休日の昼下がり、ソファで眠る飼い犬の脚がぴくぴく動くのを、つい眺めてしまいます。


眠りは、動物の世界に広く見られるとても基本的な状態です。


ところが、眠りについての知識の多くは、背骨のある動物の研究にかたよっています。


背骨のない動物では、ごく一部の仲間を除いて、眠りの研究はほとんどありません。


2022年には、ハエトリグモが背骨のある動物のレム睡眠(眠っている間に目がすばやく動く段階)に似た動きを見せる、という研究が報告されました。


ただ、その動きが本当に「眠り」の中で起きていることを示す実験の証拠は、クモではまだありませんでした。


クモは数億年前までさかのぼる古い系統の動物なので、もし眠るなら、眠りがどれほど昔からあるのかにも関わってきます。


クモは本当に眠っているのでしょうか。


研究の詳細は、独ボン大学らにより、2026年10月26日付で学術誌『Proceedings of the National Academy of Sciences』に掲載されました。


眠りを「行動」で見分ける5つの物差し


ポーシャ・フィンブリアタです(オーストラリアのケアンズの植物園、2014年11月)。2022年の研究とは別の種で、今回の実験にはこのクモが使われました。 / Credit: Donald Hobern from Copenhagen, Denmark / Wikimedia Commons(CC BY 2.0)

この問いに取り組んだのは、ボン大学のナジャ・ガイガー氏とダニエラ・レスラー博士らの研究チームです。


チームが調べたのは、2022年の研究とは別の種のハエトリグモ、ポーシャ・フィンブリアタ(Portia fimbriata)です。


チームは、眠りを行動から見分けるために確立されている物差しを、1つずつ当てはめていきました。


1つ目は、眠る時に決まった姿勢をとるかどうかです。


2つ目は、じっと動かない時間があるかどうかです。


3つ目は、刺激への反応が起きている時より鈍くなるかどうかです。


4つ目は、眠りが一日のリズムに沿って、決まった時間帯にまとまっているかどうかです。


5つ目は、眠りを削られた後に、その分を取り戻そうとするかどうか(睡眠のリバウンド)です。


観察には赤外線のビデオカメラを使い、10匹のクモを透明なケースに1匹ずつ入れて撮影しました。


ハエトリグモの仲間の目を、すぐ近くから写した写真です。同じ仲間の別の種で、ポーシャそのものではありません。ポーシャは昼間、止まっているように見える時でも、周りを見回して辺りを見張り続けていました。 / Credit: Lukas Jonaitis from Vilnius, Lithuania / Wikimedia Commons(CC BY 2.0)

撮影は、12時間の夜とその前後1時間ずつを合わせた14時間、途切れずに続けられました。


まず目を引いたのは、昼間のポーシャがほとんど休んでいないことでした。


止まっているように見える時でも、体の向きを変えたり周りを見回したりして、ずっと辺りを見張っていたのです。


夜のクモは、どんなふうに眠りについたのか?


ポーシャ・フィンブリアタです(オーストラリア、クイーンズランド州のキュランダ、2024年11月)。このクモは昼間ほとんど休まずに過ごし、日が暮れると様子が変わっていきます。 / Credit: Matt B / iNaturalist(CC BY 4.0)

こうした昼の様子は、日が暮れると少しずつ変わっていきました。


夜が近づくと、クモたちは寝床を探し始め、多くは糸でできた隠れ家に向かいました。


そして落ち着く前に、長い時間をかけて体の手入れをします。


研究者たちによると、8本の脚すべてを丁寧に掃除してから眠ることが多いそうです。


2人はこれを、私たちが寝る前に歯をみがくのとそう変わらない「就寝前の習慣」のようだと表現しています。


寝床は糸でできた小さな水平の台で、研究者たちは「小さなハンモック」と呼んでいます。


クモはこの台に逆さまにとまり、決まった寝姿勢をとって、少しずつほとんど動かなくなっていきます。


やがておなか(腹部)がゆっくり垂れ下がり、体の前にある短い脚のような器官(触肢:しょくし)は内側にたたまれます。


起きている時は触肢を左右に開いているので、眠る時とははっきり違う形です。


論文の図の一部で、ポーシャの3つの姿勢を並べてくらべています。左は眠り始めの姿で、糸の台の下に逆さにとまり、触肢を内側に引き寄せています。真ん中は眠っている時の姿で、体と触肢がはっきり垂れ下がり、台の下に低くぶら下がっています。右は目を覚ます時の姿で、触肢を広げ、体に力が入って台に近づいています。 / Credit: Geiger et al., Proceedings of the National Academy of Sciences (2026)(CC BY 4.0、図2の一部を切り出し)

