人混みの中でも、家族の顔はすぐに見分けられるものです。


私たちの指紋や、クジラの尾びれの模様、チーターの毛皮の柄は、1匹ずつを見分ける「名札」になります。


ところが、体にはっきりした模様を持たない生き物では、この名札が使えません。


そこで研究者たちが目を付けたのが、アマゾンにすむ、あるカエルの目でした。


その金色の瞳には、細い黒い線が放射状に走っています。


この線の並びを、人の指紋のように使うことはできるのでしょうか?


研究は、スイス・ベルン大学などのチームが学術誌に発表しました。


研究の詳細は、スイス・ベルン大学らにより、2026年10月12日付で学術誌『Herpetozoa』に掲載されました。


カエルの「名札」は、指を切って付けてきた


同じ仲間の別の種、オステオケファルス・カスタネイコラの指です(タリカヤ自然保護区で、夜の散策中に見つかった個体)。今回調べたカエルそのものではありません。両生類の目印には、こうした指の一部を切り取る方法がよく使われてきました。 / Credit: MauMirror / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)

野外で動物を調べるとき、同じ個体を何度でも見分けられることは研究の土台です。


同じカエルだと分からなければ、その行動や暮らしぶりを追いかけられないからです。


ところが、目印の付け方の多くは体を傷つけるもので、動物の行動や生き残りに響くおそれがあります。


カエルなどの両生類でよく使われてきたのが、指の一部や1本を切り取る方法(トウクリッピング)です。


この方法は、カエルの生き残りや体の働き、行動に影響しうると指摘されてきました。


研究の共著者で、スイス・ベルン大学の行動生態学者メリッサ・ペニエ氏は、このやり方に抵抗を感じていました。


「このカエルは木の上で暮らし、木に登るのに手足を頼っているのですから、なおさらです」と同氏は語ります。


対象は、アマゾン川の流域にすむ木登りガエルの一種、オステオケファルス・オオファグスです。


つるの巻きついた木の幹にしがみつく、オステオケファルス・オオファグスです(論文の図2の一部を切り出し、フランス領ギアナ)。指先の丸い吸盤で幹をつかんでいます。 / Credit: Bégué et al., Herpetozoa (2026)(CC BY 4.0、図2の一部を切り出し)

昼は森の高い木の上で過ごし、夜になると人の背丈より少し高い、2メートルほどの所まで降りてきます。


オスは毎晩降りてきて鳴き、メスを呼びます。


メスが降りてくるのは、4〜7日に1度です。


このカエルの背中にも模様はありますが、ごく小さかったり、個体によって無かったりします。


体の一部にしか出ないこともあり、並べて比べるのは難しいのです。


一方で目を見ると、瞳のまわりの色の付いた部分(虹彩)が金色をしています。


そこには、中心から外へ向かう細い黒い線が、何本も複雑に走っています。


オステオケファルス・オオファグスのオス1匹とメス1匹の、目と背中の模様です(フランス領ギアナ)。どちらも2回捕まえたときの写真が並んでいるので、同じ個体の目と背中を2回分見比べられます。 / Credit: Bégué et al., Herpetozoa (2026)(CC BY 4.0)

体の模様が頼りにならないこのカエルでは、目こそが名札の候補だったのです。


目の写真だけで、1匹ずつ見分けられるのか?


間近から撮ったオステオケファルス・オオファグスです(フランス領ギアナのレジナ方面への道で、2000年のスライドから)。金色の虹彩に、黒い線が放射状に走っているのが見えます。 / Credit: Bernard DUPONT from FRANCE / Wikimedia Commons(CC BY-SA 2.0)

