幻覚剤シロシビン1回でうつ病が改善、だが1年後に「意外な結末」が
気分の重い日が続くと、朝のカーテンを開けることさえ、ひと仕事に感じられるものです。
うつ病の治療では、毎日飲む薬が効き始めるまでに数週間かかることがあります。
そこで注目されているのが、幻覚剤の一種「シロシビン」です。
1回飲むだけで、早く、しかも長く効くのではないかと期待されてきました。
スウェーデンの研究チームは、この期待を、見た目の同じカプセルに入れた偽薬と比べる1年がかりの試験で確かめました。
では、その効き目は本当に早く現れ、どこまで続いたのでしょうか?
研究の詳細は、スウェーデンのカロリンスカ研究所らにより、2026年5月15日付で学術誌『JAMA Network Open』に掲載されました。
見た目の同じカプセルで、効き目を比べる
うつ病でよく使われる薬(SSRI)では、最初に使う薬で症状がほぼ消えるところまで届かない人が、約67%いると報告されています。
しかも再発の危険を減らすために何年も飲み続けることが多く、副作用で続けにくい場合もあります。
シロシビンについては、1回の服用で数週間以上効くとする研究がある一方、適切な比べる相手を欠く、うつ病の自然な経過と効き目を切り分けきれないなど、設計に課題を抱えた試験も多くありました。
また作用が強いため、本物を飲んだかどうかが本人に分かりやすいという弱点もあります。
そこでカロリンスカ研究所のハンプス・イングヴェ氏らは、ストックホルム北部の精神科クリニックで試験を行いました。
参加したのは、うつ病を繰り返し、いま中等度から重度の落ち込みの中にいる大人35人です。
平均年齢は41歳で、全員が幻覚剤を使った経験がなく、開始時に抗うつ薬も心理療法も受けていませんでした。
参加者は2組に分けられ、シロシビン25mgか、ナイアシン100mgを、見た目の同じカプセルで1回だけ飲みました。
ナイアシンはビタミンB3の一種で、顔のほてりなど体の感覚を起こします。
これは、どちらを飲んだのか分かりにくくするための「作用のある偽薬」です。
どちらを飲んだかは、参加者にも、症状を評価する医師にも伏せられました。
服用の日、参加者は横になって内面に意識を向けるよう勧められ、アイマスクや音楽も用意されたうえで、服用後7時間、心理士に見守られました。
どちらの組も、服用の前日からの17日間に、準備・服用・振り返りの計5回、心理的なサポートを受けています。
症状は、医師の聞き取りによる点数と、本人が答える質問票の点数で、1年後まで追いかけています。
効き目はいつ現れ、どこまで続いたのか?
結果は、服用から間もない時期にはっきり表れました。
試験でいちばんの目印とした8日目、医師の評価で、シロシビン組の症状はナイアシン組より大きく軽くなっていたのです。
この差は、偶然とは考えにくい大きさでした。
差は15日目でも、6週目にあたる42日目でも続いていました。
本人が答える質問票では、さらに早い変化が見えています。
シロシビン組は服用2日目から、ナイアシン組より症状が大きく減り始めていたのです。
つまり、数週間待つまでもなく、飲んだ翌々日には違いが出ていたことになります。
研究チームによると、これほどの速さに並ぶのはケタミンという薬と、おそらく電気けいれん療法くらいで、SSRIや認知行動療法より速いといいます。
本人の評価でのこの差は102日目、つまり3カ月あまり続きました。
その後も、283日目と343日目には、とびとびに差が見られています。
症状がほぼ消えた状態(寛解)に届いた人の数でも、違いが広がりました。
8日目に寛解した人はシロシビン組8人、ナイアシン組2人でしたが、この時点の差は確かとまでは言えませんでした。
それが6週目には、寛解した人の割合がシロシビン組で約53%、ナイアシン組で約6%になりました。
シロシビン組では2人に1人ほどが寛解したのに対し、ナイアシン組では17人中1人だけだったのです。
ふつうの抗うつ薬の試験では、偽薬を飲んだ組でも約30%が寛解すると報告されており、この試験の偽薬の組はそれよりかなり低い値でした。
ここまでを見ると、1回の服用が長く効くという期待どおりの結果に見えます。
少なくとも医師の評価で服用後6週間、本人の質問票で3カ月ほどは、シロシビン組が偽薬の組をはっきり上回っていました。
1年後、偽薬の組が追いついてきた
ところが、1年後の様子は違っていました。
365日目、医師の評価でのシロシビン組の優位は縮み、偶然の範囲を超える差とは言えなくなったのです。
寛解した人の割合は、シロシビン組が約53%、ナイアシン組が約41%でした。
シロシビン組は8日目以降ほぼ同じ高さを保ち、ナイアシン組は8日目の約12%から1年後には約41%まで増えていました。