この眠りの時間帯は、暗い時間帯とよく重なっていました。


12時間ごとに明暗が切り替わる条件で、クモは暗くなって平均14分ほどで眠りにつきました。


そして明かりがつくと、ほぼその瞬間に目を覚ましています。


12時間の夜のうち、眠りの時間帯は平均で約10.7時間に及びました。


途中で目を覚ますのは1時間に1回ほどで、姿勢を直したり手入れをしたりする短い間だけでした。


また、明暗の手がかりがなくても、体内時計による一日のリズムが続くことも確かめられました。


そして、この静かな眠りの合間に、クモは別の顔を見せました。


目の奥の網膜をすばやく動かし、脚やおなか、糸いぼ(糸を出す突起)など、体のあちこちをぴくぴくと震わせるのです。


ハエトリグモの仲間のメスの目を近くから写した写真です(アメリカ・フロリダ州)。同じ仲間の別の種で、ポーシャそのものではありません。眠りの合間のポーシャは、こうした目の奥にある網膜をすばやく動かしていました。 / Credit: Thomas Shahan from USA / Wikimedia Commons(CC BY 2.0)

眠っているポーシャが、目の奥の網膜を動かしたり脚をぴくぴくさせたりする様子の動画です。



動画: Geiger et al., PNAS (2026) の映像(YouTube「ScienceAlert External Sources」)


2022年に別のハエトリグモで報告された、レム睡眠に似た状態(レム様睡眠)と同じ動きです。


10匹を合わせると、このレム様睡眠は109回記録されました。


1匹が一晩に見せる回数は平均約11回で、1回あたり約83秒(1分20秒あまり)続きました。


最初に現れるのは平均で眠り始めの約4時間後でしたが、その時刻はクモによって大きく違いました。


さらに、レム様睡眠の約39%では、脚がくるりと丸まりました。


この割合は、2022年の研究で別のハエトリグモに見られた約40%とほぼ同じです。


クモは、脚を伸ばす時に体液の圧力を使う、という独特の仕組みを持っています。


研究チームは、筋肉の張りと体液の圧が一時的に下がって力が抜け、脚が丸まった可能性が高いと見ています。


クモの脚がレム様睡眠中に丸まるしくみについて、研究チームの考えを表した模式図です(形は模式的)。脚を内側から押し伸ばしていた体液の圧が下がると、伸ばしておけずに丸まる、という見方です。 / Credit: ナゾロジー編集部(編集部が作成した図)

背骨のある動物で、レム睡眠中に筋肉の力が抜ける現象を思わせます。


朝になると、クモはもう一度体の手入れをしてから、その日の活動を始めました。


ポーシャの夜は、静かな眠りとぴくぴく動くレム様睡眠という、2つの段階を行き来していたのです。


呼んでも起きにくい眠り、寝不足は取り戻す


ポーシャ・フィンブリアタです(インドのカルナータカ州、2018年2月)。このクモがじっとしている時に本当に眠っているのかを、チームは音への反応で確かめました。 / Credit: Prashantha Krishna M C / iNaturalist(CC BY 4.0)

とはいえ、じっとしているだけなら、ただ休んでいるだけかもしれません。


そこでチームは、決まった音を聞かせ、クモが反応するまでの時間を測りました。


起きている時のクモは、平均約1.7秒で音に反応しました。


15分以上じっと動かずにいる時は約2.7秒で、起きている時より反応が遅くなりました。


反応したクモに限ると、レム様睡眠の時は平均約4.3秒と、起きている時の2.5倍ほどの時間がかかっています。


クモの状態ごとに、音を聞かせてから動き出すまでの時間を、反応したクモの平均でくらべた図です。棒の長さは秒数の比のとおりで、レム様睡眠の時は起きている時の2.5倍ほどかかりました。 / Credit: ナゾロジー編集部(編集部が作成した図、論文の図3(Geiger et al., Proceedings of the National Academy of Sciences (2026)、CC BY 4.0)をもとに作成)

ただし、じっと動かずにいる時とレム様睡眠の時の差は、統計的にはっきりしたとまでは言えませんでした。


じっとしている時の反応の速さはクモによってばらばらで、起きている時並みに速いクモも、レム様睡眠の時並みに遅いクモもいたのです。


研究チームは、じっとしている間には浅い休みと深い眠りが混ざっていて、眠りは「オンかオフか」の切り替えではなく、少しずつ移り変わる状態なのかもしれないと見ています。


