金色の瞳に走る黒い線が、カエルの「指紋」だったと判明
人混みの中でも、家族の顔はすぐに見分けられるものです。
私たちの指紋や、クジラの尾びれの模様、チーターの毛皮の柄は、1匹ずつを見分ける「名札」になります。
ところが、体にはっきりした模様を持たない生き物では、この名札が使えません。
そこで研究者たちが目を付けたのが、アマゾンにすむ、あるカエルの目でした。
その金色の瞳には、細い黒い線が放射状に走っています。
この線の並びを、人の指紋のように使うことはできるのでしょうか?
研究は、スイス・ベルン大学などのチームが学術誌に発表しました。
研究の詳細は、スイス・ベルン大学らにより、2026年10月12日付で学術誌『Herpetozoa』に掲載されました。
カエルの「名札」は、指を切って付けてきた
野外で動物を調べるとき、同じ個体を何度でも見分けられることは研究の土台です。
同じカエルだと分からなければ、その行動や暮らしぶりを追いかけられないからです。
ところが、目印の付け方の多くは体を傷つけるもので、動物の行動や生き残りに響くおそれがあります。
カエルなどの両生類でよく使われてきたのが、指の一部や1本を切り取る方法(トウクリッピング)です。
この方法は、カエルの生き残りや体の働き、行動に影響しうると指摘されてきました。
研究の共著者で、スイス・ベルン大学の行動生態学者メリッサ・ペニエ氏は、このやり方に抵抗を感じていました。
「このカエルは木の上で暮らし、木に登るのに手足を頼っているのですから、なおさらです」と同氏は語ります。
対象は、アマゾン川の流域にすむ木登りガエルの一種、オステオケファルス・オオファグスです。
昼は森の高い木の上で過ごし、夜になると人の背丈より少し高い、2メートルほどの所まで降りてきます。
オスは毎晩降りてきて鳴き、メスを呼びます。
メスが降りてくるのは、4〜7日に1度です。
このカエルの背中にも模様はありますが、ごく小さかったり、個体によって無かったりします。
体の一部にしか出ないこともあり、並べて比べるのは難しいのです。
一方で目を見ると、瞳のまわりの色の付いた部分(虹彩)が金色をしています。
そこには、中心から外へ向かう細い黒い線が、何本も複雑に走っています。
体の模様が頼りにならないこのカエルでは、目こそが名札の候補だったのです。
目の写真だけで、1匹ずつ見分けられるのか?
きっかけは、ペニエ氏がこのカエルの目に見とれたことでした。
フランス領ギアナで別のカエルを調べていた博士課程のころ、「わあ、なんてきれいな目」と感じたといいます。
調べるうちに、このカエルについて分かっていることの少なさにも気づいたそうです。
調査の舞台は、フランス領ギアナのヌラーグ自然保護区にある、川の中の島です。
チームは2021年から2023年まで、3回の雨季(繁殖の季節)にわたって調査しました。
島には、別の研究のために置かれた繁殖用の人工の池がありました。
池といっても、木登りガエルが使う自然の水たまりに似せた植木鉢です。0.1リットル、0.3リットル、1リットルの3つを1組にして高さ130cmの所に取り付け、島の小道沿いに20mおきに39か所並べてありました。
木の洞(うろ)のような、島じゅうの自然の繁殖場所も合わせて見て回りました。
探したのは夜の18時40分から深夜2時までで、島にいる大人のカエルをすべて調べるのが狙いでした。
初めて出会ったカエルは手で捕まえ、両目や背中、お腹などを写真に収めました。
こうして集めた目の写真が、見分けのための「見本帳」になります。
写真は目の部分だけを切り出して、野外でも使える頑丈なタブレットに収めました。
2回目以降に出会ったときは、カエルに触れずに目だけを撮影しました。
その写真を見本帳と照らし合わせ、どのカエルかをその場で突き止めたのです。
見分けがつけば、カエルはそのままそっとしておきました。
さらに、写真の模様を分析するソフト「Wild-ID」でも別に照合し、人の目による判定を確かめました。
その結果、虹彩の模様は1匹ごとにはっきり違っていました。
多くの場合、片方の目の写真だけで個体が分かり、もう片方の目は念のための確認に使うだけでした。
3シーズンで出会ったのは103匹、捕まえた回数は延べ392回です。
1匹あたり平均すると、4回近く出会った計算になります。
同じシーズンの中では、56〜80%のカエルが再び見つかり、目の模様で確かに見分けられました。
10匹いれば、およそ6〜8匹が同じシーズンのうちに再び見つかり、目の模様で見分けられたことになります。
1シーズンの間なら、模様は見分けに使えるほど変わらなかったということです。
触らずに済むので、抱き合って交尾の姿勢をとるペア(抱接)も、邪魔せずに撮影できました。
人の虹彩も複雑な模様を持ち、本人を見分ける手がかりになることが知られています。
研究チームは、今回の結果はそうした人の研究とも合うものだと述べています。
虹彩で1匹ずつを見分ける方法は、これまでヤモリやウシ、ヤギ、トラで試されてきました。
両生類でも、虹彩で種を見分けられることは示されていましたが、1匹ずつを見分けられるかを試したのは今回が初めてです。