きっかけは、ペニエ氏がこのカエルの目に見とれたことでした。


フランス領ギアナで別のカエルを調べていた博士課程のころ、「わあ、なんてきれいな目」と感じたといいます。


調べるうちに、このカエルについて分かっていることの少なさにも気づいたそうです。


調査の舞台は、フランス領ギアナのヌラーグ自然保護区にある、川の中の島です。


チームは2021年から2023年まで、3回の雨季(繁殖の季節)にわたって調査しました。


島には、別の研究のために置かれた繁殖用の人工の池がありました。


池といっても、木登りガエルが使う自然の水たまりに似せた植木鉢です。0.1リットル、0.3リットル、1リットルの3つを1組にして高さ130cmの所に取り付け、島の小道沿いに20mおきに39か所並べてありました。


調査に使った人工の池のつくりと並べ方の図です(縮尺は正確ではありません)。大きさの違う鉢を組にして小道沿いに並べ、木の洞などの自然の繁殖場所とあわせて見て回りました。 / Credit: ナゾロジー編集部(編集部が作成した図)

木の洞(うろ)のような、島じゅうの自然の繁殖場所も合わせて見て回りました。


探したのは夜の18時40分から深夜2時までで、島にいる大人のカエルをすべて調べるのが狙いでした。


初めて出会ったカエルは手で捕まえ、両目や背中、お腹などを写真に収めました。


こうして集めた目の写真が、見分けのための「見本帳」になります。


写真は目の部分だけを切り出して、野外でも使える頑丈なタブレットに収めました。


2回目以降に出会ったときは、カエルに触れずに目だけを撮影しました。


その写真を見本帳と照らし合わせ、どのカエルかをその場で突き止めたのです。


見分けがつけば、カエルはそのままそっとしておきました。


夜の調査で、目の写真だけを手がかりにカエルを見分けていった流れの図です。見分けがつかない時だけ、初めての時と同じように捕まえて撮影しました。 / Credit: ナゾロジー編集部(編集部が作成した図)

さらに、写真の模様を分析するソフト「Wild-ID」でも別に照合し、人の目による判定を確かめました。


その結果、虹彩の模様は1匹ごとにはっきり違っていました。


多くの場合、片方の目の写真だけで個体が分かり、もう片方の目は念のための確認に使うだけでした。


虹彩の模様で同じ個体を突き止めた、オス3匹の例です(論文の図4)。列ごとに同じ個体で、上から、最初に捕まえた時(2021年)・同じ年に再び捕まえた時(2021年)・次の年に再び捕まえた時(2022年)の目が並んでいます。 / Credit: Bégué et al., Herpetozoa (2026)(CC BY 4.0)

3シーズンで出会ったのは103匹、捕まえた回数は延べ392回です。


1匹あたり平均すると、4回近く出会った計算になります。


同じシーズンの中では、56〜80%のカエルが再び見つかり、目の模様で確かに見分けられました。


3回の雨季(繁殖の季節)ごとに、出会ったカエルのうち同じ季節に再び見つかった割合を比べた図です。薄い帯の全体がその年に出会ったカエル全部で、どの年も半分を超えています。 / Credit: ナゾロジー編集部(編集部が作成した図)

10匹いれば、およそ6〜8匹が同じシーズンのうちに再び見つかり、目の模様で見分けられたことになります。


1シーズンの間なら、模様は見分けに使えるほど変わらなかったということです。


触らずに済むので、抱き合って交尾の姿勢をとるペア(抱接)も、邪魔せずに撮影できました。


木の幹の上で抱き合う(抱接する)ペアです(論文の図2の一部を切り出し、フランス領ギアナ)。2匹とも、金色の目に黒い線が放射状に走っているのが見えます。 / Credit: Bégué et al., Herpetozoa (2026)(CC BY 4.0、図2の一部を切り出し)

人の虹彩も複雑な模様を持ち、本人を見分ける手がかりになることが知られています。


研究チームは、今回の結果はそうした人の研究とも合うものだと述べています。


虹彩で1匹ずつを見分ける方法は、これまでヤモリやウシ、ヤギ、トラで試されてきました。


両生類でも、虹彩で種を見分けられることは示されていましたが、1匹ずつを見分けられるかを試したのは今回が初めてです。



このカエルの瞳には、まさに指紋のような名札が刻まれていたのです。


何年たっても同じ模様なのかは、まだ分からない


3回の雨季に出会ったカエルの数と、次の年以降にもう一度見つかった数を表した図です。年をまたいで見つかったのはごくわずかなので、模様が何年も変わらないかはまだ確かめられていません。 / Credit: ナゾロジー編集部(編集部が作成した図)