ただし、調べた数が少ないので、これはまだ仮の見方だとしています。


さらに、起きている時とじっと動かずにいる時は、10匹すべてが10秒以内に反応しました。


ところがレム様睡眠の時には、10匹中4匹がまったく反応しなかったのです。


ポーシャ・フィンブリアタです(オーストラリアのケアンズ)。音を聞かせる実験では、このクモの反応はレム様睡眠の時にとくに鈍くなりました。 / Credit: Donald Hobern from Copenhagen, Denmark / Wikimedia Commons(CC BY 2.0)

その4匹も、起きている時に試し直すと、すぐに反応しました。


つまり、音を感じとる力や動く力が落ちていたのではなく、眠っていたために反応が抑えられていたのです。


チームはさらに、13匹のクモを、ショウジョウバエを使って一晩じゅう絶えずじゃまし、眠りを削りました。


すると次の夜、レム様睡眠の回数はおよそ65%増えました。


一晩じゅう眠りをじゃまされたクモが、次の夜にレム様睡眠を何回見せたかを、ふだんの夜とくらべた図です。棒の長さは回数の比のとおりで、寝不足の分を取り戻そうとしていると分かります。 / Credit: ナゾロジー編集部(編集部が作成した図、論文の図4(Geiger et al., Proceedings of the National Academy of Sciences (2026)、CC BY 4.0)をもとに作成)

1回ごとの長さは変わらなかったため、レム様睡眠の合計時間も約80%増えています。


それでも、眠りの時間帯に占めるレム様睡眠の割合は、ふだんの夜で約1.2%、寝不足の次の夜でも約2%ほどにすぎません。


眠りの時間帯のうち、レム様睡眠が占める割合を帯の長さで表した図です。寝不足の後に増えても、左はしの濃い部分はほんの少しだけです。 / Credit: ナゾロジー編集部(編集部が作成した図)

眠りの時間帯全体も、約1時間長くなりました。


一方、じゃまをしなかったクモでは、3晩続けて観察しても眠りの時間は長くなりませんでした。


寝不足になったクモは、次の夜にその分を取り戻していたのです。


こうしてポーシャは、眠りを見分ける5つの物差しをすべて満たしました。


研究チームは、クモは眠り、しかもその眠りには構造があり調節もされている、と言えるとしています。


これは、陸にすむ背骨のない動物の一種に、レム睡眠に似た眠りの段階があることを示す証拠です。


では、クモは夢を見ているのでしょうか。


2人は、夢はヒトの主観的な体験にもとづく考え方なので、はっきり答えるのはとても難しいと話しています。


そのかわりに問いたいのは、レム様睡眠の間に、起きている時の行動とつながるパターンが、外からの刺激なしに体の内側から生まれているかどうかだといいます。


ポーシャ・フィンブリアタです(クイーンズランド州ケアンズの植物園、2014年11月)。このクモが回り道の計画を立てたり物を見分けたりできることが、眠りの役目を考える手がかりになっています。 / Credit: Donald Hobern from Copenhagen, Denmark / Wikimedia Commons(CC BY 2.0)

それが記憶の整理などと関係があるのかは、まだ分かっていません。


ポーシャは、回り道の計画を立てたり、物を見分けたり、状況に合わせてやり方を変えたりできるクモです。


研究チームは、こうした力が脳の情報処理や記憶に大きな負担をかけていると考えられることから、眠りの間にくり返し現れるレム様の活動は、経験をまとめ直すのを助ける脳の状態なのかもしれない、と見ています。


