蜂蜜とプロポリスが門番、ミツバチの巣は「小さな城」だったと判明
満員電車で誰かが咳をすると、ついマスクを鼻の上まで引き上げたくなります。
ミツバチは、数万匹もの仲間が小さな巣の中にひしめき合って暮らしています。
これほど密集していれば、本来なら病原体が居座りやすく、病気も広がりやすいはずです。
それでも巣が保たれているのは、群れ全体で病気を防ぐ「社会免疫」という仕組みがあるからだと考えられてきました。
今回、オーストラリアの研究チームは、その守りが巣の「どこに」置かれているのかに目を向けました。
巣に蓄えられた蜂蜜や蜜ろうは、ただ無造作に積まれているだけなのでしょうか?
研究の詳細は、豪シドニー大学らにより、2026年1月1日付で学術誌『ISME Communications』に掲載されました。
蜂蜜もプロポリスも、もともと菌に強い素材だった
社会免疫とは、行動や化学物質、体の免疫を組み合わせて、群れ全体で病気を防ぐ仕組みのことです。
蜂蜜や蜜ろう、そしてプロポリスに菌を抑える働きがあることは、以前から知られていました。
プロポリスとは、蜂が植物から集めるねばねばした物質で、巣のすき間や割れ目をふさぐのに使われます。
ただ、巣という1つの空間の中で、それらがどう並び、どう働き合っているのかは、まだよく見えていませんでした。
巣は、蜜ろうでできた巣板(すばん)が並んだつくりで、巣板は貯蔵庫の役目も兼ねています。
その中心では卵や幼虫が育てられ、外側の入り口付近は外の世界と接しています。
そこで豪シドニー大学のケニア・フェルナンデス(Kenya Fernandes)博士らは、巣を丸ごと調べることにしました。
訪れたのは、オーストラリア・ニューサウスウェールズ州にある5か所の養蜂場です。
チームは、セイヨウミツバチ24群の巣から蜂蜜、花粉、蜜ろう、プロポリスを集めました。
さらに働き蜂の体からも、分泌物と、脂肪体と呼ばれる組織を取り出しています。
このうち18群の材料を7種類の微生物にぶつけ、どこまで薄めても菌の増殖を止められるかを測りました。
同時に10群では、蜂の腸や貯めた花粉、巣板、入り口などに住む微生物の顔ぶれを、遺伝子を読み取って調べています。
そのうえで、巣の各部分に0から5の番号を振りました。蜂の体の中を0とし、外から持ち込まれた材料ほど数字が大きくなるようにしています。
番号の差を、実際の距離ではなく働きの上での「巣の中での距離」と見なすことで、位置と守りの強さの関係を1本の物差しで比べられるようにしたのです。
巣のどこに、どんな守りが置かれていたのか?
フェルナンデス博士が驚いたのは、これらの素材が無作為ではなく、整然と配置されていたことでした。
菌を抑える力は、蜂の体の中から巣の外側に向かって、なだらかに移り変わっていたのです。
最も強かったのは、外の世界に近い蜂蜜とプロポリスで、細菌にもカビにも幅広く効いていました。
調べた中で最もしぶとかった腸球菌の一種を抑えられたのも、蜂蜜とプロポリスだけでした。
蜂蜜の強さには過酸化水素(かさんかすいそ)が、プロポリスの強さにはフラボノイドという植物由来の成分が結びついていました。
花粉では、水になじみやすい小さな成分が効き目に関わっていました。
巣の材料の中で菌を抑える力が最も弱かったのは、蜜ろうでした。
一方、巣の中心に近づくにつれて、守りは「広く強く」から「狙いをしぼる」形へと変わっていきました。
博士は「巣板や貯めた花粉、蜂自身の体が、有害な細菌やカビをこし取りながら、役に立つ種は後押ししていました」と話します。
その様子がよく表れていたのが、蜂の体から取り出した脂肪体や分泌物です。
これらは巣で問題になる一部の細菌やカビを主に狙う一方で、巣と関係の薄い黄色ブドウ球菌などにはほとんど効きませんでした。
幼虫の世話をする働き蜂の脂肪体は、外で蜜を集める働き蜂のものより、全体に強い効き目を示しています。
では、巣が最も警戒していた相手は何だったのでしょうか。
それは、アメリカ腐蛆病(ふそびょう)を引き起こす細菌でした。
アメリカ腐蛆病はミツバチの幼虫がかかる病気で、感染力が強くて命にかかわり、巣を全滅させることもあります。
この菌と、同じく巣に関わる近縁の菌は、調べたすべての種類のサンプルで増殖が抑えられていました。
花粉の成分は、ごく薄い濃度でも、腐蛆病の菌の生き残りをおよそ半分に抑えていました。
対照的に、巣と関係の薄い菌には、蜂蜜とプロポリスを除けばほとんど効き目がありませんでした。
巣に関わる病原体では、守りの強さが巣の中の位置によってはっきり変わっていました。
ところが巣と関係の薄い菌では、位置による一貫した変化は見られなかったのです。
そしてこの守りの移り変わりは、巣に住む微生物の顔ぶれの変化とよく重なっていました。
蜂の腸の細菌から、花粉、幼虫を育てる巣板を経て入り口の細菌へと、住人が少しずつ入れ替わっていたのです。
巣にいる細菌の多くは花の蜜にも見られるもので、蜂が外から絶えず持ち込んでいると考えられます。
それでも層がくっきり保たれていたことから、研究チームは、巣が菌を積極的にふるい分けていると見ています。
つまり巣は、蜂の体から入り口まで場所ごとに違う守りを重ねた「生きた免疫システム」として働いていたのです。
カビへの守りは弱く、周りの自然にも左右される
ただし、この守りはどんな菌にも同じ強さで向けられていたわけではありません。
カビに対する守りは細菌より弱く、カビの顔ぶれも場所ごとの分かれ方がはっきりしませんでした。
調べた範囲では、巣の1か所だけにすみついているカビの仲間は1つもなかったのです。
研究チームは、巣がカビをある程度あえて受け入れている可能性を指摘しています。
巣にいるカビの多くはありふれた種類で、ふだんは無害か、花粉の中のカビのように守りや栄養の面で役に立つこともあると考えられるからです。
カビが起こすチョーク病(幼虫がカビに侵されて固まる病気)も、多くは巣を全滅させるほどではなく、長引く慢性の害にとどまります。
やみくもにカビを攻撃すれば、そうした良い関係まで壊しかねないというわけです。
守りの成分には、思わぬ裏の顔もありました。