寛解の割合で見ると、シロシビン組が下がったのではなく、偽薬の組が後から追いついてきたのです。
では、なぜ偽薬の組がこれほど良くなったのでしょうか。
1年のあいだに抗うつ薬を飲み始めた人は、シロシビン組6人、ナイアシン組7人と、ほぼ同じでした。
抗うつ薬を始めた時点でその人のデータを打ち切って計算し直す分析では、偽薬の組の改善は抗うつ薬によるものではないと示唆されました。
研究チームは、うつ病がもともと波のある病気で、自然に良くなる場合があることを理由に挙げています。
このため、比べる相手を置かない試験では、効き目の長さが実際より大きく見積もられかねないといいます。
ただし、6週目でまだ落ち込みの続く人は通常の治療に引き継がれており、心理療法など他の治療の影響も否定できません。
もう一つの課題は、偽薬の「変装」がほぼ見破られていたことです。
1年後に参加者に尋ねると、シロシビン組の94%、ナイアシン組の100%が、自分の飲んだ方を言い当てました。
どちらの組も確信の強さは10点満点の平均で9点以上と、ほぼ迷いなく見分けていました。
服用から90分ほどの体験の強さを10点満点で答えてもらうと、シロシビン組は平均約7点、ナイアシン組は約1点と、はっきり分かれていたのです。
評価する医師も、8日目の時点で、シロシビン組の約71%、ナイアシン組の約88%を言い当てています。
研究チームは、ナイアシンを偽薬にしても、誰が本物か伏せる仕組みは期待どおりには保てなかったと結論づけています。
副作用は頭痛や不安、幻覚などで、多くは一時的で、軽いか中くらいの程度でした。
シロシビンが原因とされる重い有害事象(治療中に起きた好ましくない出来事)は、報告されていません。
ただしシロシビン組の2人は、強い不安が服用後数週間続き、医療的な対応が必要になりました。
研究チームは、シロシビンが早く比較的長く効く可能性があるとし、繰り返しの服用や他の治療との組み合わせを調べるべきだとしています。
同じカプセルから出発した2組は、シロシビン組が2日目に飛び出し、1年かけて偽薬の組が背中に迫る長距離走のようでした。
ここからは、シロシビンをもっと知りたい人へ
シロシビンとは、一部のキノコに含まれ、幻覚を起こす物質です
シロシビンは、一部のキノコに含まれる成分で、脳などの神経を興奮させたり麻痺させたりして、幻覚を起こします。
体に入ったシロシビンは、まずシロシンという別の物質に変えられます。
そのシロシンが、脳の中でセロトニンという物質を受け取る場所に結びつき、そこを働かせます。
ただし、どんな体験になるかは、本人の性格や期待(セット)と、周りの人や場所(セッティング)にも左右されます。
体にも影響があり、ふつうは血圧と心拍数が上がるため、心臓に病気のある人には危ない場合があります。
キノコの場合は、含まれる量にばらつきがあり、幻覚が起きる量も人によって違います。
人とのかかわりは古く、中央アメリカの先住民が紀元前3000年ごろには、こうしたキノコを癒やしや宗教の儀式に使っていた証拠があります。
いまは、うつ病やPTSD(心的外傷後ストレス障害)、依存症、痛み、脳の神経が衰えていく病気の治療に役立つ可能性があるとして、注目されています。
写真で見る幻覚を起こすキノコ
参考文献
A single dose of psilocybin eased depression within days, but its edge over placebo faded within a year (PsyPost)
https://www.psypost.org/a-single-dose-of-psilocybin-eased-depression-within-days-but-its-edge-over-placebo-faded-within-a-year/
米国立薬物乱用研究所(NIDA)「Psilocybin (Magic Mushrooms)」
https://nida.nih.gov/research-topics/psilocybin-magic-mushrooms
東京都保健医療局「マジックマッシュルーム」
https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/anzen/kenkou_anzen/stop/mash.html
元論文
Short-Term and Late-Term Effects of Psilocybin on Symptoms in Major Depression
https://doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2026.12589
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部