ただし、この方法で確かめられたのは、1年の中での見分けまでです。


年をまたいで再び見つかったカエルは、わずか3匹でした。


2023年に見つかった23匹は、どれも前の2年には出会っていないカエルでした。


これでは、模様が何年も変わらないかどうかを、しっかり確かめることはできません。


その3匹の目の模様には、大きな変化は見られませんでした。


そのためチームは、翌年に見つかりにくかったのは、模様が変わったせいではないだろうと考えています。


カエルが入れ替わったり、島の外へ移ったりした可能性のほうが高いという見方です。


ただ、人の虹彩の模様は一生変わらないとされる一方、両生類ではそうしたデータがまだありません。


カエルと同じく体温がまわりの温度で変わるほかの動物でも、結果は分かれています。タイセイヨウサケでは模様が保たれたのは数か月ほどだった一方、ヤモリでは長いあいだ変わらないことが示されています。


コケの生えた倒木の上にいる、オステオケファルス・オオファグスです。年をまたいで見つかりにくかったのは、こうしたカエルが入れ替わったり、島の外へ移ったりしたためかもしれないとみられています。 / Credit: Guillaume Delaitre / Inaturalist(CC BY 4.0)

また、目の模様がどれだけ頼りになるかは種によって違い、1種ずつ確かめる必要があるとされています。


それでもチームは、複雑な虹彩を持つほかのカエルにも、この方法が役立つ可能性があるとみています。ただし、模様が複雑すぎると、野外ですばやく見分けにくくなるおそれもあるといいます。


反対に、虹彩に模様の乏しい種では1匹ずつの違いが足りないおそれがあり、アカメアマガエルがその例かもしれないとしています。


今後は、模様が長い年月で変わらないかを確かめ、ほかの両生類にも使えるかを調べる必要があります。


ペニエ氏は「生物多様性が驚くほどの速さで失われる世界で、調べる動物への影響を最小にすることが欠かせない」と語ります。


自然に備わった特徴で見分けられれば、体を傷つける目印に頼る場面を減らせるかもしれない、というのです。


同氏によると、このカエルはとても美しいうえに、意外なほど落ち着いているそうです。


フランス領ギアナのレジナ方面への道で撮られたオステオケファルス・オオファグスです(2000年のスライドから)。 / Credit: Bernard DUPONT from FRANCE / Wikimedia Commons(CC BY-SA 2.0)

同じ季節のうちなら、夜の池で抱き合うペアでも、金色の瞳を撮って見本帳と照らし合わせれば、それがどのカエルなのかが分かるのです。


カエルの世界にも、そろそろサングラスで変装する者が現れるかもしれません。


ここからは、標識再捕獲法をもっと知りたい人へ


標識再捕獲法とは、印を付けた生き物をもう一度捕まえて、全体の数を見積もる方法です


人の手の上に乗った、このカエルの仲間です(フランス領ギアナのサンテリーで、2018年10月に撮影)。 / Credit: Tommy Andriollo / iNaturalist(CC BY 4.0)