プロポリスは濃ければ菌を素早く抑えますが、薄めると逆に菌の増殖を後押しすることがあったのです。
何も加えない場合と比べて、腸球菌の一種は約200%、黄色ブドウ球菌は約140%まで増えていました。
蜂の体から取り出した成分でも、薄い濃度では腐蛆病の菌がかえって増える場合がありました。
さらに、巣の健康状態もこの層の仕組みを揺るがしていました。
健康状態がよくない「ストレスのある巣」では、細菌の層の分かれ方が弱まっていたのです。
細菌の顔ぶれの違いのうち、巣の中の位置で説明できる割合は、健康な巣では約24%でした。
それがストレスのある巣では約14%まで下がり、4割ほど縮んでいたのです。
カビでは、ストレスのある巣で位置による変化がほとんど見られなくなっていました。
研究チームは、菌がきちんと層に分かれていること自体が、巣の健康の目印になりうると見ています。
そして、巣の守りに最も大きく影響していたのは、病気ではなく巣のある場所でした。
菌を抑える力のばらつきのうち、約3分の1は、どの養蜂場の巣かで説明できたのです。
蜂は周りで集めた資源から巣の材料を作るため、守りの強さは周りの自然を映す鏡にもなります。
共著者のエリザベス・フロスト(Elizabeth Frost)氏は、州の第一次産業・地域開発省でミツバチを担当する専門家です。
フロスト氏は「土地の開墾や集約的な農業が、蜂の自然な守りを静かにむしばんでいるかもしれません」と述べています。
ただし、場所と守りの関係は結びつきが見えた段階で、花の種類の減少が原因だと確かめられたわけではありません。
調べた微生物も7種類に限られ、研究チームも、より多くの病原体で確かめる必要があるとしています。
ミツバチの巣は、外側に蜂蜜とプロポリスの頑丈な門を構えた、小さな城のようなものでした。
奥へ進むほど見張りは腐蛆病の菌に狙いをしぼる一方、カビへの見張りはゆるく、役に立つカビを通している可能性もあるのです。
ここからは、プロポリスをもっと知りたい人へ
プロポリスとは、ミツバチが巣づくりに使う「蜂の接着剤」です
プロポリスは、ミツバチが巣を作ったり手入れしたりするときに作り出す物質で、英語では「bee glue(蜂の接着剤)」とも呼ばれます。
この接着剤には巣を病気から守る働きもあるとみられ、以前の研究では、巣の中にプロポリスの膜がある群れで、アメリカ腐蛆病の菌にさらされてから2か月後の症状が、膜の無い群れより少なく抑えられていました。
腐蛆病は、日本でも家畜伝染病予防法で家畜伝染病に指定されている病気です。
中身に目を向けると、プロポリスは1つの物質ではなく、アミノ酸や脂肪酸、ビタミン、ミネラルなど、たくさんの成分が混ざり合ったものです。
その中には、ぴりっとした刺激のある味を生む成分も含まれています。
しかも、その正確な中身は決まっておらず、巣ごと、場所ごと、季節ごとに変わります。
人もこの物質に強い関心を寄せていて、その働きや健康への効果を調べた科学論文は何千本にものぼります。
プロポリス入りの製品の売り上げも伸びていて、多くの市場では供給が需要に追いついていません。
写真で見るミツバチの巣と、その中のようす
参考文献
Honeybee Hives are Living Immune Systems, Scientists Say (Sci.News)
https://www.sci.news/biology/honeybee-hives-living-immune-systems-15142.html
By Amanda Erickson and O. Rose Broderick (STAT)
https://www.statnews.com/2026/10/20/health-news-how-voters-feel-about-trans-rights-abortion-access-2026-midterms/?utm_campaign=rss
EurekAlert! (EurekAlert!)
https://www.eurekalert.org/news-releases/1148202
農研機構 動物衛生研究部門「家畜疾病図鑑Web 腐蛆病」
https://www.naro.go.jp/laboratory/niah/disease_dictionary/houtei/152157.html
農研機構 動物衛生研究部門「家畜の監視伝染病 腐蛆病」
https://www.naro.go.jp/laboratory/niah/disease_fact/kachiku/151728.html
ミネソタ大学「Propolis envelope in Apis mellifera colonies supports honey bees against the pathogen, Paenibacillus larvae」
https://experts.umn.edu/en/publications/propolis-envelope-in-apis-mellifera-colonies-supports-honey-bees-/
メモリアル・スローン・ケタリングがんセンター「Propolis」
https://www.mskcc.org/cancer-care/integrative-medicine/herbs/propolis
Braakhuis「Evidence on the Health Benefits of Supplemental Propolis」(Nutrients、2019年)
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6893770/
元論文
Spatially organized chemical defences shape microbial communities in honey bee colonies
https://doi.org/10.1093/ismeco/ycag247
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部