チームは今後、クモの仲間全体で眠りがどう進化してきたかや、実験室と野生で眠りが違うかを調べたいとしています。


それは、気候変動や夜の人工の明かりがクモにどう影響するかを知る手がかりにもなりそうです。


8本の脚をみがき、糸のハンモックに逆さに収まって、ときどき脚を丸める——ハエトリグモの夜は、私たちの夜に少し似ていました。


寝不足の次の夜に長めに眠る時は、「クモだってそうしている」と胸を張っていいのかもしれません。


ここからは、レム睡眠をもっと知りたい人へ


レム睡眠とは、眠っているのに脳はよく働いている眠りの段階です


レム睡眠は眠りの段階の1つで、浅い眠りなのに脳がよく働いている状態です。


この間、腕や脚の筋肉は一時的にまひしています。そのため、夢の中の動きを実際に体でしてしまわずにすみます。


脳は起きかけているのに体が動かないと感じる「金縛り」も、レム睡眠の時に起こるものです。


一方で、体を活発にする交感神経の働きはむしろ高まっています。目覚めた時に夢の中身でドキドキするのは、そのためです。


この眠りが来る時刻を見ると、ヒトでは眠りについて約90分後に最初のレム睡眠が現れます。その後、朝方に近づくほど1回ごとの長さがのびていきます。


名前の「レム(REM)」は、この眠りの特徴である「急速眼球運動」を表す英語の頭文字です。また、「逆説睡眠」という別の呼び名もあります。


これまでの研究では、特に哺乳類で、レム睡眠が学習や脳の神経のつくり直しと結びつけて考えられてきました。記憶を定着させるには、ノンレム睡眠とレム睡眠の両方が必要な可能性が高いとされています。




Q. ノンレム睡眠とは、どんな眠りですか?
A. ノンレム睡眠はふつうの眠りで、目の動きがほとんど見られません。深さによってN1・N2・N3の3段階に分けられ、一般にN1とN2は浅い眠り、N3は深い眠りとされています。


Q. レム睡眠とノンレム睡眠は、どんな周期で入れ替わりますか?
A. レム睡眠は、ノンレム睡眠の合間に約90分の周期で繰り返し現れます。この2つの眠りでできたひと回りは、一晩の睡眠で3〜5回繰り返されます。


Q. 夢はレム睡眠の時だけ見るのですか?
A. 夢は眠りのどの段階でも見ることがありますが、ありありとした夢になるのはふつうレム睡眠の時です。ほとんどの夢はレム睡眠の時に体験されるため、レム睡眠は「夢見睡眠」と呼ばれることもあります。夢を見ている時の脳では、記憶の回路が育ち、活発に働いています。


Q. レム睡眠中の脳波は、どうなっていますか?
A. レム睡眠中の脳波は、起きている時に近い状態になっています。


Q. 年をとると、レム睡眠は少なくなりますか?
A. はい。年をとるにつれて、眠りのうちレム睡眠に費やす時間は少なくなっていきます。



写真で見るハエトリグモ





この研究の概要


発表

論文は、科学誌『Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)』に2026年10月に掲載されました。



研究チーム

ドイツのボン大学ボン生物学研究所(Bonn Institute for Organismic Biology)に所属する、ナジャ・ガイガー氏とダニエラ・レスラー博士らのチームです。



調べた対象

ハエトリグモの仲間のポーシャ・フィンブリアタです。実験に使った92匹は、どれもオーストラリアのクイーンズランドの飼育・繁殖の取り組みで育てられたクモから生まれたものでした。



調べ方

動きの記録、眠りの中身の細かい観察、音への反応の測定、眠りのじゃまという4つの方法を組み合わせました。



調べ方

体内時計を調べる実験では、明るさの条件を変えながら、40匹の動きを1匹ずつ60時間追い続けました。



分かったこと

クモが見せる夜の状態は、行動のうえで「眠り」だと言えます。陸にすむ背骨のない動物の一種で、レム睡眠に似た眠りの段階があることを示す証拠にもなりました。



まだ分かっていないこと

今回の研究では神経の働きを直接測っていないため、眠りの時間帯の一部が、見た目は変わらないまま静かに起きているだけだった可能性は残っています。



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参考文献

Scientists Confirm "Spiders Do Sleep" For The First Time, And It Includes An Adorable REM-Like Stage Where They Twitch And Curl Their Legs (IFLScience)
https://www.iflscience.com/scientists-confirm-spiders-do-sleep-for-the-first-time-and-it-includes-an-adorable-rem-like-stage-where-they-twitch-and-curl-their-legs-85023

コトバンク「レム睡眠」
https://kotobank.jp/word/%E3%83%AC%E3%83%A0%E7%9D%A1%E7%9C%A0

米国立神経疾患・脳卒中研究所(NINDS)「Brain Basics: Understanding Sleep」
https://www.ninds.nih.gov/health-information/public-education/brain-basics/brain-basics-understanding-sleep

健康長寿ネット(長寿科学振興財団)「睡眠のメカニズム」
https://www.tyojyu.or.jp/net/kenkou-tyoju/tyojyu-suimin/suimin-mechanism.html

元論文

Behavioral evidence for two-stage sleep in spiders
https://doi.org/10.1073/pnas.2618030123

ライター

山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 クモも眠ることを初確認、寝ている間に脚をピクピク丸めていた 」