標識再捕獲法は、生き物の数をつかむいちばん簡単な方法とされ、捕獲再捕獲法とも呼ばれます。


そもそも、群れを1匹残らず数えるのは、大型動物の小さな群れを除けば、ほとんど無理だとされています。


この方法では、数のほかに、死亡率や成長、移動や回遊といった行動まで知ることができます。


これを支えるのが同じ個体を見分ける目印で、体の外や中に付けるタグ、焼き印、毛や糞の採取、体の一部の切除などが使われてきました。


ただし目印は体に響くこともあり、アメリカアマガエルでは指を4本切ると、2本だけの場合に比べて、生き残る割合が平均で約11ポイント下がると見積もられました。


一方で、チョウの羽の目玉模様、シマウマのしま模様、ウシの鼻紋、ホホジロザメの傷あとのように、体そのものの特徴を目印にする例もあります。


人の暮らしでは、魚に標識を付けて放し、漁で再び獲れる様子から資源の量を見積もる「標識放流」として、古くから漁業に使われています。




Q. 標識再捕獲法では、どうやって数を計算するのですか?
A. 数の分からない黒い碁石の中に、数の分かった白い碁石を入れてよく混ぜ、一部を取り出したときの黒と白の比から黒石の数を見積もるのと同じ考え方です。


Q. 標識再捕獲法は、実際にはどんな手順で行うのですか?
A. 湖の魚を調べる場合なら、まず捕まえた魚にタグなどの目印を付けて湖に戻します。目印の付いた魚がほかの魚と混ざり合うまでしばらく待ってから、もう一度魚を捕まえます。


Q. 標識再捕獲法で気をつけることは何ですか?
A. 目印を付けられたせいで、その個体の行動や死にやすさが変わると、見積もりは実際より小さすぎたり大きすぎたりします。また、捕まえてから再び捕まえるまでに全体の数が変わる場合や、ほとんど動かない生き物、目印を付けにくい生き物には向きません。


Q. 標識再捕獲法で出した数は、どのくらい正確なのですか?
A. 条件にもよりますが、こうした方法で出した数は、かなりの誤差を含むのがふつうだとされています。また、印を付けた動物の生き残りを「戻ってきた割合」だけで調べるべきではないという指摘もあり、捕まる確率が時期や集団によって変わりうるためです。



写真で見るオステオケファルス・オオファグス









この研究の概要


発表

学術誌「Herpetozoa」に、2026年10月に掲載されました。



研究チーム

スイス・ベルン大学の生態学・進化研究所で、行動生態学を研究する部門の研究者を中心とするチームです。



調べた対象

フランス領ギアナの川の中の島(広さ約5ヘクタール)にすむ木登りガエル、オステオケファルス・オオファグスの虹彩の模様です。



調べ方

2021〜2023年の3〜5月に、記録したカエルが後で再び見つかるかを追う「標識再捕獲」の調査を行いました。



調べ方

目の写真はタブレットの見本帳と照らし合わせ、ソフトによる確認では左目だけと右目だけで別々に照合しました。



分かったこと

同じシーズンのうちに再び見つかったのは、2021年が24匹中16匹(66.7%)、2022年が59匹中47匹(79.7%)、2023年が23匹中13匹(56.5%)でした。



分かったこと

チームは、1回の繁殖シーズンの中で個体を見分けるなら、体を傷つけない方法として勧められると結論づけています。



まだ分かっていないこと

模様が何年も変わらないかを確かめるには、飼育したカエルで調べるか、遺伝子による見分けなど別の方法と組み合わせた野外調査が必要だとしています。



まだ分かっていないこと

模様が複雑すぎる種では野外ですばやく見分けにくく、模様の乏しい種では個体ごとの違いが足りないかもしれないとされています。



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参考文献

Treefrog ‘fingerprints’ are on their eyeballs (Popular Science)
https://www.popsci.com/environment/treefrog-eye-fingerprints-patterns/

総務省統計局 なるほど統計学園「個体数の推定」
https://www.stat.go.jp/naruhodo/15_episode/toukeigaku/kotaisu.html

USGS「Modeling the effect of toe clipping on treefrog survival」
https://www.usgs.gov/publications/modeling-effect-toe-clipping-treefrog-survival-beyond-return-rate

コトバンク「個体数推定法」
https://kotobank.jp/word/%E5%80%8B%E4%BD%93%E6%95%B0%E6%8E%A8%E5%AE%9A%E6%B3%95

元論文

Iris pattern recognition as a non-invasive method for individual identification in Osteocephalus oophagus (Hylidae)
https://doi.org/10.3897/herpetozoa.39.e208000

ライター

山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 金色の瞳に走る黒い線が、カエルの「指紋」だったと判明 」