天文学者も首をかしげる「謎の光」が、何も写っていない宇宙から届いていた
夜道を歩いていたら、空き家のはずの窓にひとつだけ明かりがともっていて、思わず足を止めてしまいました。
宇宙の写真は、深く撮れば撮るほど、暗い天体まで写ってきます。
ところが、ウェッブ宇宙望遠鏡を使った新しい観測で、研究者たちが首をかしげる、ある光が見つかりました。
その光はどこから来て、正体は何なのでしょうか?
研究成果は、天体物理学の専門誌に掲載されています。
研究の詳細は、2026年9月22日付で学術誌『The Astrophysical Journal』に掲載されました。
明るい銀河に「目隠し」をして、空を丸ごと調べる
観測の舞台は、ハッブル・ウルトラ・ディープ・フィールドと呼ばれる空の一角です。
ここは、宇宙をとびきり深く撮った写真がそろっている場所として知られています。
研究チームが探したのは、天体が特定の色だけで強く光る「輝線(きせん)」です。
光を虹のように色ごとに分けると、輝線は細い1本の線として現れます。
赤方偏移6を超える遠い宇宙の天体が紫外線で出す輝線は、波長1〜2.5マイクロメートルの、目に見えない赤外線の範囲に届きます。
この1〜2.5マイクロメートルの範囲で最も細かく色を分けられるのが、ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)の分光装置NIRSpecです。
ただしこの装置は、ふつう観測する天体を前もって選んでから光を集めます。
すると明るさや色で選んだ天体しか見られず、まだ知られていない天体は探せません。
そこでチームは、MOCSSと名付けた新しい観測法を編み出しました。
NIRSpecには、光を通すかどうかを決める小さなシャッターがたくさん並んでいます。
MOCSSでは、ハッブルの画像ですでに知られている近くの天体の上にあるシャッターを閉じ、残りをほぼすべて開けます。
明るい天体の光が邪魔をしないように、いわば目隠しをしておくわけです。
壊れたシャッターなどを差し引いても、面積の9割以上が開いた状態になりました。
こうして、狙いを決めずに、空の広い範囲から輝線を探せるようになったのです。
チームは同じ空を、向きを約89度ずらした2つの角度から撮影しました。
撮影位置も少しずつずらし、それらを重ね合わせた画像を4枚作りました。
本物の輝線なら、ずらした分だけ決まった動き方をして、画像の上に現れるはずです。
この確かめ方を通った輝線の候補は、合わせて42本でした。
42本の光の中に、簡単には説明のつかない1本が
42本の候補の多くは、すでに知られた銀河から出た光だと分かりました。
特に確かな7本のうち6本は、別の大規模な観測(JADES)で見つかっている銀河が持ち主でした。
全体で見ても、42本のうち4分の3以上は持ち主がはっきりしています。
ところが、2つの向きの両方で見えたのに、持ち主の銀河が見つからない線が1本だけ残りました。
その線は、波長1.60マイクロメートル(1マイクロメートルは1000分の1ミリ)の、目に見えない赤外線の位置にありました。
線の幅は約13Å(Åはオングストロームと読み、1Åは1000万分の1ミリ)で、くっきりと細い1本でした。
まず疑うべきは、装置の不具合やノイズが作った偽物の線という可能性です。
しかしこの線は、4枚の重ね合わせ画像すべてと、2つの向きの両方で見えていました。
2つの向きの撮影の間は、約88日も空いていました。
そのため研究チームは、この線が装置の作った偽物ではありえないと結論づけています。
次にチームは、光が来た位置を、宇宙望遠鏡の深い画像で確かめました。
使ったのは、ハッブルとJWSTが撮った中でも指折りに深い画像です。
それなのに、光が来た位置には、天体が何も写っていなかったのです。
すぐそばに3つの天体はあるものの、この光を直接出したと考えるには離れすぎていました。
この「写っていない」という結果は、それ自体がとても奇妙です。
確かめに使ったのが、この線の波長をまるごと含む色で撮った画像だったからです。
線の光だけでも、本来なら画像に写るほどの明るさがありました。
写らなかったことから、少なくとも天体本体のぼんやりした光が、極めて弱いことが分かります。
輝線の強さを本体の光と比べる物差しに、「等価幅」という値があります。
輝線の光を本体の光に換算すると、どれだけの色の幅ぶんに当たるかを示す値です。
今回の線の等価幅は、観測された値で少なくとも7620Åと見積もられました。
幅13Åほどの細い線が、本体の光にして7620Å以上の幅ぶんの光を運んでいる計算です。
つまりこの天体は、ほとんど1つの色だけで光っているように見えるのです。
よく知られた光を当てはめても、正体は見えてこない
では、この線はいったい何が出した光なのでしょうか。
まず、私たちの天の川銀河の中にある天体では、この線をすぐには説明できないとされています。
研究チームは、候補となる4種類の線を、順に当てはめてみました。
