることにしました。


記録を10ミリ秒ごと、つまり1秒を100コマに刻み、1コマずつ調べたのです。


見本にしたのは、それぞれの顔を1枚だけ見せたときの、細胞たちの平均的な反応です。


そして各コマの活動が、見えている顔と見えていない顔の、どちらの見本に近いかを判定しました。


見えている顔に近いコマを「状態1」、見えていない顔に近いコマを「状態2」と呼びます。


1枚だけ見せている間は、ほとんどのコマが、その見せている顔の側に振り分けられました。


ところが左右で別の顔が映った後は、活動が2つの状態を素早く行き来するようになったのです。


状態1と状態2に振り分けられたコマは、ほぼ同じくらいの量でした。


その切り替わりは、1秒に約15回という速さでした。


脳の中の活動が入れ替わる速さと、見え方そのものが入れ替わる速さを並べた図です。棒の長さは本当の比の通りで、見え方の速さは左右の像が競り合う場合の目安です。 / Credit: ナゾロジー編集部(編集部が作成した図)

見え方そのものが入れ替わる速さは、左右の像が競り合う場合で1秒に約0.5回、つまり2秒に1回ほどとされます。


脳の中の切り替わりは、それより30倍ほど速いことになります。


映像も見えている顔も変わらないのに、脳の中だけが細かく入れ替わっていたわけです。


では、それぞれの状態のとき、脳の中には何が表れていたのでしょうか。


研究チームは、細胞の活動から顔の特徴を推し量り、顔の画像を組み立て直しました(再構成)。


そのために、細胞1つ1つが顔のどんな特徴に反応するかを細かく調べようと、サルに1500枚もの顔を見せていました。


状態1の活動から組み立てた顔は、見えている顔によく似ていました。


精度を数字で見ると、顔の特徴によっては80%以上(説明できた割合)に達しました。これは、顔を1枚だけ見せたときの上限(90%以上)に迫る値です。


そして状態2の活動から組み立てた顔は、見えていない顔によく似ていたのです。


細胞の活動から顔の特徴を推し量って組み立て直した結果をまとめた図です。コマを分けると2つの顔がそれぞれはっきり出ますが、まとめて平均すると混ざり、違いが小さく見えてしまいます。 / Credit: ナゾロジー編集部(編集部が作成した図、論文の図2(Hesse et al., bioRxiv (Cold Spring Harbor Laboratory) (2026)、CC BY 4.0)をもとに作成)

意識に上っていない顔が、別の瞬間には、脳の中にはっきり表れていたことになります。


状態2では、見えている顔の情報は、偶然と変わらない程度まで消えていました。


一方、時間で区切らずに全体を平均すると、組み立てた顔はどちらでもなく、2つを混ぜたような顔になりました。


この違いは、1回ずつの試行でも確かめられました。


別の実験では10種類の顔を使い、細胞の反応からどの顔かを当てる読み取りを試しました。


当てずっぽうなら、当たる確率は10%です。


全体を平均して読み取ると、見えている顔は40%、見えていない顔は34%当たり、ほぼ同じくらいでした。


ところが状態1のコマだけで読むと、見えている顔は61%以上当たり、見えていない顔は4%しか当たりませんでした。


状態2では、この関係が逆になりました。


脳は、見えている顔と見えていない顔を、時間で交互に表していたように見えたのです。


「解析のくせ」ではないかを確かめると


脳が表す顔の入れ替わりが、解析のしかたが生んだ見せかけでないかを確かめた図です。判定(今どちらの顔の時間かを決めること)に使わなかった細胞でも入れ替わりが見えたので、たまたまの揺らぎでは説明できません。 / Credit: ナゾロジー編集部(編集部が作成した図、論文の図3(Hesse et al., bioRxiv (Cold Spring Harbor Laboratory) (2026)、CC BY 4.0)をもとに作成)

ただし、ここには研究チーム自身が指摘した落とし穴がありました。


状態を決めるのにも、その状態で顔を組み立てるのにも、同じ細胞の同じ活動を使っていたのです。


これでは、細胞ごとのたまたまの揺らぎが、判定と結果の両方に入りこみます。


その結果、2つの状態の違いが、実際より大きく見えてしまうおそれがありました。


そこで研究チームは、記録した細胞を無作為に半分ずつに分けました。


片方の半分で「今は状態1か2か」を決め、もう半分で顔を組み立てたのです。


切り替わりが本物なら、判定に使わなかった細胞たちも、同じ瞬間に表す顔を変えるはずです。


結果はその通りで、残り半分の細胞も、状態1では見えている顔を、状態2では見えていない顔を描き出しました。


精度は全部の細胞で組み立てたときよりやや下がりましたが、2つの顔ははっきり分かれたままでした。


この結果は、サル1匹ずつで見ても、記録した回ごとに見ても成り立ちました。


ネパールのゴカルナで撮られた、アカゲザルのオスです。今回の結果は、サルを1匹ずつ分けて見ても成り立っていました。 / Credit: Charles J. Sharp / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)

細胞の集団は、見えている顔と見えていない顔の間を、実際にそろって行き来していたのです。


しかも、担当の違う細胞が交代していたわけではありませんでした。


同じ細胞が、状態に応じて、表す顔を切り替えていたのです。


とはいえ、2つの状態は対等ではありませんでした。


見えている顔を表す状態1では、細胞が顔の特徴に反応する度合いが強まっていたのです。


また、活動を見れば、今がどちらの状態かを見分けることもできました。


前頭前野でも、おおむね同じような交互の切り替わりが見られました。


一方、同時に記録した顔の領域どうしでは、切り替わるタイミングはあまりそろっていませんでした。


この発見は、これまでの謎にも説明をつけます。


活動の差が小さく見えたのは、交互に現れる2つの表れ方を、まとめて平均していたためだと説明できるのです。


細胞の反応から、10種類のうちどの顔かを当てられた割合の図です。平均するとほぼ同じでも、状態1のコマだけで読むと差が大きく開きます(状態2では逆になりました)。 / Credit: ナゾロジー編集部(編集部が作成した図、論文の図2(Hesse et al., bioRxiv (Cold Spring Harbor Laboratory) (2026)、CC BY 4.0)をもとに作成)