このカエルの瞳には、まさに指紋のような名札が刻まれていたのです。
何年たっても同じ模様なのかは、まだ分からない
ただし、この方法で確かめられたのは、1年の中での見分けまでです。
年をまたいで再び見つかったカエルは、わずか3匹でした。
2023年に見つかった23匹は、どれも前の2年には出会っていないカエルでした。
これでは、模様が何年も変わらないかどうかを、しっかり確かめることはできません。
その3匹の目の模様には、大きな変化は見られませんでした。
そのためチームは、翌年に見つかりにくかったのは、模様が変わったせいではないだろうと考えています。
カエルが入れ替わったり、島の外へ移ったりした可能性のほうが高いという見方です。
ただ、人の虹彩の模様は一生変わらないとされる一方、両生類ではそうしたデータがまだありません。
カエルと同じく体温がまわりの温度で変わるほかの動物でも、結果は分かれています。タイセイヨウサケでは模様が保たれたのは数か月ほどだった一方、ヤモリでは長いあいだ変わらないことが示されています。
また、目の模様がどれだけ頼りになるかは種によって違い、1種ずつ確かめる必要があるとされています。
それでもチームは、複雑な虹彩を持つほかのカエルにも、この方法が役立つ可能性があるとみています。ただし、模様が複雑すぎると、野外ですばやく見分けにくくなるおそれもあるといいます。
反対に、虹彩に模様の乏しい種では1匹ずつの違いが足りないおそれがあり、アカメアマガエルがその例かもしれないとしています。
今後は、模様が長い年月で変わらないかを確かめ、ほかの両生類にも使えるかを調べる必要があります。
ペニエ氏は「生物多様性が驚くほどの速さで失われる世界で、調べる動物への影響を最小にすることが欠かせない」と語ります。
自然に備わった特徴で見分けられれば、体を傷つける目印に頼る場面を減らせるかもしれない、というのです。
同氏によると、このカエルはとても美しいうえに、意外なほど落ち着いているそうです。
同じ季節のうちなら、夜の池で抱き合うペアでも、金色の瞳を撮って見本帳と照らし合わせれば、それがどのカエルなのかが分かるのです。
カエルの世界にも、そろそろサングラスで変装する者が現れるかもしれません。
ここからは、標識再捕獲法をもっと知りたい人へ
標識再捕獲法とは、印を付けた生き物をもう一度捕まえて、全体の数を見積もる方法です
標識再捕獲法は、生き物の数をつかむいちばん簡単な方法とされ、捕獲再捕獲法とも呼ばれます。
そもそも、群れを1匹残らず数えるのは、大型動物の小さな群れを除けば、ほとんど無理だとされています。
この方法では、数のほかに、死亡率や成長、移動や回遊といった行動まで知ることができます。
これを支えるのが同じ個体を見分ける目印で、体の外や中に付けるタグ、焼き印、毛や糞の採取、体の一部の切除などが使われてきました。
ただし目印は体に響くこともあり、アメリカアマガエルでは指を4本切ると、2本だけの場合に比べて、生き残る割合が平均で約11ポイント下がると見積もられました。
一方で、チョウの羽の目玉模様、シマウマのしま模様、ウシの鼻紋、ホホジロザメの傷あとのように、体そのものの特徴を目印にする例もあります。
人の暮らしでは、魚に標識を付けて放し、漁で再び獲れる様子から資源の量を見積もる「標識放流」として、古くから漁業に使われています。
写真で見るオステオケファルス・オオファグス
参考文献
Treefrog ‘fingerprints’ are on their eyeballs (Popular Science)
https://www.popsci.com/environment/treefrog-eye-fingerprints-patterns/
総務省統計局 なるほど統計学園「個体数の推定」
https://www.stat.go.jp/naruhodo/15_episode/toukeigaku/kotaisu.html
USGS「Modeling the effect of toe clipping on treefrog survival」
https://www.usgs.gov/publications/modeling-effect-toe-clipping-treefrog-survival-beyond-return-rate
コトバンク「個体数推定法」
https://kotobank.jp/word/%E5%80%8B%E4%BD%93%E6%95%B0%E6%8E%A8%E5%AE%9A%E6%B3%95
元論文
Iris pattern recognition as a non-invasive method for individual identification in Osteocephalus oophagus (Hylidae)
https://doi.org/10.3897/herpetozoa.39.e208000
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部