1つ目は、酸素が出す線の一つ([O II])だった場合です。
この線は本来2本が並ぶ対の線で、今回の装置なら2本に見分けられる可能性がある間隔です。
1本に見えるほど細い線にするには、ガスがかなり濃くなければなりません。
ところが、それほど濃いガスでは、この酸素の線そのものが弱まってしまいます。
しかも必要な等価幅は、この線を出す天体で観測されたことのない大きさでした。
2つ目は、酸素の別の線([O III])だった場合です。
この線が極端に強い例は知られていて、ちりに深く隠された活動銀河核(銀河の中心で巨大なブラックホールが周りを強く光らせているもの)の可能性もあります。
ただしその場合、対になる相棒の線が、弱いながら15864Åの位置に出るはずでした。
ところがスペクトルを見ても、その位置には目立った特徴がありませんでした。
近くに出るはずの水素の線(Hβ)も、見つかっていません。
3つ目は、水素の線(Hα)だった場合です。
このときは、ガスの温度を1万Kとした水素の光り方の仮定(Case B再結合)と、速度で見た線の幅がHαと同じという仮定を置くと、別の水素の線(Hβ)が11865Åに、かろうじて見える程度の強さで出ると予想されました。
しかし、予想された位置に線の気配はありませんでした。
4つ目は、とても遠い天体の水素が出す線(Lyα)だった場合です。
研究チームは、この見方でも簡単には説明がつかないとしています。
結局、よく知られた4つのどの線でも、すっきりとは説明できなかったのです。
論文では、残る候補として活動銀河核や、一時的に明るくなる現象を検討しています。
活動銀河核とは、銀河の中心にある巨大なブラックホールが周りを強く光らせる現象です。
すぐそばの3つの天体が、この光を理解する手がかりになる可能性も論じられています。
たとえば、そばの銀河に光を出す源があり、その光に照らされたガスの雲がこの線を出している、という見方です。
ただし、どの説明が正しいのかは、まだ分かっていません。
確かなのは、指折りに深い宇宙の写真の中で、持ち主の写らない光が1本届いていたことです。
たとえるなら、ほとんどの家に表札がある街で、空き地から明かりがもれていたようなものです。
宇宙にも、住所不定の光というものがあるようです。
ここからは、スペクトル線をもっと知りたい人へ
スペクトル線とは、光を色ごとに分けると現れ、どの原子が出した光かを教えてくれる線です
スペクトル線は、光を色ごとに分けた並び(スペクトル)の中に見える「輝線」と「吸収線」をまとめた呼び名です。
原子の種類が違えば線の出る波長も違うので、線の波長が分かれば、どの原子がその線を生んだのかを突き止められます。
1つの原子からも何本もの線が出ますが、どの線もその原子ならではの波長に現れます。
また、輝線と吸収線のどちらが見えるかは、光源とガスと観測する人の位置の関係で決まります。
このうち輝線は、熱いガスから出た光をじかに観測したときに見られます。
天体の観測では、スリット(光を通す細いすき間)を使わずに光を分けて、多くの天体のスペクトルを一度に撮る方法もあり、スリットレス分光と呼ばれます。
この方法では天体どうしのスペクトルが重なるので、視野を回して何種類かの画像を撮り、後の解析で1つずつの天体のスペクトルを取り出します。
今の天文学では、紫外線の輝線が、銀河の星づくりやガスの濃さ、金属やちりの量などを調べる大事な手がかりとされています。
写真で見る宇宙の深い画像とNIRSpec
参考文献
A Single Line Emitter Identified in an Unbiased Search with JWST/NIRSpec: Multiobject Coronagraphy for Slitless Spectroscopy (The Astrophysical Journal)
https://doi.org/10.3847/1538-4357/ae9a94
天文学辞典「輝線」
https://astro-dic.jp/emission-line/
天文学辞典「スペクトル線」
https://astro-dic.jp/spectral-line/
天文学辞典「対物分光」
https://astro-dic.jp/objective-spectroscopy-2/
ESA/Hubble「Hubble zooms in on a space oddity」
https://esahubble.org/news/heic1102/
元論文
A Single Line Emitter Identified in an Unbiased Search with JWST/NIRSpec: Multiobject Coronagraphy for Slitless Spectroscopy
https://doi.org/10.3847/1538-4357/ae9a94
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部