研究チームは、意識をとらえるには、脳の「どこ」だけでなく「いつ」という時間の軸が欠かせないと考えています。


また、見えていない顔の情報が脳の高い段階にもはっきり残っていたことは、意識に上らないものが行動や注意、気持ちに影響する理由を説明する手がかりになるかもしれない、とも述べています。


ただし、これはサルの脳で、顔の画像を使って調べた結果です。


人の脳でも同じ切り替わりが起きているかは、この研究では確かめられていません。


どの瞬間の表れが意識に上り、どの瞬間のものが上らないのかを決める仕組みも、これからの課題です。


研究チームは推測として、見えていない側の時間帯は、脳が目に入った映像の別の解釈をこっそり試している時間なのかもしれない、と述べています。


また、この論文は bioRxiv で公開されたものです。


見えている顔はずっと同じなのに、脳の中では1秒に約15回、もう片方の顔と入れ替わっていたのです。


ここからは、両眼視野闘争をもっと知りたい人へ


両眼視野闘争とは、左右の目に違う絵が映ったとき、見える絵が入れ替わる現象です


左目には子犬、右目にはアイスクリームが映るようすを描いた、両眼視野闘争の説明の図です。左右の目に違う像が入ると、見えるものが2つの間で交互に入れ替わります。 / Credit: Rajiv Madipakkam A, Ludwig K, Rothkirch M and Hesselmann G / Wikimedia Commons(CC BY 3.0)

両眼視野闘争は、左右の目にそれぞれ違う像が入ったときに、見えるものが2つの像の間で交互に移り変わる現象です。


ふだん左右の目に映る像はよく似ているので、脳はふつう、その2つを1つにまとめて見せています。


ところが、2つの像が大きく違うと、脳はそれらを1つの見え方にまとめられなくなります。


このとき、どちらの像が見えるかには、注意の向け方も関わっているようです。


ある研究では、透明な面に描いて重ねた2つの像のうち片方に注意を向けてもらってから、視野闘争が起こる見せ方に切り替えました。


すると参加した人たちはたいてい、注意を向けていた方の像が見えていると答えました。


一方、意識に対応する脳の活動が、脳の前のほうにあるのか後ろのほうにあるのかについては、今も研究者の間で議論が続いています。


対立する説の予測を確かめる大規模な共同研究も行われましたが、ここだと決められる場所はまだ見つかっていません。




Q. 両眼視野闘争は、片方に注意を向けるのと何が違うの?
A. 両眼視野闘争では、左右の目に入った2つの像の間を、意識が交互に移ります。これに対して、片方に注意を向けるだけなら、もう片方は見分けにくくなりますが、意識から消えることはありません。


Q. 両眼視野闘争は、研究でどう使われているの?
A. 目に入る刺激が変わらなくても見え方が変わるため、知覚や気づきを調べる道具として広く使われています。1990年には、クリックとコッホが、意識に対応する脳の活動を調べるのに役立つ道具として推しています。



写真で見るアカゲザル







この研究の概要


発表

論文は bioRxiv で、2026年10月に公開されました。



調べた対象

アカゲザル2匹の脳で、下側頭皮質の2か所と前頭前野の2か所の領域を調べました。



調べ方

1500枚の顔を見せて、1つ1つの細胞が顔のどんな特徴に反応するかを細かく調べました。



調べ方

後から映した顔のほうが見えることは、先に14人の参加者にボタンで答えてもらって確かめています。



分かったこと

見えていない顔は、弱い名残として残っていたのではなく、見えている顔と同じやり方でくわしく表されていました。



分かったこと

2つの状態を行き来するという見方は、記録した19回のすべてで、状態が1つだけという見方より活動をうまく説明しました。



まだ分かっていないこと

ある瞬間の表れは意識に上り、別の瞬間の表れは上らないのはなぜか、また切り替えを動かしている仕組みは何かは、これからの課題です。



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参考文献

Rapid alternation of conscious and suppressed stimulus representations in the primate brain (bioRxiv (Cold Spring Harbor Laboratory))
https://doi.org/10.64898/2026.10.15.759299

ニューヨーク市立大学の教科書「Sensation and Perception」
https://pressbooks.cuny.edu/sensationandperception/chapter/binocular-rivalry/

Nature ダイジェスト「対象に依存した注視が両眼視野闘争の際の優占度を決める」
https://www.natureasia.com/ja-jp/nature/429/6990/nature02584/%E5%AF%BE%E8%B1%A1%E3%81%AB%E4%BE%9D%E5%AD%98%E3%81%97%E3%81%9F%E6%B3%A8%E8%A6%96%E3%81%8C%E4%B8%A1%E7%9C%BC%E8%A6%96%E9%87%8E%E9%97%98%E4%BA%89%E3%81%AE%E9%9A%9B%E3%81%AE%E5%84%AA%E5%8D%A0%E5%BA%A6%E3%82%92%E6%B1%BA%E3%82%81%E3%82%8B

元論文

Rapid alternation of conscious and suppressed stimulus representations in the primate brain
https://doi.org/10.64898/2026.10.15.759299

ライター

山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 脳は1秒に15回、2つの現実を切り替えている可能性 」